地球環境問題が深刻化する中で、自動車の軽量化を通じた排出ガス抑制や燃費向上の重要性が益々高くなっている。ボディーパネルのアルミニウム化は早くから有力視され、適合材料の研究開発が活発に行われてきた。その結果、国内における使用量も拡大してきているが、価格競争力の点から既存の薄鋼板を大幅に代替するには程遠い状況にある。アルミニウム合金の成形性は一般に薄鋼板に比べて劣ることから、現在ではプレス成形性が比較的優れる4mass%以上のマグネシウム(Mg)を含む高Mg系アルミニウム合金が主流となっているが、高Mg合金は熱間加工性に乏しいこともあって、その製造コストは著しく高くなっている。本論文では、製造コスト低減が図れるMg量3mass%以下の低Mg系合金において、ボディパネルに適した合金を開発することを目的として研究したものであり、全7章より成っている。 第1章は序論であり、地球環境問題が自動車材料技術に与える影響について概説し、車体軽量化におけるアルミニウム材料の問題点を明らかにすると共に、本論文で対象とする低Mg合金開発の必要性を示し、具体的な研究課題を提示している。 第2章では、まずAl-Mg系合金の延性を支配する冶金的な要因について検討している。そして静的な引張試験条件では、Al-Mg系合金の伸びはMg量の増加とともに向上する事を示した。その原因としては、Mg量の増加に伴って積層欠陥エネルギーが低下するとともに動的歪時効が顕著になって、加工硬化性が高くなることにあるとしている。一方、実際のプレス成形に対応する1/s近傍の高歪速度条件においては、伸びのMg量依存性は消失し、低Mg系合金の伸びは高Mg系と変わらないことを見出している。これは、高歪速度化によって動的歪時効が抑制され、加工硬化性に関する高Mg系合金の優位性が低下するからであると指摘している。また、中間焼鈍後の最終冷間圧延率を30%前後とすることにより、r値が向上し面内異方性も減少する事を示している。この機構としては、再結晶機構として核生成-成長と歪誘起粒界移動の両方が同時に働くため、ランダムな集合組織が形成されるからであるとしている。以上を通して、Mg量2〜3mass%の低Mg系合金においても、実際のプレス成形条件では、高Mg系合金と同様の性能を付与することが可能であることを明らかにしている。 第3章では、低Mg系合金においても成形後充分な強度を得ることを狙って、塗膜焼付硬化性(BH性)付与の可能性を検討している。Al-2〜3mass%Mg合金において、0.6mass%までのCuおよび0.1mass%程度のSiを添加することにより、170℃におけるBH性が著しく増大する事を示した。このBH性は170℃の時効により形成されるGPBゾーンに起因し、Cu量の増加はGPBゾーン密度の増大をもたらし、Si添加はGPBゾーンの均一微細化を促進することを通じて、BH性向上に寄与しているとしている。以上より、Mg量2〜3mass%の低Mg系合金においても、170℃、20分の塗膜焼付処理条件で約50MPaの強度上昇が得られ、最終製品として十分な強度を有する高BH性合金を開発することが可能であることを示している。 第4章では、第3章の検討を通して開発した高BH性低Mg系合金(Al-2〜3mass%Mg-Cu-Si)について、その引張特性、特に伸びおよびセレーションに及ぼすMg量の影響を詳細に検討し、前章までの結果及び考察の検証を行っている。開発合金の伸びに及ぼす歪速度の影響を検討すると共に小型カップ成形性に及ぼす成形速度の影響を検討し、開発合金が高歪速度領域で優れた成形性を示すことを明らかにしている。 第5章では上記の高BH性低Mg系合金(Al-2〜3mass%Mg-Cu-Si)が、実際の実車プレス成形において、充分な成形性と強度を示すかどうかの確認を行っている。実車プレスにおいては、耐割れ性だけでなくしわの発生が問題になるが、低Mg系高BH性合金は成形時の降伏強度が低いため、しわ発生が抑制される事を示している。その結果、耐割れ性と耐しわ性の複合的な性能として評価されるプレス成形性は、高BH性低Mg系合金においても高Mg系合金と同様に高いことを明らかにしている。 第6章では、本研究で開発した高BH性低Mg系合金について実用化に向けた性能評価としてヘム部の曲げ加工性、スポット溶接性、耐食性などの詳細な検討を行い、高Mg系合金と同等以上の優れた上記諸特性を示す事を明らかにしている。これより開発合金が実用使用性能から見ても、十分工業化が可能であることを確認している。 第7章では、以上の結果を総括し、本論文の結論としている。 以上本論文は塗膜焼付硬化性に優れる自動車パネル用アルミニウム合金の開発に関する研究を纏めたものであり、低Mg系合金で自動車のボディパネルに適した合金を開発できる事を示しており、材料学への寄与が大きいと判断される。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |