学位論文要旨



No 214202
著者(漢字) 笹辺,裕行
著者(英字)
著者(カナ) ササベ,ヒロユキ
標題(和) キノロン系抗生物質Grepafloxacinの肝胆系移行動態 : 能動輸送系の関与
標題(洋)
報告番号 214202
報告番号 乙14202
学位授与日 1999.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第14202号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 佐藤,均
内容要旨

 従来のキノロン系抗生物質は体内からの消失が主に腎排泄によるものが多かったのに対し、近年開発されているキノロン系化合物には肝胆系移行が大きく、胆汁排泄がその主な排泄経路になるものがある。胆汁排泄クリアランスは肝臓から胆汁への排泄能力のみならず、肝臓への取り込み能力などによっても決定される。したがって、胆汁排泄の効率を各化合物間で比較し、その違いの生じる機構を理解するためには、それぞれの素過程を分離評価する必要がある。近年、有機アニオンや有機カチオン系薬物の肝胆系移行において、肝臓への取り込みや胆汁への排泄過程で能動輸送系の関与が報告され、それらの薬物の体内運命を決定する要因の一つとなっている。そこで、胆汁排泄の化合物間での違いは肝取り込み及び胆汁排泄過程における輸送系の関与の差にあると予想し、キノロン系化合物の中で肝胆系移行の大きなgrepafloxacin(GPFX)と腎排泄が主体のlomefloxacin(LFLX)を中心に、in vivo及びin vitroの両実験系で肝胆系移行を評価した。

1肝取り込み過程1-1肝取り込みの速度論的解析

 in vivoでGPFXの肝取り込みを静脈内投与後の初期の血中濃度履歴と肝取り込み量をもとに速度論的に解析したところ、その取り込みクリアランスはほぼ血流速度に近い値を示し、効率よい取り込み過程の存在が示された。

1-2遊離肝細胞を用いた取り込み機構の解析

 肝取り込み機構を調べるためにラット遊離肝細胞を用いて検討を行った。GPFXの取り込みはNa+イオンに非依存性の輸送であり、飽和性のあるcomponent(Km173M,Vmax6.96nmol/min/mg)と非飽和性のdiffusionから成り立っていた(図1-a)。また取り込みは代謝阻害剤の前処理によって低下することから、GPFXの肝臓への取り込みには一部carrier-mediatedな能動輸送の関与することが示唆された。LFLXはGPFXに対して競合阻害することが見い出され(図1-a)、LFLXの取り込みにも飽和性が示され、そのKm値は436Mであった(図1-b)。GPFXの取り込みに対するLFLXのKi値は480Mであり、LFLX自身のKm値と同程度であることから、両薬物が同一の輸送系を介して肝臓に取り込まれることが推察された。

図1 Eadie-Hofstee plot of GPFXuptake(a)by isolated rat hepatocytes in the absence(●)and presence(○)of LFLX(1mM)and Eadie-Hofstee plot of LFLX uptake(b).

 また他のキノロン薬もGPFXの取り込みを阻害したが、GPFX自身による阻害が最も強く、輸送系への親和性が高いことが示された。

 ニューキノロンと称されるキノロン薬は生理的pHでイオン化したカルボキシル基及び塩基性アミンを有し、zwitterタイプの薬物である。そこで、GPFXの取り込みにおける種々の肝取り込み輸送系の関与の可能性を検討した。抱合型胆汁酸や有機アニオンであるpravastatin、有機カチオンであるcimetidine及び中性ステロイドのouabainのいずれの薬物の肝細胞への取り込みをもGPFXは濃度依存的に阻害した。しかしながら、GPFXの取り込みはこれらの化合物によって阻害を受けなかった。またGPFXの取り込みはquinidine等のamphipathicな有機カチオンによって阻害されることが示されたが、quinidineの取り込みに対するGPFXの阻害は小さく、quinidineの輸送系とも異なることが示された。以上の結果より、キノロン系化合物の肝取り込みにはcarrier-mediatedな能動輸送系が関与し、この輸送系は胆汁酸輸送系や有機アニオン、有機カチオン及びouabainの輸送系とも異なることが示された。

2胆汁排泄過程2-1GPFX及びグルクロン酸抱合体の胆汁排泄

 GPFXの胆汁への排泄機構を検討する目的で、胆管側膜上で抱合代謝物や有機アニオンの胆汁排泄を担っているcanalicular multispecific organic anion transporter(cMOAT)を遺伝的に欠損したEisai-hyperbilirubinemic rat(EHBR)にGPFXを投与し、その胆汁排泄プロファイルを正常ラットと比較した。EHBRでのGPFXの胆汁排泄は正常ラットの約35%であった。またGPFXの主代謝物である3位グルクロン酸抱合体(GPFX-Glu)の胆汁排泄はEHBRでほとんど検出されなかった。したがって、これらの胆汁排泄にEHBRで欠損している輸送系が関与し、またその寄与する割合はGPFX-Gluでは親化合物に比較して大きいことが推察された。

2-2胆管側膜ベシクル(CMV)を用いた胆汁排泄機構の解析

 GPFXの胆汁排泄の輸送機構を解析する目的で、CMVへの取り込みを検討したところ、GPFXの取り込みにATP-依存性が認められた(図2-a)。この取り込みはEHBRから調製したCMVでは消失していた(図2-b)。したがって、in vivo試験のEHBRでの胆汁排泄の低下の結果を考え合わせると、GPFXの胆汁排泄の少なくとも一部はcMOAT関与の一次性能動輸送であることが示された。

図2 Uptake profiles of GPFX with(●)or without(○)5mM ATP by canalicular membrane vesicles prepared from normal rats(a)and EHBR(b).*:P<.05,**:P<.01(significantly different from the uptake in the corresponding ATP(-)group using Student’s t-test.)

 さらに輸送系への親和性をキノロン系化合物間で比較する目的で、cMOATの基質であるglutathione抱合体DNP-SGのCMVへの取り込みに対する阻害試験を行ったところ、いずれのキノロン系化合物も濃度依存的にDNP-SGのATP-依存性の輸送を低下させたが、GPFXが最も強い阻害を示した。したがって、キノロン系化合物のcMOATへの親和性は胆汁排泄クリアランスの大きさと相関することが推察できる。一方、GPFX-GluのCMVへの取り込みも顕著なATP-依存性が確認され、そのATP-依存性の輸送はEHBRのCMVでは著しく減少した。さらにDNP-SGのCMVへの取り込みに対するKi値もGPFX-Glu自身の取り込みのKm2値と一致したことから、GPFX-Gluの胆汁排泄の大部分にcMOATが関与していることが示された。

3GPFXの立体異性体の肝胆系移行3-1定常状態解析によるGPFX立体異性体間での比較

 GPFXはその構造中に不斉炭素を有することから光学異性体が存在する。この光学異性体の動態の差を検討する目的で定常状態kineticsを行った。親化合物の血漿中濃度及び胆汁排泄に差は認められなかったが、R(+)-GPFXのグルクロン酸抱合体(R-GPFX-Glu)の胆汁排泄はS(-)-GPFXのグルクロン酸抱合体(S-GPFX-Glu)の胆汁排泄より大きく、肝臓中濃度基準の胆汁排泄クリアランスにも同様な差が認められた。

3-2肝取り込み及び胆汁排泄過程におけるGPFX立体異性体間での比較

 GPFXの立体異性体の輸送を遊離肝細胞及びCMVを用いてを比較したところ、遊離肝細胞への取り込み並びにDNP-SGのCMVへの取り込みに対する阻害効果には立体異性体間での差は認められなかった。一方で、R-GPFX-GluのCMVへの取り込みはS-GPFX-Gluのそれよりも約2倍大きく、胆汁排泄の違いは胆管側膜を介した排泄の差によることが示された。R-及びS-GPFX-GluのCMVへの取り込みのKm値はそれぞれ17.3及び10.1Mであった(図3)。これらのKmはDNP-SGの取り込みに対するそれぞれのKi値と近似していることから、両抱合体の胆管側膜を介する輸送は同一輸送系をshareしていることが示された。これらの結果はcMOATがグルクロン酸抱合体の立体異性体を識別し、立体選択的な肝胆系移行を誘因するメカニズムの一つになることを提示している。一方、EHBRから調製したCMVにもATP-依存性の取り込みが残存し、胆汁排泄の多様性が示されたが、その輸送には立体選択性は認められなかった。

図3 Eadie-Hofstee plots for R-GPFX-Glu(○)and S-GPFX-Glu(●)uptake by CMV prepared from normal rats.
4GPFX及びLFLXの肝胆系移行の比較4-1定常常態解析による比較

 GPFX及びLFLXのラットにおける肝胆系移行を比較した。Integration plotから求めた肝取り込みにおける膜透過性はGPFXの方が大きく、GPFXとLFLXの遊離肝細胞への取り込みの違いもこの結果を支持した。GPFX及びLFLXを静脈内定速投与し、定常状態時の両薬物の血液-組織間非結合型薬物濃度比Kpu2はそれぞれ1.7及び0.7であり、GPFXのより濃縮的な肝取り込みが示された。また、胆汁-肝臓中遊離型薬物濃度比はそれぞれ約6及び3であり、肝臓内遊離型薬物濃度基準の胆汁排泄クリアランスはGPFXの方が1.8倍大きい値を示し、胆管側膜を介した輸送能力もGPFXの方が高いことが実証された。

 本研究ではキノロン系抗生物質の胆汁排泄型、腎排泄型の違いを決める要因を明らかにする目的でキノロン系化合物の肝胆系移行性を評価した結果、肝取り込み過程と胆汁排泄過程の一部に輸送担体の関与することが遊離肝細胞やベシクルを用いたin vitro試験により明らかとなった。また、それぞれの過程の固有能力の違いが、キノロン系化合物の胆汁排泄クリアランスの大きさを決める要因の少なくとも一部であることが示された。

審査要旨

 従来のキノロン系抗生物質の体内からの消失が主に腎排泄によるものが多かったのに対し、近年開発されているキノロン系化合物には肝胆系移行の大きいものがある。高い肝胆系移行は胆管あるいは消化管への薬物の効率よい送達につながる。一方、能動輸送は効率的な輸送によって特異的な薬物の送達を行う反面、薬物間相互作用を引き起こす危険性もあり、輸送機構の解明は薬物の適正使用においても重要なことと考える。しかしながら、キノロン薬の肝胆系移行に関与する輸送機構や他の薬剤との相互作用について詳細は報告されていない。これらの胆汁排泄の違いは肝取り込み及び胆汁排泄過程における輸送系の関与の差にあると予想し、本研究ではキノロン系抗生物質の肝胆系移行に関与する輸送機構を解明することを目的とし、肝胆系移行の大きなgrepafloxacin(GPFX)の肝胆系移行を腎排泄主体のlomefloxacin(LFLX)と比較しながら、in vivo及びin vitroの両実験系で評価した。さらに、胆汁排泄の多いGPFXのグルクロン酸抱合体(GPFX-Glu)の肝臓からの排泄機構についても併せて検討した。

1.GPFXの肝取り込み機構の解析

 in vivoでGPFX及びIFLXの肝取り込みを静脈内投与後の血中濃度と初期の肝取り込み量で速度論的に解析したところ、両薬物とも取り込みクリアランスはほぼ血流速度に近い値を示し、効率よい取り込み過程の存在が示された。肝取り込みにおける膜透過性はGPFXの方が大きかった。そこで取り込み機構を調べるためにラット遊離肝細胞を用いて検討を行った。GPFXの取り込みは温度依存性かつNa+イオン非依存性の輸送であり、飽和性のあるcomponent(Km173M,Vmax6.96nmol/min/mg)と非飽和性のdiffusionから成り立っていた。代謝阻害剤の前処理によって低下することから、GPFXの肝臓への取り込みには一部carrier-mediatedな能動輸送の関与することが示唆された。LFLXはGPFXに対して競合阻害することが見い出され、そのKi値468MはLFLX自身の取り込みのKm値436Mと同程度であることから、両薬物が同一の輸送系を介して肝臓に取り込まれることが推察された。また他のキノロン薬もGPFXの取り込みを阻害したが、GPFX自身による阻害が最も強く、取り込みの輸送系への親和性が高いことが示された。

 薬物の消失に輸送系が関与する場合、輸送系を共有する他の薬物との間に相互作用を引き起こす可能性がある。キノロン薬は生理的pHでイオン化したカルボキシル基及び塩基性アミンを有し、zwitterタイプの薬物であることから、キノロン薬による有機アニオンや有機カチオン輸送系への影響、また逆にアニオンやカチオンによる影響を輸送系の基質となる化合物で相互阻害の試験で検討した。その結果、抱合型胆汁酸のtaurocholateや有機アニオンであるpravastatin、有機カチオンのcimetidine及び中性ステロイドのouabainの肝細胞への取り込みをGPFXは濃度依存的に阻害した。しかしながらこれらの阻害は臨床で見られる血漿中濃度(5M以下)よりはるかに高い濃度でのみ起こることが示唆された。一方、GPFXの取り込みはこれらの化合物によって阻害を受けなかった。これらのことにより、キノロン系化合物の肝取り込みにはcarrier-mediatedな能動輸送系が関与し、GPFXは濃縮的に肝細胞に取り込まれるものの、この輸送系は肝臓の既知の輸送系いずれとも異なることが示された。

2.GPFX及びGPFX-Gluの胆汁排泄機構の解析

 GPFXの胆汁への排泄機構を検討する目的で、胆管側膜上で抱合代謝物や有機アニオンの胆汁排泄を担っているcanalicular multispecific organic anion transporter(cMOAT)を遺伝的に欠損したeisai-hyperbilirubinemic rat(EHBR)にGPFXを投与し、その胆汁排泄を正常ラットと比較した。EHBRでのGPFXの胆汁排泄は正常ラットの約35%であった。またGPFXの主代謝物であるGPFX-Gluの胆汁排泄はEHBRでほとんど検出されなかった。その胆汁排泄の輸送機構を解析する目的で胆管側膜ベシクル(CMV)への取り込みを検討したところ、GPFX及びGPFX-Gluの取り込みにATP-依存性が認められ、EHBRから調製したCMVでは消失していた。したがって、in vivo試験のEHBRでの胆汁排泄の低下を考え合わせると、GPFXの胆汁排泄の少なくとも一部またGPFX-Gluの大部分はcMOAT関与の一次性能動輸送であることが示された。さらにcMOATの基質であるglutathione抱合体DNP-SGのCMVへの取り込みに対する阻害試験では、いずれのキノロン薬も濃度依存的にDNP-SGのATP-依存性の輸送を低下させたが、GPFXが最も強い阻害を示した。したがって、キノロン系化合物のcMOATへの親和性は胆汁排泄クリアランスの大きさと相関することが推察できる。

3.GPFX及びGPFX-Gluの肝胆系移行における光学異性体間の比較

 GPFXはその構造中に不斉炭素を有することから光学異性体が存在する。この光学異性体の動態の差を検討する目的で定常状態kineticsを行った。親化合物の血漿中濃度及び胆汁排泄に差は認められなかったが、R(+)-GPFXのグルクロン酸抱合体(R-GPFX-Glu)の胆汁排泄はS(-)-GPFXのグルクロン酸抱合体(S-GPFX-Glu)の胆汁排泄より大きかった。

 R-GPFX-GluのCMVへの取り込みはS-GPFX-Gluのそれよりも約2倍大きく、胆汁排泄の違いは胆管側膜を介した排泄の差によることが示された。R-及びS-GPFX-GluのCMVへの取り込みのKm値はそれぞれDNP-SGの取り込みに対するKi値と近似していることから、両抱合体の胆管側膜を介する輸送は同一輸送系をshareしていることが示された。これらの結果はcMOATがGPFX-Gluの立体異性体を識別し、薬物の立体選択的な肝胆系移行を誘因するメカニズムの一つになることを提示している。

 以上より、本研究ではラットにおけるキノロン系抗生物質GPFXの肝胆系移行動態を解析し、主要な消失臓器である肝臓への取り込みにcarrier mediatedな能動輸送系が関与していること、肝細胞からの胆汁排泄の過程の一部に一次性能動輸送系cMOATが関与していることが明らかとなった。したがって、これらの輸送が胆汁排泄クリアランスの決定要因の少なくとも一部であることが示唆された。また、GPFXのグルクロン酸抱合体の胆汁排泄もcMOATの関与であり、cMOATがこのグルクロン酸抱合体の立体異性を識別することも明らかとなった。これらの知見は肝臓の低分子医薬品の輸送に関する生理的機能の一部を明らかにするとともに、GPFXの体内動態機構に基づいた有効な治療効果を得るための臨床応用上有用なものであり、薬物併用時の相互作用を回避し、あるいは病態時の薬物の適正使用のための重要な基礎的知見となることから、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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