学位論文要旨



No 214236
著者(漢字) 横田,秀夫
著者(英字)
著者(カナ) ヨコタ,ヒデオ
標題(和) マイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡システムの開発
標題(洋)
報告番号 214236
報告番号 乙14236
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14236号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 助教授 鈴木,宏正
 東京大学 助教授 佐久間,一郎
 東京大学 助教授 相良,泰行
内容要旨

 本論文は,物体の内部構造の観察法として,試料を切断して,その断面画像を元に試料の立体画像を構築してその内部構造の観察をおこなうマイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡システムの開発についての研究成果である.

 第1章では,現存する物体の3次元構造の解析法について考察をおこなった.従来の観察法に於いては,非破壊,破壊の2種類の観察法があり,対象物により使い分けをおこなっていた.しかし,これらの観察法を用いても,ミクロンオーダの精度で物体の詳細な立体構造の解析をおこなうことが困難であることを示した.

 第2章では,試料の内部構造を目的として,破壊検査である切削加工と断面観察法を組み合わせておこなう観察手法を提案した.また,従来本法が用いられて来なかった理由について考察し,試料断面の観察法と試料の切削がその要因であると仮定し,予備実験をおこなった.予備実験により,試料断面から色情報を得ること,観察に耐えうる試料断面を切削により得ることが出来た.試料断面の観察では斜め方向から試料に光を照射する偏射光学系を用いることにより試料の色情報を得ることが可能であることを示した.また,照射する光の方向を制御することにより,切削によるナイフマークの影響を低減することが出来ることを示した.さらに,試料断面の切削は,刃のすくい角,切削速度により断面の精度が影響を受けることを明らかにした.この実験結果により,本論文で提唱するマイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡の開発が可能であるとの確信を受け,研究を進めた.

 第3章では,予備実験により得られた結果を基に,試料の内部構造を観察する装置を構築し,試料の内部構造の観察をおこなった.また,得られた断面画像を元に,ボリュームレンダリング法を用いて,立体画像を画像処理装置内に再構築することに成功した.このことにより,本論文で提案したマイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡システムか構築可能であり,試料の内部構造の観察に適していることを明らかにした.

 第4章では,第3章の成果を元に,観察試料の対象を広げること,大型の試料観察により得られる色情報を元としたフルカラーの立体画像の構築を試みた.観察対象が大きくなる事から,マイクロスライス部の設計には,第3章で開発した装置を用いておこなった切削トルクを基にモータ,主軸,ナイフホルダの設計をおこなった.また,試料送り機構にバネを用いた予圧機構を用いることにより,大型の試料の送りを実現した.また,観察した断面画像を基にフルカラーの立体像を構築した.開発した大型観察装置を用い,生物試料の代表例としてマウス全身の観察をおこなった.観察により,実際には切断していない断面や,試料の色情報に基づいた特定の部位の抽出をおこなうことが可能であった.また,同一の試料を用いてCT,MRI,エコーなどの医療で用いられている検査法との比較をおこなった.その結果,本装置による観察は,その他の観察法に比べて高い分解能を有し,試料内部の色情報を得ることが出来る利点が明らかとなった.

 第5章では,蛍光を用いた観察法をマイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡に採用することが出来るか検討を行った.また,蛍光観察に伴い,観察装置の高精度化に着手した.観察対象に凍結包埋,パラフィン包埋に加え,樹脂包埋を用う事により,0.5mの試料切削を可能とした.また,切削のために,刃の検討も合わせておこなった.構築した装置は観察に用いる波長の大きさ以下の0.2mのビーズを検出することが可能であった.構築した装置を用いて試料の観察を試みた.蛍光染色した試料の構造をミクロンの精度で観察することに成功した.また,試料の自家蛍光を利用して染色作業をせずに試料の内部構造を明らかにすることにも成功した.さらに,肉眼では観察することが出来ない,生体試料内部の発現遺伝子の局在を本装置を用いて明らかにすることが出来た.この様に,蛍光観察法を用いた3次元内部構造顕微鏡システムにより,試料内部の特異部の観察をおこなうことが可能となった.

 第6章では,これまでに述べた成果を集結した装置の開発について検討を行った.具体的には,マイクロスライス部はマクロ・ミクロの試料の使用が可能であり,試料送りは最小0.5mを実現した.また,観察法には,同一試料断面から白色光・蛍光観察が可能な光学系を提案し,シャッターの開閉により高速に白色光と蛍光の切り替えを可能とした.この観察法により,試料内部を白色光,3種類の蛍光の4つの情報で観察することが可能となる.さらに,第5章で述べた装置の弱点である,試料内部での特異部の配置を観察することが可能となった.さらに,この観察法に適した画像処理法について提案をおこなった.白色光,蛍光の画像情報を基に,ボリュームレンダリング法の透明度を設定することにより,試料内部の特異部を分かりやすく表示する手法を示した.

 第7章では,マイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡装置に適した試料の処理方法について検討を行った.試料切片作成法,電子顕微鏡用切片作成法などとの比較をおこなった.その結果,試料の色情報を変化させずに迅速に処理が可能な凍結包埋法が適していることを考察した.また,包埋に使用する凍結包埋剤の開発をおこなった.3次元内部構造顕微鏡の凍結包埋剤として求められる条件を挙げ,その条件を満たすべく,包埋剤を試作した.試作した包埋剤の切削性,未凍結時の粘度(操作性),凍結時の不透明性(下層の透けの除去)に注目して評価を行った.その結果,市販の凍結包埋剤に比較して,本システムに適した包埋剤を開発した.

 第8章では,本システムに適した画像処理法について検討を行った.試料の立体画像の構築法について考察し,試料の内部情報を用いることの出来るボリュームレンダリング法のレイキャスティング法を採用した.本システムで得られる画像は,X線CTや,MRI等のデータとは異なり,フルカラーの色情報を持っている.そこで,フルカラーの立体画像を構築するために,試料の色情報を基に透明度の設定をおこなうことを提案した.透明度の設定をさらに進めることにより,実際には切断していない任意断面や,特定の部分の抽出が可能となった.さらに,透明度の設定を進めることにより,第6章にて開発した装置により得られる白色光・蛍光の断面画像から試料全体,とその特異部の構造を観察することにも成功した.また,得られた断面画像を基に試料の計測についても検討を行った.本システムにより得られた断面画像は試料の内部の情報も有している,そのため,従来測定することが困難であった,試料内部の体積の計測(例えば種子)をおこなうことが可能であった.また,測定精度の検討には,観察の分解能を変化させることが有効であることを示した.

 以上のように,本論文で提案したマイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡を構築することが出来た.また,観察対象を広げるために装置の開発をおこない,大型の試料,試料内部の特異部の観察を可能とした.また,合わせて試料の処理方法,画像処理法について検討を進めることにより,実際に試料の内部構造の観察が可能なシステムを構築することが出来たと考えられる.

審査要旨

 本論文は,「マイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡システムの開発」と題し,物体の内部構造の観察法として,試料を切断してその断面画像を元に試料の立体画像を構築してその内部構造の観察を行う観察装置と観察法の開発についての研究成果をまとめたものである.

 論文は第1章から第9章で構成されている.第1章は,従来の3次元構造の観察手法,解析法を破壊検査と非破壊検査に分けて検討し,従来の観察法では,ミクロン単位の精度で詳細な立体構造の解析を行うことが困難である現状を示した.

 第2章では,試料の内部構造を目的として,試料を切断して,その断面画像を獲得し,試料の立体画像をコンピュータで構築してその内部構造の観察を行う観察手法を提案した.そして,予備実験装置の設計・製作.実験を行い,本論文で提唱するマイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡の実現が十分に可能であることを示した.

 第3章では,予備実験により得られた結果を基に,試料の内部構造を観察する装置の設計,製作,検証を行った.試作した装置の試料送り性能,切削性能を調べ,構築した装置を用いて植物等の生体試料の観察をおこなった.また,得られた断面画像を元に,ボリュームレンダリング法を用いて,立体画像を再構築した.提案したマイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡システムの有効を実証した.

 第4章では,観察試料の対象を広げることを目的として,大型の試料観察装置の開発とフルカラーの立体画像の構築をおこなった.装置は,第3章の装置の条件を基に構成要素の設計条件を設定して製作を行っている.試作した大型観察装置を用い,マウス全身の観察を行い,観察した断面画像を基にフルカラーのボリュームレンダリング法により,立体画像の構築に成功した.また,同一の試料を用いて,CT,MRI,超音波エコーとの比較を行い,開発した装置がより高い分解能と,色情報を得ることが出来る利点を明らかとした.

 第5章では,試料内部の特異部の観察の為に,蛍光観察法の採用を検討した.試作した装置は,蛍光染色した試料内部の特異部の構造をミクロンの精度で観察することに成功している.また,試作した装置により,肉眼では観察することが不可能な,生体試料内部の発現遺伝子の局在を観察することにも成功している.

 第6章では,大型小型の試料で白色光と蛍光観察が可能な装置について試作検討をおこなった.マイクロスライス部はマクロ・ミクロの試料の使用が可能であり,試料送りは最小0.5mを実現した.観察法には,同一試料断面から白色光と蛍光観察が可能な光学系を提案し,試作装置は,試料の断面から白色光と3種類の蛍光,合計4つの情報を高速に得ることを可能とした.また,白色光,蛍光の画像情報を基に,画像処理の不透明度の設定により,試料内部の特異部を分かり易く表示する手法を提案し,試料内部の特異部の局在を明らかにした.

 第7章では,マイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡装置に適した試料の処理方法について,試料切片作成法,電子顕微鏡用切片作成法との比較を行い,本観察法には,凍結包埋法が適していることを考察した.さらに,凍結包埋剤に求められる条件を設定して,市販の凍結包埋剤と比較して,安価でかつ本観察法により適した包埋剤の開発を行った.

 第8章では,画像処理法について検討を行っている.試料の立体画像の構築法について考察し,試料の内部情報を用いることの出来るボリュームレンダリングのレイキャスティング法を採用した.本システムで得られるフルカラーの断面画像を生かす為,試料の色情報を基に不透明度の設定を行う方法を提案し,検討を行った.この方法により,試料の立体画像の構築や,実際には切断していない任意断面画像の構築,特定の色部分の立体画像の構築に成功した.また,断面画像を基に試料の計測についても検討を行い,試料の体積,表面積の測定に成功した.第9章では,本論文を総括し,本研究で得られた成果をまとめ,今後の研究課題と展望について述べている.

 以上のように,本論文では提案したマイクロスライサを用いた3次元内部構造顕微鏡の構築に成功している.また,観察対象を広げる為に各種装置の開発を行い,大型の試料,試料内部の特異部の観察を可能とした.また,合わせて試料の処理方法,画像処理法について検討を進めることにより,実際に試料の内部構造の観察が可能なシステムを構築することに成功している.本研究で開発した観察手法と装置は,種々の生体物質の内部構造の解明に貢献できることが期待でき,工学ならびに生物学,医学,農学等の発展に大きく寄与するものと言える.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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