学位論文要旨



No 214222
著者(漢字) 菅俣,匠
著者(英字)
著者(カナ) スガマタ,タクミ
標題(和) セメント粒子の状態変化に着目したポリカルボン酸系高性能AE減水剤の粒子分散作用
標題(洋)
報告番号 214222
報告番号 乙14222
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14222号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨

 本研究は,自己充填コンクリートの性状変化に及ぼす高性能AE減水剤の粒子分散効果の影響を,各使用条件毎に定量的に表すことを目的としたものであり,また,その結果得られた粒子分散作用に関して,新たな知見を論じるものである.自己充填コンクリートのフレッシュ時の要求性能である,高流動性と高材料分離抵抗性を確保するには,高性能AE減水剤の使用が不可欠である.しかし,高性能AE減水剤を添加した自己充填コンクリートの流動性や流動保持性は,使用する粉体との組合せや環境温度,あるいは練混ぜ方法などの各条件下によって変化する場合が指摘されており,その要因の一つとして,高性能AE減水剤の粒子分散効果の相違が考えられている.本研究では,高性能AE減水剤の中でも最近主流となっているポリカルボン酸系の高性能AE減水剤のうち,化学構造の異なる3種類のポリマーを取り上げて,モルタルの流動性の変化に及ぼす高性能AE減水剤の粒子分散効果の影響に関して検討を行った.粒子分散効果を自己充填コンクリートの配合設計時に適用可能な,フロー試験とロート試験から得られるフロー面積(m)とロート速度(Rm)の比(m/Rm)で定量的に表した.モルタルの性状変化が生じる条件として,練混ぜ時間および静置状態で時間を延長した場合の2項目を取り上げ,m/Rmを比較することで,各条件下におけるモルタルの流動性の変化に及ぼす高性能AE減水剤の影響度合いを明確に示した.練混ぜ時や経時における高性能AE減水剤の吸着性状とセメント粒子の比表面積の関係に着目して,化学構造によってポリカルボン酸系高性能AE減水剤の粒子分散作用が異なることを明確に示すとともに,残存しているものの分散効果への関与を含めた考えを論じた.以下に,各章の概要を述べる.

 第1章は序論であり,各使用条件下での高性能AE減水剤の粒子分散効果を定量的に表すことの意義を述べた.高性能AE減水剤の分散機構のうち,セメント粒子に高性能AE減水剤が吸着することによって生じる静電反発力や立体障害反発力,あるいは吸着していない高性能AE減水剤でも分散に寄与するデプレッション効果について述べた.また,高性能AE減水剤の分散作用に影響を及ぼす因子に関して,これまでに得られている現象結果や,その要因について述べた.

 第2章では,各使用条件の中から練混ぜ時間を延長した場合を取り上げ,練混ぜ時における高性能AE減水剤の粒子分散効果を定量的に表した.練混ぜ水を分割投入して,1次練りおよび2次練りを2分ずつ練り混ぜる方法を基準に,1次水添加後の超硬練り状態である1次練りの時間と,2次水と高性能AE減水剤添加後の軟練り状態である2次練りの時間のどちらか一方を延長させると,いずれの場合においても,ある練混ぜ時間以降でmおよびRmは,基準とする練混ぜ時間に比べて急激に低下した.同じ時間だけ練り混ぜても,硬練りの1次練りの方がmおよびRmの低下は大きい.この結果をmとRmの関係で表すと,配合設計時に水セメント容積比を一定にして.高性能AE減水剤添加量を変化させた時に得られる曲線関係で整理でき,高性能AE減水剤の分散効果の変化によってモルタルの流動性が低下したと考えられた.この妥当性を高性能AE減水剤無添加の場合で検証すると,同一水セメント容積比で練混ぜ時間を延長した場合,mとRmの関係が原点に向かって直線的に変化し,配合設計時と同様に,水セメント容積比が変化した様な挙動を示したことから,練混ぜ時間を延長した場合にも水と高性能AE減水剤の役割を独立して考えることができ,練混ぜにおいても適用可能なことを示した.mとRmの比で表される粒子分散効果は,1次練りでは練り混ぜるほど基準練りよりも低下し,2次練りではある時間までほぼ一定値を示した後に基準練りよりも低下した.同じ練混ぜ時間で比較すると,1次練りの方が基準練りからの粒子分散効果の低下が大きい.

 セメント粒子に吸着しないでモルタル液相中に溶存している高性能AE減水剤の量(残存量)は,練り混ぜるほど単調に減少し,同じ練混ぜ時間で比較すると,1次練りの方が基準練りからの減少量が大きい.練混ぜ時間を延長した場合の高性能AE減水剤の残存量とm/Rmの関係を求めると,残存量が多いほどm/Rmは大きくなった.ポリカルボン酸系高性能AE減水剤の立体障害効果は,吸着量が多いほど卓越することになるが,練混ぜ時間を延長した場合では吸着量の増加に伴って粒子分散効果が低下するため,逆に,m/Rmは残存量が多いほど大きくなる現象が得られた.

 各練混ぜ時間毎に練り上がったモルタルをアセトンと混ぜ,その後乾燥して得たセメント粒子の比表面積を測定すると,おおむね,練り混ぜるほど比表面積は増加した.本条件で測定した比表面積は,個々のセメント粒子の状態を表していると考えられ,本手法を用いることで,セメントの水和生成物の析出程度を表現できる.練混ぜ時間を同じだけ延長しても,基準練りからの比表面積の増加程度は,1次練りの方が大きい.硬練りの方がセメント粒子群の分散をより促進し,水和面積の増加を促すため,練混ぜという物理的な操作によって相乗的に比表面積が増大することになる.高性能AE減水剤の吸着量を,セメントの単位重量当たりから単位表面積当たりに置き換えると,m/Rmは単位表面積当たりの吸着量の大きさに比例して増加した.ポリカルボン酸系高性能AE減水剤の立体障害効果を,練混ぜによる影響においても明確に示すことができた.

 第3章では,ポリカルボン酸系高性能AE減水剤の化学構造と分散効果の関係に関する研究が最近盛んになっていることから,練混ぜ時の粒子分散効果に及ぼすポリカルボン酸系高性能AE減水剤の化学構造の影響を明確に示すことを試みた.ポリカルボン酸ポリマーの化学構造を変えた3種類の高性能AE減水剤を用いて添加量を増加させると,m/Rmはいずれも直線的に増加するが,添加量を増やしてもセメント粒子への吸着量はほとんど変わらずに残存量だけが増加するものもあり,残存している高性能AE減水剤も粒子分散に寄与するデプレッション分散効果の存在が示せた.

 いずれの高性能AE減水剤においても,硬練りの1次練りを延長するとm/Rmは基準練りに比べて急激に低下するが,軟練りの2次練りを延長するとm/Rmは緩やかに低下した.化学構造の違いによらず,いずれの高性能AE減水剤の残存量も,基準練りから練り混ぜるほど単調に減少するが,残存量の絶対値は化学構造によって大きく異なった.1次練りを延長すると,粒子分散効果の低下は,添加量を変化させて得られる残存量の減少から予想される値よりも大きく,2次練りを延長すると,分散効果の低下は,添加量を変化させて得られる残存量の減少から予想される値にほぼ一致した.

 1次練りでは比表面積の増加に対して吸着量の増加率が小さく,吸着しているものの粒子分散効果が基準練りの時よりも劣っているため,残存量の減少以上に粒子分散効果が低下することになる.2次練りでは比表面積の増加率と吸着量の増加率が同程度であることから粒子分散効果が残存量の減少と一致することになり,高性能AE減水剤の粒子分散効果を吸着による効果以外に,残存している高性能AE減水剤の効果を取り入れると,定性的ではあるが,練混ぜ時の高性能AE減水剤の粒子分散作用に関して説明が可能になった.

 第4章では,同じような時間経過の影響として,静置状態での経時変化を取り上げ,高性能AE減水剤の粒子分散効果の経時変化を定量的に表した.高性能AE減水剤の粒子分散効果の経時変化に及ぼすポリカルボン酸の化学構造の影響も示した.静置状態で時間が経過すると,いずれの高性能AE減水剤を添加したモルタルもmとRmの関係は原点を通る直線上に位置し,見かけ上,水セメント比が減少したように見て取れる.静置時間の延長によって相違する高性能AE減水剤の粒子分散効果を配合設計時と同様に評価できるものと仮定すると,モルタル性状の経時変化に高性能AE減水剤は関与していないことになる.この妥当性を高性能AE減水剤無添加の場合で検証すると,静置時間を延長した場合のmとRmの関係が原点に向かって直線的に変化し,高性能AE減水剤を添加した場合と同じ様な現象を示すことから,水の時間的な減少によってモルタル性状の経時変化が生じることを確認した.ただし,練上りから2時間経過しても結合水量はほとんど増加しないことから,水の減少以外の要因,例えばセメント粒子の表面電位の変化などによって粒子同士が凝集することで,流動性が低下すると考えられた.モルタルの流動性の経時に伴う低下を抑制するには,高性能AE減水剤の粒子分散効果を練上り時以上に発揮する必要がある.

 化学構造の違いによらず,いずれの高性能AE減水剤の残存量も,経時に伴い単調に減少するが,残存量の絶対値は化学構造によって大きく異なった.化学構造上,残存量の少ないタイプでも,添加量を増やして残存量を過剰に増加させると,粒子分散保持効果は,残存量の多いタイプと同様になり,練混ぜ後の残存量の多少が分散保持効果に大きく影響を及ぼしていることが認められた.化学構造の種類によって,比表面積の増加以上に吸着量が増えるものと,同程度しか増えないものに分けられ,この現象を吸着性状と粒子分散効果の関係と関連付けると,練上り時以上に単位表面積当たりの吸着量が増加することによって粒子分散効果が向上するタイプと,後者のように比表面積と吸着量の増加が同じでも,何らかの要因によって粒子分散効果が増加するタイプの存在が示せた.後者の要因には,分子の広がり具合の向上による吸着膜厚の向上と,残存している分子のデプレッション効果の増加が挙げられるが,明確にするには至らなかった.

 第5章は結論であり,本研究によって得られた結論をまとめて述べたものである.練混ぜ時間を延長することによってモルタルの流動性が低下するのは,高性能AE減水剤の粒子分散効果の低下による.練り混ぜるほどセメント粒子の比表面積が増えることにより,粒子分散効果に低下が生じる.経時に伴うモルタルの流動性の低下は,高性能AE減水剤の影響ではなくて,見かけ上,水の減少と見て取れるセメント粒子の凝集によって生じる.静置状態では,時間経過に伴うセメント粒子の比表面積の増加が小さいため,高性能AE減水剤の粒子分散効果は,練上りから2時間以上経過しても保たれている.練混ぜ時間を延長しても,見かけ上,水の減少と同義であるセメント粒子の凝集が生じないのは,ミキサで強制的に練り混ぜられているからである.練混ぜ時と経時における高性能AE減水剤の粒子分散作用は,比表面積が増加する速度と高性能AE減水剤が粒子分散効果を発揮する速度の関係で決定することになる.

 今後の課題として,粉体の種類や環境温度が相違した場合も含めた,ポリカルボン酸系高性能AE減水剤の粒子分散効果の変化を把握する必要があるものと考えられる.本研究では,セメント粒子に吸着しないものが粒子を分散できるデプレッション効果の存在を指摘したまでにとどまったが,デプレッション効果の存在も考慮した,各使用条件下でのポリカルボン酸系高性能AE減水剤の粒子分散作用に関して,統一的な見解を得ることが,高性能AE減水剤のさらなる進歩に不可欠であると考えられる.

審査要旨

 自己充填コンクリートのフレッシュ時の要求性能である高流動性と高材料分離抵抗性を確保するには,高性能AE減水剤の使用が不可欠であるが,高性能AE減水剤を添加した自己充填コンクリートの流動性や流動保持性は,種々の条件によって大きく変化することが指摘されている。その要因の一つとして,高性能AE減水剤の粒子分散効果の相違が考えられているものの,分散効果の変化を定量化できた研究例はなく,不明な点も多い。本研究は,高性能AE減水剤の中でも最近,主流となっているポリカルボン酸系を取り上げ,モルタルの変形性指標であるフロー面積と粘性指標であるロート速度の比(m/Rm)を用いて,練混ぜ時および経時における高性能AE減水剤の粒子分散効果を定量的に代表させるとともに,セメント粒子の比表面積と高性能AE減水剤の吸着性状の関係に着目した分散機構を解明したものである。本論文で提示した高性能AE減水剤の粒子分散効果の特性値であるm/Rmを用いることで,高性能AE減水剤の分散効果を,練混ぜ時から構造物への打込み終了時まで明確に表すことを可能にしている。この指標の適用により,合理的な自己充填コンクリートの製造方法に指針が与えられたのである。

 第1章は序論であり,各使用条件下における高性能AE減水剤の粒子分散効果を定量的に表すことの意義を示している。研究の対象として,練混ぜ時間や経過時間を延長させた場合を取り上げ,これまでに得られている流動性変化のメカニズムを整理している。高性能AE減水剤の分散機構に関して,セメント粒子に高性能AE減水剤が吸着することによって生じる立体障害反発力と,吸着していない場合でも分散に寄与する現象としてデプレッション効果を取り上げ,研究の方向と背景を明らかにしている。

 第2章では,練混ぜ時間の延長によって生じる流動性の低下が高性能AE減水剤の分散効果の低下によるものであることを明らかにしている。練混ぜ時間の延長に伴ってセメント粒子の比表面積が増加し,その単位表面積当たりの吸着量が減少することが主原因と結論づけている。mとRmの比は,高性能AE減水剤の単位表面積当たりの吸着量に比例して増加し,ポリカルボン酸系高性能AE減水剤の分散機構を,練混ぜによる影響においても明確に示している。

 第3章では,練混ぜ時の粒子分散効果に及ぼすポリカルボン酸系高性能AE減水剤の分子構造の影響を明確に示している。その分子構造によっては,吸着量がほとんど変わらなくても分散効果を向上させるものもあり,デプレッション分散効果に代表されるような,残存している高性能AE減水剤の粒子分散効果が明らかに認められている。練混ぜ時間の延長に伴うセメント粒子の比表面積と高性能AE減水剤の吸着性状の関係に着目し,高性能AE減水剤の粒子分散効果が吸着による効果以外に,残存している高性能AE減水剤の効果が重要であることを示している。

 第4章では,高性能AE減水剤の粒子分散効果の静置時における経時変化を定量的に表している。経過時間の延長で生じる流動性の低下は,高性能AE減水剤の影響ではなく,見かけ上,水の減少と等価な形態を有するセメント粒子の凝集によって生じることを明らかにしている。分子構造の種類によって,経時における単位表面積当たりの吸着量と分散効果の関係が異なり,練上り時以上に単位表面積当たりの吸着量が増加することによって粒子分散効果が向上するタイプと,比表面積と吸着量の増加が同じでも,何らかの要因によって粒子分散効果が増加するタイプの存在を示している。後者の要因には,分子の広がり具合の向上による吸着膜厚の向上と,残存している分子の分散効果の増加が考えられている。

 第5章は結論であり,本研究によって得られた結論をまとめて述べたものである。今後の課題として,自己充填コンクリートの合理的な製造方法について論じ,必要とされる研究の方向性について述べている。

 本研究は,モルタルのフロー試験とロート試験を組み合わせることによって,練上り時から打込み終了時までにおける高性能AE減水剤の粒子分散効果の定量化を達成したものである。また,セメント粒子の比表面積と高性能AE減水剤の吸着性状の関係に着目することで,練混ぜ時と経時における高性能AE減水剤の粒子分散作用を統一的に説明可能にしている。これら初めて力学的側面から定量化された粒子分散性状は,自己充填コンクリートの合理的な製造方法の確立や,更なる高性能AE減水剤の品質向上にも貢献するところが大きい。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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