内容要旨 | | 岩石の変形実験などから大陸地殻中深部の変形集中過程において,長石の細粒化およびその変形過程の重要性が予想されている.そこで畑川破砕帯西側より,幅10cmほどの小剪断帯試料を採取し,歪に伴う斜長石の細粒化過程,および細粒化した斜長石の変形機構の解析を行った. 解析した剪断帯では,黒雲母および石英の配列で定義される面構造と剪断帯全体の方向がなす角度が剪断帯の周辺部から中心部に向かうにつれて減少し,中心部に向かい歪の増加を示す.細粒化過程の解析については,剪断帯の2つの断面について周辺部から中心部に向かい9つの矩形歪領域に分け,各歪領域ごとに構成鉱物ごとの細粒部分粒径分布,細粒化分率の測定,および透過電子顕微鏡(TEM)観察より細粒化機構の解析を行った.細粒化分率は各鉱物pについて と定義した(Mf:細粒粒子のモード,Mc:粗粒粒子のモード).なお細粒粒子は斜長石,カリ長石については15m未満,石英については50m未満の粒子と定義した. また変形機構の解析については,剪断帯中心部のウルトラマイロナイト内の斜長石についてTEMの制限視野回折により結晶定方向配列を決定し,さらに各粒子内転位構造観察および転位バーガーズベクトルの決定を行った.なお転位のバーガーズベクトルの決定はInvisibility Criteriaにより行った. 細粒部分粒径分布は歪領域ごとに大きな違いが見られず,歪領域によらず斜長石,カリ長石では平均粒径=1.5m〜2.0mの対数正規分布を示す.各鉱物の細い化分率は歪の増加とともに増加する.これらの中で斜長石は低歪領域では20%前後で大きな変化を示さないが=23°と=20°の間においてXpfは30%から60%に急激に増加,それより歪が大きくなるとに向かいXpfは徐々に60%から90%まで増加する.これに対し,石英は歪とともに単調にXqzが40%から100%に増加し,カリ長石は剪断帯中心部のウルトラマイロナイト帯でXK-fが80%を示す以外では40%〜60%でほぼ一定の値を示す.一方,TEMの観察から斜長石ポーフィロクラストの粒界に沿い歪駆動の粒界の膨らみが見られ,斜長石の細粒化が歪駆動の粒界移動による動的再結晶により行われたことを示し,細粒化分率がいわゆる再結晶分率に対応することがわかる. ウルトラマイロナイト内の細粒斜長石は,ほとんど転位を含まないものから1011cm-2に及ぶ転位密度を含むものまで様々な転位密度を示し,粒子内には転位滑りを示す転位双極子が観察されることがある.この組織の特徴は,長石の変形実験,あるいは積層欠陥エネルギーの小さい金属の塑性変形に見られる動的再結晶をしながら転位クリープを起こした場合の組織と一致する.TEMの制限視野回折よりこれらの粒子には(100),(010),(001)の各面に定方向配列が見られ結晶格子定方向配列があることがわかった.さらにこれらの粒子内において6方位の転位バーガーズベクトルが決まり,これら決定したバーガーズベクトル,またはそれら合成滑りは線構造とほぼ平行になる.以上から,細粒長石は転位クリープによる延性変形を示していたものと考えられる. 次に斜長石に見られる=23°〜20°におけるXpfの急増を,動的再結晶のカイネティクス理論と比較することにより考察する.粒界移動による動的再結晶の場合,再結晶核の形成は主として粒子の表面から行われ,物質内部でランダムに行われるわけではない.この場合,もとの粒子を再結晶粒子に置換する原因となる再結晶核の形成は,もともとの粒子の表面で行われる場合と,再結晶フロントで行われる場合の2通りがある.このとき一度もとの粒子を再結晶粒子が覆い尽くすと,もともとの粒子の表面からの核形成は起こらなくなる.これをSite Saturationと呼ぶ.このようなモデルに従うと拡張再結晶分率In(1/(1-X)(Xは再結晶分率)と時間の両対数プロットが二本の直線となり,Site Saturationにおいて変曲点を示す. 本論で得られた斜長石の細粒化分率から拡張再結晶分率を計算し,歪と両対数プロットを行うと低歪領域と高歪領域の二本の直線となり,その変曲点は=23°〜20°に相当する.これは動的再結晶のカイネティクス理論のSite Saturationの特徴と一致する.さらに,適当に歪速度を仮定して再結晶分率をに対してプロットすると,本論で得られた斜長石の細粒化分率との関係と同様の結果を得る.以上のことから斜長石の細粒化分率の=23°〜20°における急増は再結晶過程のSite Saturationに対応するものと考えられる. ところでプロトマイロナイト,マイロナイト,ウルトラマイロナイトという断層岩の分類は細粒マトリックスの量に基づき行われてきた.しかし従来,細粒マトリックスについての定義はされていない.そこで、斜長石がSite Saturationに対応する歪に達しているものをマイロナイト,それより歪が弱いものをプロトマイロナイトとして再定義する.このように定義することにより,上記再結晶カイネティクスモデルが断層岩の分類に対し物理的基礎を与えることになる. また今回得られた斜長石の格子低方向配列結果は,これまでグラニュライト相の変成条件において得られていた結果とは異なる.グラニュライト相において変形した斜長石はリボン状に伸びているのに対し,本論で解析した剪断帯内部においては斜長石ポーフィロクラストはしばしば脆性破壊を示しており,相対的により低温で変形していたことが予想される.したがって斜長石においても石英あるいはカンラン石と同様に温度に従い転位の滑り系の変化が起こることも示す. 以上から,(1)斜長石は歪駆動の粒界移動による動的再結晶により細粒化し,(2)細粒化した斜長石は転位クリープによる延性変形を示すことが明らかになった.さらに(3)斜長石の細粒化にはSite Saturationに対応した特異点が現れ,また(4)細粒化した斜長石の優勢な滑り系はこれまで報告されていたグラニュライト相の変形とは異なり,温度に応じて,相対的により低温領域における滑り系が優先滑り系になったものと考えられる. |
審査要旨 | | 本論文は6章からなる。大陸地殻中深部の岩石の変形は、しばしば幅の狭い剪断帯と呼ばれる領域に集中する。これについて岩石の変形実験から、長石の細粒化とその変形過程の重要性が指摘されている。本論文の最も重要な成果は、福島県阿武隈山地、畑川破砕帯付近の小剪断帯において、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡(TEM)による解析をもとに、斜長石の動的再結晶による細粒化過程、および細粒化した斜長石の変形機構を、明らかにしたことである。 1章は序論として、これまでの斜長石の大陸地殻のレオロジーに対する位置付け、斜長石研究の概要、本研究の目的・意義を述べている。 2章は、試料採取地域の地質概略、および解析を行った小剪断帯の産状を述べている。畑川破砕帯は福島県阿武隈山地東縁に位置し、幅50mほどのカタクレーサイト帯で、その西側の未変形の花崗閃緑岩中に小規模剪断帯が多数発達する。解析を行った試料はこれらの小剪断帯のひとつであり、周辺部から中心部に向かい歪が強くなることを記述している。 3章は、斜長石の歪に対する細粒化の解析結果である。解析は剪断帯試料に対し、2つの断面を用意し、それぞれを周辺部から中心部に9つの矩形領域に分け、各歪領域ごとに、斜長石の中で15mm未満の粒子が占める割合で定義される、細粒化分率の測定、および透過電子顕微鏡観察により細粒化機構の解析を行っている。歪に対し斜長石の細粒化分率は、中歪領域において細粒粒子の割合が20%前後から60%に急増するが、それ以外の歪領域での細粒化分率の変化が小さいという特徴を示すこと、TEM観察より、斜長石ポーフィロクラストの粒界の高転位密度の内部に向かう膨らみを見出した。 4章は細粒斜長石の変形機構の解析結果である。解析は細粒斜長石の結晶格子定方向配列と、転位構造との対応を検討している。結晶定方位は透過電子顕微鏡の制限視野回折、X線テクスチャゴニオメータにより測定している。その結果(100)、(010)、(001)の各極点図に定方向配列が認められ、3方位に集中が見出だされた。また細粒斜長石は、粒子ごとに多様な転位密度を示し、粒子内には転位滑りを示す転位双極子を観察している。さらに結晶格子定方向配列の3方位の集中について、1方位は1/2[110]、他の2方位には1/2[011]、1/2[211]、1/2[112]、1/2[112]の転位バーガーズベクトルを決定した。 5章は、上記結果に対する考察であり4部構成となっている。 第1部は、斜長石ポーフィロクラスト粒界の、ポーフィロクラスト内部への膨らみ、転位エネルギーと表面エネルギーの収支から、斜長石の細粒化を転位駆動の粒界移動による動的再結晶によると論じている。 第2部において、長石あるいは金属の変形実験との比較、転位双極子の存在、格子定方向配列の存在、また格子定方向配列の集中方位が、粒子内に観察された転位のバーガーズベクトルの単一、もしくは合成滑りにより説明可能であること、などから細粒斜長石が動的再結晶による転位クリープにより変形すると指摘した。 第3部は、斜長石の粒径減少と歪の関係を金属の動的再結晶カイネティクス理論と比較、斜長石の粒径減少が粒界移動による動的再結晶のカイネティクスに支配され、中歪領域における急激な細粒化が、もとの粒子を再結晶粒子が覆い尽くすSite Saturationによるものと結論付けている。 第4部においては、まずプロトマイロナイト、マイロナイト、ウルトラマイロナイトの断層岩の分類について、斜長石のSite Saturationに対応する歪に基づき、マイロナイト、プロトマイロナイトを再定義、再結晶カイネティクスモデルによって断層岩の分類の物理的基礎を与えた。次に斜長石の格子定方向配列および変形組織の結果を、従来グラニュライト相で得られている結果と比較し、本論で解析した剪断帯の変形条件が相対的に低温であったこと、さらに斜長石においても石英・カンラン石と同様に変形物理条件に従い転位の滑り系の変化が起こることを予想している。 6章は結論の章であり、本論で得られた結果をもとに、5章において考察した結論を箇条書きにして示してある。 本論文は、斜長石の細粒化が転位駆動の粒界移動による動的再結晶によること、細粒化した斜長石が動的再結晶により転位クリープを示すこと、斜長石の細粒化が動的再結晶のカイネティクスに支配され、中歪領域における急激な細粒化がSite Saturationに対応することを明らかにした。この成果は、鉱物学、構造地質学、さらには地殻のレオロジーなどの分野の発展に寄与することが大であり、従って博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと認める。 |