学位論文要旨



No 214204
著者(漢字) 中山,忠
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,タダシ
標題(和) 高畦畦面被覆栽培における施肥窒素の表層集積の抑制と有効な施肥法の開発 : タバコの早期施肥について
標題(洋)
報告番号 214204
報告番号 乙14204
学位授与日 1999.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14204号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 石井,龍一
 東京大学 教授 秋田,重誠
 東京大学 助教授 林,浩昭
内容要旨

 LISA(Low Input Sustainable Agricultuer)が今後あらゆる作物栽培に対して重視される傾向がある。それと人の健康問題で食品の硝酸態窒素(NO3-N)レベルと地下水のNO3-Nによる汚染が問題となっている。これらのNO3-Nは施肥との関連が指摘されている。

 一方、農業の現場では、ハウス等被覆栽培の普及と、さらに施肥量がかなり多いため土壌表層での硝酸塩等の塩類集積が問題となっている。タバコ(「タバコ」および「タバコ葉」は植物としての、「葉たばこ」は乾燥の終わった原料としてのたばこを指す)栽培では、被覆栽培は40年近くの歴史を有し、紆余曲折を経て、現在は折衷マルチ方式(施肥・畦立て・マルチ後、移植器でポリエチレンフィルムの上からこれをカットして穴植えとする方式で、畦の高さは30cm、肥料は畦の上から15〜20cmの位置に条状に施肥する中層条肥を基本とした高畦栽培)が広く普及している。しかし、我が国の春先は天候が不順であること、また一戸当たりの耕作面積が増え、作業の分散が必要であることから、天候の安定した1月あるいは2月に施肥する、いわゆる早期施肥が中・四国地方の一部の産地で行われている。しかし、これらの産地では早期肥切れや激しい若返り(タバコ葉は成熟すると黄化するが、その途中あるいは黄化した葉が再び緑色に戻る現象をいう)が発生し、大きな問題となっている。早期施肥の産地で発生した早期肥切れや激しい若返りは、マルチ栽培特有の無機態窒素(NH4-NとNO3-Nの合計)の畦表層集積が原因しているであろうと考えた。

 このような背景から、本研究は早期施肥の産地で発生した早期肥切れや激しい若返りの原因究明を端緒とし、施肥位置を検討課題として、施肥窒素の上層への移動と畦表層集積を抑制する施肥技術の開発を進め、タバコの早期施肥における適正な施肥位置を追求した。また黒色ポリエチレンフィルムが施肥窒素の上層への移動を抑制することを見出し、タバコ栽培での利用法について検討した。

1.施肥時期、施肥位置と畦土壌中での施肥窒素の行動

 施肥窒素の移動は施肥位置の横方向へはほとんどなく、上および下方向(垂直方向)が主体であった。垂直方向の移動方向は、施肥位置によって異なり、畦の上から15cmを境に、これより施肥位置が浅いと施肥窒素は上方向に、これより深いと下方向への移動が主体であった。従って、無機態窒素の畦表層集積は、施肥を畦の上から15cmより深い位置に行うことによって大幅に抑制された。

 タバコの成熟中期における畦表層に集積した無機態窒素量(施肥量に対する割合(%))は下に示すように、施肥時期より施肥位置の影響が大きく、早期施肥でも下層施肥区は無機態窒素の畦表層集積が大幅に抑制された。

 a.中層施肥区(畦の上から12〜18.5cmに条状に施肥)

 1月16日施肥:12%、2月14日施肥:17%、3月14日施肥:15%

 b.下層施肥区(畦の上から16〜22.5cmに条状に施肥)

 1月16日施肥:5%、2月14日施肥:5%、3月14日施肥:0%

 また無機態窒素の畦表層集積量はタバコの株元より中央部で多かった。

 一方、土壌水分は施肥・マルチ後の時間の経過につれて上層ほど減少し、成熟期の畦表層の土壌水分はタバコの非有効水分域まで減少した。また土壌面蒸発にともなう水分の上昇移動は畦の上から15cmまでの層位で大きく、1月および2月の寒い時期は少なく、3月中旬以降に多くなった。

 畦内での水分の動きと施肥窒素の動きとは良く一致し、水分の上昇移動がタバコの定植時までにほとんどんない15cm以下の層位に施肥を行えば、施肥窒素の上昇移動もほとんどなく無機態窒素の畦表層集積は大幅に抑制された。

 施肥窒素の硝酸化成は、施肥時期が早いほど、施肥位置が浅いほど進行した。タバコの定植時における硝酸化成は3月施肥ではほとんど認められないが、1月および2月施肥では30〜50%進行していた。

 施肥窒素の移動形態は使用した畑土壌の硝化能が年によって大きく異なったため、移動形態も異なり、NH4-Nでも移動していた。また土壌水分の土壌面蒸発にともなう上昇移動とNH4-Nの上方向への移動との関連について円筒管を使用したモデル試験を行い、NH4-Nの移動量は土壌の種類によって大きく異なるが、全ての土壌で上方向に移動することを認めた。

2.施肥時期、施肥位置とタバコの生育並びに葉たばこの収量および品質

 生育初期におけるタバコの生育および窒素吸収は施肥時期が早くなるほど、施肥位置が浅いほど旺盛で、心止後の乾物生産量および窒素吸収量は少なくなった。また成熟期のタバコ葉の葉色は施肥位置が浅いほど、施肥時期が早いほど黄化が早い時期から進行した。施肥位置が浅いとタバコの初期生育が旺盛となり、早期肥切れを起こすことについては良く知られているが、施肥時期が早くなるとタバコの初期生育が旺盛となり、タバコ葉の黄化が早い時期から進行することについては、ポット試験を行い硝酸化成の進行が影響していることを明らかにした。

 成熟期のタバコ葉の若返りの程度は施肥時期より施肥位置の影響が大きく、下層施肥区より中層施肥区の方が著しく強かった。また若返りの程度は成熟中期の畦表層土壌に集積した無機態窒素量と高い正の相関を得た。

 葉たばこの収量および品質は3月施肥では下層施肥区より中層施肥区の方が高かったが、1月および2月の早期施肥では3月施肥とは逆に中層施肥区より下層施肥区の方が高かった。

 以上、タバコの生育、成熟および若返り状況並びに葉たばこの収量および品質から、早期施肥における施肥位置は標準的施肥時期(10〜15cm)より深くし、1月施肥では20〜25cm、2月施肥では17.5〜22.5cmが適正であることが明らかになった。早期施肥における施肥位置は施肥窒素の畦表層集積が抑制される15cmよりさらに深い位置となったが、これは硝酸化成の進行による初期生育の過度の促進と早期肥切れを抑制するためである。

3.畦表層に集積した無機態窒素とタバコの若返り

 畦表層、株元など畦への灌水部位を変え若返りの程度を調査したところ、若返りはタバコの株間中央畦表層土壌が水分を含んだ場合に最も強く、そこに予め角砂糖を施用し、集積した無機態窒素を有機化させた後灌水しても若返りはほとんどないことを認めた。また層位別に培養無機化窒素量を調査したが、その量に層位による差異はなかった。

 これらの試験および若返りの程度と成熟中期の畦表層に集積した無機態窒素量との相関から、早期施肥における若返りを起こす窒素源は、成熟中期に畦表層に集積した無機態窒素、特に株間中央部に集積した無機態窒素であることが明らかになった。タバコの若返り原因としては、これまで黒ぼく土壌等でみられる潜在土壌窒素による若返りと曇天にともなう照度の低下による若返りの二つが報告されているが、施肥窒素に由来する畦表層に集積した無機態窒素が若返りの原因となることは新たな若返りの型といえる。

 株間中央畦表層に集積した無機態窒素をタバコが吸収するためには、そこが降雨の際雨水を含む必要がある。そこで、成熟後期におけるタバコ葉の葉数と雨水の畦内への進入状況について調査したところ、株間中央畦表層土壌が水分を含むのは、降雨が畦表面に直接降り注ぐ場合のみであり、タバコ葉が12枚あれば、植被の効果があらわれ、株間中央畦表層土壌は降雨に濡れないことを認めた。

4.黒色ポリエチレンフィルムの施肥窒素の上層への移動抑制効果と活用法

 黒色ポリエチレンフィルム(以下黒色フィルム)は施肥窒素の上層への移動を大幅に抑制することを認めた。この原因として、黒色フィルムは透明ポリエチレンフィルム(以下透明フィルム)と比べ地温が低く、土壌からの水分の蒸散が抑えられ、水分の上昇移動が少ないことによると考えられた。

 また、黒色フィルムのタバコ栽培における活用法として、施肥からタバコの定植までを黒色フィルム、タバコの定植時に透明フィルムに取り替えるリレー方式の検討を進めるとともに株間中央畦表層への施肥窒素の移動と集積を抑制することを狙いとして、タバコの株間中央部を黒色フィルム、タバコの定植位置は透明フィルムとした新マルチフィルムを考案した。

 黒色・透明フィルムリレー方式および新マルチフィルムとも施肥窒素の畦表層集積を抑制し、その結果、施肥窒素の効率的利用がはかられ、葉たばこの収量および品質、特に収量が向上した。

5.まとめ

 本研究から高畦マルチ栽培における施肥窒素の行動が明らかになり、施肥窒素の上層への移動および畦表層集積は、施肥時期にかかわらず畦の上から15cmより深い位置への施肥、また黒色ポリエチレンフィルムの活用によって大幅に抑制されることを明らかにした。このことによって、タバコ栽培では施肥窒素の効率的利用がはかられ、葉たばこの収量はむしろ増加し、ほとんど残肥のない合理的施肥法が確立されたといえる。

 本研究は、タバコ栽培のみにとどらず、畑地でのあらゆる作物に対して効率的な栄養吸収を行わせるための先駆をなす施肥技術の開発であり、農地からの栄養、特にNO3-Nの溶脱を抑制する基礎資料を提供するものと思われる。また、タバコの早期施肥は本研究に着手した当時は中・四国の一部の産地で行われていたが、現在では黄色種タバコの主産地である九州地方においても行われようとしている。

審査要旨

 農作物ならびに地下水までを含めた環境中の硝酸態窒素レベルは世界的に見ても、依然として高くなる傾向にあり、窒素肥料を中心に効率的な施用法の開発が急がれるとともに、Low Input Sustainable Agriculture(LISA、低投入・持続的型農業)が今後、あらゆる作物栽培で重視される傾向にある。本論文はタバコ栽培を通じて、施肥窒素の土壌表層士への移動・集積を抑制し、早期施肥におけるタバコの安定した窒素吸収と効率的な養分吸収を促す施肥法を開発したもので、背景を述べた序章と要約に当てた終章を含め、7章より構成されている。

 序章では、タバコ栽培における各種マルチ資材による被覆栽培は40年の長い歴史を有しているにもかかわらず、未だに施肥窒素の有効な施用方法が確立されていない背景が述べられている。とくに、生育初期に窒素吸収が促進される結果起こる早期肥料切れの問題、逆に生育後期に成熟して収穫間際の黄化したタバコ葉が集積した窒素肥料を吸収して再び緑色に戻る若返りと呼ばれる問題は、タバコ栽培における施肥窒素の不安定な吸収に基づく大きな課題であると述べている。

 第2章ではタバコ栽培における施肥窒素の移動方向について述べている。窒素の移動は施肥時期にかかわらず横方向への移動はほとんど起こらず、垂直方向に限られること、さらに、垂直の移動方向は深さ15cmを境にして、上から15cmまでの層位に施肥すると施肥窒素は上方向に、15cm以下の層位に施肥すると下方向にそれぞれ主体的に移動することを見いだした。その結果、施肥位置を15cmより深い層位に施用することにより、早期に施肥された窒素でも、土壌表面への集積量を大幅に抑制し、かつ、施肥位置をタバコの株元の直下に施用すれば、施肥窒素をもっとも効率よく植物体に吸収させることができることを示した。

 第3章では施肥時期および施肥位置がタバコの生育と窒素吸収ならびに収量・品質に及ぼす影響について述べている。タバコの施肥時期は1月および2月に行われる早期施肥と3月中旬行われる標準的施肥とがあるが、タバコの初期生育および窒素吸収量は、施肥時期が早いほど、また施肥位置が浅いほど旺盛になったが、成熟期の下位葉の色落ちが早まるなどの肥料切れが現れた。また、施肥位置を15〜20cmの上層、17.5〜22.5cmの中層、20〜25cmの下層に設定して、若返り現象の発生を調査した結果、発生頻度は畦表層土に集積した無機態窒素量ときわめて高い正の相関があり、現象発生の限界値は5mg窒素/100g乾土と突き止め、この値の有用性を示した。そして、肥料切れが生じず、若返り現象も発生しない施肥位置を1月施肥では深さ20〜25cm、2月施肥では17.5〜22.5cm、3月施肥では15〜20cmが適正であることを明らかにした。

 第4章ではタバコの若返り現象の機構について述べている。従来、若返りは土壌有機物含有量の多い土壌で多く発生していることから、土壌中の有機態窒素が無機化してタバコに吸収されるためであると考えられてきたが、有機態窒素の少ない花崗岩質の鉱質土壌でも早期施肥が行われている産地で激しく発生していることから、原因究明が急がれた。のため、畦への灌水部位を種々に変えた試験と畦表層土に集積している無機態窒素を有機化させたのち灌水処理する試験とを併用して、畦土壌についての層位別培養無機化窒素の調査を行った。その結果、若返りに起因している窒素は畦表層土に移動集積し、株間畦表層土中央部に集積した無機態窒素であることを明らかにした。

 第5章では黒色のポリエチレン製フィルム(黒色フィルム)を畦面に被覆することによって、施肥窒素が上層に移動する量を大幅に抑制することを見いだしたことに次いで、透明ポリエチレン製フィルム(透明フィルム)との組み合わせによる施肥窒素の移動制御法の開発について述べている。すなわち、タバコ栽培での利用法として、施肥からタバコの定植までは黒色フィルムとし、定植時から透明フィルムに取り替えるマルチのリレー方式を開発し、この方法で収量、品質ともに向上させた。さらに、フィルムの取り替え作業を省略したゼブラ状の新マルチフイルムを考案して、その効果についても確認した。

 第6章では栽培終了後に土壌中には施肥窒素がほとんど残存しない合理的な本施肥法がタバコ以外の畑地の他の作物に対しても、収量、品質を損なうことなく有効であることを考察している。

 以上を要するに本論文はタバコ栽培を通して、作物に対して効率的な栄養吸収を行わせるための先駆的な施肥技術を開発したものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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