学位論文要旨



No 214224
著者(漢字) 北村,八朗
著者(英字)
著者(カナ) キタムラ,ハチロウ
標題(和) PCLNG貯槽の開発
標題(洋)
報告番号 214224
報告番号 乙14224
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14224号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 竹内,佐和子
内容要旨

 液化天然ガス(LNG)は、クリーンで環境に優しいエネルギーとして、都市ガス用、発電用として需要が増大しており、現在、我が国の1次エネルギーの11%を占める「基幹エネルギー」として重要な役割を担っている。

 この増大するLNGを長期に安定して利用するには、受入施設、とりわけLNG貯槽に高い安全性・信頼性が求められる。またLNG基地用地の有効利用と基地施設の利用効率を高めるための大容量化が求められる。

 本論文は、安全性・信頼性の向上が図れ、かつ大容量化が可能となる新しいコンセプトのPCLNG貯槽を開発し建設する技術についての研究を取りまとめたものである。

 構造技術として、-160℃の可燃性液化ガスであるLNGを大量に貯液する重要容器にPC構造を適用するための材料・構造・設計に関する技術を確立し、その妥当性を確認・評価した。建設技術として、大容量PCLNG貯槽を、要求性能を保証しつつ建設できる施工技術を確立した。これらの研究成果により、世界最大14万KL容量のPCLNG貯槽を実現した。

 この貯槽型式の特長を更に活かした最新(3基目)の18万KL容量のPCLNG貯槽では、高強度・自己充填コンクリートを用いた合理化技術により、大容量化に伴う建設費の増加と工期の長期化を抑制することができた。

 本論文は7つの章から構成され、以下にその要旨を述べる。

第1章序論

 我が国のエネルギーにおけるLNGの高い位置づけとその需要の増大から、LNG貯槽には高い安全性・信頼性とともに大容量化が求められた。その要求に応えうる貯槽型式として新しいコンセプトのPCLNG貯槽を選定し、これを開発・実現することを目的として研究テーマを設定した。

 この研究の特徴は、プレストレストコンクリート(PC)を構成する材料・部材の低温特性の検討からスタートし、PCLNG貯槽の安全性・信頼性・経済性に係わる技術確認を行い、最終的には我が国初・世界最大容量のPCLNG貯槽を実現したことにある。

第2章LNG貯槽技術の変遷

 LNG産業は1960年以降に本格的にスタートし、現在、世界20ヶ国の生産基地、受入基地に約280基のLNG貯槽が設置されている。LNG貯槽は、天然ガスを-160℃の液体状態で貯蔵する巨大な魔法瓶構造でその機能を確保している。約50年間のLNGの歴史におけるLNG技術の発展や低温液化ガス貯槽の運転経験等によりその構造は変遷し、また設置される国・地域の社会情勢や立地条件、監督官庁の意向、貯槽所有者の考えなどから種々の型式が採用されてきた。LNG貯槽に関する法規・技術基準も時代と共に整備され、貯槽のコンセプトも統一の方向にある。

 近年、技術革新により敷地の効率的利用とスケールメリットによる経済性の追求から大容量化が進み、10万KL〜20万KLクラスのものが多く設置されるようになり、貯槽型式はPCLNG貯槽、地下式貯槽が主流となってきている。

第3章PCLNG貯槽の開発経緯

 PCLNG貯槽は、従来の地上式金属二重殻貯槽とPC製防液堤を一体化させたもので、

 (1)「本質安全」という高い保安レベル

 (2)防液堤スペースが不要になり、大容量化と敷地の利用効率の向上が図れる

 (3)合理的な構造であることによる経済性

 という3つの特長を有する。

 新しいコンセプトの貯槽であるため、開発着手から実現までに十数年間を要し、その間、研究開発を概ね3つのフェーズにより実施した。

 第1フェーズでは、PC構造を構成する材料・部材の低温特性試験とPC製水タンクでの建設技術の事前確認を行い、8万KL地上式金属二重殻貯槽にPC製防液堤(高さ14m)を適用した。

 第2フェーズでは、PC製防液堤の成果とPCモデルタンクによる実証試験を基に、PCLNG貯槽の試設計を実施した(このフェーズより学識経験者を交えた委員会形式で実施)。

 第3フェーズでは、我が国初のPCLNG貯槽を世界最大の14万KL容量で実現した。さらに、最新の18万KL容量のPCLNG貯槽では、コスト低減と工程短縮を目的として高強度・自己充填コンクリートを用いた合理化技術を開発・採用した。

第4章PCLNG貯槽の構造技術

 PCLNG貯槽を構成するPC鋼材、定着具、それを組み合わせたPCテンドンシステム、PC部材、及び貯槽構造系での外槽ライナ、貯槽システムについて、その安全性、信頼性を確認する方法・試験を立案して実施し、その結果と既存の試験結果とを合わせて評価した。設計面では、要求性能の貯液性、耐震性、耐久性を保証する設計技術を確立した。

 PCLNG貯槽の基本となる、PC構造を極低温構造物に適用する場合の安全性を確認・評価する試験を立案・実施した。PC鋼材からPC定着具、PCテンドンシステム、PC部材までについての低温特性を明らかにする試験を実施し、PC構造が極低温構造物に適用できることを明らかにした。

 PC円筒容器が極低温の液化ガスを確実に貯液する性能は、許容応力度法による設計では合理的に保証することはできない。そこで、コンクリート部材の低温液化ガスに対する貯液性能を評価するための実験と数値シミュレーションを実施し、その結果に基づいて使用限界状態(貯液限界状態)を設定し、限界状態設計法によりその貯液性能を保証する技術を確立した。。

 容量50m3のPC製モデルタンクにより貯槽システムの実証試験を行い、施工時、供用時、漏液時での挙動を確認・評価し、PC円筒構造がLNG用の容器として適用できることを確認するとともに、設計解析法の妥当性を確認した。

 PCLNG貯槽の地震時の安全性を確認するために、PC防液堤と内槽が一体化した二重円筒構造の耐震解析・振動実験結果から、連成効果を含む地震時の挙動を明らかにするとともに、耐震性能を確保するための設計技術を確立した。

 PC防液堤にアンカーされた外槽ライナには、プレストレス力、コンクリートのクリープ及び収縮に起因する圧縮ひずみが生じる。この圧縮ひずみによるライナの座屈挙動を実物大試験と数値シミュレーションにより確認し、座屈の発生を許容した合理的な設計法を確立した。

 PCLNG貯槽のコンクリート構造の設計には、施工時、試験時、供用時、地震時、漏液時に加えて安全性を照査するための照査荷重を設定し、限界状態設計法により設計する技術を確立した。またコンクリート製円筒シェルの座屈安定性、暑中の日射や寒中の放熱などによる過渡的温度差の影響等に関する検討を実施し、PCLNG貯槽の構造性能を確認した。

 また、PCLNG貯槽の性能が長期にわたって確保できるように、耐久設計を実施した。

第5章PCLNG貯槽の建設技術

 PCLNG貯槽に求められる要求性能を保証しつつ建設できるPC構造物の施工技術・品質管理技術を確立し、我が国初のPCLNG貯槽に適用した。

 PCの施工では、グラウト注入技術として水平、鉛直テンドンの実物大試験を実施し、その充填挙動からノンブリーディングの材料・配合を開発して採用し、また注入部と排出部(定着具廻り)の充填性を確実にするための構造を開発して、新しいPCグラウト注入システムを確立した。

 直径80mという国内でも最大級の円筒構造物へのプレストレスの導入には、均等で効率的な導入を目的として、PC鋼材の摩擦抵抗を低減するためのシースの構造・防錆策、PC鋼材の防錆処理技術、PCテンドンを構成する素線(PC鋼より線)の応力の均等化方法、緊張力の最適導入ステップについての技術を確立した。また、緊張管理ではセンサーを用いたパソコンによる自動集中管理システムを開発し、導入力の信頼性と施工の合理化技術を確立した。

 PC容器の貯液性能の確保と耐久性向上のために、施工段階で発生しやすいコンクリートの収縮ひび割れを制御する技術として、コンクリート材料・配合上の対策から、構築方法による対策、ポストクーリング及びプレクーリング技術を確立して適用し、収縮ひび割れの発生を防止した。

 内槽工事のために設けられる工事用仮開口部はPC円筒容器としての貯液性、構造安全性において弱点とならないよう閉鎖する必要がある。この施工に逆打ち用自己充填コンクリートを採用し、配合・打設方法について事前の確認試験結果を基に技術的検討を行い、確実に充填することができた。

第6章PCLNG貯槽の合理化技術

 14万KL容量のPCLNG貯槽の完成後、更にこの貯槽型式の有利性を発揮させる目的で、18万KLに大容量化した。これに伴う建設費・工期の増を抑えるための合理化技術を追求して、高強度・自己充填コンクリートを採用した。

 PC防液堤のコンクリートを従来の1.5倍の60N/mm2まで高強度化することにより、部材断面が35%縮小しコンクリート量が低減する。これによりコンクリート工事費が低減でき、かつ自重の軽減による基礎工事費の低減効果も期待できる。これを自己充填コンクリートとして施工することにより、締固め作業員数の削減、及び締固め作業による制約がなくなり一回当たりの打設高さを従来の1.5倍の4.5mにできることから、コスト低減と工期短縮が期待できる。

 高強度・自己充填コンクリートをPC防液堤の全てのコンクリート(12,000m3)に適用するため、材料・配合、製造、打設システム、検査システム、収縮ひび割れ制御対策に関する技術を確立し、約1年間における実施工よりコスト低減と工程短縮の目的を達成した。

第7章結論

 構造及び建設技術に関する研究成果として、都市ガスの長期安定供給と需要の増大に応えられ、欧州で最近制定された技術基準(英国規格BS7777)における貯槽型式の定義で、最も高い安全性・信頼性を有するFull Containment Tank(完全格納式貯槽)に対応する新しいコンセプトのPCLNG貯槽を開発することができた。

 容量を14万KL、更には18万KLと大容量化することで、この貯槽の合理的な構造によるものに加えスケールメリットによりコストダウンが図られた。また7.5万KLの計画場所に2.4倍の容量の貯槽が設置できたことから、敷地の大幅な有効利用が達成できた。PC構造が極低温構造物という新しい分野へ適用できる道を拓き、また低温液化ガスの容器構造物に対して限界状態設計法を適用した合理的な設計技術も確立できた。建設技術においても、PCグラウト技術、緊張管理システム、収縮ひび割れ制御技術、自己充填コンクリート等の新技術・新工法を積極的に開発・採用し、PCLNG貯槽としての要求性能を保証できる技術として確立した。これらの成果は広く土木構造物の信頼性向上、合理化に寄与できるものと思われる。特に、高強度・自己充填コンクリートの合理化技術は、建設コストの低減と工程短縮に加え、来るべき21世紀での大きな社会的課題である労働力不足、労働者の高齢化問題に対する有効な技術として期待されるものである。

審査要旨

 本論文は安全性と信頼性の向上が図れ,かつ大容量の貯蔵が可能となる新しい概念に基づく液化天然ガス貯槽(PCLNG貯槽)の開発について行った一連の研究成果を取りまとめたものである。マイナス160℃の可燃性液化ガスを大量に貯液する容器構造にプレストレストコンクリート(PC)構造を適用するための材料・構造・設計に関する技術を確立し,その成果として,世界最大18万キロリットルの貯液能力を持つ貯槽の実現が可能となったのである。

 第1章は序論で,高い安全性と信頼性をもつ大容量の貯槽の開発が必要なことを述べ,その要求に応えうる貯槽型式として,新形式のPCLNG貯槽を選定した経緯およびこれを実現するために必要な研究課題を明確にしている。

 第2章では,約50年間のLNGの歴史におけるLNG技術の発展や低温液化ガス貯槽の運転経験等により,その構造が変遷してきているばかりでなく,設置される国や地域の社会情勢や立地条件,監督官庁の意向,貯槽所有者の考えなどの相違によって種々の型式が採用されてきたことを詳細に述べ,わが国では敷地の効率的利用を図れる形式および大容量化が重要な開発課題であると述べている。

 第3章では,PCLNG貯槽に関する安全かつ経済的な設計を実現するために行った十数年間にわたる研究開発の概要を述べている。PCLNG貯槽は,従来の地上式金属二重殻貯槽とPC製防液堤を一体化させたものであるので,本質的に安全であり,防液堤スペースが不要であることから大容量化と敷地の利用効率の向上が容易であると共に,構造合理性による経済化も図れるという大きな特長を有する。実構造物の建設を通して,必要な個別技術の開発とその実証に当たると共に,PCLNG貯槽の設計コンセプトを完成し,我が国最初のPCLNG貯槽を世界最大の14万KL容量で実現した。さらに,最新の18万KL PCLNG貯槽に,コスト低減と工程短縮を目的として高強度の自己充填コンクリートを用いる合理化技術を開発し,経済的なPCLNG貯槽に途を開いたのである。

 第4章では,PCLNG貯槽を構成するPC鋼材,定着具,それを組み合わせたPCテンドンシステム,PC部材,及び貯槽構造系での外槽ライナ,貯槽システムについて,その安全性と信頼性を評価する新たに確立した方法を述べている。貯槽の基本となるPC構造を極低温構造物に適用する場合の安全性確認に関わる試験を実施し,PC構造が極低温構造物に適用できることを明らかにし,要求される貯液性,耐震性および耐久性を保証する設計技術を確立したのである。

 第5章では、PCLNG貯槽に用いるPC構造物の施工技術と品質管理技術を確立し,我が国初の貯槽に適用した経緯を述べている。

 第6章では,高強度の自己充填コンクリートを採用することによって,大規模PCLNG貯槽の建設費および工期の短縮を図る合理化技術について述べている。コンクリートを従来の1.5倍に高強度化し,自己充填コンクリートとして施工することによって,18万KL容量のPCLNG貯槽の実施工においてコスト低減と工程短縮の目的を達成したのである。

 第7章は結論であり,都市ガスの長期安定供給と需要の増大に応えられる高い安全性・信頼性を有するPCLNG貯槽の構造及び建設技術に関する本論文の研究成果を整理している。本研究の成果として,大容量化及び構造の合理化によってコストダウンを図ると共に,敷地の大幅な有効利用を達成した。また,PC構造の極低温構造物という新しい分野への適用の道を拓き,限界状態設計法を適用した合理的な設計技術も確立した。

 本研究は,PCLNG貯槽に関する新しい設計思想と建設技術の確立を達成し,実構造物の建設を通してその成果を実証したものである。これらは,エネルギー施設の信頼性向上と建設コストの縮減に貢献するところが大きく,一般の土木構造物の安全性や施工の合理化にも寄与する一般性を有するものである。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク