学位論文要旨



No 214220
著者(漢字) 宮本,征夫
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,ユキオ
標題(和) プレストレストコンクリート鉄道橋の耐久性評価
標題(洋)
報告番号 214220
報告番号 乙14220
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14220号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
内容要旨

 わが国における最初の鉄筋コンクリート鉄道橋梁として知られる島田川暗渠(西日本旅客鉄道・山陰本線、支間1.83m、アーチ橋)が建設されたのは1904年であり、最初の本格的なプレストレストコンクリート鉄道橋(以下PC鉄道橋)として知られる第1大戸川橋梁(旧国鉄信楽線、現信楽高原鉄道、支間30m、単純I形桁1連)が建設されたのは1954年である。すなわち、鉄道におけるコンクリート構造物の歴史約100年のうち、プレストレストコンクリートが使用されているのはその後半の約50年であるといえる。

 プレストレストコンクリート構造物導入の草創期に、第1大戸川橋梁の建設において当時としては画期的な長大支間橋梁を実現した経験は、国鉄のコンクリート技術者達に大きな自信を与え、その後の線増工事、河川改修に伴う橋梁改良工事、都市内立体交差工事、さらには新幹線の工事にPC橋梁が積極的に採用されるきっかけとなった。PC鉄道橋は、高品質のコンクリートを使用して、高精度の設計施工が行われてきたこと、また、現状では供用期間が50年以下であり他のコンクリート構造物に比較して短いことから、耐力上の問題を生じた例はなく、耐久性を損なった事例の報告も多くない。

 しかしながら、PC鉄道橋といえども、PCグラウトの不良例に見られるように過去の変状事例は皆無ではなく、また、今後供用年数を重ねるとともに経年劣化による耐久性への影響が顕在化することは免れないものと考えられる。しかも、国鉄時代に、国鉄あるいは日本鉄道建設公団によって建設されたPC鉄道橋は、これを承継した6旅客鉄道会社および1貨物鉄道会社に分散しており、1社の路線網のみで多くのタイプの変状事例を分析し、供用後の耐久性を各社単独で総合的に評価することは難しい情勢にある。幸いなことに、PC鉄道橋の草創期から現在まで建設に携わった関係者には、今なお活躍中の人が多く情報収集が可能であるとともに、一部の橋梁については建設に関わる資料を閲覧することもできる。

 また、一方では、わが国の人口構成は高齢化の一途を辿り、西暦2015年には65歳以上の人口が全体の27.4%になると推定され、今後は20世紀に蓄積した社会資本インフラストラクチュアの維持管理を少ない若年労働力でカバーしていかなくてはならない。このため、現在供用中の構造物をできるだけ長く使用するとともに、今後新設する構造物についてはメンテナンスの手がかからないものを造っていくことが大切である。

 本論文は、PC鉄道橋を耐久的な構造物として使用していくため、技術的特色を有する橋梁と一路線で大量に施工された橋梁に分けて、その耐久性評価を論じたものである。また、本論文の前半では、PC鉄道橋の耐久性に関わる基準の変遷および技術の進展に寄与したと考えられる実橋梁の変遷を述べるとともに、変状事例、健全事例の分析を行っている。最後に、耐久的なPC鉄道橋を実現するための維持管理面から見た課題とその方策を論じている。

 以下に、各章の概要を述べる。

 第1章は序論であり、本論文のテーマであるPC鉄道橋の耐久性評価を試みる背景を、PC鉄道橋の初期の時代から近年にいたる発展のプロセスと、国鉄からJR会社への組織の移行を踏まえて述べている。

 第2章は、2つの部分から構成される。前半では、設計および施工に関する技術基準の整備の流れと耐久性に関する規定の制定改訂の変遷を述べ、後半では、国鉄を承継した各鉄道会社におけるPC鉄道橋の使用実態、草創期から現在までのエポックメイキングとなったPC鉄道橋の変遷について、一般的な橋梁、形式・材料・構造面等で特色のある橋梁に分けて述べている。

 耐久性に関わるPC鉄道橋の技術基準は、1961年改訂の土木学会「プレストレストコンクリート設計施工指針」に基本的な考え方が規定された後は大きな変更点はなく、ノンブリーディングタイプのPCグラウト出現にともなうPCグラウトの品質基準・試験方法、構造細目としてのPC鋼材定着具保護の規定、用心鉄筋量の規定等に変更が見られる程度である。

 PC鉄道橋の変遷では、構造形式としてはI形桁箱形桁が大部分を占めること、桁数量の把握が可能な新幹線の場合、I形桁と箱形桁の割合は全体の99%に上ること、長大橋梁の支間は連続箱形桁によって記録を伸ばしてきたが、現在では北陸新幹線の斜張橋である第2千曲川橋梁の支間133.9mが最長であること等、PC鉄道橋の使用実態を述べ、代表橋梁の紹介を行った。

 第3章では、変状事例と詳細な調査により健全であることが確かめられた事例を述べている。変状事例としては、PCグラウトの不良によるPC鋼材の腐食破断、外部からの塩分浸透による鋼材の腐食、PCグラウトの不良と塩分浸透の複合劣化、アルカリ骨材反応による桁のひび割れおよび反り上がり(2例)、施工不良による桁の反り上がり、可動支承の機能不良に伴う桁端部コンクリートのひび割れ(2例)、地震による損傷、の9つの代表事例をあげ、その対策を述べた。健全事例としては、改良計画等の理由により撤去された際に解体調査した5つの事例と、供用中の桁を詳細調査した1事例を述べた。つぎに、変状橋梁16橋について変状原因別の変状発生までの供用年数を整理した。整理結果から、耐久性に優れるPC鉄道橋を建設するには、密実なコンクリートを施工すること、アルカリ骨材反応対策を講じること、塩害のおそれがある場合にはその対策を施すこと、ノンブリーディングタイプのPCグラウトを確実に施工してグラウト不良をなくすことにより変状要因を経年劣化に絞り込むことが大切であることを述べた。また、健全が確認された橋梁については、施工状態、PCグラウトの状態、アルカリ骨材反応の発生の有無、塩害の発生の有無、中性化による経年劣化の状況に注目し、これらの変状が見られないことが耐久性向上の要件であることを示した。

 第4章では、技術的特色を有するPC鉄道橋の耐久性を実橋梁の検査結果に基づき評価し論じている。調査対象橋梁は、供用期間が約20年を超えた各種の構造形式からなる28橋梁であり、これらについて保守機関が行っている要領で目視検査を行った。検査の結果判明した、変状の有無・程度・重要度、変状進行の可能性の有無、および補修の有無から、現時点のPC鉄道橋の健全度を判定する指標となる健全度ポイントの考え方を提案した。この考え方に従って、調査28橋梁の健全度ポイントを算定し、分類した。

 一方、新設構造物の耐久設計を目的として土木学会が定めた「コンクリート構造物の耐久設計指針(案)」に従って調査橋梁の耐久指数(Tp)を算出し、Tpと環境指数(Sp)との比から定まる耐久性に関する抵抗度と健全度ポイントとの比較を行っている。その結果、Tp/Spが大きいほど健全度ポイントが大きくなる傾向が見られ、同指針(案)によりPC鉄道橋の耐久性を概ね評価できることを示した。

 第5章では、同一路線において、ほぼ同じ時期に大量に施工されたPC鉄道橋の変状実態を、過去の変状調査資料、現場機関の点検記録データをもとにして論じている。構造形式と変状の関係では、プレテンション方式I形桁の変状が極めて少ないこと、ポストテンション方式I形桁および箱形桁の変状発生桁の割合はほぼ同程度であること、ポストテンション方式I形桁および箱形桁と変状種別との関係では、じゃんか・ひび割れ・鉄筋錆び・遊離石灰の析出・グラウト不良は箱形桁にやや多く発生しているが、漏水・支承部損傷・鋼材不良はポストテンション方式I形桁の方に多いことを述べた。変状発生桁の割合は、施工位置(線路キロ程)、竣工時期に大きく依存することも述べた。

 つぎに、大量施工された標準設計桁としてI形桁を取りあげ、そのうち、断面諸元が特定できた60種類の標準設計桁について、断面諸元と変状の種別、変状有無の関係を論じている。その結果、変状発生桁の数量および変状発生桁の割合は、施工位置、竣工時期に依存すること、変状現象と標準設計桁の構造諸元から想定した変状要因との間には明確な相関関係は得られなかったことを述べた。標準設計I形桁の耐久性を評価するために、第4章と同様に、土木学会「コンクリート構造物の耐久設計指針(案)」により変状の有無を分析し論じた。その結果、「補強材の段数およびあき」および「コンクリートの充填性」に関する項目に関わる耐久性ポイントの合計ポイントの大小は、標準設計桁の変状桁発生割合に関係する指標であることが確かめられた。分析対象とした標準設計桁を変状発生桁割合の大小により整理して分類することにより、標準設計桁の耐久性を「コンクリート構造物の耐久設計指針(案)」によって評価できる見通しが得られた。ここで、桁の変状発生には、設計から施工に至る過程で何らかの人的要因が影響しているものと推測できたが、同指針(案)における人的要因に関わる耐久性ポイントにより変状発生を評価するには至らなかった。

 なお、本章で取りあげた路線は、供用後20年以上経過し、各種の形式のPC橋梁を有する山陽新幹線新大阪・博多間である。

 第6章では、今後、労働力が不足してくる高齢化時代に、PC鉄道橋の耐久性問題に的確に対応し、より耐久的なPC鉄道橋を実現するための維持管理面における課題を論じ、その方策についての提案を行っている。

 第7章は結論であり、本研究を通じて得られた成果をまとめている。

審査要旨

 ライフサイクルコストと国民経済的観点から合理的な社会基盤を建設,整備し、既に蓄積された社会資本を維持管理して社会の持続的発展を支えることは,成熟期を迎える我が国の重要課題である。本論文は,戦後において整備が開始されたPC鉄道橋を対象とし,詳細な実地踏査と統一した基準に基づく検査を通じて,耐久性に及ぼす各種要因の分析を行い,耐久性能の事前定量評価法とその妥当性について論じると共に,今後採るべき維持管理方策を提案したものである。

 第1章は序論であり,PC鉄道橋の耐久性評価を試みる背景を,PC鉄道橋の黎明期から近年にいたる発展過程と鉄道事業者組織の変遷を踏まえて,歴史的観点から述べている。

 第2章では,設計・施工に関する技術基準の整備の流れと耐久性に関する規定の変遷を詳細に調査した結果を述べ,PC鉄道橋の耐久設計に関する特質について分析している。

 第3章では,自然環境下でのPC鉄道橋の変状事例は,PCグラウトの不良による鋼材の腐食破断,外部からの塩分浸透による鋼材腐食,PCグラウトの不良と塩分浸透の複合劣化,アルカリ骨材反応による桁のひび割れと変形,施工不良による変状,可動支承の機能不良に伴う桁端部コンクリートのひび割れ,地震による損傷,の9つの代表的事例に分類できることを示し,耐久性に優れるPC鉄道橋を建設するには,密実なコンクリートの施工,アルカリ骨材反応対策、塩害対策,ノンブリーディングタイプのPCグラウトによる施工不良の防止が重要であることを定量的に実証している。

 第4章では,供用期間が約20年を超えた各種の構造形式からなる技術的特色を有するPC鉄道橋28橋梁について,著者自らが全数踏破して実地調査し,PC鉄道橋の健全度を判定する指標となる健全度ポイントの考え方を提案している。この健全度ポイントと新設構造物を対象とした土木学会の「コンクリート構造物の耐久設計指針(案)」に従って求めた耐久指数とを比較し,両者に正相関が存在することを実証している。これは,同指針が既設構造物の詳細な実態調査によって初めて実証されたものであり,今後の維持管理計画に大きな指針をあたえる成果である。

 第5章では,同一路線において,ほぼ同じ時期に大量に施工されたPC鉄道橋の変状実態を,過去の変状調査資料,現場機関の点検記録データを基に論じている。プレテンション方式I形桁の変状が極めて少ないこと,ポストテンション方式I形桁および箱形桁の変状発生桁の割合はほぼ同程度であること,じゃんか,ひび割れ,鉄筋錆び,遊離石灰の析出,グラウト不良は箱形桁にやや多く発生しているが,漏水,支承部損傷,鋼材不良はポストテンション方式I形桁の方に多いことなど構造形式による耐久性の相違を明らかにしている。また,変状発生桁の割合は,施工時期と竣工時期との関係に大きく依存することを初めて定量的に示している。また,「補強材の段数およびあき」および「コンクリートの充填性」に関する項目に関わる耐久性ポイントの大小は,変状桁発生割合に関係する指標であることを実証している。

 第6章では,労働力が不足してくる高齢化時代に,PC鉄道橋の耐久性問題に的確に対応し,より耐久的なPC鉄道橋を実現するための維持管理面における課題を論じ,その方策についての提案を行っている。

 第7章は結論であり,本研究を通じて得られた成果をまとめている。

 本論文は,PC鉄道橋の耐久性能と支配因子に初めて多角的見地から定量的分析を与えたものであると同時に,これまで提案されてきた耐久性評価法の実環境下での適合性検証を可能とする貴重な情報を提供するものである。耐久性能評価システムの構築に貢献するところは極めて大きい。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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