超伝導体のマイクロ波表面インピーダンス測定は、超伝導状態の準粒子に関する微視的な情報を得ることのできるプローブの1つである。表面インピーダンスの虚部から、励起された準粒子数を反映した磁場侵入長を求めることが可能であり、また実部からは準粒子散乱の散乱時間を見積もることができることが知られている。本研究では、高温超伝導体の超伝導状態における準粒子の低エネルギー励起およびその散乱に関する知見を得るために、様々な単結晶試料を用いてマイクロ波表面インピーダンス測定を行った。その結果、以下のようなことが明らかになった。 まず、これまで面内に限られていた磁場侵入長の精密測定であるが、本研究ではいち早くc軸方向の磁場侵入長の重要性を考慮し、高精度測定が可能な超伝導空洞共振器を自作し、異方性を精密測定した。その結果、図1に示すようにc軸方向の磁場侵入長はab面内とは非常に異なっていることが明らかになった。このc軸方向の磁場侵入長を記述するモデルとして、各超伝導層間がJosephson結合で記述される層状超伝導体のモデルを提案した。このモデルは単純化しすぎているため、様々な問題点があるが、基本的にc軸方向の特異的な電磁応答を説明する出発点として、擬2次元性および層間の結合の重要性を引き出すという意味においては重要であると考えられる。 図1:La1:85Sr0.15CuO4単結晶におけるab面内およびc軸方向の磁場侵入長の温度依存性。実線および破線はそれぞれ従来BCS理論およびJosephson結合モデルにおける理論値。挿入図は表面インピーダンスの虚部の異方性の温度依存性。 次に、今までYBa2Cu3O7単結晶に議論が集中していた低温における磁場侵入長の温度依存性について、YBa2Cu3O7の場合に問題となるCuO鎖が存在しないBi2Sr2CaCu2O8+yでの測定を行なった。るつぼからの汚染のないFloating zone法による単結晶試料を用いることにより、低温で磁場侵入長の変化(T)=(T)-(0)が温度に比例することを見出した。この結果はYBa2Cu3O7の結果と一致しており、準粒子の低エネルギー励起の存在を示唆する結果である。 また、一つのBi2Sr2CaCu2O8+y単結晶を用いて、酸素量を制御することにより、キャリア数を変化させた時の磁場侵入長の温度依存性の変化を初めて調べた。図2に示すように、オーバードープの試料ではがT2に比例し、準粒子の低エネルギー励起スペクトルが最適ドープ時から変化しており、なんらかの対破壊効果が効いていることが明らかになった。また、最適ドープで∝T、オーバードープで∝T2となる温度依存性は酸素量に対して可逆であり、この変化が系に本質的な変化であることもわかった。 図2:酸素量の異なるBi2Sr2CaCu2O8+y単結晶におけるc軸方向の磁場侵入長の低温における温度依存性。1Bおよび1Cは最適ドープ試料、1Eはオーバードープ試料。実線はべき関数でフィッティングした結果。 以上、表面リアクタンスから求めた磁場侵入長の温度依存性から、明らかになった結論をまとめると次のようになる。 1.高温超伝導体の超伝導状態は基本的に擬2次元的であり、層間の結合はJosephson結合的な弱いものである。 2.ホールドープ型高温超伝導体の低温における磁場侵入長は少なくともオーバードープ領域を除いて本質的に温度に比例する。準粒子励起スペクトルは低エネルギー励起が存在し、低エネルギーにおける状態密度はエネルギーに比例する。 3.オーバードープ領域ではなんらかの対破壊効果が生じ、ゼロエネルギーでも有限の準粒子が励起されるギャップレス超伝導が実現している。 次に、表面インピーダンスから求めたマイクロ波伝導度については、主に一般化された2流体モデルを用いて求めた散乱時間について議論を行なった。まず、YBa2Cu3O7、Bi2Sr2CaCu2O8+y、およびLa1.85Sr0.15CuO4の3種類の高温超伝導体すべてにおいて、転移温度Tc以下で1/の急激な減少が確認された。このことは、超伝導ギャップが開くことによって準粒子の散乱過程が抑えられることを意味しており、逆に言えばTc以上での散乱が電子的な起源を持つことを示唆している。このような振る舞いが(少なくともホールドープ型の)高温超伝導体に共通する性質であることが明らかになった。 次に、マイクロ波領域の結果と光学領域の結果に見られた食い違いを解明するために、周波数を変えた測定を行なった。これにより、高い周波数ほど1/の減少の仕方は鈍ってくることがわかり、1/の周波数依存性がマイクロ波領域で存在することが明らかになった。このことは、散乱の起源となる励起のスペクトルが低エネルギーまで裾を引いていることを示唆している。 以上、表面インピーダンスから求めたマイクロ波伝導度の温度依存性・周波数依存性から得られた結論をまとめると、以下のようになる。 1.まず、常伝導状態ではほぼ温度に比例しているのに対して、Tc以下で急激に散乱レートが減少している。 2.次に、周波数を高くするとその減少のしかたは鈍り、より高い散乱レートが低温で残っているように見える。 以上の結論から、高温超伝導体は超伝導状態においても常伝導状態と同様に非常に特有の性質を示し、従来超伝導体とは極めて異なることが明らかになった。特に、層状構造に由来する擬2次元性は本質的なJosephson接合を持つ超伝導状態を実現しており、この性質によりc軸方向の電磁応答はJosephsonプラズマという新しい素励起の舞台となっていることが最近明らかになってきている。 また、CuO2面内における超伝導は異方的超伝導が実現しており、準粒子の低エネルギー励起が存在することは、従来超伝導体で議論されてきた超伝導状態の物性や混合状態の物性などの再評価が必要になってくると考えられる。さらに、このような準粒子低エネルギー励起がドーピングレベルに依存してしまうことは、超伝導特性を議論するにあたり常にドーピングレベルを念頭におく必要性を示唆している。 |