学位論文要旨



No 214231
著者(漢字) 加藤,孝明
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,タカアキ
標題(和) 延焼危険からみた市街地の防災性能の評価理論に関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 214231
報告番号 乙14231
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14231号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 助教授 貞広,幸雄
 東京大学 講師 小泉,秀樹
内容要旨

 現在の都市計画的な防災計画の中心的な考え方である地区防災計画の策定では,計画づくりと防災性能の評価が密接な関係にある.しかし,現在,地区防災計画の策定で用いることを前提として開発された評価手法はない.そのため,単一の市街地指標による簡便な評価方法を用いる例が多く,計画の内容が単一の市街地指標を向上させることだけに限定されるという強い制約を計画づくりにもたらしている.

 本論文は,このような計画論的な背景をふまえ,地区防災計画の策定で用いることを前提とした延焼危険からみた市街地の防災性能に関する評価理論を構築することを目的としている.

 統計物理学の分野で研究が進められているパーコレーションモデルと市街地延焼の類似性に着目し,パーコレーション理論を基盤として評価理論を構築した.本論文で構築した評価理論は,既存の延焼危険評価モデルがシミュレーション手法による研究が多い中で,厳密な理論展開を行って一般性が高くかつ普遍性の高いことが特徴である.

 本論文は10章構成である.1章では研究の背景と目的を記述している.2章では,本研究の理論的な基盤であるパーコレーション理論について詳細に記述している.

 3章では,既存研究の整理と本論文の枠組みを明確化している.既存の評価モデルは極めて多様であるが,パーコレーションモデルとして一元的に捉えられることを指摘している.そして,本研究で扱うべきモデルとして実際の市街地の多様性をふまえた一般性の高いモデルを示した.これは,離散空間(正方格子,三角格子)及び連続空間(ポアソン分布,逐次充填間引き分布)のパーコレーションモデルのサイト過程モデルと呼ばれるモデルに対応する.市街地モデルとして,市街地を構成する要素は可燃建物と不燃空間(耐火建物,空値)とし,市街地を構成する要素の分布空間は離散空間と連続空間(ポアソン分布,逐次充填分布)とした.延焼過程モデルとしては,延焼限界距離を定義し,これにより確定的に隣棟間に延焼するとした.なお,延焼限界距離はこの距離以上隣棟間が離れていれば延焼しないと定義される距離で,説明変数として建物の壁面材質や隣棟間の植栽等の存在が考えられるものである.

 また,平易なモデルから複雑なモデルへ相互の関係に明確にしながら展開するという本論文の理論構築の骨格を示した.

 4章では,無限大の領域の離散空間モデルとポアソン分布モデルを用いて本論文の評価理論の基盤を導いた.この章で扱ったモデルはパーコレーション理論の既存研究で扱われているモデルである.また,「無限大の領域」という現実的でない仮定を敢えて設けたのは,パーコレーション理論の普遍的な知識が直接利用できるからである.

 評価を行う際の性能基準としてパーコレーションモデルの閾値pcが「無限大の被害が生じない防災性能」という性能基準として明確な意味をもつことを示し,「防災性能評価基本図」(図1)を用いた閾値が示す性能基準による評価方法を提案した.

 「防災性能評価基本図」は,延焼限界距離と建物密度の相対関係を横軸,可燃建物率pを縦軸とし,図中に性能基準を表す線が描かれた図である.評価の対象となる市街地の属性が与えられれば,その市街地は図中に点で表され,その点が図中の性能基準を表す線のどちら側にあるかで安全か危険かを評価することができる.性能基準を表す線の右上の領域が性能基準を満たさない市街地,つまり危険な市街地であり,左下側の領域が安全な市街地となる.

 「防災性能評価基本図」をもとに,防災性能の構造について考察を行い,計画策定の現場での使い方を示した.防災性能の構造として防災性能と説明する市街地属性を明示した.防災性能が可燃建物率,延焼限界距離に代表される市街地の燃焼特性,建物密度,建物配置パターンの組み合わせで説明されることを示し,更に,延焼限界距離が建物の難燃性や隣棟間の植栽等の状況などにより説明されることからこれらの要素も防災性能に反映することを示した.また,「防災性能評価基本図」から,各市街地属性を変化させたときの防災性能の改善効果を属性間で比較することができることを示した.また,計画論の観点からは,性能基準を示す線上は同じ防災性能を表すことから,多様な将来像の設定と代替案の比較検討が可能なことを示した.すなわち,従来の評価手法が有している計画論的な課題を解消しうることを示した.

図.11 閾値により示される性能基準と市街地属性との関係

 5,6章では,4章で示された評価方法をより実際の市街地に近いモデルへ展開している.5章では,4章の成果を任意の大きさの有限領域に展開している.展開に先立ち,有限領域について定義を行っている.有限領域は計画の基本単位である1都市防火区画相当の正方形の大きさとし,一辺長が25棟〜100棟程度の任意の大きさとすることとし,有限領域における「無限大」の定義として「領域の端から端まで貫通する大きさ」とした.まず,有限領域における閾値について理論的な考察を行った上で,具体的な値をシミュレーションにより算出し,無限領域の閾値にほぼ等しいことを示し,4章で示した評価方法が有限領域に適用できることを検証した.しかし,有限領域では,確率論的なばらつきのため,閾値pcの性能基準としての意味が「平均的にみれば,領域の端から端まで延焼被害が拡大しない防災性能」となり,無限大の領域の場合と比べ,曖昧になる.そこで,更に,より性能基準の意味を明確にするために,領域の端から端まで延焼拡大する確率R(L,p),平均焼失棟数(L,p),最大焼失率(L,p)の関数値によって性能基準を示す方法を提案した.これらの関数は一般に領域の大きさに影響をうけるが,パーコレーション理論の有限サイズスケーリング仮説を用いることによって任意の大きさの領域について一元的に扱えることを示した(図2).この方法では,性能基準が上記の関数の任意の値によって示されるため,段階的な評価が可能となり,計画論の観点では,従来の2値的な評価と比べ計画づくりの中で目標とすべき防災性能の水準について検討することを可能としている.また,施策の効果を測定する場面においては,防災性能の僅かな改善を評価することが可能になった.

図2 R(L,p):正方格子の例.横軸L,縦軸R(L,p)図3スケーリングされたR(L,p).横軸

 6章では,更に実際の市街地に近いモデルとして,建物配置がポアソン分布と離散空間の中間の性質をもつ「逐次充填間引き分布」を定義し,4,5章で提案した評価方法がこのモデルに適用できることを実証した.「逐次充填間引き分布」はハードコアプロセスによって形成される点の分布から不燃空間の割合(1-p)だけを間引いた分布である.この分布はパーコレーション理論の既存研究では扱われていない独自の分布である.

 本章では,まず,実際の市街地データを用いて「逐次充填間引き分布」モデルの妥当性を検証した.概ね現実の市街地を表しているとの結論を得た.

 次に,このモデルの無限領域の閾値を推定した.本論文の評価理論では無限領域の閾値pcが重要な役割を果たしているが,このモデルは過去に扱われていないモデルであるため閾値が知られていない.有限サイズスケーリング仮説が成り立つことを前提に,これを検証の道具として精度ある推定値を求めた.更に,5章と同様の方法で任意の関数,任意の値を性能基準とする性能評価が可能なことを示した.

 7章では,防災性能を表す関数として提案したR(L,p),(L,p)(L,p)の3つの関数について分析を行い,その特性を明らかにした.また都市防火対策の視点との関連から評価の際に優先して使うべき関数を明示した.3つの関数の特性を理解した上で,これらの関数を併用して防災性能を評価することは,計画づくりにおいて防災性能の質について検討することを可能にし,計画づくりの新しい検討の局面を開いたといえる.

 8章では,今後GISの整備により戸別の建物データが利用できる状況をにらんで,任意の市街地の無限領域における閾値を簡便に求める方法として,次元不変量CVFを用いる方法が有力であることを示している.次元不変量は閾値が関わる値で,空間次元が同じであれば常に一定の値となるものである.既存研究によると,連続空間モデルの次元不変量として,CVF(Covering Figuresの面積割合)とBc(隣接建物の平均値)があるが,6章で定義した「逐次充填間引き分布」モデルについて,この2つの次元不変量を計算した.その結果,CVFが次元不変量であることが示された.このことから,任意の建物配置においてもCVFが次元不変量である可能性が残され,今後研究を進めていく時の有力の情報が与えられた.

 9章では,ケーススタディにより本論文が提示する評価理論による評価結果の妥当性とまた従来の方法に対する優位性を実証した.ケーススタディは東京都23区を対象に行った.本論文で構築した評価理論に基づく評価結果は,概ね妥当となった.また,従来の評価方法である単一の市街地指標による評価結果と比べた結果,本論文の方法の方がより適切な評価結果が得られることを実証した.特に本論文の評価方法では,郊外の住宅地の延焼危険性を適切に評価できることが示された.

 最後の10章では,本論文の総括と今後の研究の方向性を明確に示した.

 以上の全10章を通して,本論文では,地区防災計画に用いることを前提とした延焼危険からみた防災性能の評価理論を構築した.従来の評価方法と比べ,理論的な基盤がしっかりしている上,一般性,実用性の面からも優位性がある評価理論が構築できたといえる.今後は,10章で示した方向性に基づいて,更に実際の市街地の状況をより詳細に評価理論に反映していく必要があると考える.

審査要旨

 現在の都市計画的な防災計画の中心的な考え方である地区防災計画の策定では,計画づくりと防災性能の評価が密接な関係にある.しかし,現在,地区防災計画の策定で用いることを前提として開発された評価手法はない.そのため,単一の市街地指標による簡便な評価方法を用いる例が多く,計画の内容が単一の市街地指標を向上させることだけに限定されるという強い制約を計画づくりにもたらしている.

 本論文は,このような計画論的な背景をふまえ,地区防災計画の策定で用いることを前提とした延焼危険からみた市街地の防災性能に関する評価理論を構築することを目的としている.

 本論文は,既存の延焼危険評価モデルがシミュレーション手法による研究が多い中で,厳密に理論展開を行って一般性が高くかつ普遍性の高い理論を得ている点が特に評価される.また,実用的な面でも従来の評価方法より優れていると評価される.

 本論文は10章構成である.1章では研究の背景と目的を記述している.2章では,本研究の理論的な基盤であるパーコレーション理論について詳細に記述している.

 3章では,既存研究の整理と本論文の枠組みを明確化している.既存の評価モデルは極めて多様であるが,パーコレーションモデルとして一元的に捉えられることを指摘している.そして,本研究で扱うべきモデルとして実際の市街地の多様性をふまえた一般性の高いモデルを示している.このモデルは,離散空間(正方格子,三角格子)及び連続空間(ポアソン分布,逐次充填間引き分布)のパーコレーションモデルのサイト過程モデルに対応している.また,理論構築の方法として平易なモデルから複雑なモデルへ相互の関係に明確にしながら展開するとし,本論文の理論展開の骨格を示している.延焼危険の評価モデルについては独自モデルを作成する研究が多い中で多様なモデルを結びつけようとする視点は新しい.

 4章では,無限大の領域の離散空間モデルとポアソン分布モデルを用いて評価理論の基盤部分を導いている.評価を行う際の性能基準としてパーコレーションモデルの閾値が明確な意味をもつことを示し,「防災性能評価基本図」を用いた閾値が示す性能基準による評価方法を提案している.また,防災性能の構造について考察を行い,計画策定の現場での使い方を示している.防災性能の構造については,可燃建物率,市街地の燃焼特性,建物密度,建物配置パターンの組み合わせで説明されることを示し,これにより計画づくりにおいて,多様な将来像の設定と代替案の比較検討が可能なことを示している.この章での成果は,論理展開がパーコレーション理論の普遍的な知識に基づいているため普遍性が高いこと,また従来の評価手法が有している計画論的な課題を解消していることが評価される.

 5,6章では,4章で示された評価方法をより実際の市街地に近いモデルへ展開している.5章では,4章の成果を任意の大きさの有限領域に展開している.まず,有限領域における閾値について理論的な考察を行った上で,具体的な値をシミュレーションにより算出し,無限領域の閾値にほぼ等しいことを示した.結果として4章で示した評価方法が有限領域に適用できることを検証している.更に,有限領域では閾値が示す性能基準の意味が確率論的なばらつきのため曖昧になることから,領域の端から端まで延焼拡大する確率,平均焼失率,最大焼失率の関数値によって性能基準を示す方法を提案している.これらの関数は一般に領域の大きさに影響をうけるが,パーコレーション理論の有限サイズスケーリング仮説を用いることによって任意の大きさの領域について一元的に扱えることを示している.この方法では,性能基準は上記の関数の任意の値によって示されるため,段階的な評価が可能となる.計画論の観点では,従来の2値的な評価と比べ計画づくりの中で目標とすべき防災性能の水準について検討することを可能としているといえる.

 6章では,より実際の市街地に近いモデルとして,建物配置がポアソン分布と離散空間の中間の性質をもつ「逐次充填間引き分布」を定義し,4,5章で提案した評価方法がこのモデルに適用できることを実証している.本論文の評価理論で重要な役割を果たしている無限領域の閾値を推定し,同様の方法で評価が可能なことを示している.

 7章では,防災性能を表すものとして提案された3つの関数の特性を分析している.また都市防火対策の視点との関連から評価の際に優先して使うべき関数を明示している.3つの関数の特性を理解した上で,これらの関数を併用した防災性能を評価することは,計画づくりにおいて防災性能の質について検討することを可能にし,計画づくりの新しい検討項目を提示している.

 8章では,今後GISの整備により戸別の建物データが利用できる状況をにらんで,任意の市街地の無限領域における閾値を簡便に求める方法として,次元不変量CVFを用いる方法が有力であることを示している.

 9章では,東京都23区のデータを用いたケーススタディにより,本論文が提示する評価理論による評価結果の妥当性とまた従来の方法に対する優位性を実証している.

 10章では,本論文の総括と今後の研究の方向性を明確に示している.

 本論文で提案している評価理論は,従来の評価方法と比べ,理論的な基盤がしっかりしている上,一般性,実用性においても優れていると評価できる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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