内容要旨 | | 高速ミーリング技術が近年,生産加工現場で注目を集めている.特に複雑な自由曲面の創成加工が主体となる金型直彫り切削において,特に仕上げで用いる小径ボールエンドミルによる切削加工はこれまで長時間を要しており,加工時間の短縮が求められてきた.一方,最近では切削工具の進歩によりその耐摩耗特性が改善され,また高速回転,高速送りを実現した高速加工対応の工作機械も多く開発されてきた.このような経済的および技術的背景から高速ミーリング技術がキーテクノロジーとなっている.また,高速ミーリングを実現するための技術的基盤の充実とととに,高速ミーリングの優位性が実験的に明らかになってきた.すなわち,小径ボールエンドミルを用いることにより実切削速度を工具の適用範囲内で使用することができ,また浅切込み高送りによる軽負荷な切削条件を設定することにより工具摩耗の増大を抑制でき,さらに断続切削による空転時の冷却と実切削時間の短縮による刃先への熱伝達の減少によって刃先温度の上昇を最小限にすることができ工具摩耗を減少させることができることなどが明らかになってきた. このように,高速ミーリング技術に対する期待の高まりとともにその実用化が徐々に進展をみせているが,まだ多くの課題が残されている.本研究は,高速ミーリングを実用化する上での課題と,さらなる高速化を達成するためにボトムネックになる課題を明らかにし,これらを解決するための技術開発について,新たな方式の提案と,提案の具体化,提案の妥当性について明らかにしている.さらに実現した超高速ミーリング法を用いた鋼材の切削実験から,従来にない超高速条件下における工具摩耗特性,周辺加工技術の検討,実金型加工への適用などについて検討している.それらの内容は,加工機開発,カッタパス提案,CAD/CAM,切削条件の最適化,工具の検討,周辺技術の検討に及んでおり,高速ミーリング技術全般にわたって言及している. 本論文は,第1章の緒論と第9章の総括を含めて全9章から構成されている.第1章の「緒論」は,高速ミーリングの現状と課題を述べ,その課題の解決策としてカッタパスと超高速加工機に焦点を絞り,それぞれ独創的かつ新たな加工法を提案している.まずカッタパスは,従来の曲線加工を基本とした一般的なカッタパスでは加工機の送りが追随できず送り速度指令値を増大させても加工時間の短縮は収束してしまうことを示し,単純な直線動作を基本とした往復送りのカッタパスを提案している.また往復カッタパスを用いることを前提とした超高速ミーリング機の開発の必要性を明らかにし,通常3軸構成の加工機送り機構にもう1軸付加した相対送りを用いて,送り速度と加速度を増大させる工夫をした構造を提案している.さらに本研究の目的と意義,論文の構成について言及している.第2章の「超高速ミーリング機HICARTの試作」は,研究のコンセプトに従う超高速ミーリング機の開発について述べている.小径ボールエンドミルの使用に限定し,空気静圧主軸を採用した主軸の高速化,X,Y,Z3軸構成のうちの1軸に平行なもう1軸を付加して,互いに反対方向に動かす相対運動を利用した全4軸構成による送りの高速化,工具とホルダの締結に焼きばめを利用して,遠心力による把持力低下の防止と小型・高精度化を実現している.その結果,最高回転数回転数12万min-1,最大送り速度100m/min,最大加速度2Gの性能を有する超高速ミーリング機を実現した.また小径ボールエンドミルによる鋼材の10万min-1切削実験により,アップ/ダウン交互の往復加工は,何れか一方の加工に比して,工具摩耗,面粗さはわずかに悪化するが,加工能率を考慮すれば十分有用であること,スタート,ストップ時に一刃送りが極端に小さくなることが工具摩耗を促進するため,送りの加減速性能の向上が重要であり,本機の優位性を明らかにした. 第3章の「往復カッタパスの生成とその切削特性」では,第1章で提案した往復送りカッタパスの生成方法について言及し,その方法で作成した往復送りパスと汎用パスの比較実験によって,往復送りカッタパスの優位性について述べている.さらに往復送りカッタパスの改善についても検討している.加工形状をスライスして得られる断面を,順次往復加工によってジグザグに塗りつぶす等高線加工パスとそのNCデータ作成に光造形CAMを改造して用いる方法を提案し,同時2軸以上の軸制御を用いる曲線加工パスに対して加工機送りの追随性の問題を少なくできるため高速送りが可能となること,さらにNCデータの簡略化,データ量の削減が可能であることを確認した.また往復加工における方向転換の端部をR経路とすると送り動作を滑らかにでき,送りの高速化,高精度化が実現できること,往復加工のストローク長が平均送り速度(実加工時間)へ及ぼす影響は大きいことを示した.また加工目的に合わせて送り駆動系のサーボパラメータを,NCデータ中で随時変更する方法について検討し,僅かな加工時間の延長で加工精度の向上が達成できることを示した. 第4章の「コーテッド超硬ボールエンドミルによる10万回転超高速ミーリング」では,第2章で開発した超高速ミーリング機を用いて,コーテッド超硬ボールエンドミルを用いたプリハードン鋼の高速ミーリング実験を遂行し,各種切削条件が工具摩耗に及ぼす影響について考察している.その結果,工具回転数10万min-1の高速切削条件で十分実用的な鋼材加工が可能であること,高速ミーリングにおける工具摩耗は工具外周切れ刃部の逃げ面で大きく最大となること,平面加工における切削面粗さを決定する工具中心付近の工具摩耗は,外周部の摩耗に比べて少ないため,最大逃げ面摩耗幅の進行ほどには面粗さの悪化は無く,安定した面粗さが得られること,最大実切削速度と工具寿命の関係から求めたV-T曲線はおよそV・T0.34=800で表され,従来則で説明可能なこと,最大逃げ面摩耗幅は切れ刃の最外周点の接触弧長さから求めた累積実切削距離に依存し,一刃送り量Sz,ピックフィード量Pfには関係しないことを明らかにした. 第5章の「高速ミーリングにおけるツーリング振れが切削性能に及ぼす影響」では,高速ミーリングにおける工具の振れが切削性能,特に工具摩耗および切削面粗さに及ぼす影響について検討している.また,工具振れを調整可能とした工具ホルダを試作して,その効果について検討している.その結果,工具振れは,基本的には工具摩耗へは影響せず,切削面粗さのみに影響することを示し,また試作した防振ホルダは機上で工具振れの微調整が可能で,工具振れを小さくしたことと防振の相乗効果によって,良好な切削面が得られることを示した. 第6章の「超高速ミーリングにおける切削油剤の効果」では,超高速ミーリングにおける切削油剤の効果について,水溶性クーラント,オイルミストの適用効果について,乾式切削と比較しながら検討している.その結果,水溶性クーラントは,切れ刃の冷却作用が切れ刃と被削材が接触している実切削時には得られず,逆に非切削時に切れ刃を強制冷却するために,温度差が大きくなりかえって熱衝撃による工具摩耗を増大させること,オイルミスト供給によりその供給方法を工夫すれば工具寿命の延長,切削面粗さの向上が期待でき,特に実加工にしばしばみられる低速送り時の工具摩耗の増大を抑制できることを示した. 第7章の「CBNボールエンドミルによる超高速ミーリング特性」では,金型実加工を考慮した場合に工具寿命の延長が期待できるCBN工具の適用効果について検討している.さらに,適用切削条件の検討と工具摩耗特性,ラジアスエンドミルの適用効果について言及している.その結果,主軸回転数10万min-1の鋼材の超高速ミーリングにおいて,CBN工具の寿命試験から,工具半径R2.0mmの適用で累積切削距離7000m,累積切削時間400minが,R3.0mm工具で累積切削距離4000m,累積切削時間260minの長寿命加工が実現でき,R1.0mm程度のコーテッド超硬工具の工具寿命に比べて一桁以上も高い寿命が得られることを示した.またCBN工具の適用条件は,チッピングを防止するための小切り込みと,許容できる実切削速度の上限が数百m/minでも可能であることから,浅切込み,高回転,高速送りとすべきであること,R1.0mm以下の小径工具はその製作が困難であり,現状では実用に対して課題は多いが,工具の製作と工具剛性の不足による折損の問題が解決できれば,実用的に十分有用であること,金型の最小R形状から小径工具が必要となる金型実加工において,ラジアスボールエンドミルの適用が有効であることを示した. 第8章の「金型実加工への適用事例」では,本研究で開発した超高速ミーリング機を用いて往復送りカッタパスを用いた金型実加工への適用事例について示し,明らかになった課題とその対策を検討した.コンロッド鍛造用金型およびPHS射出成形用金型への適用実験から,R1.0mmコーテッド超硬工具を用いた主軸回転数10万min-1の超高速ミーリングが可能であることを確認し,加工時間の短縮を実現した. 第9章の総括では,本論文の各章で述べた研究結果をまとめ,研究の成果と今後の展望について述べている. |