学位論文要旨



No 214234
著者(漢字) 嶽岡,悦雄
著者(英字)
著者(カナ) タケオカ,エツオ
標題(和) 高速空気静圧主軸による高硬度材のエンドミル加工に関する研究
標題(洋)
報告番号 214234
報告番号 乙14234
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14234号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 畑村,洋太郎
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 谷,泰弘
内容要旨

 本論文は,焼入れ鋼のエンドミル加工に関するものであり,金型の高能率加工への応用を目的としている。従来,焼入れ鋼の高速・高能率切削を行うためには剛性の高い転がり軸受主軸を搭載した加工機械を用い,可能な限り大径の工具を使って効率化を図ろうとするのが一般的な考え方であった。これに対して本研究では高速回転が可能な空気静圧軸受構造の主軸(以下,空気静圧主軸)を用い,直径が2〜6mm程度の比較的径の小さなポールエンドミルにより毎分3〜5万回転の高回転速度で切削を行う新しい加工方法を開発したものである。

 空気静圧主軸は静剛性および動剛性や減衰性等では転がり軸受主軸に比べて劣るためにびびり易いこと,また負荷容量が低いために重切削ができないなどの弱点があるため,これまで高硬度材の切削加工用の主軸として採用された例は無かった。しかし,切削実験を行った結果,工具・主軸系の固有振動数との共振のためにびびりが生じやすい回転速度領域を避け,また過大な切削抵抗が作用せぬように配慮すれば焼入れ鋼を切削することが十分可能であることが示された。また,小径のボールエンドミルにより高回転速度で切削を行うと,(1)加工能率が高い,(2)工具寿命が長い,(3)ドライ切削が可能である,(4)NC加工データ生成が簡略化される,など多くの効果が得られ,大径の工具から順に工具を交換しながら切削を行う従来の加工方法に比べて優れた点が多い。また工具を長く突出して切削を行う必要がある場合でも,本研究において提案した簡易な安定判別実験を行うことにより,容易にびびりを生じない切削条件を選択することが可能である。本研究で得られた知見に基づいて本高速加工法を実際の金型加工に適用した結果から,実用的にも十分な効果が得られることが実証されている。

 論文は,緒論および結論を含めて全9章から構成されている。第1章の"緒論"ではまず高速切削の研究が必要とされている背景について触れ,金型業界においてはコストの低減とリードタイムの短縮のために,放電加工を主体としたプロセスを高速切削により加工する方法(直彫り加工)へと転換する必要に迫られていることを述べている。また高速切削技術の発展の経緯とそれに関連した研究について概観し,その問題点を明らかにすることにより,本研究の必要性と目的を明確に示している。本研究の中で特に重要な役割を担う空気静圧主軸についてはその発展の経過について述べるとともに,高硬度材の高速切削用の主軸として採用するに至った動機について言及している。

 第2章"空気静圧主軸の動特性と切削安定性"においては,空気静圧主軸の特性を解明するため,加振実験と有限要素法解析により工具・主軸系の動剛性解析を行っている。空気静圧主軸には比較的低い周波数領域に非接触構造の主軸に特有の剛体振動モードが存在し,1kHz以上の比較的高い周波数領域には主軸の曲げ変形を伴う振動モードが見られる。また,焼入れ鋼(SKD11)のエンドミル加工実験を行い,空気静圧主軸が高硬度材のエンドミル加工にも十分耐えられることを実証するとともに,工具・主軸系の動剛性とびびり振動の関係について検討を行っている。エンドミル加工では断続切削に伴う変動切削力の周波数が系の固有振動数に近接した場合にびびりが生じ易く,そのために主軸回転速度を増すにつれて安定した切削領域とびびりの発生する不安定な領域が交互に現れる。また,工具の刃数を減らして断続切削による強制振動の周波数を低くすると,切削の安定領域が大きく広がることを述べている。

 第3章"空気静圧主軸および転がり軸受主軸の比較"においては,空気静圧主軸または転がり軸受主軸を搭載した2種類の加工機械上で,工具・主軸系の静・動剛性および空転時の振動を比較している。また,両加工機械について焼入れ鋼(SKD61)の高速エンドミル加工実験を行い,搭載した主軸の違いが切削時の振動,工具寿命および表面粗さに及ぼす影響について検討を行っている。空気静圧主軸を搭載した加工機械では静・動剛性が低く,断続切削の基本周波数が固有振動数に近接する回転速度ではびびりを生じて切れ刃にチッピングを生じ易いが,その回転速度を越えた高回転速度域では転がり軸受を搭載した機械よりも工具寿命は長く,表面粗さも小さい。これに対して転がり軸受主軸を搭載した加工機械では静・動剛性は高いが,主軸の振動が空気静圧主軸の約10倍と大きいために,工具寿命や表面粗さの点では前者に比べて劣る。このことは,剛性が高くても主軸の振動が大きい加工機械では,工具寿命や加工面粗さでは不利であることを示唆している。

 第4章"小径ボールエンドミルの高速切削特性"においては,小径ボールエンドミルによる高硬度材の切削特性の解明を目的として,切削抵抗および切削動力の測定を基に検討を行っている。まず,切削抵抗測定装置を試作してその過渡応答特性を検証するとともに,本研究において考案した切削抵抗の3方向分力の測定方法について述べている。この切削抵抗測定装置を用いて広い切削条件範囲における切削抵抗を測定した結果から,主軸回転速度の増加につれて各分力ともに減少する傾向があること,また切削送り速度の増加に対しては比切削抵抗が減少することを述べている。これらの特性は切削動力の測定結果ともよく対応している。さらに,切削送り速度を増すと軸方向分力の静的成分の増加により工具が軸方向に拘束されるために,切削の安定性が高くなる効果があることに言及している。

 第5章"工具突出し長さと切削安定性"では,金型の深いキャビティー部を高速切削することを目的として,工具突出し長さと切削の安定性の関係について検討を行っている。まず小径工具を長く突出した場合に生ずるびびり現象について,工具・主軸系の動剛性との関係から考察を行い,断続切削に伴う変動切削力の周波数が系の固有振動数に近接することにより切削が不安定となること,また工具突出し長さが大きくなるほど安定して切削ができる切削条件範囲が狭くなることを述べている。びびりを回避する方法としては,加工現場でも容易に実行できる簡易な安定判別実験方法を提案している。この方法による判別結果と振動や表面粗さの測定に基づく判別結果との間には良い対応が見られることから,切削条件を選択する上では有効な手段となることを述べている。

 第6章"等高線加工における切削条件の最適化"では,小径のボールエンドミルにより効率的な切削を行うための切込み条件の最適化を目的として,切削抵抗や切削動力の測定および工具摩耗特性に基づいて検討を行っている。除去能率一定のもとで,軸方向切込み深さAdと半径方向切込み深さRdの比Ad/Rdを変化させて切削実験を行った結果から,(1)切削抵抗はAd/Rd<1となるように軸方向切込み深さを比較的浅く取れば,各切削分力ともに低く抑えることができる(2)切削動力の変動はAd/Rdを小さく,すなわち軸方向には浅く切り込んで半径方向切込み深さを大きくすれば低く抑えることができる(3)工具寿命は0.6<Ad/Rd<1.4の範囲で最も長くなることなどを明らかにした。こうした結果から,小径工具の持つ性能を最大限に活用するためには切込み条件の設定が重要であることを述べている。

 第7章"金型加工への適用と検証"では本高速切削法を実際の鍛造用金型の加工に適用した事例を基に,本研究により得られた知見を検証するとともに,実用面における効果について考察を加えている。まず,小型の鍛造用金型モデルに本高速切削法を適用した結果に基づき,加工時間の短縮,NC加工データ生成の簡略化,磨き工程の省略などの実用上有益な効果が得られることを述べている。次に比較的大型の鍛造用金型について本高速加工法と放電加工による方法とを比較した結果,高速切削による加工法に優位性が認められること,さらにその金型で鍛造実験を行った結果からは金型寿命に差が見られなかったことを述べている。最後に小径工具を長く突き出した条件での切削が必要な金型の例としてクランクシャフトの鍛造用金型を取り上げ,本高速加工法を適用している。この実験により,深いキャビティーを持つ金型でも十分な加工能率が得られ,完全に切削だけによる加工が可能であることを実証している。この事例では第5章で提案した切削の安定判別実験法を採用し,その有効性についても検証している。

 第8章"考察"では本研究を総括する意味で,金型加工技術の革新のために本研究が果たした役割と意義について考察を行っている。

 第9章"結論"では本論文の各章で述べた研究結果をまとめ,今後に残された課題と高速エンドミル加工についての展望を述べている。

審査要旨

 金型加工を迅速化する手段として、主軸回転数を増大させた高速ミーリングの採用が適していることが知られている。特に小物の金型では小径工具が使用されるため、主軸を出来るだけ高速にすることが高能率加工を実現することとなる。従来切削用工作機械には、主軸の軸受けとしてころがり軸受けが使用されていた。そのため自ずと限界の回転数が存在し、また軸受けの寿命にも限界があることが知られている。本研究はこの問題を解決する方法として、思い切って軸受けを空気静圧軸受けとする可能性を試し、実際に高速ミーリングが行えることを実証したものである。

 本論文は「高速空気静圧主軸による高硬度材のエンドミル加工に関する研究」と題し、緒論と総括を含め全8章より構成されている。

 第1章の緒論では、高速ミーリングの重要性とそれらをとりまく周辺技術の現状を概説すると共に、これまで研削加工に用いられてきた空気静圧軸受けの切削加工への採用の可能性を導き、本研究の背景と目的を明らかにしている。

 第2章では高速エンドミル加工において、空気静圧軸受け工作機を試作し、高硬度鋼材が切削できることを初めて明らかにした。同時に主軸の回転速度の選択が不適切であると再生びびりが発生するので、その速度域をはずすことにより空気静圧軸受け使用による数々の利点を活かすことができるとしている。またこの再生びびりは系の固有振動数に近接して現れることを明らかとしている。

 第3章では、試作した空気静圧軸受けと市販の転がり軸受け主軸による工作機を使用し、実際に切削実験を行い両者の比較を行っている。大径工具で荒加工を行う場合は別として、高速ミーリングのような小径工具については切削性能に差はなく、工具寿命と加工面粗さの点では空気軸受けの方に優位性が認められることを明らかとしている。

 第4章では、ボールエンドミル加工における高速切削特性を調べ切削条件の影響を明らかとしている。この際切削抵抗の測定も行っているが、従来この種の抵抗測定は困難とされていたものを、特別に高い周波数応答特性を持つ測定装置を開発することにより実現している。その結果、高速になるにつれて切削抵抗は減少し、また一刃当たりの送りを大きくすることにより比切削抵抗は減少し、いずれも実用上有益であるとしている。

 第5章では、小径工具を使用する際の弱点といわれる工具突出し長さが大きい場合のびびり振動発生について検討を加えている。特に工作機の軸受けや保持具の影響もあり、びびり発生は予想できない点も認められるため、簡便なびびり発生判別のための実験法を提案している。この判別法を用いて調べた結果、回転速度の増加と共に再生びびりが発生するが、一刀当たりの送りを増大することによってびびり発生が抑制されることも明らかとしている。

 第6章では、金型の自由曲面切削において工具軌跡パターンが比較的安定している等高線加工に的を絞り、最適な切削条件把握に努めている。小径工具で加工能率を上げ長時間の寿命を期待するには、軸方向の切り込みと半径方向の切り込みの条件設定が重要であり、通常より半径方向切り込みを多目にとるのが良いことを明らかにしている。

 第7章では、以上の研究成果を基に実際の金型加工に適用し、空気静圧軸受けによる高速ボールエンドミル加工が実施可能であることを示し、加工時間の短縮と経済性向上のみならず、低振動と長寿命が期待できることを明らかとしている。

 第8章では、本研究を総括すると共に、小径工具を用いた高速ミーリングの将来像を展望し、その重要性が増し本研究の成果が生かせる分野が拡大するとしている。

 以上要するに本論文は、従来主軸に転がり軸受けが用いられていた切削用マシニングセンタに初めて空気静圧軸受けを用い得ることを明らかにしたもので、その応用面としては小径エンドミルを使用する金型加工用高速ミーリングに適用できることを実証し、あわせて工作機械軸受け特性、小径エンドミルの切削特性等工作機械と切削工具の基本的特性について解明したもので、生産加工技術向上のため優れた貢献を行ったものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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