当研究は、微生物によるエタノールの効率的な発酵生産と、エタノールを原料とした培養に代表される、微生物のストレス培養による有用物質生産を主なテーマとする。 1)自然界からエタノール発酵酵母を探索し、エタノールの効率的な発酵生産システムを構築した。 耐塩性とエタノール発酵力に優れた酵母Torulaspora delbrueckii No.3110株を自然界から分離し、そのエタノール発酵における耐塩性メカニズムを様々な手段により解析した。まず、No.3110株はトレハロースの代謝力と細胞内蓄積が顕著だったので、両者の低下した変異株T1を取得したところ、耐塩性が顕著に減少していた。この結果は、トレハロースの細胞内蓄積そのものが耐塩性に寄与しているのではなく、トレハロースの高い代謝回転率がストレス下での必要な炭素源とエネルギーを与えることが、No.3110株に耐塩性をもたらしていることを示した。このことは、透過型菌体を用いた実験でも支持された。すなわち、アセトン処理により得られた透過型菌体エタノール発酵系にトレハロースを添加したところ、エタノール生成速度がストレス耐性となった。この際、トレハロース分解酵素の阻害剤を同時に添加するとストレス耐性の発揮が消失した。 No.3110株のクリプティックなプラスミドを利用し、ホストベクター系を構築した。T1変異株の形質を相補する領域を単離しT1株で発現したところ、トレハロースの代謝、細胞内蓄積、耐塩性のすべての形質が回復し、遺伝学にもトレハロースの役割が明確化された。 エタノール発酵の効率化のためにフラッシュ発酵の手段が採用されるが、このためにはNo.3110株が温度感受性であることが問題であった。そこで、膜脂質組成の観点から感受性メカニズムを解析した。通常の嫌気的なエタノール発酵系では脂肪酸の不飽和度が高く、エルゴステロールが少ない特徴があり、全体的に見て膜流動性が高かった。流動性は通常より好気的に発酵させることにより低下し、No.3110株のエタノール発酵力とともに、温度耐性も顕著に向上した。変異改良も試みた。すなわち不飽和脂肪酸部分や、エルゴステロール合成酵素に作用標的を有する、イミダゾール系の抗生物質に対する耐性を用いた膜組成の育種を行なった。 2)エタノールを原料とすることによる、有用物質ラムノリピッドの生産システムを構築した。 ラムノリピッドは優れた界面活性力と生分解性を有し、環境修復の面で今後の大きな役割が期待されている。Pseudomonas aeruginosa IFO 3924株をエタノールフェッドバッチ培養することにより、ラムノリピッドが高生産された。57g/lのエタノールから、32g/lのラムノリピッド(R1とR2の混合物)が菌体外生産された。この数字はこれまでの報告例の約2倍である。エタノールの使用は精製面での容易さをももたらし、培養上清のpH4.0における酸沈殿によりラムノリピッドが精製された。R1とR2の分離には、イオンクロマトグラフィーや吸着クロマトグラフィーが適用される。 エタノールによる高生産メカニズムを解析した。ラムノリピッドはホモセリンラクトン型のオートインデューサー物質により生産制御されていることがわかった。すなわち、エタノールフィードが細胞にとりストレスとして機能し、オートインデューサー物質濃度の数十倍の上昇を促し、ラムノリピッド生産を誘導していることを見出した。ラムノリピッドは通常、増殖終了後に生産されるが、オートインデューサー高濃度下では、増殖に伴い生産され、その結果生産量は増加する。 調製したラムノリピッドの、廃重油処理への適用を検討した。廃重油は自然界での水との接触攪拌によりW/O型の難乳化ミセルを形成してしまい、処理を困難にする。これまで、その乳化のためには多量の化学合成界面活性剤と溶剤の混用がなされていた。ラムノリピッドでは単独の、油あたり1g/lの使用(Tween 20の場合の1/19)でO/W型への乳化ができた。乳化液に鉄塩を添加するか、pHを4.0に調整することにより容易に脱乳化されるので、乳化液からの油分の回収が可能であった。自然界への分散、自然分解型ではなく、リサイクル型の環境修復が可能になる。 3)エタノールを原料とした有用物質の生産として、Pseudomonas fluorescensによる抗生物質生産を検討した。 同菌はピオルテオリンやアセチルグルシノールなどの、抗菌スペクトラムの異なる各種の抗生物質を生産するが、自然界では植物根圏にて植物体に共生し、植物を微生物感染から防御していると考えられている。土壌より分離されたS272株をエタノール培地で培養することにより、これまでの文献値の数十倍の生産量が得られ、微生物農薬への展望が開けた。 S272株は食塩や高温パルスによっても抗生物質生産を誘導するので、ストレス誘導であるらしい。ストレスによりホモセリンラクトン型のオートインデューサー物質濃度が数十倍になり、複数の抗生物質の生産がオンになるというメカニズムを考えた。 この原理を応用し、正常では抗生物質が低レベルなので微生物フローラの撹乱がなく、植物体の生育にとり危機的な条件で抗生物質生産が誘導されるという、農薬が創出される。実際、カイワレ大根の水栽培の系で、成長促進効果と雑菌防除効果が確認され、マーガレットの葉を用いて、腐敗防止効果も確認できた。 自然界で植物体に付着して生育する細菌、Klebsiella pneumoniae H12株を分離し、植物体と細菌の付着を担う凝集性多糖類がエタノール特異的に生産されることを見出した。この凝集剤を併用することにより、P.fluorescensの農薬効果も増強される。 |