学位論文要旨



No 214214
著者(漢字) 石塚,治
著者(英字)
著者(カナ) イシヅカ,オサム
標題(和) 伊豆小笠原弧背弧地域における火成活動の時空変遷及びそれに伴う熱水活動 : レーザー加熱40Ar/39Ar法の適用
標題(洋) Temporal and spatial variation of volcanism and related hydrothermal activity in the back-arc region of the Izu-Ogasawara Arc : application of laser-heating 40Ar/39Ar dating technique
報告番号 214214
報告番号 乙14214
学位授与日 1999.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14214号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 島崎,英彦
 東京大学 教授 平,朝彦
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 助教授 石井,輝秋
 慶応義塾大学 教授 鹿園,直建
内容要旨

 本研究は,系統的な40Ar/39Ar年代測定により伊豆小笠原弧背弧地域の火成活動史及び構造発達史,またその火成活動に関連した熱水活動を解明することを目標とした.伊豆小笠原弧は,東から火山フロント地域、活動的な背弧リフト地域,背弧海丘帯,及び背弧海山列地域に区分される.このうち背弧地域では,様々な時代,様々なテクトニックセッティング下での火山活動が重複しておきていると考えられ,地形的,構造的に複雑である.当地域における四国海盆拡大停止以降の火成活動史を明らかにするため,本研究では,レーザ加熱法による40Ar/39Ar年代測定システムの確立を行った.この年代測定システムでは,全融解法により極微量試料を高精度で測定できるだけでなく,数ミリグラムの火山岩石基について段階加熱法による測定が可能となった.年代の信頼性が客観的に評価できる段階加熱法による年代測定を,少量の試料を用いて行えることは,海底火山岩の年代決定を行う上で非常に大きな利点である.本年代測定システムの精度,確度,再現性を評価する目的で,いくつかの年代の異なる年代既知試料の測定を行った.その結果,一〜数粒を用いた全融解法による繰返し測定により,カリ長石,黒雲母,斜長石について報告値と調和的な年代値が得られ,極微量試料を用いて十分な精度,確度,再現性で年代測定可能なことが確認された.また黒雲母及び火山岩石基についての段階加熱法による測定の結果,極めて再現性の良い年代スペクトルが得られ,通常のレーザ加熱法では困難な試料の均質な加熱が実現されていることが確認された.本年代測定システムにより,少量の火山岩石基を用いて高精度で地質学的に意味のある年代スペクトルが得られることが明らかになった.

 次に40Ar/39Ar法を用いて、青ヶ島及びスミス島西方の伊豆小笠原弧背弧地域(30°30’N〜32°30’N)から採取された火山岩について,石基の段階加熱年代測定及び斜長石の全融解年代測定を行った.K-Ar年代と40Ar/39Ar年代との比較検討も行った.年代測定結果と火山岩の化学組成,地形調査,音波探査結果等を総合した結果,以下のような火成活動史が明らかになった.1)背弧海山列及びその近傍の海山では,遅くとも約17Ma,すなわち四国海盆拡大終了の直前から火成活動が始まり,約3Maまで継続した.この火成活動は,液相濃集元素に富む特徴を持つ安山岩〜玄武岩を主に噴出した.この期間中,火山活動の化学的特徴や場所に系統的な変化は認められない.2)約2.8Maに背弧海丘帯の西部で玄武岩質の火山活動が起きた.この活動は,特徴的にSiO2,Na2Oに乏しい単斜輝石かんらん石玄武岩を噴出した.この活動の初期で玄武岩は南北方向に伸びた割れ目あるいは配列した火口群から噴出し,南北性のリッジを形成した.約2.5Ma以降,同様の玄武岩及び少量の酸性岩により多数の小海丘が形成された.この火山活動は約1Maまで続いた.3)約1Ma以降,火山活動は,現在活動的なリフト盆地及びそれに隣接する背弧海丘帯東部に限られた.4)背弧海山列における玄武岩質溶岩は,液相濃集元素に富み,E-MORBに似たNb/Zr比を示す.一方背弧海丘帯の玄武岩溶岩は,背弧海山列の玄武岩に比べて低SiO2,Na2O,高CaOで特徴づけられる.この玄武岩は,LIL元素に富むが,Nbにdepleteしており,E-MORBより低いNb/Zr比を示す.これらの化学的特徴の違いは,マグマソースの違いを示すと考えられる.背弧海丘帯の玄武岩は,活動的背弧リフト盆地の玄武岩とも化学的特徴が異っている.これらの結果は,背弧地域において約2.8Maに火山活動の場所,マグマの化学的特徴,活動様式について大きな変化がおきたことを示しており,この変化はリフティングの開始に伴うものと考えられる.南北性の構造に規制され,かつ極めて特徴的な化学組成を持つ玄武岩の噴出が,リフティング開始時に特徴的におきたものと考えられる.本研究の結果から,約2.8Maがリフティングの開始時期と考えられるが,この年代は,リフト盆地の東側斜面で行われた海底掘削の結果から推定されたリフティング開始時期(2.35-2.9Ma)と一致している.今回の調査地域においては,リフティングは約2.8Maに活動を開始し,約1Maまでは活動は背弧海丘帯西部を中心としていたが,約1Ma以降,背弧海丘帯西部では活動が停止し,現在活動的な背弧リフト地域に活動の中心が移ったと考えられる.

 背弧海山列の万治海山では,高温の熱水活動が関与したと考えられる熱水変質岩が採取され,火成活動に伴い熱水活動がおきたと考えられる.万治海山において採取された熱水変質岩は,以下の特徴において斑岩銅鉱床における変質岩と極めて類似している.1)変質鉱物の組合せが,斑岩銅鉱床におけるカリ変質帯及びプロピライト化変質帯の岩石に相当する.2)石英-磁鉄鉱脈のストックワークの存在.3)銅鉱化作用の存在.4)高温(約600℃),高塩濃度(約63%)の熱水をトラップした流体包有物の存在.

 万治海山では,これら熱水変質岩と共に,トーナライトポーフィリー,トーナライト,ガプロといった深成岩類及び安山岩〜デイサイトを主体とする溶岩が採取されている.安山岩〜デイサイトの化学的特徴は他の背弧海山列上の海山の溶岩と類似する.レーザ加熱40Ar/39Ar法による年代測定の結果,溶岩について7.7-6.3Ma,深成岩について7.0-6.3Maの年代値が得られ,深成岩及び溶岩の活動はほぼ同時期であり,一連の火成活動の産物であることが明らかになった.またこの年代は,他の背弧海山列上の海山の火山活動時期の範囲内である.斑岩銅鉱床は一般に酸性深成岩に伴われること,また万治海山では,他の時代の火成活動は知られていないことから,斑岩銅鉱床型熱水活動は7Ma前後の火成活動に伴っておき,トーナライト質の岩石が熱水活動の関連火成岩である可能性が高い.その後断層運動等の構造運動、それに伴う山体の上昇及び海面付近での削剥,沈降等により,山体深部が露出し,かつ現在水深約1000m以上の海底でその部分を構成する岩石が存在するのではないかと推測される.

審査要旨

 本論文は3章からなり,第1章はレーザー加熱による新しい年代測定法の開発について,第2章は,この測定法を応用した例として伊豆小笠原弧背弧地域における火成活動の時空変遷について,第3章では,同じくこの手法を通じて解析した万治海山での熱水活動について,述べられている.それらの概要は以下のとおりである.

 すなわち,本研究は系統的な40Ar/39Ar年代測定により,伊豆小笠原弧背弧地域の火成活動史及び構造発達史,またその火成活動に関連した熱水活動を解明することを目標とした.伊豆小笠原弧は,東から火山フロント,活動的な背弧リフト地域,背弧海丘帯,及び背弧海山列地域に区分される.このうち背弧地域では,様々な時代,様々なテクトニックセッティング下での火山活動が重複しておきていると考えられ,地形的,構造的に複雑である.当地域における四国海盆拡大停止以降の火成活動史を明らかにするため,本研究では,レーザ加熱法による40Ar/39Ar年代測定システムの確立を行った.この年代測定システムでは,全融解法により極微量試料を高精度で測定できるだけでなく,数ミリグラムの火山岩石基について段階加熱法による測定が可能となった.一〜数粒を用いた全融解法による繰返し測定により,カリ長石,黒雲母,斜長石について報告値と調和的な年代値が得られ,極微量試料を用いて十分な精度,確度,再現性で年代測定可能なことが確認された.また黒雲母及び火山岩石基についての段階加熱法による測定の結果,極めて再現性の良い年代スペクトルが得られ,通常のレーザ加熱法では困難な試料の均質な加熱が実現されていることが確認された.本年代測定システムにより,少量の火山岩石基を用いて高精度で地質学的に意味のある年代スペクトルが得られることが明らかになった.

 次に,青ヶ島及びスミス島西方の伊豆小笠原弧背弧地域(30°30’N〜32°30’N)から採取された火山岩について,石基の段階加熱年代測定及び斜長石の全融解年代測定を行った.K-Ar年代と40Ar/39Ar年代との比較検討も行った.年代測定結果と火山岩の化学組成,地形調査,音波探査結果等を総合した結果,以下のような火成活動史が明らかになった.1)背弧海山列及びその近傍の海山では,遅くとも約17Ma,すなわち四国海盆拡大終了の直前から火成活動が始まり,約3Maまで継続した.この火成活動は,液相濃集元素に富む特徴を持つ安山岩〜玄武岩を主に噴出した.2)約2.8Maに背弧海丘帯の西部で玄武岩質の火山活動が起きた.この活動は,特徴的にSiO2,Na2Oに乏しい単斜輝石かんらん石玄武岩を噴出した.3)約1Ma以降,火山活動は,現在活動的なリフト盆地及びそれに隣接する背弧海丘帯東部に限られた.4)背弧海山列における玄武岩質溶岩は,液相濃集元素に富み,E-MORBに似たNb/Zr比を示す.一方背弧海丘帯の玄武岩溶岩は,背弧海山列の玄武岩に比べて低SiO2,Na2O,高CaOで特徴づけられる.これらの化学的特徴の違いは,マグマソースの違いを示すと考えられる.

 背弧海山列の万治海山では,高温の熱水活動が関与したと考えられる熱水変質岩が採取され,以下の特徴において斑岩銅鉱床における変質岩と極めて類似している.1)変質鉱物の組合せが,斑岩銅鉱床におけるカリ変質帯及びプロピライト化変質帯の岩石に相当する.2)石英-磁鉄鉱脈のストックワークの存在.3)銅鉱化作用の存在.4)高温(約600℃),高塩濃度(約63%)の熱水をトラップした流体包有物の存在.これら熱水変質岩と共に,トーナライトポーフィリー,トーナライト,ガブロといった深成岩類及び安山岩〜デイサイトを主体とする溶岩が採取された.安山岩〜デイサイトの化学的特徴は他の背弧海山列上の海山の溶岩と類似する.レーザ加熱40Ar/39Ar法による年代測定の結果,溶岩について7.7-6.3Ma,深成岩について7.0-6.3Maの年代値が得られ,深成岩及び溶岩の活動はほぼ同時期であり,一連の火成活動の産物であることが明らかになった.斑岩銅鉱床型熱水活動は7Ma前後の火成活動に伴っておき,トーナライト質の岩石が熱水活動の関連火成岩である可能性が高い.その後断層運動等の構造運動,それに伴う山体の上昇及び海面付近での削剥,沈降等により,山体深部が露出し,かつ現在水深約1000m以上の海底でその部分を構成する岩石が存在するのではないかと推測される.

 なお,本論文の第2章の一部は,宇都浩三氏 湯浅真人氏,Alfred Glenn Hochstaedter氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)を授与できると認める.

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