学位論文要旨



No 214237
著者(漢字) 松岡,甫篁
著者(英字)
著者(カナ) マツオカ,トシタカ
標題(和) 高速ミーリングにおけるボールエンドミルの切削特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214237
報告番号 乙14237
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14237号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 教授 鯉淵,興二
 東京大学 教授 長尾,高明
 東京大学 教授 横井,秀俊
内容要旨

 本論文は,金型部品等の製作において,大幅な高精度,かつ高能率効果が期待できる切削加工技術として注目されている高速ミーリングにおいて,最も重要な課題であるボールエンドミルの工具寿命に関するものである.

 従来の金型製作は切削加工と放電加工とみがき作業と組立調整の工程を経ており,加工工程の複雑化とリードタイムが長くなるなどの問題を抱えていた.このような金型製作上の問題点を解決するには,放電加工で行っていた高硬度鋼の複雑な曲面形状などを高速に切削できる技術,いわゆる高速ミーリング導入への期待が集まっている.そこで金型の高速・高精度化を実現するための高速ミーリングにおけるボールエンドミル切削技術を究明し,ボールエンドミルの高速ミーリング加工に関して必要とされる工具技術を集大成し,金型加工の高速ミーリング技術を確立する上での基盤的な研究を行った.本論文の主眼点は,

 (1)超硬合金ボールエンドミル特有の高速切削特性および摩耗特性を把握する.

 (2)実切削に多いボールエンドミル曲面切削における工具摩耗と加工誤差の関係を明らかにする.

 (3)cBN焼結体ボールエンドミルの工具摩耗と工具材種,および形状について,各種切削実験を行って調査し最適な工具設計の提案を行う.

 (4)金型部品に適用している高硬度鋼を,cBN焼結体ボールエンドミルによる高速切削を行って,その有効性を調査する.

 (5)鋳鉄のcBN焼結体を切れ刃とした正面フライスの高速切削特性、および摩耗特性を把握する.

 ことにあり,金型材用のボールエンドミルについて工具摩耗の進行状況を明らかにするとともに,cBN工具の可能性の追求を行ったものである。

 本論文は,序論および総括を含めて全7章から構成されている.

 第1章の"序論"では,まず高速ミーリングについて,技術的背景と課題について述べている.すなわち,高速ミーリングは,高速型マシニングセンタ,切削工具,および高速ミーリング用プログラミングなどで構成されており,いずれの分野でも発展途上であるが,特に切削工具の開発は急務とされていることを述べている.

 第2章の"超硬ボールエンドミルの高速ミーリング切削特性"では,最も多く用いられている市販されている標準品の超硬合金のボールエンドミルについて,高速ミーリングにおけるボールエンドミルの切削特性と工具摩耗の特徴および寿命判定について行った検討結果について述べている.すなわち,ボールエンドミル加工は,旋削加工に比べると熱的工具損傷に対して優れており,高速ミーリングに適した加工法である.また,HRC45以下の金型用鋼材では,高硬度の方が工具摩耗は少なく刃先が熱的に劣化しない限りできるだけ高速で切削することが工具摩耗の上で有利なことを述べている.さらに,切削速度が15000rpm以上の回転数でほぼ一定で良好な仕上げ面粗さ精度を示すが,より高速切削の方が有利であることを述べている.注目すべき結果としてボールエンドミルの切削速度と工具摩耗の関係において,低速域では切削速度が高まるほど工具摩耗が少なく、中速域では安定した摩耗状態を示し,高速域ではテーラー式通りの切削速度の増加によって摩耗が進行するU字形状の工具寿命曲線となることを確認したことである.また,さらに高硬度なHRC55の焼入れ鋼の切削では工具寿命が短くなり,HRC60ではさらに短寿命になるが適当な加工条件の選択により,HRC55程度の金型用鋼材ならば超硬合金ボールエンドミルでも十分適用ができることを検討結果として述べている.

 第3章の"曲面のボールエンドミル切削および形状精度"では,ボールエンドミルの主要な用途である曲面切削において工具摩耗が加工精度に及ぼす影響について検討した結果を述べている.すなわち、切れ刃の摩耗の進行とともに切削抵抗が増すため,切削長とともに形状誤差は増える.さらに,高速ミーリングで摩耗が少ないといわれている浅切り込み高送りの切削条件では、初期の形状誤差は劣っても,長時間切削を行っても摩耗が少ないため良好な形状精度が得られている.切削速度が曲面加工精度に及ぼす影響についても検討し,速度を高速化するほど形状精度は向上し,また工具摩耗が少ないことを確認した実験結果から,高速ミーリングが加工精度の面でも有利であることを述べている.

 第4章の"cBNボールエンドミルの工具材種と工具形状"では,cBN焼結体のボールエンドミルについてcBN焼結体の種類,およびそれぞれの工具摩耗特性について検討した結果について述べている.すなわち,切削速度が800m/min.を越える高速切削において低含有率cBN焼結体工具ではすくい面側にも摩耗が発生し工具寿命が短く,高含有率cBN焼結体工具の方が耐摩耗特性は高い結果を得た.さらに,cBN焼結体のボールエンドミルの刃先形状についても検討し,刃先に負のすくい角をつけることによりチッピング発生はある程度抑制でき、負のすくい角による切削性の劣化は切削速度の高速化により償える実験結果について述べている.それらの結果から負のすくい角と切削性の良好な中心刃を有し再研削の容易な小径ボールエンドミルを提案したことを述べている.さらに新しく設計したcBN焼結体ボールエンドミルによる切削実験で,仕上げ面粗さが改善された結果について述べている.

 第5章の"cBN焼結体ボールエンドミルの高速切削特性"では,cBN焼結体と超硬合金ボールエンドミルについて切削速度と工具寿命に関して比較検討を行いcBN焼結本の優れた工具摩耗特性を確認した結果について述べている.さらに高含有率cBN焼結体のボールエンドミルによるプレハードン鋼切削における実切削速度と逃げ面最大摩耗幅の関係は,極端な低速域を除いて,切削速度の増大に伴い摩耗も増加する傾向を示したが,反面切削面の粗さは,549〜1292m/min.の実切削速度の範囲で安定しており低速域では悪いとした検討結果について述べている.高含有率cBN焼結体ボールエンドミルによる焼入れ鋼切削では最初は低速域でも高速域でも比較的大きな摩耗幅を呈したが,工具摩耗形態の観察で早期なチッピングが発生が見受けられ,刃先にかかる負担を減少させるため切り込み量とピックフィード量を減少させた切削条件の切削で,高速切削速度ほど摩耗が少ない結果を得たことを述べている.

 第6章の"cBN焼結体による鋳鉄の高速正面フライス"では,鋳鉄切削におけるcBN焼結体の高速ミーリング特性を把握する目的で,高速切削用フェースミルを設計し,それによる切削特性と摩耗形態について検討した結果について述べている.さらにフェースミルで鋳鉄を高含有量cBN焼結体を工具材種に用いた切削では,1500m/min.〜2000m/min.の切削速度範囲において摩耗が他の条件に対して少なく,効率的な加工ができる興味深い実験結果について述べている.さらに、刃先処理が工具寿命に及ぼすことについても切削実験結果の検討について述べている.

 第7章は,以上述べてきた内容について総括した本論文の結論である.

 以上要約すると本研究では,ボールエンドミルの高速ミーリングについて工具摩耗を究明しU字型の工具摩耗曲線になることを明らかにした.更にcBNボールエンドミルの高速ミーリングについて検討を行い工具材種と工具形状の新しい提案を行うなど,金型加工法を革新する有効な手段であるボールエンドミルの高速ミーリング技術が今後進展してゆくための基本的な技術指針を明らかにするなどの成果を得た.

審査要旨

 金型技術は工業製品の製造において欠くことの出来ない基盤技術であるが、近年新製品開発競争が激化する中で、迅速な金型生産が要求されている。金型は多くの自由曲面を持ち、その加工はボールエンドミルによる切削加工によって行われることもあり、加工に長時間を要する問題点を抱えている。これに対し、工具回転を高速化した高速ミーリングが、加工時間の短縮に大きく寄与することが知られているものの、金型に使用される硬質の鋼材を高速に切削したのでは、発熱による工具損耗が加速することが懸念されていた。この問題を解決するには、ボールエンドミル加工による切削加工特性と工具の摩耗現象を根本より再検討する必要があった。

 本研究はこのような背景のもとに、一般に使用されている超硬合金ボールエンドミルで硬質鋼材の高速切削を行った時の工具損耗特性を明らかとすると共に、将来の工具材料として期待されているcBN工具に対し、その基本的摩耗現象を明らかにして高速ミーリングの適応性を明らかにする研究を行ったものである。

 本論文は「高速ミーリングにおけるボールエンドミルの切削特性に関する研究」と題し、序論と総括を含め全7章より成り立っている。

 第1章では、金型加工における高速ミーリングの必要性を述べ、特に解決すべき課題として工具損耗が最も主要なものであること、しかしこれまでボールエンドミル切削の研究やデータがほとんど存在していないことを述べている。さらに、使用される超硬合金やcBN工具材の切削時の摩耗損傷についての過去の研究を概説し、本研究を進める上での既存技術を明らかとしている。

 第2章では、基本的なボールエンドミルの高速加工時の摩耗特性を、金型用鋼材と超硬合金工具の組み合わせにおいて実験的に明らかにしている。その結果、高速加工の方が表面粗さは良好で工具寿命は長いというこれまで予想されたものとは逆の結果を得ている。その原因を追求し、工具摩耗は中心刃付近と周辺部では異なることを明らかにしている。即ち中心刃付近は切削速度は低速のため摩耗は少なく、被削面粗さは工具中心刃の摩耗に対応して劣化するのに対し、外周部は高速化すると共に摩耗は増大しても被削面粗さには関与しないことが一因であるとしている。さらに、中心刃付近の低速域では速度の増大が、切屑を薄くし切屑排除を容易にしたり、切刃の接触時間を短縮するために、かえって摩耗を減らすとしている。結局切削速度に対し摩耗特性はU字型を示すことを明らかとしており、比較的小径工具を使うボールエンドミル加工は、低速で摩耗の少ない中心刃付近を使用することが多いため、高速ミーリングに極めて適した加工であるとしている。

 第3章では、ボールエンドミル加工を金型のような曲面加工に適用した場合について調べている。この場合工具周辺部が限界速度を越せば、急速に摩耗が進行するものの、それ以外の速度領域においては、高速加工の方が加工精度が良好であることを明らかとしている。つまり切れ味の悪い中心刃で切削を行う時、切削抵抗が増大し、工具や工作機械に変形を与える。この時低速切削程摩耗が大きくなり、切削抵抗が増大するため、中心刃の切れ刃摩耗の少ない高速切削の方が形状誤差が減少するとしている。また平面のボールエンドミル加工に比べて、曲面加工では工具全体の切れ刃で切削するため工具寿命が長くなる結果も得ている。

 第4章では、更なる高速化時代の到来に備えて、将来の工具材として期待されているcBN工具について、硬質金型鋼のボールエンドミル切削実験を行い、摩耗特性を把握し、高速ミーリングへの適用の可能性を調べている。先ず、これまで普通に使われている低含有率cBNでは、バインダの耐熱性が不足するため高速ミーリングには耐えられないことを示し、バインダ量の少ない高含有率cBNの工具を使いこなす必要があることを示している。切削条件を適切に選べばかなりの長寿命を示し、また切削面も良好であることを明らかとした。しかし、硬質金型鋼ではチッピングの発生し易いことも問題点として指摘している。

 第5章では、高含有率cBN工具のためには高速ミーリング用ボールエンドミルの新たな形状設計が必要であることより、中心刃処理、チップロウ付け性、刃先研削、工具剛性に配慮した新構造のボールエンドミルを提案している。この中で特にチッピング防止の観点より、あえて大きな負のすくい角をもつ切刃の採用の可能性について追求し、負のすくい角により劣化した被削性は、高速化により向上する被削性で償えることを明らかにしている。

 第6章では、自動車プレス金型に用いられる鋳鉄のエンドミル加工を調べるため、cBN工具を用いた表面フライス切削を用い、速度と摩耗の関係を追求し、さらにボールエンドミル切削では得られていない限界切削速度を求めている。この場合は連続切削に近い状態ではあるが、1500〜2000m/minの領域で摩耗が少ないこと、さらに限界速度が3000〜4000m/minに達することを明らかとしている。

 第7章では総括として、これまでの研究成果をまとめているが、種々の実験研究で得られたボールエンドミル切刃の摩耗現象が、従来のTaylorによる摩耗と工具寿命の関係では表せないものが多くあること、およびこれがボールエンドミル特有の現象であり、かつ高速ミーリングの好適応性に通じていることを指摘している。

 以上要するに本論文は、ボールエンドミル工具による鋼硬質材の高速切削において、多くの実験を行うことによりその摩耗特性を調べ、これまで指摘されたことのない多くの新しい現象を明らかにすると共に、高速ミーリングを実施するための工具の提案等を含め有用な多くの指針を与えるもので、切削技術や金型加工技術を発展させる上で有用な研究を行ったものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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