学位論文要旨



No 214188
著者(漢字) 戸辺,公子
著者(英字)
著者(カナ) トベ,キミコ
標題(和) 超常磁性酸化鉄粒子を用いた核磁気共鳴血管造影の検討
標題(洋)
報告番号 214188
報告番号 乙14188
学位授与日 1999.02.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14188号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 桐野,高明
 東京大学 講師 宮田,哲郎
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 吉川,宏起
内容要旨 【目的】

 核磁気共鳴血管造影(Nuclear Magnetic Resonance Angiography;以下MRA)には種々の撮像法があるが、どの血管にも適用できる一定の方法はなく、種々のシークエンスがそれぞれの条件で用いられている。臨床上血管造影像には、高分解能と立体的位置関係の把握が要求されている。三次元タイムオブフライト法を用いた核磁気共鳴血管造影(3D-Time-of-Flight Magnetic Resonance Angiography;以下3D-TOF-MRA)は空間分解能が高く、アーチファクトの影響が少ないという特徴がある。3D-TOF-MRAの問題点は飽和効果による信号低下である。飽和効果をさけるため細胞外液性のガドリニウムキレート製剤(gadolinium chelates;以下Gd)を用いた造影MRAが臨床上施行され、その有用性が認められてきている。

 本研究で用いた造影剤は、MRI造影剤である超常磁性酸化鉄粒子(Superparamagnetic iron oxide、以下SPIO)のうちの径の小さいもの(Ultrasmall superparamagnetic iron oxide、以下USPIO)の一つであるAMI-227である。AMI-227は高い造影効果と長い血中半減期のためMRA用造影剤として期待されている。

 USPIOを用いた流体ファントム実験は本研究がはじめてである。臨床上使われる造影剤は半減期が短く、生体内でMRA撮像法の比較の研究は施行できない。MRAの信号に影響を及ぼす因子には、呼吸性移動・心拍動などが考えられるため生体内での検討は必要である。最終的には、本研究ではフローコントラストによる信号が主である非造影MRAとは異なる、高い緩和率効果をもつ造影剤を利用したフローコントラストを用いない条件下での造影MRA撮像を目指した。

【対象と方法】1.ファントム実験1)造影剤

 AMI-227(Eiken-Chemical,CO.,LTD,Tokyo,Japan)の物理学的特性は、縦緩和率(longitudinal relaxivity;R1)は39℃で20MHZの際24.1l×mmol-1×sec-1であり、横緩和率(transverse relaxivity;R2)は53.0l×mmol-1×sec-1である。鉄粒子は低分子デキストランで覆われており、径は平均19nmである。鉄粒子の径は4.3〜6.2nmである。

2)ファントム実験

 AMI-227静止ファントム(0.13〜1.17mol Fe/ml saline)を3D-Fast Imaging with Steady state free Precession(以下FISP)10°〜90°(TR/TE/FA/Number of exitation(以下NEX))=40/10/10-90°/1)・FOV=250mm・Matrix=192×256・スラブ厚32mm(スライス厚2mm)にて撮像した。次にAMI-227拍動流体ファントム(0.13〜1.17mol Fe/ml、フロー速度;0、2、5、10、20cm/sec)を前述のシークエンス(FA;20°、40°、60°、80°)にて撮像した。

2.動物実験

 ファントム実験と同一のシークエンス・装置を用い、動物実験を施行した。

 1)Sprague-Dawley rat(n=8)の胸部MRAを施行した。投与前、40molFe/kg投与後60分、70分、240分後に3D-FISP40°で体軸断像を撮像した。

 2)5(n=4)、10(n=8)、40(n=8)、50(n=4)molFe/kg投与60分後にMRA(3D-FISP 15°・40°)を連続して体軸断像を撮像した。

 3)体軸断像・冠状断像のMRA(3D-FISP 40°)を、40molFe/kg投与60分後に連続して施行した(n=9)。

【結果】1.静止・流体ファントム実験

 濃度が0.39molFe/ml以上では、ほとんどフローコントラストはみられなかった。この濃度以上では静止体での信号強度が最大になるフリップ角は40°〜60°であった。

2.動物実験

 1)良好なMRAの画像が得られた。左室平均SIR(Signal intensity ratio)はそれぞれ造影前・60分後・70分後・240分後で1.06+/-0.07、3.48+/-0.5、3.49+/-0.34、2.59+/-0.26であり、造影前後で有意な造影効果を認めた。左室の60分後・70分後と240分後の比較では有意差が見られた。右房平均SIRはそれぞれ造影前は2.53+/-1.12左室より高値であったが、造影後は左室と同程度となった。

 2)左室のSIRとSDは40molFe/kg投与で2.17+/-0.25・3.76+/-0.25((p=2.0×10-4);15°・40°)、50molFe/kg投与で1.61+/-0.13・2.55+/-0.26((p=0.0043);15°・40°)である。低濃度では有意差がないが40・50molFe/kg投与では、有意にFA40°の方が高いSIRを呈した。50molFe/kg投与では、3D-FISP40°・15°ともに画像が劣化したが、15°でその程度は強かった。

 3)体軸断と冠状断ともに同等の良好な造影効果が得られた。冠状断の画像は均一性において優れていた。造影前左室平均SIRは1.09+/-0.03、1.08+/-0.09((p=0.88);冠状・体軸断)であった。造影後左室平均SIRは3.19+/-0.24、3.17+/-0.39((p=0.88);冠状・体軸断であった。造影前右房平均SIRは1.09+/-0.07、1.57+/-0.31((p=0.005);冠状・体軸断)であった。造影後右房平均SIRは3.15+/-0.22、3.27+/-0.42((p=0.424);冠状・体軸断)であった。

【考察】

 AMI-227を用いることにより、流量依存性のない造影剤濃度で高画質のMRA画像がえられた。流量依存性がないMRA画像は,従来法のようなスライス方向での制約がなく,臨床目的に合わせて任意に撮像できる点、フローに無関係に均一な画像が得られる点で血管造影像として適した画像が得られることが判明した。USPIOであるAMI-227はGdより緩和率効果が高い点で、この目的に合致するものと考えられた。

 3D-TOF-MRA法では、フローの信号強度は、静止時の信号強度と、フローコントラストの和である。静止時の信号強度に対する、造影剤とシークエンスパラメータの影響は、3D-TOF-MRA法で用いられるグラジエントエコー法の信号強度の性質を反映する。その信号強度とシークエンスパラメータの関係は、最適FA(エルンスト角)では信号強度は最大であるが、それ以外の角度では信号強度は低下する。AMI-227の信号強度増強効果は、Gd同様、造影剤高濃度では高FA、低濃度では低FAよりに信号強度のピークがみられ、造影効果の理論に合致した。

 造影剤とシークエンスパラメーターの影響は、理論上、フリップ角増大・高い造影剤濃度はフローコントラストを低下をもたらすといわれている。本研究の流体ファントム実験においても同様の効果が見られ、USPIOの一種であるAMI-227もフローコントラストに関する影響は、Gdと同様に考えて良いということが判明した。

 生体内で、冠状断と体軸断の主要血管のSIRがほぼ同程度であることが判明した。冠状断はフローコントラストが殆どえられない撮像法であり、体軸断はフローコントラストが得られやすい撮像法である。緩和率効果の高い造影剤を用い、高FAを用いた場合はフローコントラストはほとんどえられず、冠状断と体軸断像での血管のSIRに差がほとんどみらず、かつ血液由来の信号が高いため良好な血管造影像がえられた。冠状断で良好なMRA像が得られることは臨床上非常に有用である。従来の体幹や下肢の非造影MRAでは体軸断像からの再構成像であるので空間分解能が悪いうえに、撮像範囲が制限されており臨床上かなり制約となっていた。血流の速度や撮像体積での位置の影響が少ない画像は、血管径を反映した画像であり、血管造影像に求められる情報である。

 本来SPIOやUSPIOはT2*効果の高い陰性造影剤である。USPIOはT1時間短縮効果が高いため本研究で用いたように陽性造影剤としての効果を合せ持つ。本動物実験で施行された範囲内では、陰性効果による画像の劣化はみられなかった。静止ファントム実験の1.2molFe/mlの濃度・流体ファントム実験の1.17molFe/ml・動物実験の50molFe/kg投与で陰性効果がみられた。機種の性能改善により、さらに短いTEが可能となり、T2*による陰性効果の影響を最小限にとどめることが可能であろう。

 AMI-227は造影剤は本来リンパ節用の陰性造影剤として開発されており、すでに米国では臨床治験第2相が終了しており安全性がほぼ確立されている薬剤である。AMI-227を用いることにより部位やスライス面に無関係に均一な血管造影像を得ることが可能であることが判明した。AMI-227は生体内血中半減期が長いため、実際にFAと信号強度との関係を比較可能あった。体軸断と冠状断の信号強度に大きな差がなかった。近い将来臨床上この製剤が使われると思われる。その際、この特徴を生かし各症例・部位に応じた3D-TOF-MRA検査法を含めたプロトコール作成にこの実験結果が有用であると思われる。

審査要旨

 本研究は画像診断において重要な役割を演じていると考えられる、核磁気共鳴血管造影撮像法の検討である。これは、新しい造影剤である超常磁性酸化鉄粒子(Ultrasmall superperamagnetic iron oxide、以下USPIO)を用い行う方法である。フローの影響の少ない条件下での核磁気共鳴血管造影を目指し、撮像時間・造影剤濃度・フリップ角を変更下で、流体ファントム実験・動物実験を施行したもので下記の結果を得ている。

1.ファントム実験

 USPIOを用いた流体ファントム実験は本実験が初めてである。USPIOが0.39molFe/ml以上では、フローコントラストはほとんどないことが確認された。この濃度以上では信号強度が最大になるフリップ角は40°〜60°であることが示された。

2.動物実験

 1)Sprague-Dawley ratを用い、胸部MRAを施行した。造影MRAは造影剤投与後、60分、70分、240分に施行された。良好な造影MRAの画像がえられた。またSIRの上昇も顕著であった。

 2)MRAのシークエンスパラメーターであるフリップ角・造影剤濃度を変更し検討した。40・50molFe/kg投与・FA40°で高いSIRを呈した。50molFe/kg投与では、FA15°で画像が劣化した。

 3)本研究で用いた造影剤の半減期が長いことを利用し、同一動物を連続して冠状断・体軸断で撮像することにより信号強度を比較検討した。元画像が体軸断である場合と、冠状断である場合のいずれの場合でも良好なMRAがえられた。

 以上、本論文は新しい造影剤であるUSPIOを用いたMRAにおいて、フローコントラストの影響の少ない条件下での核磁気共鳴血管造影が得られることを明らかにした。これは、任意の断面でMRA像が得られることを意味している。実際に動物実験で冠状断・体軸断のいずれにおいてもMRA像がえられることを確認している。本研究は、臨床上有用であるMRAがさらに汎用されるうえで、各臓器における核磁気共鳴血管造影のシークエンスの設定に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考える。

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