重力波は、時空の中を光速で伝播する時空そのものの歪みである。1975年のHulseとTaylorによる連星パルサーPSR1913+16の発見とそれに続く長期の電波観測の結果、この連星の近日点移動が重力波の放出によるエネルギー損失のためである事がTaylorらにより示された。重力波の放出が間接的にせよ観測された例は連星パルサーだけであるが、重力波を放出する天体現象は多種多様であると予想されている。例えば中性子星連星などの連星系が連続的に放出している重力波、このような連星が寿命の終わりに合体する際の周波数掃引(チャープ)信号、巨大ブラックホールの合体、超新星爆発によるバースト波、重力波の背景輻射などである。電磁波による観測では、ほとんどの場合、観測される電磁波はミクロな発生源(個々の電子や原子、分子など)から発生した電磁波の、インコヒーレントな重ねあわせである。また、電磁波は物質との相互作用が大きいので、例えば天体中心部で発生する電磁波のように観測点との間に濃い物質層が存在すれば、観測点に直接届く事はない。一方重力波は、波源である物質が総体としてコヒーレントな運動をした場合に発生するものである。また、物質との相互作用が小さいので、発生源から観測点までほぼ直接届くものと考えられる。したがって、仮に重力波の直接観測が可能になれば、電磁波によるこれまでの天体観測とは相補的な情報を得る事が可能になると考えられる。前述の様な天体現象から期待される重力波の振幅は、時空の歪みとしては10-21オーダーと非常に小さいが、近年の微小変位計測技術の飛躍的な発達により、天文学の道具としての重力波検出に対する関心と期待が高まっている。 本研究は、世界各国で強力に開発が推し進められている、レーザー干渉計型重力波検出器の基礎研究に属する物である。干渉計型検出器の基本構成は巨大なMichelsonレーザー干渉計である。干渉計の鏡は、近似的な自由質点状態を実現するため、振子状に懸架されている。干渉計に入射したレーザー光はビームスプリッターで直交する二方向に分割され、光路(腕)の鏡により反射され、再びビームスプリッターで結合される。重力波による時空の歪みは、分割された光の位相に互いに逆向きの変動を加えるので、結合された干渉光の強度変動を見れば重力波が測定出来る。振幅hの重力波が入射する時、長さLの光路に発生する歪みの大きさはhL/2であるので、干渉計型検出器の高感度化のためには光路長Lを大きくする事が有効な手段である。実際には干渉計に周波数特性があるために、目標とする重力波の周波数によって最適光路長が存在し、例えば数百Hzから1kHzの重力波を検出する場合の最適光路長は100kmのオーダーである。そこで実際の干渉計では単純な鏡の代わりにFabry-Perot(FP)共振器を用い、多重干渉を利用して有効光路長を増大させる事が広く行われている(図1)。このような方式の干渉計を、本論文ではFabry-Perot-Michelson(FPM)干渉計と呼ぶ。本研究は、FPM干渉計型重力波検出器の研究開発として、特にビームスプリッター上での光再結合の実現と、干渉計の各種非対称性に付随する雑音特性の研究を主目的として行われた。 図1:Fabry-Perot共振器を利用したMichelson干渉計(Fabry-Perot-Michelson干渉計) 光再結合とは、ビームスプリッターで分割した光を再びビームスプリッターで結合して干渉させ、直交する二本の腕の位相差情報を干渉光から取り出す事であり、実際の検出器では必須の技術である。本研究が行われる前には、Fabry-Perot方式での光再結合はテーブルトップの固定鏡での実験で成功していたが、実際の検出器のように全ての鏡を懸架した状態で光再結合を行った例はなかった。また、鏡が懸架された干渉計では、腕から反射されてきた光を干渉させずに別々に取り出すという方式が行われていた。そこで、鏡の懸架された干渉計で光再結合を実現するために、基線長が3mのFabry-Perot-Michelson干渉計を建設した。本研究は、鏡が懸架されたFabry-Perot-Michelson干渉計での光再結合の最初の例となったものである。図2に、本研究で建設した3m干渉計の制御の概略を示す。光源であるNd:YAGレーザーからの入射光には15MHzで位相変調がかけられ、この変調を利用して二つの腕の変動を独立に測定する事が出来るようになっている。片方の腕の信号を用いてレーザーに周波数安定化を施す。他方の腕は、レーザー光に共振するようにゆるく制御されている。二つのFabry-Perot共振器からの反射光は、ビームスプリッター上で再結合され、この干渉光を二つの光検出器PD1とPD2で検出し、その信号から重力波に対応する位相差を検出する。この信号はビームスプリッターの位置にフィードバックされ、Michelson部分が最適な動作点を保つように制御される。 図2:本研究で建設したプロトタイプ干渉計の光学および制御系の概略 干渉計の各種の雑音源の一つに、光源であるレーザーの周波数の変動(周波数雑音)のような、二つの腕の光路に同相で働く雑音(同相雑音)がある。干渉計が両腕に関して完全に対称な系であれば、同相雑音は重力波信号に現れない(同相雑音除去)はずだが、実際には様々な理由で非対称性が避けられない。わずかな非対称性による同相雑音の混入は、周波数安定化に厳しい制限を与えるので、同相雑音がどの程度除去されるかを表す同相雑音除去比(Common-Mode-Rejection-Ratio,CMRR)が非常に重要なパラメータとなる。大きな(絶対値の小さい)CMRRを得るには、両腕の反射率などの光学特性の非対称性や、光結合効率の変動などの幾何的な非対称性が問題になる。しかし、実際に鏡を懸架した状態でどの程度の対称性が確保され、結合効率がどれほどの値を実現出来るのかについては未知であった。そこで、非対称性として当時考えられていた共振器のフィネスの他にも、共振器のDC的な反射率や、共振器の鏡の向き(アラインメント)変動による幾何非対称性についても理論的な解析を行い、これらの非対称性と同相変動除去の関係を明らかにした。実際の3m干渉計では、鏡のアラインメント等各種の調整を行い、再結合の結合効率が最大99.2%、またCMRRが2×10-3から3×10-3程度という値が実現された。このような状態で干渉計の変位雑音を測定し、そのデータをもとに徹底的な雑音解析と雑音低減を繰り返した結果、ほぼ全ての周波数領域で、感度を制限している雑音源が特定された。得られた変位雑音スペクトルを雑音源レベルとともに示したのが図3である。特に、2kHzから10kHz程度の領域で得られたフロアレベルは光の散射雑音に支配されており、およそであった。およそ1/300以上という大きなCMRRが実現されたおかげで、周波数雑音の影響は高周波側では20kHz以上で見えるだけに抑えられている。100Hz以下の領域は地面振動が雑音源となっている。 図3:実現された変位感度と、雑音源のレベル。黒線が変位感度レベルで、赤、橙、緑、紫、青はそれぞれ地面振動、制御非対称性、光学非対称性、電子回路の雑音、散射雑音、の影響を表す。 実験で得られたデータをもとに考察を行い、実際の重力波検出器において光学系や制御系の対称性がどの程度見込めるか、また実際の重力波検出器に必要な感度を実現するにはどのような要求がなされるのかを評価した。 本研究は、プロトタイプレベルでの光再結合が可能である事を初めて示した研究である。本研究で明らかになった各種非対称性と同相雑音除去との関係は、日本の重力波検出器であるTAMA300の設計においても活かされている。 |