本論文は「化合物半導体FETを用いた論理回路の高速化に関する研究」と題し、DCFL(Direct Coupled FET Logic)を用いた順序回路の高速化を達成するため、あらたな順序回路方式を追究し、実際の論理ICに応用した結果をまとめたものである。 化合物半導体FETを用いた論理回路は、1970年代から研究が進められ、今日では光伝送システム等の通信機器分野において必須の部品となっている。その中心となる回路方式は、DCFLとSCFL(Source Coupled FET Logic)に大別される。DCFLは消費電力が少なく占有面積が小さいが、フリップフロップ回路の動作速度が遅く高速順序回路を構成することが困難であるため、1Gb/s程度の動作速度において10Kゲートを越える集積規模を要求される応用に用いられることが多かった。一方、集積規模が数100ゲート程度で10Gb/sを越える高速動作を要求される応用には、順序回路の高速動作が可能であるSCFLが一般に用いられていたが、消費電力が大きくさらなる集積規模の増大は困難である。 本論文ではDCFLを用いた順序回路の高速化を達成し、その応用分野を10Gb/sを越える高速論理回路まで拡張するため、新規な順序回路方式を提案し、理論的および実験的に特性を解析し、20Gb/sまでの高速動作を実証し、論理ICへの応用を実現している。 本論文は6章より構成されている。 第1章は「序論」であり、研究の背景と目的、さらに、論文の構成について述べている。 第2章は「DCFLの基本特性とDCFLを構成する化合物FETの諸特性」と題し、DCFLの単体論理ゲートとしての静的入出力特性および動的過渡応答特性を、新たに導入したモデルを用いた解析および実測結果により明らかにし、特に遅延特性について詳しい解析を行っている。また、DCFLを構成するイオン注入MESFETおよび歪逆構造HEMTなどの化合物FETの諸特性に言及している。さらに、単体論理ゲートにおけるDCFLと他の論理回路方式、特にSCFLとの遅延特性の比較を行っている。比較結果から、DCFLの単体論理ゲートとしての高速性と、容量性負荷に対する駆動能力の問題点を指摘している。 第3章は「順序回路の動作速度解析」と題し、順序回路の中で中心的な働きをするフリップフロップについて一般的な特徴を述べている。次に、その動作速度を決定する要因を解析し、フリップフロップを構成するゲートの遅延時間により動作速度およびその余裕について記述している。この解析に基づき、DCFLによる従来の順序回路と他の論理回路方式よる順序回路の動作速度を比較し、シミュレーションおよび実測結果も併せてDCFLによる順序回路の速度限界を明らかにしている。 第4章は「DCFLを用いた高速フリップフロップの提案とその高速性の検証」と題し、DCFLを用いた順序回路の速度的限界を克服するために、トランスミッションゲートと双安定回路を組み合わせることを新たに提案し、この手法を適用したフリップフロップ回路MCFF(Memory Cell type Flip Flop)について説明している。その静的および動的特性を明らかにし、MCFFの安定性を証明している。さらに、MCFFを構成する素子のパラメータを最適化している。次に、第3章で言及した解析的手法、過渡解析シミュレーションおよび実験により、MCFFが従来のDCFLと比較して動作速度の上で大幅な向上を達成していることを示している。さらに、MCFFの動作速度の限界を追求し、20Gb/sというそれまでに報告された最高の動作速度を実現し、その結果について述べている。 第5章は「DCFLの光通信用ICへの応用」と題し、前章までの研究の応用として、光通信用論理ICへのDCFLの応用について論じている。順序回路への応用として、識別回路および時分割多重・分離回路へMCFFを適用することを提案している。第3章および第4章における解析に基づき、最適設計を行い、試作したICの動作速度および機能により、DCFLの光通信用ICへの適用の有用性を実証している。さらに、順序回路だけではなく、位相比較器やクロック抽出回路などの組み合わせ回路へのDCFLの適用を提案し、DCFLの高速性の新たな応用分野を開拓している。 第6章は「結論」と題し、本論文の内容、得られた成果を総括している。 以上の様に、本論文は化合物半導体FETを用いる論理回路方式であるDCFLにおいて、従来高速順序回路を構成することが困難とされてきた理由を、詳細な解析ならびに実験により明確にし、得られた知見に基づき新たな順序回路方式であるMCFFを提案することによりこの問題を克服し、実際の光伝送システムにおける論理ICに応用している。これらの順序回路方式の研究における成果は化合物半導体FETを用いた論理回路の高速化かつ低消費電力化を促進し、さらに10Gb/s光伝送システムの実現を加速し、情報通信分野、半導体分野などへの寄与が大きく物理工学に大きく貢献している。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |