学位論文要旨



No 214233
著者(漢字) 宮崎,英樹
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,ヒデキ
標題(和) フォトニック構造物研究のための微小球の機械的3次元配列手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214233
報告番号 乙14233
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14233号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 長尾,高明
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 畑村,洋太郎
 東京大学 教授 樋口,俊郎
内容要旨

 フォトニック構造物,すなわち,光の波長オーダの散乱体から構成された構造物によるフォトンの制御が学問的・応用的両側面から関心を集めている.また,それに必要な微細構造物製作技術が盛んに開発されつつある.

 フォトニック構造物の有用な応用形態を明らかにし,その設計手法を確立するためには,フォトンが1個1個の散乱体をどのように渡り歩いていくかという,フォトニック構造物におけるフォトンの挙動の普遍的描像を獲得することが必要である.

 ところが,構造とフォトン挙動の関係は今なお極めて限られた構造物についてしか明らかになっていない.それは理論的に光の散乱を記述することのできる構造物は,孤立散乱体か無限周期構造物か完全ランダム体に限られており,実用上重要な,有限規模の任意構造のフォトニック構造物の特性を系統的に知る方法はまだ発展途上だからである.一方,実験的にも半導体プロセスによる微細加工は個々の散乱体の効果を系統的に調べるには適しておらず,1個1個の散乱体の配置を人工制御する技術も確立していないので,構造と光散乱特性の関係を実験的に明らかしていくことも困難である.

 そこで,本研究では,1個1個のマイクロメートルオーダの微小球を3次元配列する手法を確立し,それがフォトニック構造物の研究に有効であることを証明した.

 その過程で得られた主な知見は以下の通りである.

 フォトニック構造物研究のための微小球配列技術に求められる要求を満足する方法として,走査型電子顕微鏡観察下での接触マニピュレーショシが有効である.しかし,その実現のためには,微細作業システム設計,微小球準備,機械的操作の力学,作業支援に関する知識や技術が必要である.

 微小球配列のためのシステムの設計手法を明らかにした.観察のためには,冷陰極電界放射型または熱電界放射型の電子銃を備えた高真空走査型電子顕微鏡を選択するのが良い.マニピュレータを選択する場合には,分解能などの他,目的とする作業に応じた自由度配置を考慮する必要がある.また,工具の剛性に関する考慮もバックラッシのない作業のために重要である.微小球配列作業を実行する上では汚染物の析出が大きな問題になり,これが操作可能な微小球の大きさの下限を与える.通常の高真空SEMでは,およそ500nm程度が下限である.

 微小球配列作業はまず,目的の実験に適した微小球を入手することから始まる.フォトニック構造物研究には,シリカ,ポリスチレン,ガラスなどが有効であることを明らかにした.次に,その微小球を基板上に凝集しないように分散される手法について理論的・実験的に検討し,湿式滴下法が有効であることを明らかにした.また,微小球はある程度の直径分布を持って供給されるので適切なものを選別して用いる必要がある.直径・投影面積・質量・光散乱計測の各手法で実現できる分級精度を比較した結果,特に光散乱計測手法が高精度であることがわかった.しかし,適用可能な粒径や材質には様々な制約があり,一般的には用いるのは難しい.最も簡単な,画面上で直径を測定する手法では±0.5%程度の選別ができ,低次のミー散乱領域を調べるにはこれで十分である.

 微小球の力学を理論的・実験的に検討し,操作手法を明らかにした.そのためにまず,微小物体の力学に関する従来の知見を整理したところ,マイクロロボティクスの分野で議論されている付着力の諸理論よりも,物体が置かれているエネルギー環境の中での物体のエネルギー的に安定な弾性接触を考えることが重要であることがわかった.次に,電顕下での付着力を実測したところ,帯電と時間効果が重要であることが明らかになり,付着力を制御するには本質的に帯電を防止すること,一度帯電したものは界面を機械的に剥離することが重要であることがわかった.さらに,電顕下での微小物体の帯電現象を理論的・実験的に調べ,絶縁性基板でも薄板化すれば加速電圧の調節により帯電が防止できることを明らかにした.

 微小球配列作業を遂行する時には様々な周辺技術が必要であった.どのようにして設計通りの構造物を製作するか,どのようにして,以前に作業を行なった位置を探し出すかという再注視,が重要な問題である.本研究により,画像テンプレート呈示手法が有効であることがわかった.また,再注視のためには階層的画像記録が有効であった.また,作業を効率よく進めるためには階層的な作業パッケージの設計が重要なことがわかった.工具先端の対象物への近接を検知することも切実な要求であった.本研究では光学的手法による変位計測技術に基づいて原子間力検出式近接センサが実現でき,作業に有効であることがわかった.

 微小球配列技術がフォトニック構造物研究に有効であることを証明した.それは,理論と実験の唯一の接点である微小球配列のフォトニックバンド効果を実証すれば証明できることである.2次元フォトニック結晶の透過スペクトルの角度依存性から分散曲線を直接計測したところ,理論計算の結果を検証し,微小球配列に起因する分散異常が発生していることが確認できた.図1には本研究において製作した代表的な結晶を示す.図2は結晶の周期が増すにつれてフォトニックバンドが成長し,理論計算結果に収束していく様子を示す.また,図3には近似理論,厳密理論,および実験によるフォトニックバンド図を示す.フォトニックバンド効果が実証できたことは,これからは有限規模の任意構造におけるフォトンの挙動は微小球配列技術を用いて実験的に調べていけばよいことを意味している。

 最後にフォトニック構造物研究と微細作業技術の将来の展開の可能性について考察した.その結果,極めて多様なフォトニック構造物の特性を明らかにできることや,より一般的な微細作業・微細加工技術がフォトニック構造物研究に貢献できることがわかった.また,微小球配列技術や,より一般的な微細作業は物理学全般,さらには人間活動全般において貢献できることがわかった.

図1 微小球の機械的3次元配列手法により製作したフォトニック結晶の例図2 結晶の周期によるフォトニックバンドの成長の様子図3 "自由光子"近似による計算,ベクトル球面波展開法による計算,および実験によるフォトニックバンド図の比較
審査要旨

 「フォトニック構造物研究のための微小球の機械的3次元配列手法に関する研究」と題した本論文は、電磁波応用工学において人類に残された最後の重要な課題である波長オーダの微細な3次元構造物における光の振る舞いについて、基礎的な知見を集積するための新しい機械工学的手法を論じたものである。

 まず第1章「緒論」では、電磁波の工学応用の現状を分析し、光の波長と同程度の微細構造物であるフォトニック構造物、中でもとりわけ、比較的少数の散乱体が人工的に制御された配置をなす有限フォトニック構造物の利用がこれからの重要な課題であることを指摘した。ついで、フォトニック構造物研究の現状を整理し、1個1個の散乱体の共鳴特性とその配置の効果を系統的に調べるために、波長オーダの誘電体微小球を1個1個操作して配列する機械工学的な手法が不可欠であることを示した。一方、このような微小な物体を操作する手法の現状を整理し、複数の物体を設計通りに配列する一連の作業の設計と統合が重要な課題として残ったままであることを明らかにした。以上のことから、本研究ではその目的を、マイクロメートルオーダの誘電体の微小球を1個1個機械的に操作して3次元的に配列する手法を確立し、この手法がフォトニック構造物の研究において実際に有効な研究手法であることを示すこと、と定めている。

 第2章「微小球の機械的配列の要素技術概論」では、微小物体操作技術に基づいてフォトニック構造物についての研究を進める上で必要になる作業を分析し、作業プロセスを設計した。その結果、4つに大別される要素技術を確立していかなければ、目的の作業は実現できないと結論づけている。それぞれの技術や知識については、これに続く4つの章で詳細に述べられた。

 第3章「電子顕微鏡内微細作業システム」においては、微小球配列のためのシステムの設計手法を明らかにした。観察のためには、冷陰極電界放射型または熱電界放射型の電子銃を備えた高真空走査型電子顕微鏡(SEM)を選択するのが良い。操作のためには、分解能、自由度配置、工具の剛性を考慮してマニピュレータを選択することが重要である。操作可能な微小球の大きさの下限は汚染物の析出で制限され、一般的な高真空SEMでは500nm程度が限界であることを系統的な実験から明らかにした。

 第4章「微小球準備技術」では、目的の実験に適した微小球を入手し、基板上に分散させ、適した大きさのものを選別するための手法について述べた。フォトニック構造物研究には、シリカ、ポリスチレン、ガラスなどの微小球が有効である。これを基板上に凝集しないように分散させる手法について理論的・実験的に検討し、湿式滴下法が有効であること、球・基板・溶媒の濡れ性の関係、溶媒の蒸発速度が重要であることを明らかにした。球径の選別手法としては光散乱法が高精度であるが、±0.5%程度の精度であれば画像計測法でも実現できる。

 第5章「微小球の機械的操作の力学」では、SEM下での微小球の力学を理論的・実験的に検討し,操作手法を明らかにした。まず、従来より提案されている付着力の諸理論よりも、表面エネルギーを考慮した弾性接触を考えることが重要であることを示した。SEM下での付着力には帯電と時間効果が重要であることが知られているので、付着力を制御するには本質的に帯電を防止すること、一度帯電したものは界面を機械的に剥離することが重要である。SEM下での微小物体の帯電現象を理論的・実験的に調べ、加速電圧の調節により帯電が制御できることを明らかにした。

 第6章「微小球配列作業を支援する技術」では、どのようにして設計通りの構造物を精度良く製作するか、どのようにして微小な構造物に再びアクセスするかについて述べている。高精度配列には画像テンプレート呈示手法が有効であること、再アクセスのためには階層的画像記録および階層的作業パッケージ設計が重要なことを明らかにした。

 第7章「微小球配列技術を用いたフォトニックバンド効果の実証」では、これまでの部分で確立してきた微小球配列技術を実際にフォトニック構造物研究に適用し、これまで得られなかった新しい知見が得られることを示した。単層フォトニック結晶の透過スペクトルの角度依存性から分散曲線を直接計測し、理論計算通りの分散異常が発生していることを確認した。このことは、微小球配列手法によるフォトニック構造物の実験結果が信頼に値するものであることを証明している。また、この構造物はマイクロメートルオーダの微小物体が機械的に1個1個組み立てできることを示した初めての結果である。さらにこれまでに調べられていなかった多層フォトニック結晶のブラッグ反射を系統的に調べ、異常に強いブラッグ反射の発生を観測した。これはこれまでに知られていなかった現象であるが、本論文では球の共鳴に起因すると推定している。

 第8章「フォトニック構造物研究と微細作業技術の今後の展望」では、こうして微小球配列技術が利用可能なものとなった後のフォトニック構造物研究の展開、および、微小物体操作技術の科学技術上の役割について展望している。

 最後に第9章「結論」で、マイクロメートルオーダの誘電体の微小球を1個1個機械的に操作して3次元的に配列する手法を確立し、この手法がフォトニック構造物の研究において実際に有効な研究手法であることが示せたと結論づけている。

 以上のように、本論文は、単に基礎研究のための新しい機械工学的手法を提案したにとどまらず、学際的アプローチによりその分野に適用可能なまでに要素技術を確立し、実際にフォトニック構造物に関する新しい知見を獲得するところまでデモンストレーションして見せた。完全に制御された散乱体配列の製作手法を確立することによりフォトニック構造物研究の突破口を開いたこと、電子顕微鏡下でのマイクロメートルオーダの部品の組立という機械工学の新しい分野を開拓したこと、一つのインスツルメンテーション研究のあり方を示したことにおいて、本論文は工学全般に貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51113