好熱性古細菌は系統学的に多様な微生物群であるが、既知種の数はまだ少なく未知の好熱性古細菌も多いものと思われる。そこで好熱性古細菌の多様性とその分類体系を解明していくことを目的として、日本、フィリピンの温泉地帯から好熱性古細菌の分離を試み、先ず桿菌状分離株に焦点を当てて分類学的研究を行った。さらにこの研究の過程において新規に見いだされた16S rRNAイントロンについて塩基配列を決定しその構造的特徴と進化学的動態について考察した。 日本、フィリピンの温泉地20ヶ所にて温泉水、噴泥、硫気孔土壌など40点の試料を採取した。一つの試料からなるべく多くの菌株を得るために集積培養では温度(50℃、70℃、85℃)、pH(2.0〜2.5、3.5〜6.0)、気相(Air、N2、H2-CO2)を組み合わせて様々な培養条件を設定した。この結果、球菌状の好熱菌135株、桿菌状の好熱菌32株を分離することができた。 分離した桿菌状好熱性菌のうち明らかに真正細菌であると思われた1株を除いた31株は85℃での生育、DNAのG+C含量、16S rDNA部分塩基配列に基づいて次のようなグループに分けることができた。 Group1:85℃で生育し、G+C含量43.9〜46.2mol%の菌株(17株) Group2:85℃で生育し、G+C含量54.8〜56.5mol%の菌株(8株) Group3:85℃で生育できず、G+C含量51.9〜52.4mol%の菌株(3株) Group4:85℃で生育できず、G+C含量43.5mol%の菌株(1株) Group5:85℃で生育し、G+C含量43.0〜43.3mol%の菌株(2株) 16S rDNA部分塩基配列の解析によってGroup4以外のグループはすべてCrenarchaeota界に含まれることが明らかになった。また形態学的特徴からこれらグループはThermoproteaceae科に関連していることが予想された。Group4は真正細菌用に設計したプライマーで16S rDNAが増幅したことから本グループは真正細菌に属するものと思われた。以下にGroup4を除く各グループの分類学的研究の結果を示す。 Group1:代表株4株について予備的な特徴付けを行った。絶対嫌気性で、通性独立栄養もしくは従属栄養的に生育した。3株は95℃でも生育できる超好熱性菌であったが1株は85℃までしか生育できなかった。生育pH範囲は4.1〜5.6であった。いずれの菌株も可溶性デンプン、ゼラチン、酵母エキスを炭素源として利用した。16S rDNA塩基配列(3株)に基づく系統解析から、これら分離株はThermoproteaceae科内に一つの独立した系統枝を形成し(相同性、≧98.8%)、既知属や他の分離株グループとは4.3%以上の相違が見られた。以上のことから本グループはThermoproteacae科の新属に相当すると思われた。 Group2:代表株3株について予備的な特徴付けを行った。絶対嫌気性で、通性独立栄養もしくは従属栄養的に生育した。90〜95℃でも生育できる超好熱性菌で、生育pH範囲は4.1〜7.0であった。いずれの菌株も可溶性デンプン、ゼラチン、酵母エキスを炭素源として利用した。16S rDNA塩基配列(2株)の系統解析ではThermoproteus tenaxと高い相同性(≧99%)を示した。DNAのG+C含量もT.tenaxとほぼ同じであることから本グループの菌株はThermoproteus属に含まれるものと思われた。 Group3:本グループに属する3株は桿菌状で多くの細胞の大きさは0.4-0.5×5-20mであった。V字状に折れ曲がった細胞や、T字、Y字状に分岐した細胞も観察された。鞭毛様のものは観察されず、また運動性は見られていない。絶対嫌気もしくは微好気下で生育し、生育温度範囲は45〜82℃、生育pH範囲は2.6〜5.9であった。従属栄養的に生育し、単一炭素源として可溶性デンプン、グリコーゲン、ゼラチン及び酵母エキスなどの複合有機物を利用した。電子受容体として硫黄、チオ硫酸、L-シスチンを要求した。生育はビタミン混合物または古細菌の細胞抽出液の存在によって促進され、また1.5%NaClの存在によって阻害された。アンピシリン、クロラムフェニコール、エリスロマイシン、カナマイシン、オレアンドマイシン、バンコマイシンには耐性を示したが、リファンピシンには感受性を示した。シクロペンタン環を有するテトラエーテル脂質を主要脂質成分として持っていた。3菌株はお互いに高いDNA-DNA相同値を示した(79〜90%)。また16S rDNA塩基配列の系統解析の結果、本グループの株はThermoproteacea科に含まれるが既知属や他の分離株グループとは独立した系統枝を形成した(相同性、90.5〜93.4%)。以上のことから本グループの菌株をThermoproteaceae科の-新属-新種として認め、Thermocladium modestius gen.nov.,sp.nov.を提唱した。Type strainはIC-125である。 Group5:本グループに属する2株は桿菌状で多くの細胞の大きさは0.4-0.7×3-20mであった。V字状に折れ曲がった細胞や、T字、Y字状に分岐した細胞も観察された。線毛様のものが観察されているが運動性は見られていない。絶対嫌気もしくは微好気下で生育し、生育温度範囲は60〜92℃、生育pH範囲は2.3〜6.4であった。従属栄養的に生育し、単一炭素源としてグリコーゲン、ゼラチン及び酵母エキスなどの複合有機物を利用した。電子受容体として硫黄、チオ硫酸、硫酸塩を要求した。生育はビタミン混合物または古細菌の細胞抽出液の存在によって促進され、また1.0%NaClの存在によって阻害された。アンピシリン、クロラムフェニコール、カナマイシン、オレアンドマイシン、ストレプトマイシン、バンコマイシンには耐性を示したが、エリスロマイシン、ノボビオシン、リファンピシンには感受性を示した。シクロペンタン環を有するテトラエーテル脂質を主要脂質成分として持っていた。両菌株は高いDNA-DNA相同値を示した(94〜105%)。また16S rDNA塩基配列の系統解析の結果、本グループの菌株はThermoproteacea科に含まれるが既知属や他の分離株グループとは独立した系統枝を形成した(相同性、93.1〜95.7%)。以上のことから本グループの菌株をThermoproteaceae科の-新属-新種として認め、Caldivirga maquilingensis gen.nov.,sp.nov.を提唱した。Type strainはIC-167である。 古細菌のrRNAイントロンはこれまで一部の好熱性古細菌に発見されているだけでその分布や進化的動態についてはあまり明らかにされていない。本研究で得られた分離株について16S rDNAを増幅した際、Group1、Group2、Group5の一部の分離株と参照株として用いたThermoproteus neutrophilus JCM 9278Tは通常の16S rDNAより大きい断片が得られ、イントロンの存在が示竣された。これより代表株IC-065(Group1)、IC-033とIC-061(Group2)、IC-167(Group5)、T.neutrophilus JCM 9278Tのイントロン様塩基配列を決定した。 IC-065では16S rDNA上1391番(E.coliナンバー)の後に691塩基の介在配列が存在した。同様にIC-033は548、781、1092、1205、1213番の後にそれぞれ627、762、636、33、682塩基、IC-061では781、1205、1213番の後にそれぞれ764、32、688塩基、T.neutrophilus JCM 9278Tでは1205、1213番の後にそれぞれ34、663塩基、IC-167では901、908番の後にそれぞれ37、140塩基の介在配列が存在した。これらの介在配列は16S rRNAのcDNAには存在しないことからイントロンであると判断した。IC-033、IC-061、T.neutrophilus JCM 9278Tで同じ位置に存在していたイントロンは相同性が高く同一起源であると思われた。すべてのイントロンにはbulge-helix-bulge構造を含むイントロンコア構造が存在した。また600塩基以上ある大きなイントロンからはLAGLI-DADG様モチーフを持つORFが存在したが、IC-033では4つのうち3つのイントロンでフレームシフトミューテションが起こっているものと思われた。またイントロンORFをアミノ酸データベースで相同性検索したところ唯一IC-033の一つのイントロンORFがMethanococcus jannaschiiの未同定タンパク質及びPyrobaculum organotrophumの23S rRNAイントロンにコードされるタンパク質と有意に高い相同性を示した。それ以外のイントロンORFは有意に高い相同性を示すアミノ酸配列は検出できなかった。以上のことからrRNAイントロンの進化的動態の考察を試みた。 |