今日までの建築における様々なレベルでの技術開発が行われてきたが、それらには公的機関、研究機関、民間レベルなど様々の主体が関わってきた。近年は技術開発力を持つ比較的規模の大きなメーカー・ゼネコン・設計者等を中心に開発され、採用されるようになってきた。しかし、こうした技術の多くは開発者が専用的に採用するものが多く、他の組織まで普及するような一般的な技術になり得るものは少ない。 一方、今後起こり得る構造的な職人不足に際して、その影響が最も大きいとされる中小規模の施工業者に対しては、これらの技術等の問題、特に省力化の方向を目指す技術が非常に重要となってくる。 このような工業化技術の中で、重要な役割を期待されているものとしてプレキャストコンクリート(以下PCaと略す)化技術がある。これらは構造躯体一式を提供する物から構造体を部分的に提供するもの、或いはカーテンウォールのような非構造部材など、様々な種類がある。PCa化技術は非常に重要とされ、様々な技術開発が行われており、普及の可能性を持っているが、その阻害要因も多いと指摘されている。 本論文の目的は、<新しい技術を開発する能力の無い中小規模の生産組織>に対する工業化技術の<適応性の向上のための条件>を、PCa化技術を通して考察することにより、各組織間の役割分担を整理し、これらの組織にとって有効となる技術を普及させ、建築全体の技術の向上をはかる方法の可能性を明らかにすることを目的としている。 ここで「中小規模の生産組織」とは中小規模の元請業者、これらの下請け業者及び発注する設計事務所等を指す。中小という規模そのものを定義することは、曖昧で難しい。また本論文でも調査ごとに異なるため、むしろ「新しい技術を開発する能力が無い」という定義に重点を置いている。 さらにPCa化技術をとりあげてその全体像を明らかにすると同時に、PCa化技術の特徴を捉え、その中でも特に普及の可能性の高い工場生産のPCa部材に着目し、適応性の向上について検証する。 また本論文では、建築技術の適応性の向上について検証することを目標としている。適応性の向上とは技術が広く普及することを第一に指すが、その前段階である使いやすくなる段階も含む。さらにこれらに至らなくとも、それに近づく段階も評価する視点を含んでいるものである。 本論では、PCa化技術に関する複数の調査をもとに論を進めている。その基本的な構成としては、PCa化技術の適応性向上のため、技術の受け手となる設計者及び施工者に関わる調査、技術を提供するPCa部材製造業者の属性と技術に関わる調査、PCa化技術の属性のなかで特殊なカーテンウォールの技術に関する調査となっている。以下各章で明らかにした内容を示す。 1章「序論」では、研究の背景と目的を述べ、既往研究との関連を検討した。 2章「PCa化技術の属性分析」では、様々な種類のPCa化技術を整理・分類し、その属性を分析した。さらに「もの」を5つに分類し、様々なプロセスを明らかにした。また、製造するものの割合によりPCa部材製造業者にいくつかのタイプがあることを明らかにした。ここで「もの」とプロセスの関係を示し、この中で構造躯体システムの壁式以外、構造部材と非構造部材の部分PCaについては、中小規模建設業者に対して適応性の向上を図る可能性が大きいことを示した。 3章「PCa化技術ユーザーの属性分析」では、技術の受け手となるユーザーについてその属性を明らかにし、さらに調査に基づいて中小規模建設業者の属性を明らかにした。そこでは保有技術に関する分析を行った。その中で情報と経験が重要な要素であることを示した。また大規模建設業者の開発した技術も、要素技術としては中小規模建設業者への適応の可能性があることを確認した。条件が整えば、中小規模建設業者は工業化技術に対する意識が高いこと、しかし担当する物件が小さいため、工業化技術の量産効果が期待できないと考えていること、工業化技術の新しい取り組みに関してメーカーの支援を期待していることなどを明らかにした。また、これらには技術提供者の支援の重要度が大きいことも示した。 4章「適応性向上のための考察」では、建築における技術の適応性の向上に関する考察を行い、1、2章を考慮してPCa化技術に関する視点を提示した。その項目は、1)完成品評価((1)PCaとしての魅力、(2)「もの」としての切れ目、(3)「イメージ」としての切れ目)、2)組織の業務分担評価((1)組織の切れ目が明解、(2)設計・施工の業務分担、(3)業者の個別性と共通性)、3)価格評価((1)見積りの容易性、(2)適正価格)、4)製造技術評価((1)品種対応性、(2)製造の容易性(と現場の生産性))、5)技術情報評価((1)技術情報の公開、(2)プロセスに関わる情報の公開、(3)情報のフィードバック)、以上5つのカテゴリーの13項目の適応性の向上の視点を提案した。またそれらとプロセスとの関係を示した。ここで得られた評価項目を用いて、5章では構造躯体システムのPCa化技術における検証を、6章では時系列で見たPCカーテンウォールにおける検証を行った。 5章の「構造躯体システムにおけるPCa化技術の適応性の向上に関する検証」では、開発主導の適応性向上の検証として、現在ある程度普及している構造躯体システムを対象として、そのメーカーと、工場を持たない中小規模の施工業者をユーザーと想定して本論で提案した適応性向上の評価項目に従い検証した。その結果メーカーとユーザーの評価が、一致している項目と不一致の項目があった。メーカーとユーザーの評価が一致している項目の中でも、さらに望ましい状態で一致してる項目と望ましくない状態で一致している項目があった。前者は適応性向上の視点からは問題のない項目であり、後者は解決すべき重要課題であることを指摘した。不一致の項目については、解決すべき課題であるが、その場合技術的な解決が必要な場合と、不一致の状態を情報を示すことにより解決することも可能であることを明らかにした。 このように、異なる主体間での評価を比較することにより、PCa化技術の適応性を向上させる課題を明確にした。 これらの比較により、調査対象であるPCa化技術を、PCa工場を所有しない中小規模の施工者に対して適応性を向上するための目標としては、コストの低減、ユーザーが望む技術情報の充実、見積もりの容易性を高めること、製造と現場のバランスをトータルに示すことが必要であることが分かった。 6章の「PCカーテンウォールの変遷過程からみた適応性の向上に関する検証」では、設計主導の適応性の向上の検証として、PCカーテンウォールをとりあげて、歴史的発展過程の調査をもとに、戦後を5つの時期に分けて、4章で示した適応性向上の視点に従って、それぞれの時期を検証した。その結果、PCカーテンウォールについて時系列に評価項目が変化する様子を見ることができた。時系列に見ると、適応性の評価がある方向に進むものが多い。また変化し続けている項目もいくつかあった。さらに全く変わらないものもあった。そのそれぞれに、望ましい状態か否かの評価ができる。これを整理することにより、PCa化技術としてのカーテンウォールの評価が時系列で可能となった。また、中小規模建設業者に対しては、見積りの容易性を高めることと、プロセスに関わる情報を公開することが非常に重要であることを指摘した。 7章の「結論」では、この二つの検証を比較総合し、4章で提案した評価項目の意義を示した。 以上のように本論では、PCa化技術の適応性向上の評価項目を提案して、それらにより現在の技術を検証した。しかし、本論ではこうした評価の視点を提案したにすぎず、論文内で指摘しているように、ユーザータイプやプロジェクトタイプごとに異なる結果となるものであり、個々の詳細な評価が必要であることを指摘した。 |