学位論文要旨



No 214225
著者(漢字) 那須,清吾
著者(英字)
著者(カナ) ナス,セイゴ
標題(和) マスコンクリートのひび割れ特性とその低発熱型セメント成分特性に着目した評価方法
標題(洋)
報告番号 214225
報告番号 乙14225
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14225号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨

 マスコンクリートの温度応力ひび割れ特性は、硬化時の温度上昇特性のほか、コンクリートの引張強度・弾性係数・クリープ係数等の経時変化、凝結完了時間等に依存しており、更にこれらは温度履歴依存性を有すると言われている。これらを総合して評価する方法としては温度応力解析があり、引張強度と解析の結果得られた発生応力の比である「ひび割れ指数」によりひび割れの発生確率を評価するのが一般的である。しかし、実際の現象が非常に複雑で定量的に扱うことが困難であることから、実務的にはマスコンクリートの温度応力発生メカニズムが十分に温度応力解析に反映されているとは言えない。

 本州四国連絡道路の明石海峡大橋の基礎において開発された低発熱型セメントを用いたコンクリートは、単位セメント量260kg/m3において断熱温度上昇量が25℃以下(練り上がり温度20℃)と、温度上昇特性を著しく改善している。発熱量を抑える為にセメント中のクリンカー成分比率を概ね30%と小さく、スラグあるいはフライアッシュ成分比率を概ね70%と高めており、セメント全体の粉末度を大きくすることで強度を確保している。基礎の施工に際しては、温度・ひずみ・応力などの現地計測を実施し、温度応力ひび割れ現象を監視するとともに、ひび割れ防止対策に活用することを計画した。また、現地におけるコンクリートの温度履歴や拘束状態などを忠実に再現した室内現象再現試験も実施し、低発熱型セメントを用いたマスコンクリートの温度応力ひび割れの発生メカニズムについて確認、分析した結果、以下の成果を得た。

 第一点目は、明石海峡大橋の基礎における計測結果、および室内現象再現試験の結果等から、弾性係数・クリープ係数等の物理定数に温度履歴依存性が存在し、従来の20℃標準養生の供試体で得られた物理定数等による温度応力解析では、特に若材齢時の温度応力発生現象を再現出来ないこと、さらに、コンクリートが硬化する過程で反応によって生じる収縮(「硬化収縮」と呼ぶ)が100マイクロレベルで発生していることを確認したことである。

 第二点目は、明石海峡大橋で使用したセメントを含む多様な成分特性を有する低発熱型セメントで試験練り・強度試験等を実施した結果、コンクリートのひび割れに対する感度(「ひび割れ感受性」と呼ぶ)がセメント成分特性に対する依存性を有していることを確認したことである。

 「ひび割れ感受性」は、コンクリートの割裂引張強度と、供試体の両端を直接引張ることにより得られる引張強度の比(「引張強度比」と呼ぶ)で評価した。これは後者が供試体が純引張状態であり、割裂引張試験と比較してコンクリート内部の構造欠陥等に敏感であることに着目したからである。その結果、「引張強度比」とセメント成分特性(低発熱型セメント中のスラグ、フライアッシュ、クリンカーの成分比率、粉末度)に以下の関係を確認した。

 (1)セメント成分に占めるスラグ比率が小さい程、「引張強度比」が小さい。

 (2)セメント成分比率と粉末度の2種類の指標を組み合わせた重回帰分析の結果では、下記の組み合わせが、引張強度比を説明する上で有用である。

 1)スラグ成分比率とスラグ粉末度

 2)(スラグ+エーライト)成分比率とセメント粉末度

 3)(スラグ+エーライト)成分比率とスラグ粉末度

 さらに、低発熱型セメントペーストで硬化収縮量を測定した結果、「ひび割れ感受性」と同様のセメント成分特性との関係が確認された。

 (1)スラグ混合比率が40%を越えると硬化収縮(反応収縮)が大きくなる。

 (2)ビーライト成分の比率が大きいセメントは反応収縮が小さい。

 (3)硬化収縮量と正の相関が高いセメント成分特性は以下のとおりである。

 1)スラグ混合率

 2)スラグ混合率+エーライト混合率

 3)スラグ混合率+エーライト混合率-ビーライト混合率

 ひび割れ感受性と硬化収縮量との相関も良いことから、コンクリート微細構造が硬化収縮ひずみの影響を受けて構造欠陥をより多く内包し、コンクリートを割れやすくしていることが考えられる。

 第三点目は、温度応力ひび割れの発生メカニズムを解明した成果に基づき、温度応力解析方法の適用方法、使用する物理特性の試験方法あるいは適用方法について、以下の改善提案を行ったことである。

 本研究では、弾性係数、クリープ係数、引張強度等が試験方法によって大きく異なることを確認した。従って、物理試験方法およびその評価方法を、実際のコンクリートで発生している応力レベルや材齢等に近い条件で実施するとともに、解析に用いる各種物理定数は、積算温度換算値を適用することを提案した。

 さらに、温度応力解析にセメント成分に着目したひび割れ感受性、および硬化収縮ひずみを定量的に導入することを試みた。

 本研究では、硬化収縮量をセメント成分比率に基づきモデル化するとともに、「ひび割れ感受性」(「引張強度比」)でセメント成分比率およびセメント粉末度による指標化を試み、温度応力解析では「要求ひび割れ指数」として導入することを提案した。

 物理定数の積算温度換算や硬化収縮ひずみの導入など、提案した温度応力解析方法に基づき、明石海峡大橋の基礎で発生した温度応力ひび割れ現象をシミュレイションしているが、良好な結果を得ており、提案した改善提案の妥当性を確認している。

審査要旨

 マスコンクリートの温度応力ひび割れ特性は,硬化時の温度上昇特性のほか,コンクリートの引張強度・弾性係数・クリープ係数等の経時変化,凝結完了時間等に依存しており,更にこれらは温度履歴依存性を有する。温度ひび割れ発生確率の評価は,引張強度と解析の結果得られた発生応力の比である「ひび割れ指数」によるのが一般的であるが,実際の現象は多くの非線形要因が複雑に関連しているため,温度応力発生メカニズムが現行の温度応力解析に十分反映されるまでに至っていない。本研究では,低発熱型セメントを用いたマスコンクリートの温度応力発生メカニズムを解明し,耐ひび割れ性に着目した低発熱型セメントの望ましい成分特性について提案するとともに,耐ひび割れ性の評価手法の体系化を行ない,既往の予測手法の精度向上に貢献したものである。

 第1章は序論であり,温度応力解析及びひび割れ予測に関する既往の研究を概括するとともに,その問題点について言及し,本論文における検討課題について述べている。

 第2章では,本州四国連絡道路の明石海峡大橋主塔基礎における低発熱型セメントを用いたマスコンクリートの現場計測について説明し,温度応力解析を通して,温度応力発生機構,特に若材齢時のマスコンクリートのひび割れ発生メカニズムについて考察している。

 第3章では,現場計測した温度,無応力ひずみ,実ひずみ,応力の経時変化に基づいて,実際のマスコンクリート中における線膨張係数と硬化収縮ひずみ,拘束ひずみと拘束率,有効弾性係数について考察し,従来の温度応力解析においては考慮されていない物理特性の時系列的変化に関する特徴を明らかにしている。

 第4章では,温度履歴,拘束率等の条件を,明石海峡大橋主塔基礎での計測結果と全て同一にした室内における現場再現試験を実施した結果を述べ,現場計測における問題点を指摘している。

 第5章では,従来の温度応力解析方法,解析に用いる物理定数の試験方法について考察し,温度応力解析方法の適用方法,試験方法についての改善案を提案している。弾性係数・クリープ係数等の物理定数には温度履歴依存性が存在し,それを考慮に入れない従来の温度応力解析では,特に若材齢時の温度応力発生現象を再現できないことを明確な形で示している。

 第6章では,現場計測結果及び室内現象再現試験等の結果に基づき,耐ひび割れ性に着目したコンクリートの望ましい物理特性等を指摘し,低発熱型セメントの改良案を示した。

 第7章では,明石海峡大橋主塔基礎で採用した低発熱型セメント2種類及び,セメントメーカー9社に試製造を依頼した低発熱型セメントの改良型について,物理特性,硬化収縮ひずみを評価し,コンクリートのひび割れに対する感度(ひび割れ感受性)がセメントの成分特性に大きく依存することを明らかにしている。

 第8章では,低発熱型セメントにおける3成分の混合比率およびクリンカー成分の混合比率とひび割れ感受性および硬化収縮ひずみとの単相関分析および重回帰分析結果から,特定の粉体成分と粉末度とが大きな影響要因であることを指摘している。

 第9章では,耐ひび割れ性に着目した場合のマスコンクリートの望ましい物理特性,温度上昇特性,低発熱型セメントの成分特性,粉末度等について述べている。

 第10章では,低発熱型セメントを想定した,耐ひび割れ性(温度応力ひび割れ性)の評価基準(案)の提案を行い,必要な試験練り項目及び内容,温度応力解析の実施方法,及び評価に際して必要となるひび割れ感受性指数,硬化収縮量のモデル化を示し,明石海峡大橋の基礎で発生した温度応力ひび割れの解析に適用して,その妥当性を確認している。

 第11章は結論であり,本論文が示した成果の意義と今後の課題について述べている。

 本研究は,低発熱型セメントにおけるセメント成分の特性が温度応力発生メカニズムとひび割れ感受性に与える影響を解明し,硬化収縮ひずみを含む自由体積変化の非可逆性など,従来の温度応力解析では十分に考慮されていなかった問題点を明確にした上で,その改良法を提示したものである。これは同時に,現行のマスコンクリート構造の温度ひび割れ危険度評価手法を高度化ならびに高精度化するために必要な多くの知見を与えるものである。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51112