本研究はJCVの自然史を解明する目的で、ヒトの尿中JCウイルス(JCV)を調べることにより、JCVの感染ならびに伝播様式の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.JCウイルスの感染の解析 JCVは腎と尿から高頻度に検出される。このことから、成人の尿より検出されるJCVが初感染のものと同じである可能性と、そうでないもの、すなわち、初感染の時のJCVが排除され、外から侵入したJCVである可能性とが考えられた。どちらが正しいかを明らかにするために、日本に比較的永く滞在している外国人が日本で蔓延しているJCV型に感染したかどうか調査した。日本に2〜27年間滞在している外国人(以下では単に在日外国人と呼ぶ)約30名から尿を採取した。そのうち、8名の在日外国人(ヨーロッパ人6名、オーストラリア人1名、アジア人1名)からJCV DNAが検出された。得られた8株の塩基配列と既に決定されているJCV株の塩基配列から、近隣結合法によって分子系統樹を作成した。 在日外国人から検出された8株のJCVのうち5株はA型に分類され、残りの3株はB型に分類された。ところで、日本で蔓延しているJCVはほとんどB型であるが、日本のB型は2つの独特な亜型(CYとMY)に属す。在日外国人から検出されたB型の株はCYともMYとも異なる亜型に属していた。在日外国人の尿中に排泄されるJCVは日本人の間に蔓延しているJCVとは異なっていた。 2.JCVの伝播様式の解析 民族間におけるそれぞれの固有のJCVの伝播の有無を調べるために、沖縄でアメリカ人型JCVの日本人への侵淫度を調査した。 この調査に先立って、沖縄人の保有するJCVとアメリカ人が保有するJCVとが区別されるかどうか調べた。沖縄人に固有のJCV型を明らかにするために、アメリカ人が沖縄に進駐した1945年までに成人した沖縄人(即ち、採尿の時点で70歳以上の高年齢層)から尿を採取し、JCV DNAを検索した。検出された41株のうち、11株の型を系統樹解析により決定し、残りの30株の型を制限酵素解析により決定した。41株は全てB型であった。この結果から、沖縄人に固有のJCVはB型であると結論した。 3つのアメリカ人集団(1-3)から検出されたJCVの型を系統樹解析によって調べた。集団1はAultとStonerが報告したPML患者11名からなり、集団2は我々が調べたニューヨーク州のエイズ患者9名からなり、集団3はAgostiniが報告した免疫正常な患者45名からなる。調査の結果、4つのJCV型(A〜D)がアメリカ人の間で蔓延していることが判明した。沖縄の日本人に固有のJCVはB型であるから、アメリカ人から沖縄の日本人へのJCV伝播の指標としてA、C、D型を用いることができることがわかった。 最後に、沖縄本島の各地で、アメリカ軍が沖縄を占領した時より後に生まれた低年齢層(30〜50歳)の沖縄の日本人から尿を採取した。これらの検体DNAを制限酵素を用いて解析した。この解析によって、125例の低年齢層の沖縄の日本人から検出された株は全例B型であると判定された。アメリカ人型JCVは沖縄の日本人の間から検出されなかった。 以上、本論文は在日外国人の尿中JCVの解析から、民族によってJCVの型が別れ、一度感染したJCVは他のJCVに変わらないとを示し、また、沖縄における調査により、民族間においてそれぞれに固有のJCVは滅多に混じりあうことはなく、通りすがり程度の接触では、JCVは伝播しないことを明らかにした。本研究はJCVの自然史の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |