学位論文要旨



No 214175
著者(漢字) 高橋,佳孝
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ヨシタカ
標題(和) 半導体光増幅器を用いた高機能レーザ
標題(洋)
報告番号 214175
報告番号 乙14175
学位授与日 1999.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14175号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 近藤,高志
内容要旨

 半導体レーザは小型,軽量であること,注入電流による同調や変調が容易であることなど数多くの利点を有することから光計測用の光源として広く用いられている.この半導体レーザの増幅機能を活用したものが半導体光増幅器であり,通常の半導体レーザに類似して以下のような利点を有する.

 ・小型,軽量

 ・高効率,低消費電力

 ・広帯域

 ・種々の動作波長帯が選択可能

 ・集積化・高機能化が可能

 ・注入電流による利得制御・高速直接変調が可能

 ・長寿命・高信頼性

 ・比較的安価

 これらの利点とは対照的に,一般に光増幅器として用いる場合の欠点としては,

 ・利得の偏波依存性

 ・不均一な利得帯域(リップル構造を有する)

 が挙げられる.特に光通信への応用の際には光ファイバとの整合性に乏しいことも欠点と言える.

 このような欠点のため,結局光通信用の光増幅器としては,事実上,利得の偏波依存性のないEr3+ドープファイバ光増幅器が実用の運びとなった.しかしながら,半導体光増幅器は前述のように数多くの利点を有することから,光通信分野に限らず様々な分野において大きな可能性を有していると言える.半導体レーザと同様の利点を持つ半導体光増幅器を活用した事例は光源(スーパールミネッセントダイオード)としての利用以外は非常に少なく,半導体ベースでありかつ半導体レーザに高機能を付加した光源・デバイスとしてその研究・開発が期待されている.

 そこで本研究では,この半導体光増幅器の利点を活かし,さらに一般に光増幅器として用いる場合の欠点である,利得の偏波依存性を利用して,半導体光増幅器を用いた新しい高機能レーザを作製し,その動作特性の解析とセンサへの応用を行った.作製したレーザは

 1.半導体光増幅器を利得媒質とした鉛ガラス光ファイバを用いたファイバリングレーザ

 2.半導体光増幅器を利得媒質としたビート可変直交2周波リングレーザ

 3.半導体光増幅器を外部光強度制御素子として用いた出力一定FM半導体レーザ

 の3種である.

1 鉛ガラス光ファイバリングレーザ

 光ファイバセンサは,

 ・非接触・非破壊の計測ができる

 ・無誘導なので電磁雑音の影響を受けにくくまた高絶縁性が保持できる

 ・一般に応答が高速・広帯域である

 といった,光センサであることの利点に加え,光ファイバを用いていることから,

 ・小型・軽量で可撓性に富み耐環境性にも優れていることから狭隘な空間や構造物内への設置が可能である

 ・導波路構造のため低損失に信号伝達できる

 ・光ファイバ自身がセンサ部となりうる

 といった利点をも併せ持つため,近年様々な分野に及んで研究開発,さらには製品化が進みつつある.

 この光ファイバセンサでは,干渉,損失,複屈折性,旋光などによって生じる光強度変化を検出する型のものが多いが,これらは光源や信号光あるいは通常必要である参照光などの不安定性や伝送損失等によってそれらの光量が変動すると,測定信号に誤差が生じ,センサ性能を劣化してしまう.これに対し,周波数信号を検出する型の光ファイバセンサでは,この光強度検出型のセンサとは異なり,光源や信号光等の光量変動に本質的には不感であり,信号伝送による信号の劣化が僅少で遠隔的な制御や検出も容易で,ダイナミックレンジも広くなる.

 そこで本研究では,光ファイバセンサでしばしば問題となる,光量変動による測定誤差を排除できる周波数検出型の光ファイバセンサへの応用を目的としたファイバリングレーザの作製を行った.ファイバリングレーザの研究としては,半導体レーザの周波数制御のため,光ファイバを外部共振器として用いた報告は数例見受けられるが,半導体光増幅器を利得媒質としてファイバリングレーザセンサを構成した前例はなく,リングレーザではなくファイバを外部共振器として用いたものまで含めても,ファイバジャイロが一例報告されているのみである.このファイバリングレーザを用いたセンサでは,共振器内にバイアス素子として機能するファラデー旋光子を取り入れていることにより,通常リングレーザセンサで問題となるロックイン現象を防ぎ,被測定信号の極性検出が可能な構成となっている.またセンサ部として,光弾性係数が小さく,曲げや振動などの外乱に対して伝搬光の偏光特性が安定な鉛ガラスファイバを用いているので,これらの外乱の影響を受けにくいセンサとなっている.電流センサへの適用例では,スケールファクタが162Hz/Aでダイナミックレンジは±57.2kAと広いことがわかった.

2 ビート可変直交2周波リングレーザ

 光ヘテロダイン計測法(Optical Heterodyne Interferometry)は,微小信号を精度よく測定する技術として研究・開発が盛んに行われ,近年その適用が進んでいる.このヘテロダイン計測用光源としては,直交直線偏光で周波数がわずかに異なる2周波で発振するレーザ光源が必要である.現在主に用いられているものは,レーザに光周波数シフタを組み合わせて使うものと,He-Neゼーマンレーザであるが,ともに高価であり,電力効率も低いためこれらの欠点を克服しうる新しい光源が望まれている.

 そこで本研究では,半導体光増幅器の特徴を活かしたヘテロダイン計測用光源への応用を目指し,直交直線偏光2周波発振レーザ光源の作製を行った.1300nm帯の半導体光増幅器を用いたレーザでは,周波数がわずかに異なる2周波で発振することが確かめられた.また,共振器内に可変位相子を用いることにより,発振する2周波光の周波数差(ビート周波数)を制御することも可能であることが確認された.一方,端面反射率の高い820nm帯の半導体光増幅器を用いたレーザでは,所望の2周波発振は得られなかったが,観測された出力変動の現象に関し,半導体光増幅器とリング共振器の複合共振器モデルを作製し理論計算を行ったところ,出力変化の特性を解析することができた.

3出力一定FM半導体レーザ

 半導体レーザはその駆動電流(注入電流)を変化させることで簡便に周波数を変調することができるので,光センシング用光源として広く用いられている.ところがこの半導体レーザの周波数変調には,必然的に注入電流変化による光強度変調が付随してしまう.そして光計測用光源として利用する際には,この出力変動は測定誤差を引き起こしたりあるいは周波数変調域を制限したりする原因となってしまう.このような出力変動の影響をなくし測定誤差を除去する手段として,計測された信号出力を同様に強度変調を受けた参照信号出力で電気的に除算することで規格化する方法が提案されているが,この方法は別途参照信号を用意する必要があるだけでなく電気的な割算回路をも必要とし,さらに出力信号が非線形応答を示したりバイアスが重畳しているような場合には困難となり,一般に測定精度が低下する.

 そこで本研究では,光源である半導体レーザと同一波長帯に利得を有する半導体光増幅器を外部光強度制御素子として用いて,除算器などの複雑な電気回路を用いることなく,この半導体レーザの周波数変調に伴う光強度変調を抑制した,簡便で実用的なレーザ光源の作製を行い,実際にこの出力変動が抑えられることを確認した.またセンサ応用として,FMCW干渉計測による絶対距離測定では,特別な演算回路を用いることなく容易に等価波長mes=16.3mmのサブフリンジまでの高精度で測定ができることを示した.半導体レーザ帰還干渉計に出力一定FM半導体レーザを組み込んだ出力一定化半導体レーザ帰還干渉計の実験では,騒音・振動,あるいは温度揺らぎ等の擾乱下でも干渉縞の位相情報だけでなくその強度(明るさ)も保存されることから,縞解析が精度良く行え,さらに半導体レーザへの帰還電流量により変位計測ができることが確かめられた.また,数値計算により干渉計測時のダイナミックレンジの拡大と振動等の外乱に対する干渉計の安定度(許容量)の向上が期待できることがわかった.

審査要旨

 本論文は「半導体光増幅器を用いた高機能レーザ」と題し、センサあるいはセンサ用光源への応用を目指し、半導体光増幅器を用いて数種類の高機能レーザを作製した結果をまとめたものであり、さらに実際にそれらがセンサ応用の可能性を有していることを示したものとなっている。

 半導体光増幅器は半導体レーザの両端面に無反射コートしたものを基本構成としていることから、小型、軽量、高効率、注入電流による利得制御、集積化可能など数多くの特徴を有する。しかしながらこれらの特徴を活かした事例としては光源(スーパールミネッセントダイオード)としての利用以外は非常に少なく、これを活用した研究・開発が期待されている。

 本論文ではこの半導体光増幅器の特徴を活かし、センサあるいはセンサ用光源への応用を目指して、レーザ利得媒質、あるいは外部光制御素子として半導体光増幅器を用いた高機能レーザとして、鉛ガラス光ファイバリングレーザ、ビート可変直交2周波リングレーザ、出力一定FM半導体レーザの3種のレーザを提案・作製し、それぞれその動作特性の評価・解析とセンサ応用の実験を行っている。

 本論文は5章より構成されている。

 第1章は「序論」であり、研究の背景と目的、さらに、論文の構成について述べている。

 第2章は「鉛ガラス光ファイバリングレーザ」と題し、光量変動に不感な周波数検出型の光ファイバセンサへの応用を目指し、半導体光増幅器を利得媒質として用い加えて偏光伝搬特性の極めて優れた鉛ガラスをリングレーザ共振器内に配した、鉛ガラス光ファイバリングレーザの提案及び作製を行いその動作特性の評価を行っている。また半導体光増幅器によるリングレーザファイバセンサの初めての事例となる周波数検出型センサへの応用例として、光ファイバ電流センサと光ファイバ回転センサへの適用実験を行い、さらにセンサ応用時の測定誤差要因について理論解析を行っている。

 第3章は「ビート可変直交2周波リングレーザ」と題し、近年適用が進んでいる光ヘテロダイン計測用光源の作製を目的として、利得媒質である半導体光増幅器と可変位相子を共振器内に配し、従来から用いられている高価で電力効率の低いレーザ光源の欠点を克服しうる直交2周波リングレーザの提案及び作製を行っている。端面反射率及び動作波長の異なる2種の半導体光増幅器を用いてレーザを作製した際の発振特性の評価により、端面反射率の低いものを用いた場合では可変位相子を調節することによりビート周波数が可変な直交2周波リングレーザとなることを確認している。一方、直交2周波発振の得られなかった端面反射率の高いものを用いた場合では、観測された出力特性に関して、半導体光増幅器とリング共振器の複合共振器モデルを導入して理論計算を行い、その特性の解析に成功している。

 第4章は「出力一定FM半導体レーザ」と題し、光センシング用光源として広く用いられている半導体レーザの周波数変調時に付随する光強度変調を抑制する実用的なレーザの提案・作製を行っている。半導体レーザでは注入電流を変化させることにより簡便に周波数を変調・制御することが可能であるが、これには出力変動が付随してしまうため計測への適用の際に測定誤差を引き起こしたり周波数変調域を制限したりする原因となっている。そこで本章では半導体光増幅器を光制御素子として用いることでこのような出力変動を本質的に除去した出力一定FM半導体レーザを提案し、また実際に作製したレーザでこの出力変動が抑制されることを確認している。このレーザを周波数変調干渉計測の絶対距離測定へ適用した実験では、特別な処理を施すことなく簡便にサブフリンジまでの高精度の計測が可能なことが示されている。また出力一定半導体レーザ帰還干渉計の実験では外乱に対する干渉計の安定度の向上が期待できることが示されている。

 第5章は「総括」と題し、本論文の内容、得られた結果を簡潔にまとめている。

 以上のように、本論文は数多くの利点を有する半導体光増幅器の特徴を活かし、センサあるいはセンサ用光源への応用を目指した高機能レーザを提案し実際に作製を行いセンサ応用の実験を行っている。ここで作製された3種の高機能レーザは半導体光増幅器を活用した新しいレーザとして位置づけられ、また光計測の分野においても新たな計測法を開拓し光センサの性能向上に大きく寄与するものであり、物理工学への貢献が大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51109