学位論文要旨



No 214219
著者(漢字) 松岡,茂
著者(英字)
著者(カナ) マツオカ,シゲル
標題(和) ひび割れの局所化を考慮したコンクリート構造物の挙動に対する解析手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214219
報告番号 乙14219
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14219号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
内容要旨

 近年、コンクリート構造物は材料の進歩や設計・施工技術の向上と社会的要請等により次第に大型化する傾向にある。さらに、コンクリート構造物が大型化するのに従って複雑な形状を要求される場合も増加する傾向にある。このような巨大あるいは複雑なコンクリート構造物では、構造物の安全性等を実験的に検証することが困難な状況が発生する場合がある。特に、コンクリート構造物のせん断耐力は断面寸法の影響を受けることが知られており、せん断耐力算定はコンクリート構造物の設計における重要な項目となっている。

 コンクリート構造の耐力等を数値解析的に求めることにより、コンクリート構造物の安全性等を検討しようとする試みが増加している。コンクリートは、引張強度が低いために脆性的な破壊挙動を示しひび割れ発生・進展により最終的な耐力や破壊面が決定される。したがって、数値解析では、コンクリート中に生じるひび割れを考慮し、さらにひび割れの進展を考慮する解析モデルが必要となる。このような、ひび割れ発生・進展を追跡するのに破壊力学の考え方が有効であることが報告されている。破壊力学とは、ひび割れの発生・進展によって生じる破壊現象を対象とした力学であり、ひび割れ先端における応力分布等の特異性を考慮し、その破壊現象を支配している力学パラメータを推定することにより破壊現象を解明しようとするものである。コンクリートの破壊力学分野では、ひび割れ先端で非線形挙動開始からひび割れが完全に形成される遷移状態の応力伝達を仮定することにより、コンクリートの曲げ強度等を数値解析で求めることができることが報告されている。本研究においても、ひび割れ先端の遷移領域における応力伝達をひび割れ開口幅との関係で表した引張軟化曲線によりモデル化して数値解析を行った。遷移領域の応力伝達のみを考慮した解析は、コンクリートのひび割れ発生を求めることができるがひび割れの進展を追跡することは困難である。その原因としては、コンクリートのような脆性材料では、複数発生したひび割れの一部が進展して破壊面を形成するひび割れの局所化と呼ばれる現象が生じるためである。遷移領域の応力伝達のみを考慮した解析では、複数発生したひび割れの大部分が進展するために実際のコンクリート部材で観察されるひび割れより、解析で得られるひび割れ本数が多くなる。その結果、数値解析で得られる破壊面および耐力は実際のコンクリート部材のものと異なる。本研究では、複数発生したひび割れの大部分が進展せずに閉口するような経路を取ることに着目して、コンクリート部材のひび割れ発生・進展を解析するモデルを提案した。

 ひび割れの局所化については、内部エネルギーの平衡状態を考慮した解析モデルが有効であることが報告されている。この解析モデルは、ひび割れ進展等によるエネルギー散逸を考慮するものであり、ひび割れの局所化は熱力学第2法則の拘束条件付きの最小値問題として取り扱うものであり、コンクリート部材全域から進展するひび割れを選択することができる。これに対して、繰り返し計算で不釣り合い力を再配分する際にひび割れに相当する要素の変位がひび割れ開口する方向に生じるのか、閉口する方向に生じるのかを判定して、ひび割れの局所化を数値解析で追跡する方法が試みられている。繰り返し計算によりひび割れの進展を追跡する方法は、内部エネルギーの平衡状態を考慮する計算方法より比較的簡単であることから、本研究では繰り返し計算によりひび割れの進展を追跡する方法を採用した。本研究では、前述したように複数発生したひび割れの大部分が閉口する方向に変位が進行することに着目し、各インクリメントにおいてひび割れ発生要素は全て図-1に示すように原点を指向する除荷経路上にあるものとして計算を行う。この計算結果で、図-1に示すように引張軟化曲線外に位置するひび割れ発生要素のみが、ひび割れ進展するものとし再度同一のインクリメントを計算する。この手順を繰り返すことより、本研究ではひび割れ進展を追跡した。

 純引張状態以外でひび割れが発生・進展する場合には、ひび割れ面に平行な応力が作用する。ひび割れ面に平行な応力は、引張応力と同様にひび割れ開口幅あるいはひび割れ面間のズレが増加すると供に減少する。そこで、本研究では、ひび割れ発生要素のせん断剛性をひび割れ開口幅に応じて減少するように設定することにより、ひび割れ面に平行な応力の減少を評価している。せん断剛性の減少の割合は、引張軟化曲線により決定されるものとしている。

 本研究で提案している解析モデルを検証する目的で、アンカーボルトの引き抜き実験を計算した。その結果、図-2に示すようひび割れ発生状況は実験結果とほぼ一致し、アンカーボルト先端変位と荷重との関係も実験結果と良い一致を示した。さらに、コンクリートのせん断耐力と断面高との関係を把握する目的で実施されたせん断補強鉄筋が配置されていない鉄筋コンクリートはり部材実験の計算を行った。その結果、図-3に示すように実験で得られたせん断強度と断面強度との関係と計算結果はほぼ一致し、破壊面となる斜めひび割れ位置も実験結果とほぼ一致している。本研究で提案している解析手法を用いることにより、コンクリート構造物のせん断耐力およびひび割れ発生状況を推定することができる。

図-1 除荷経路の判定図-2 アンカーボルト引き抜き試験のひび割れ発生パターン図-3 せん断強度と断面高さ
審査要旨

 本論文はひび割れの進展に支配されたコンクリート構造物の挙動に対する解析手法を提案するものであり、ひび割れの局所化を判定し、局所化したひび割れの進展を解析する点に特徴がある,鉄筋コンクリートのせん断強度の寸法効果、耐震壁の変形能、トンネル覆工の耐力等の解析例を示し、工学的問題へ応用可能であることを例示している。

 近年、コンクリート構造物は材料の進歩や設計・施工技術の向上と社会的要請により大型化している。実績の少ない大型構造物、新形式の構造においては、その安全性を評価する手法が必要となるが、実験的に安全性を検証することは容易ではない。そこで、構造物の耐力を正確に評価しうる解析手法の確立が求められている。コンクリート構造物は本来ひび割れの発生・進展が支配的とならないように設計されるものであるが、大型構造物、新形式の構造物等においては、ひび割れの発生・進展が構造物の耐力を決定することが起こり得る。

 コンクリート構造物におけるひび割れの発生・進展を予測・再現することを目的として、破壊力学をコンクリートに応用する研究が精力的になされ、大きな成果を収めている。コンクリートにおけるひび割れに対する解析手法としては、分散ひび割れモデルが広く用いられているが、実際にはひび割れが局所化される場合においても、ひび割れが分布して発生する解しか得られないという問題点が指摘されている。

 本論文は、解析アルゴリズムの中で、ひび割れの局所化を判定し、成長を続けるひび割れと、弾性除荷されるひび割れとを識別する新たなルーチンを加えるという新しい方法を提案している。

 第1章は序論であり、研究の背景・目的、論文の構成が述べられている。

 第2章ではひび割れ進展に対する解析手法が提示されている。コンクリートの破壊力学に関する既往の研究成果を踏まえ、ひび割れの数値解析モデルと解析アルゴリズムが示されている、既存の研究との違いは、ひび割れの局所化を判定するルーチンを加えたところにある。本来であれば、エネルギー的な考察に基づき、進展を続けるひび割れと、弾性除荷して開口変位が減少するひび割れを判定するべきであるが、そのような理論に基づくと、解析の各ステップで非線型最小化問題を解かなくてはならなくなり、解析は非常に複雑かつ困難になってしまう。本研究では、複数発生したひび割れの大部分が進展せずに閉口するような経路を取ることに着目して、各インクリメントにおいてひび割れ発生要素は全て原点を指向する除荷経路上にあるものとして計算を行い、結果として引張軟化曲線外に位置するひび割れ発生要素のみが、ひび割れ進展するものとし再度同一のインクリメントを計算するというアルゴリズムを提案している。非常に単純な方法であるが、この方法によりひび割れの局所化と、局所化したひび割れの進展が追跡できることが示されている。このような仮想の解析ルーチンを追加する発想には独創性が認められる。

 第3章では解析手法の妥当性を検証することを目的として、比較的単純な問題の解析結果が示されている。取り上げた問題は、無筋コンクリート梁の4点曲げ試験、アンカーボルトの引き抜き試験、ルーマニア式のせん断試験、鉄筋の両引き試験等である。また、要素分割の影響に関しても検討結果が示されている。

 アンカーボルトの引き抜き実験の解析においては、ひび割れ発生状況は実験結果とほぼ一致し、アンカーボルト先端変位と荷重との関係も実験結果と良い一致を示している。鉄筋の両引き試験の解析では、鉄筋の伸びによりコンクリートに生じるひび割れ、および付着挙動を特別な要素を用いることなく再現することができることが示されている。

 第4章では工学的問題への適用例が示されている。まず、コンクリートのせん断耐力と断面高との関係を把握する目的で実施されたせん断補強鉄筋が配置されていない鉄筋コンクリートはり部材実験の解析結果が示されている。実験で得られたせん断強度と断面強度との関係と計算結果はほぼ一致し、破壊面となる斜めひび割れ位置も実験結果とほぼ一致しており、本研究で提案している解析手法を用いることにより、コンクリート構造物のせん断耐力およびひび割れ発生状況を推定することができることが示されている。さらに、耐震壁の変形性能を確認する目的で実施された2層の耐震壁の載荷試験の解析結果が示されている。柱主鉄筋が降伏した後に耐震壁の斜めひび割れ発生・進展により最終的な破壊が決定される耐震壁に対しても、本解析手法により破壊パターンを推定することが可能であることが示されている。最後に、トンネル覆工への適用例として、覆工背面の空隙がトンネル覆工の安定に与える影響と側壁部分に複数発生しているひび割れの原因を検討する目的で実施された水路トンネル覆工の解析結果が示されている。解析結果より、発見されたひび割れはアーチ部背面に存在する空隙により側圧が発生したことが原因であるものと判断され、補修・補強方法が決定された実例の報告がなされている。

 第5章には解析手法の課題が述べられている。第6章はまとめである。

 以上のように、本論文はコンクリート構造物におけるひび割れの局所化とその進展に対する新しい解析手法を提案するものである。鉄筋コンクリートのせん断強度の寸法効果、耐震壁の変形能、トンネル覆工の耐力等の解析例を示し、工学的問題へ応用可能であることを例示しており、その工学的貢献には大きいものがある。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク