学位論文要旨



No 214200
著者(漢字) 林,直人
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,ナオト
標題(和) 血管奇形の硬化療法のためのインターベンショナルMRIについての研究
標題(洋)
報告番号 214200
報告番号 乙14200
学位授与日 1999.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14200号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 吉川,宏起
内容要旨 〈研究の背景〉

 近年InterventionalRadiology(以下IVR)が体表からの切開を必要とする外科手術と比べて侵襲の少ない治療方法として注目されている。IVRはリアルタイム表示画像下に病巣の穿刺、生検を行ったり、カテーテルを介して治療や診断に寄与する放射線医学の一分野を称する。X線を使う画像表示装置によるIVRと比べてInterventionalMRIのメリットとしては以下の3点が挙げられる、1)撮像にあたって放射線被曝がないこと、2)MRIでは任意の方向の断層像が得られること、3)MRIでは特異な組織コントラストが得られること。デメリットとしてはX線透視や超音波装置と比べると画像表示が遅くまだ十分なリアルタイム表示とは言えないことや、X線透視と比べて画像表示の時間分解能や空間分解能が劣る点が挙げられる。しかし、これらのデメリットはMRIのコンピューターの演算速度の高速化や撮像シーケンスの工夫により改善されつつあるので、InterventionalMRIは将来は有力なIVRの方法になると思われる。

 我々は形成外科に協力して以前より頭頚部や四肢領域の軟部組織の血管奇形病変に対してX線透視下の経皮的硬化療法を行ってきた。X線透視には患者と術者に対して放射線被曝があること、一方向からの透過像しか得られないため硬化剤の3次元的な拡がりの把握が困難であること、血管奇形がX線透視では周囲の軟部組織とのコントラストがないために病変自体は見えないこと、などのデメリットがある。血管奇形の硬化療法の治療対象者の多くがX線に感受性の高い若年者であるためX線透視によるIVRのときの放射線被曝は特に問題となる。放射線被曝のないInterventionalMRIの手法を用いて血管奇形の硬化療法を行うことが技術的に可能であることを示し、さらにInterventionalMRIによる硬化療法が従来のX線透視下の硬化療法と比べて有用であることを示す。実際にはInterventionalMRIがX線透視と同等以上の画像表示ができれば、放射線被曝がない分だけInterventionalMRIの方が有利である。さらにMRIの良好な病変描出能を利用した体積測定により治療効果の評価も可能であることを示す。そこでまずInterventionalMRIの画像表示を調べるために実際の手技の際に問題となる穿刺針の見え方と薬剤の見え方に関して基礎的検討を行う。またMRIによる体積測定の方法の精度に関して検討を行う。最後に臨床例で硬化療法を行い、InterventionalMRIでX線透視と同等以上の画像表示ができることと体積測定による治療効果の評価が可能であることを示す。

〈基礎的研究〉

 以下の基礎的検討は0.2テスラ常電導オープン型MRI装置を撮像装置として使用した。

 低磁場MRI装置下で静止している18G-低磁場MRI用穿刺針の見え方を各撮像シーケンスによる違い、針の方向と静磁場方向および読み出し方向による違いについてそれぞれ比較するために撮像実験を行い、さらに市販のMRI対応型穿刺針と比較した(図1)。グラディエントエコー法の場合には低磁場MRI用穿刺針と市販のMRI対応型穿刺針では明らかに低磁場MRI用穿刺針の方が針のコントラストが良好であった。開発中の低磁場MRI用のSUS-305を素材とするステンレス針は市販のMRI対応型穿刺針と比べてアーチファクトが大きくコントラストも良好なので、低磁場MRIでのMRI透視下穿刺用の針として有望であることが示唆された。

 MRI透視下で注入する造影剤の至適濃度を決定するために濃度の異なるサンプルに対して撮像実験を行った。FISP法やSE法T1強調画像の0.1%Gd-DTPA溶液から0.01%Gd-DTPA溶液の間の信号強度の変化と比べるとTSE法T2強調画像の1%Gd-DTPA溶液から0.1%Gd-DTPA溶液の変化の方がより良好なコントラストを示した。ファントム内の液体の動きによる信号消失と造影剤濃度変化による信号強度の経時的変化を観察では、MRI透視下の造影剤注入の動的コントラストは水流による動きのアーチファクトの影響を強く受け、またGd-DTPAの濃度によって複雑な信号強度の変化を示すので、流れがある場合のMRI透視の解釈には注意を要することがわかった。またethanolamineoleate(EO)が血管内皮障害作用を示す有効濃度の臨界点(1%)の前後で信号強度の明瞭な変化が出現する硬化剤と造影剤の混合溶液および撮像法の組み合わせを求めたところ、TSE法T2強調画像で8%Gd-DTPA-5%EO溶液が適合した。つまり、病変内で硬化剤が血管内皮障害作用に必要な有効濃度を保っているかどうかをMRIで確認することが可能であることがわかった。

 様々な形の10個のファントムを作成し、TSE法(TR/TE=5000/102msec、ET=7)の5mm厚スライスおよび10mm厚スライス、3D-PSIF法(TR/TE=28/13msec、flip angle=80゜)の5mm厚スライスの3方法で撮像した。以上3シーケンスの画像データでpartial volume effect補正前後の体積と実体積との差について単位体積あたりの誤差を計算した。これらの体積データと実体積の差に関してそれぞれ統計的な偏りを関連2群t検定により有意水準5%で検定し、偏りがなく誤差の大きさの範囲が平均10%以内のものを臨床的に有用な誤差範囲とした(図2)。信号強度の閾値による補正が行っていない計測方法は実体積より大きく計測され、誤差も大きいので実用的でないが、部分体積現象の影響を考えて信号強度で補正したものは明らかに誤差が小さくなっていた。信号強度補正を行ったTSE法5mmが最も誤差が少なく、誤差の大きさの平均が7.6%であり、臨床上利用に耐えうると考えられた。この検討では部分体積現象の補正の必要性に関して明らかにし、信号強度の閾値を利用した簡便な補正方法の有効性を示した。

〈臨床研究〉

 実際の硬化療法では患者に対して穿刺から薬剤の注入までの一連の手技をMRI透視下に行うが、生体内では病変及びその周囲の軟部組織がファントムと比べると複雑な信号パターンを示し、さらに体動や血流によるアーチファクトが存在する。穿刺針の描出や注入薬剤の描出が硬化療法の手技に差し支えない程度にモニター上で得られるかどうかが問題となるので、MRI透視下の硬化療法を実際に行ってこれらの点について評価した。また治療前後の病変の体積測定により治療効果の評価を試み、外見の変化による評価と画像上の変化による評価とを比較し、体積測定による治療効果の判定の可能性を検討した。

 対象は顔面および四肢の血流の遅い血管奇形の患者13名と上肢のリンパ管腫の患者1名とした。血管奇形は病変がMRIのT2強調画像で高信号を示すタイプの血流が比較的遅いものに限定し、動静脈奇形や血流の速いタイプの血管奇形を除外した。硬化療法前および硬化療法後3ヶ月目にMRIを施行し、体積の変化を測定した。体積の測定は基礎的検討の簡易体積測定法を使用して病変の中のT2強調画像で高信号を示す血管腔を測定した。硬化療法でMRIを使用したことが原因となる合併症は認められず、硬化療法のための患者へのアクセスは全例で十分可能であった。

 低磁場MRI用穿刺針はMRI透視では1cm程度の太さでモニター上に明瞭に描出され、穿刺時の針の位置の確認は容易であったが、市販MRI対応型針は描出が非常に小さく、実際の手技中のモニター上での透視下の針の確認が困難であった。生体内での薬剤の描出についてはFISP-MRFによる1%Gd-DTPA溶液の描出およびPSIF-MRFによる10%Gd-DTPA-5%EO溶液の描出は全例で明瞭に確認することが可能であった。モニター上では明らかにPSIF-MRF描出の方がFISP-MRFの描出と比べて良好なコントラストであり、高信号の病変内の薬剤の拡がりは低信号であるため、病変内の薬剤が分布した領域と薬剤がまだ分布していない領域が明瞭に把握できた。

 硬化療法前後の体積測定では体積変化と外見変化の指標は比較的良く一致していたが、画像変化と体積変化の間では一致率が低かった。体積測定の定量性と画像所見の局所情報が相補う指標であり、両指標を見ることによってより正確な評価が可能であると考えられた。画像データを元に体積の測定にかかる時間は1症例あたり5分程度で可能であり、臨床の場でも十分利用可能であることが示された。

〈まとめ〉

 MRI透視はX線透視と比べて空間分解能や時間分解能ではまだ劣るものの、血流の遅い血管奇形の硬化療法という実際のIVRを行う上では十分な機能があることを示すことが出来た。さらにMRI透視では放射線被曝が無いという点、任意の方向の断層の透視像が得られるという点、特異な組織コントラストが得られるという点、さらに造影剤濃度の信号変化を利用して薬剤の濃度のモニターが可能であるという点においてX線透視よりも有利であった。また硬化療法の治療効果の判断においては、MRIによる病変の体積測定をあわせて利用することが、外見や一般的な画像所見だけから判断するよりもさらに精度の高い評価方法となる可能性を示した。血管奇形の硬化療法に対してMRI透視をはじめとするInterventionalMRIを応用することが、X線透下を中心とする従来のIVRよりも有望な治療方法であるという展望が得られた。

図 1.グラディエントエコー法撮像下における針の種類による描出の差図2.測定方法別単位体積あたり誤差
審査要旨

 本研究はInterventional MRIの手法を用いて血管奇形の硬化療法を行うことが技術的に可能であることを示し、さらにInterventional MRIによる硬化療法が従来のX線透視下の硬化療法と比べて有用であることを示すための検討を行ったものである。Interventional MRIの穿刺針と注入薬剤の画像表示能力および病変の体積測定の方法の精度に関してファントムを用いて基礎的検討を行い、引き続き臨床例でこれらの画像表示能力と病変体積測定による治療効果の評価に関して検討しており、下記の結果を得ている。

 1.低磁場MRI装置でファントムを用いた穿刺針の撮像実験で、MRI透視用のグラディエントエコー法では開発中の低磁場MRI用穿刺針と市販のMRI対応型穿刺針の比較で低磁場MRI用穿刺針の方がコントラスト良好であることが示された。この低磁場MRI用穿刺針はSUS-305を素材とするステンレス針であり、低磁場MRI装置でのMRI透視下穿刺のための穿刺針として有望であることが示唆された。

 2.ファントムを用いた造影剤Gd-DTPAのコントラストの撮像実験では、スピンエコー法T1強調画像で造影剤のT1短縮効果による信号増強の変化のコントラストと比べて、高速スピンエコー法T2強調画像で造影剤のT2短縮効果による信号減弱の変化のコントラストの方が良好であり、さらに良好なコントラストが得られる造影剤濃度の範囲が広いことが示された。造影剤の短時間内の濃度変化がある場合にはT2短縮効果によるコントラストを利用した方が安定した視認性が得られることが示された。

 3.ethanolamine oleate(EO)は1%濃度まで血管内皮障害作用を示すことが知られているが、ボランティア静脈血を用いた撮像実験では高速スピンエコー法T2強調画像で8%Gd-DTPA-5%EO溶液が4倍希釈(1.25%EO)までは無信号で8倍希釈(0.63%EO)から信号が出現することが示された。EOが血管内皮障害作用を示す有効濃度の臨界点の前後で信号強度の明瞭な変化が出現する硬化剤と造影剤の混合溶液および撮像法の組み合わせを用いれば、病変内に注入した混合溶液の信号変化によってEOの濃度をMRIで非侵襲的にモニターすることが可能であることが示された。

 4.病変のファントムを用いた実験で、撮像条件による測定体積の違いを検討したところ、信号強度補正を行った高速スピンエコー法5mm厚スライスによる撮像が誤差の大きさの平均が7.6%で最も誤差が小さかった。臨床で一般に使用されるスライス厚5mmで撮像しても信号強度による補正を行えば、必要十分な測定精度が得られることが示された。

 5.患者に対する臨床応用で、低磁場MRI用の穿刺針を使用した場合にはMRI透視下に十分な針の描出が得られたが、市販のMRI対応型穿刺針では十分な描出が得られなかった。また造影剤のコントラストに関しては、MRI透視下ではGd-DTPAのT1短縮によるT1強調画像での高信号のコントラストとT2*短縮によるT2強調画像での低信号のコントラストのどちらでも利用可能な程度のコントラストが得られ、血管奇形の同一部位に対して試験注入と硬化剤注入という連続2回の薬剤注入をした場合でもどちらも良好なコントラストが得られた。試験注入をしてから実際の硬化剤注入を行う安全な硬化療法の方法が示された。

 6.硬化療法前後のT2強調画像で高信号を示す病変の血管腔の体積の評価では、1回の硬化療法による体積減少量は-6.3〜+88mlで平均+11mlであり、元の体積に対する縮小率は-17.2%〜+100%で平均38%であった。体積測定による評価は外見所見による評価と比較的良く一致しており、病変全体の体積変化に対して鋭敏であった。画像データを元に体積測定にかかる時間は1症例あたり5分程度で可能であり、臨床の場でも十分利用可能な方法として示された。

 以上、本論文はInterventional MRIの方法が血流の遅い血管奇形の硬化療法を行う上では十分な機能があり、さらに従来のX線透視を中心とする方法よりも安全に行うことが可能であることを示した。また硬化療法の治療効果の判断においてはMRIによる病変の体積測定をあわせて利用することが、外見や一般的な画像所見だけから判断するよりもさらに精度の高い評価方法となる可能性を示した。本研究は、血管奇形の硬化療法に対してInterventional MRIを応用することが、X線透視を中心とする従来のIVRよりも有望な治療方法であることを明らかにし、Interventional MRIという新しい治療法の可能性を示すとともに血管奇形の治療の安全性や有効性に関して重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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