学位論文要旨



No 214199
著者(漢字) 加藤,温
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,アツシ
標題(和) JCウイルスの感染ならびに伝播様式の解析
標題(洋)
報告番号 214199
報告番号 乙14199
学位授与日 1999.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14199号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武藤,徹一郎
 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 保坂,義雄
 東京大学 助教授 塩田,達夫
内容要旨 【背景と目的】

 JCウイルス(JCV)は進行性多巣性白質脳症(PML)患者の脳から発見されたウイルスで、その患者のイニシャルをとってJCVと命名された。進行性多巣性白質脳症(PML)はJCウイルス(JCV)によって惹起される致死的な中枢神経系の脱髄疾患である。主として免疫不全を伴う疾患を有する患者や免疫抑制剤が投与される移植患者などに発生する。これまでPMLはまれな疾患であったが、最近では米国を中心にエイズ患者での発症例が増えている。

 JCVの自然史に関して今までに以下のことが明らかにされている。

 PadgettとWalkerは赤血球凝集阻止反応を利用してJCVに対する抗体の保有率を調査し、JCVに対する抗体は子供の時に獲得され、成人における抗体保有率は約70%となることを示した。このような血清疫学的な調査が各国で行われ、JCVが世界中に蔓延していることが明らかとなった。北村らは一般患者や健常人におけるJCVの尿中排泄を調べ、JCVの排泄率は19歳以下の群では20%以下であるが、20歳以上の群では50〜60%に上昇することを明らかにした。富永らは、同じ患者の腎髄質と尿とからJCVを検出し、腎髄質で増殖したJCVが尿中に排泄されることを示唆した。原らは尿中JCVを初めて組織培養系で増殖させるのに成功し、尿JCVが感染源である可能性を示唆した。田口らは母親由来の抗JCV抗体が消失してから、改めて抗JCV抗体が獲得されることをみいだした。これにより、子供は出生後にJCVに感染することが示された。国武らは尿中JCVを用いて、JCVが親から子へ伝播する可能性を検討した。子のJCVの塩基配列は父親または母親のJCVの配列と一致する例が半数に達し、JCVが親から子へ頻繁に伝播することが示唆された。また最近の北村らの研究で日本人におけるJCVの重複感染は殆どないことが明らかにされた。

 本研究は以上の知見を基としてJCVの自然史を一層解明することを目的とした。

【方法】

 尿から抽出したDNAを鋳型として、JCVゲノム上のVT遺伝子間領域(610塩基対)を増幅した。増幅断片をクローニングし、各クローンの塩基配列を蛍光式自動シークエンサーを用いて決定した。得られた塩基配列と既に決定されているJCV株の塩基配列から、近隣結合法によって分子系統樹を作成し、JCVの型を決定した。一部の増幅断片に対しては、制限酵素(Alul、Bglll、Hinfl)を用いた解析を施行し、型を決定した。

【結果】1.JCウイルスの感染の解析

 JCVは腎と尿から高頻度に検出される。このことから、成人の尿より検出されるJCVが初感染のものと同じである可能性と、そうでないもの、すなわち、初感染の時のJCVが排除され、外から侵入したJCVである可能性とが考えられた。どちらが正しいかを明らかにするために、日本に比較的永く滞在している外国人が日本で蔓延しているJCV型に感染したかどうか調査した。日本に2〜27年間滞在している外国人(以下では単に在日外国人と呼ぶ)約30名から尿を採取した。そのうち、8名の在日外国人(ヨーロッパ人6名、オーストラリア人1名、アジア人1名)からJCV DNAが検出された。得られた8株の塩基配列と既に決定されているJCV株の塩基配列から、近隣結合法によって分子系統樹を作成した(図1)。

 在日外国人から検出された8株のJCVのうち5株はA型に分類され、残りの3株はB型に分類された。ところで、日本で蔓延しているJCVはほとんどB型であるが、日本のB型は2つの独特な亜型(CYとMY)に属す。在日外国人から検出されたB型の株はCYともMYとも異なる亜型に属していた。在日外国人の尿中に排泄されるJCVは日本人の間に蔓延しているJCVとは異なっていた。

2.JCVの伝播様式の解析

 民族間におけるそれぞれの固有のJCVの伝播の有無を調べるために、沖縄でアメリカ人型JCVの日本人への侵淫度を調査した。

 この調査に先立って、沖縄人の保有するJCVとアメリカ人が保有するJCVとが区別されるかどうか調べた。沖縄人に固有のJCV型を明らかにするために、アメリカ人が沖縄に進駐した1945年までに成人した沖縄人(即ち、採尿の時点で70歳以上の高年齢層)から尿を採取し、JCV DNAを検索した。検出された41株のうち、11株の型を系統樹解析により決定し、残りの30株の型を制限酵素解析により決定した。41株は全てB型であった。この結果から、沖縄人に固有のJCVはB型であると結論した。

 3つのアメリカ人集団(1-3)から検出されたJCVの型を系統樹解析によって調べた。集団1はAultとStonerが報告したPML患者11名からなり、集団2は我々が調べたニューヨーク州のエイズ患者9名からなり、集団3はAgostiniが報告した免疫正常な患者45名からなる。調査の結果、4つのJCV型(A〜D)がアメリカ人の間で蔓延していることが判明した。沖縄の日本人に固有のJCVはB型であるから、アメリカ人から沖縄の日本人へのJCV伝播の指標としてA、C、D型を用いることができることがわかった。

 最後に、沖縄本島の各地で、アメリカ軍が沖縄を占領した時より後に生まれた低年齢層(30〜50歳)の沖縄の日本人から尿を採取した。これらの検体DNAを制限酵素を用いて解析した。この解析によって、125例の低年齢層の沖縄の日本人から検出された株は全例B型であると判定された。アメリカ人型JCVは沖縄の日本人の間から検出されなかった。

【結論】

 1.在日外国人の尿中JCVの解析から、民族によってJCVの型が別れ、一度感染したJCVは他のJCVに変わらないと結論した。

 2.沖縄における調査により、民族間においてそれぞれに固有のJCVは滅多に混じりあうことはなく、通りすがり程度の接触では、JCVは伝播しないと結論した。

図1.在日外国人から検出されたJCV株の分子系統解析

 日本に2〜27年間滞在していた外国人8名からJCV DNAの610塩基対領域(VT遺伝子間領域)を増幅した。増幅断片の塩基配列と既に報告されているJCV株の塩基配列から近隣結合法によって分子系統樹を作成した。X-01〜X-08は在日外国人からのJCV株を示す。日本人から検出された株(C-01、C-02、C-11〜C-20、M-01、M-02、M-11〜M-14)、米国で発見された株(101〜103、201〜205)、ガーナで発見された株(GH-1〜GH-4)は既に塩基配列が報告されている株である。系統樹の右に型と亜型を示した。

審査要旨

 本研究はJCVの自然史を解明する目的で、ヒトの尿中JCウイルス(JCV)を調べることにより、JCVの感染ならびに伝播様式の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.JCウイルスの感染の解析

 JCVは腎と尿から高頻度に検出される。このことから、成人の尿より検出されるJCVが初感染のものと同じである可能性と、そうでないもの、すなわち、初感染の時のJCVが排除され、外から侵入したJCVである可能性とが考えられた。どちらが正しいかを明らかにするために、日本に比較的永く滞在している外国人が日本で蔓延しているJCV型に感染したかどうか調査した。日本に2〜27年間滞在している外国人(以下では単に在日外国人と呼ぶ)約30名から尿を採取した。そのうち、8名の在日外国人(ヨーロッパ人6名、オーストラリア人1名、アジア人1名)からJCV DNAが検出された。得られた8株の塩基配列と既に決定されているJCV株の塩基配列から、近隣結合法によって分子系統樹を作成した。

 在日外国人から検出された8株のJCVのうち5株はA型に分類され、残りの3株はB型に分類された。ところで、日本で蔓延しているJCVはほとんどB型であるが、日本のB型は2つの独特な亜型(CYとMY)に属す。在日外国人から検出されたB型の株はCYともMYとも異なる亜型に属していた。在日外国人の尿中に排泄されるJCVは日本人の間に蔓延しているJCVとは異なっていた。

2.JCVの伝播様式の解析

 民族間におけるそれぞれの固有のJCVの伝播の有無を調べるために、沖縄でアメリカ人型JCVの日本人への侵淫度を調査した。

 この調査に先立って、沖縄人の保有するJCVとアメリカ人が保有するJCVとが区別されるかどうか調べた。沖縄人に固有のJCV型を明らかにするために、アメリカ人が沖縄に進駐した1945年までに成人した沖縄人(即ち、採尿の時点で70歳以上の高年齢層)から尿を採取し、JCV DNAを検索した。検出された41株のうち、11株の型を系統樹解析により決定し、残りの30株の型を制限酵素解析により決定した。41株は全てB型であった。この結果から、沖縄人に固有のJCVはB型であると結論した。

 3つのアメリカ人集団(1-3)から検出されたJCVの型を系統樹解析によって調べた。集団1はAultとStonerが報告したPML患者11名からなり、集団2は我々が調べたニューヨーク州のエイズ患者9名からなり、集団3はAgostiniが報告した免疫正常な患者45名からなる。調査の結果、4つのJCV型(A〜D)がアメリカ人の間で蔓延していることが判明した。沖縄の日本人に固有のJCVはB型であるから、アメリカ人から沖縄の日本人へのJCV伝播の指標としてA、C、D型を用いることができることがわかった。

 最後に、沖縄本島の各地で、アメリカ軍が沖縄を占領した時より後に生まれた低年齢層(30〜50歳)の沖縄の日本人から尿を採取した。これらの検体DNAを制限酵素を用いて解析した。この解析によって、125例の低年齢層の沖縄の日本人から検出された株は全例B型であると判定された。アメリカ人型JCVは沖縄の日本人の間から検出されなかった。

 以上、本論文は在日外国人の尿中JCVの解析から、民族によってJCVの型が別れ、一度感染したJCVは他のJCVに変わらないとを示し、また、沖縄における調査により、民族間においてそれぞれに固有のJCVは滅多に混じりあうことはなく、通りすがり程度の接触では、JCVは伝播しないことを明らかにした。本研究はJCVの自然史の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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