学位論文要旨



No 214223
著者(漢字) 天野,玲子
著者(英字)
著者(カナ) アマノ,レイコ
標題(和) コンクリート構造物における新工法の開発
標題(洋)
報告番号 214223
報告番号 乙14223
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14223号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀井,秀之
内容要旨

 我が国における第二次世界大戦後の社会基盤の整備には目覚ましいものがある。まず、戦後50年の社会状況と社会基盤整備の流れとその関連性について概観した。その結果、戦後の社会基盤整備は高度経済成長を背景に国民の生活を向上させるために行われてきたことが明らかとなった。しかし、バブルがはじけて経済が低迷している状況の中で、高齢化社会が予測される21世紀の社会基盤整備に対してはその手法が社会的に大きな課題となっている。

 また、戦後の社会基盤整備の流れと大手建設会社の新工法開発の流れとを対応させて見ると、戦後の社会基盤整備に対する大手建設会社の新工法開発の役割が大きいことが明らかとなった。これは、戦後の急激な社会基盤整備に対応するには公的な研究機関のみでは対応しきれなかったことや、新工法開発が大手建設会社にとって他社との差別化のための有効な手段だったことによるものである。

 そこで、いままでに実施されてきた新工法開発に対する考え方を大手建設会社の立場から整理し、実際の開発事例2例についてその内容を検討して今後の新工法開発のあり方について検討を行った。

 まず、社会基盤である公共構造物の内、高速道路・橋梁等のコンクリート構造物を対象として、その新工法開発の考え方について整理した。その結果は以下のようである。

 1.開発を行う場合に考えるべきことは、(1)開発目的(2)市場(3)技術の整理(4)品質保証(5)設計法(6)施工法(7)実工事での工期・工費(8)開発期間及び費用である。

 2.開発を実施する場合の体制としては、設計、施工、技術管理、研究、営業のそれぞれの立場のメンバーが揃っていることが重要である。

 3.開発費用については、各分野で実施されている開発に対して、重み付けを行い、全社的な重点思考によって開発費用の投資が行われることが重要である。

 4.開発の手順としては以下のようになる。

 1)構造物の建設条件の整理

 2)在来工法による構造物の検討

 3)要求項目に対する問題点の検討

 4)新工法の提案

 5)新工法を用いた場合の部材特性・構造特性の把握

 6)新工法による構造物の検討(試設計の実施)

 7)設計・施工法の開発

 8)新工法による構造物の建設

 9)新工法の有効性の検証、PR及び普及

 5.開発成果は、他社との差別化のための手段となるものであり、第一段階の成果としては実構造物へ適用できることであり、第二段階としては他の工事へ広く普及されることである。

 以上の新工法開発に対する考え方を基準にして、新工法開発の具体的事例2例を対象に、開発手順、開発体制、開発成果、適用性について検討した。

 検討対象とした具体的事例は、事例1"高強度材料を用いたRC高橋脚工法の開発"と、事例2"帯板状AFRP線材によるコンクリート補強工法の開発"である。事例1"高強度材料を用いたRC高橋脚工法の開発"は、これまでの実績79mを上回る、高さ118mの高橋脚を新しく開発した高強度鉄筋(S-SD685)と高強度コンクリート(ck=50N/mm2)とを用いたSuper-RC構造と自昇式足場工法であるKajimaCreeperFormSystem工法とによる省力化・急速施工を実現した新工法の開発事例である。また、事例2"帯板状AFRP線材によるコンクリート補強工法の開発"は、耐腐食性に優れる帯板状AFRP線材を、鋼材に替わるコンクリート補強材・緊張材として開発し、吊り床版橋へ適用した開発事例である。

 検討の結果、両事例とも、開発成果を実構造物へ適用することができ、そのPR効果から他社との差別化が図れた。しかし、これらの成果を挙げるための開発体制は大きく、開発期間は長いものであった。そして、事例1では実構造物へ適用した結果、省力化・急速施工の効果が得られたため、今後他の工事への適用が期待されているが、まだ、第二段階の普及には至っていない。開発成果が工事入手に適切に反映されるための評価法が必要であろう。事例2では、実構造物への適用を果たした後、他の工事への適用が続いていない。これは、AFRP線材のコストが開発当初の設定程低下しなかったためであり、開発成果を普及させるためのシステムや評価法が整備されていなかったためでもある。

 以上を踏まえ、今後、21世紀の社会基盤整備に対する新工法開発のために必要なことをまとめると以下のようになる。

 1.開発手法の中で第一段階の実構造物への適用の後の普及のための体制を確立させる必要がある。

 2.開発手法の効率化を図る必要がある。

 3.開発成果の評価方法を確立する必要がある。

審査要旨

 鉄筋コンクリート構造は社会基盤施設を構成する主要構造形式の一つであり,我が国の社会経済活動を支える技術として,建設施工技術の飛躍的な向上と構造性能の多様化・高度化に支えられて,発展してきた。民間活力はその重要な一翼を担ってきたが,将来における我が国の建設技術開発の有り様を,社会制度改革の動向と併せて真剣に議論する時期にきている。急速な高齢化が進むなかで,持続可能な発展と社会経済活動の維持を達成するためには,一層のコスト縮減,省力化施工や労働安全性の向上が必要となってきたからである。

 本研究は,戦後の民間によるコンクリート技術の開発経緯を,自身が直接携わった多くの技術開発を通して分析し,これらを経済的視点から事後評価するとともに,今後の建設技術推進の制度と機構に対して提言を行ったものである。

 第1章は本論文の概要と全体構成について述べ,第2章で戦後の社会基盤整備の歴史的流れについて纏めている。

 第3章においては,戦後の構造工学と設計・施工技術開発に対する建設企業の果たした貢献について,年代ごとに重点開発目標を概括しながら論じ,これらが世界的にみて特異な形態を呈していることを指摘している。公共施設に関わる技術であっても,公的な研究機関に頼らず,民間企業による自前の技術開発組織を持つに至った社会的背景について言及している。また,新しい施工システムと付帯技術の開発に向けて民間活力を展開する際に必要とされる組織の体制,開発経費の負担と回収の形態,企業における実施手順,成果の評価についても論じている。そして,自らが中心的立場で参画し,提案に至る経緯で重要な役割を果たした新工法開発の事例を俯瞰して,民間企業体が我が国の建設技術開発に有効な力として貢献できる体制を明確に示すことを試みている。

 第4章では,具体的開発事例として高強度材料を用いた鉄筋コンクリート高橋脚工法の開発を取り上げ,上記考察に至った定量分析過程を展開している。従来実績79mを上回る高さ118mの橋脚を,新しく開発した高強度鉄筋と高強度コンクリートとを用いたSuper-RC構造と,自昇式足場工法とによる省力化・急速施工によって実現したものである。開発成果を実構造物へ適用することに成功し,今後の展開が大いに期待されている工法である。しかし,この開発に投下された資本は,民間活力による開発成果が将来の工事受注時の競争環境に適切に反映されなければ,回収不可能な大きさになっており,正当な評価と競争のある環境整備の重要性を指摘している。

 第5章は,帯板状AFRP線材によるコンクリート補強工法を開発事例として取り上げている。耐腐食性に優れるこの材料を鋼材に替わるコンクリート補強材として開発し,吊り床版橋へ適用した。非鉄補強材の橋梁に対する応用では,本開発が世界に先駆けて実用化されたものである。このケースでは実構造物への適用を果たした後,他の工事への適用が続いていない。AFRP線材のコストが開発当初に設定した程は低下しなかったこと,開発成果を普及させるためのシステムと評価法の整備に問題があったことが分析されている。

 第6章において,開発事例に必要とした膨大な技術文書とコスト評価を総合して,今後のわが国における社会基盤整備に対する新工法開発に必要な事項を明らかにしている。実構造物へ適用された後の普及に至るまでの体制,開発手法の効率化,開発成果の評価方法確立の3点を重点項目として取り上げ,公共事業と施設発注調達の仕組みと合わせて提言に纏めている。

 第7章は結論であり,本研究の成果を取りまとめている。将来における建設技術に関する特許が果たす公共施設調達の中での戦略的役割を提示し,VE方式の将来像,構造物の品質確保と地震国における要求性能の水準について論じ,本論文のまとめとしている。

 本論文は,過去20年間にわたって構造工学上の主要技術開発と実用化に中核的立場として関与することで得られた知見と詳細な入札・施工・管理データならびにコスト評価を一元的に整理統合し,今後の社会基盤整備における施工および設計技術の開発に資する体制と役割を明確に示している。これまで定性的には論じられてきている内容も,実際の開発事例に裏付けられた定量的分析によって裏付けられている。公共施設のコスト縮減と長寿命化によるライフサイクルコストの合理的策定が次世代の課題の一つとして強く認識されるに至った今日,本研究の成果は時機を得たものでもあり,社会基盤工学の発展に寄与すること大である。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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