学位論文要旨



No 214239
著者(漢字) 高橋,俊典
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,トシノリ
標題(和) せん断加工を応用した複雑形状マイクロ部品成形に関する研究
標題(洋)
報告番号 214239
報告番号 乙14239
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14239号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 助教授 黒澤,実
内容要旨

 本論文は,せん断加工を主体とする工法によって複雑形状マイクロ部品を成形することを目的として行った研究成果をまとめたものである.

 マイクロ加工はマイクロ部品の成形技術である.その範囲は,LIGA技法等に代表されるナノメータオーダの加工からマイクロメータないしミリメータまでの加工と幅広い.現状,実務的観点から重要なものは,機器の小型化に伴う部品のマイクロ化と,医療分野のように機能自体が必要とするマイクロ化であり,大きさの範囲は数十マイクロメータから1ミリメータ程度である.この分野の部品成形は各種機械加工,ビーム加工等によって行われており,機能と精度向上を目指した絶えざる研究が進められている.

 現在のマイクロ化に関する研究は寸法と形状,及び精度の観点に重点が置かれており,それ自体は極めて重要である.今後,部品のマイクロ化の拡大を考えるとき重要なことは形状の多様性と生産性の両立であろう.すなわち,ある程度の大量生産に耐える技術開発が必要ということである.ここでとりあげるせん断加工は大量生産と繰り返し精度の安定性を旨とする加工法である.本研究はこうした観点から,せん断加工を主体とする工法によって複雑形状マイクロ部品を成形することを目的として行ったものである.

 本研究は新たな加工システムの提案とその検証を行っており,論文は10の章から構成されている.

 第1章の序論では,マイクロ加工の現状の展望を行い,今後必要とされる研究の方向を示している.特に医療工具に代表される複雑形状マイクロ部品の成形の重要性を指摘し,多くの人々がマイクロ化の恩恵に浴すためには生産性を重視したマイクロ加工に注目すべきことを述べている.このため,せん断加工を主体とする工法の意義を述べるとともに,この分野の研究が少なく,加工機構に関する基礎的研究が不可欠であり,その結果に基づき具体的加工システムを構築することが必要であることを述べている.

 第1章の考えに基づき,第2章から第4章では微細せん断の加工機構に関する基礎的研究の結果を述べている.

 第2章では,加工中のパンチ変形を取り扱っている.微細せん断では細長いパンチが頻繁に使用される.こうした工具は変形しやすく,せん断条件を設定値とおりに保つのは難しい.したがってこの工具の変形を知ることが極めて重要である.そこで新たな計測手法を提案し,その結果に基づく変形状態の解析結果を述べている.すなわち,パンチ側面に貼った2カ所・4枚のひずみゲージ出力を用いてパンチ変形の解析を行い,この結果が光学的精密計測装置による値と一致することを確認し,手法の妥当性を示している.さらに本方法を用いて,クリアランス,板押さえ等のせん断条件とパンチ変形の関係を明らかにした.すなわち,両端固定の条件では,クリアランスの小さい側から大きい側へ曲がり,偏心クリアランスを是正する作用が働く.また,両端支持の条件であってもパンチ寸法とクリアランスを適切に設定すれば偏心是正作用が働くことを明らかにした.

 第3章は材料から工具に作用する加工力について検討したものである.ここでは加工力成分を分離して正しく計測できる新たな測定装置を用いて,せん断時の垂直力,側方力を詳細に計測している.その結果,はさみ形の条件では側方力がクリアランスとともに大きくなること,両端固定の条件ではクリアランスの減少につれて逆に大きくなることを明らかにした.さらに偏心クリアランスがある場合,はさみ形せん断では偏心を助長してしまうこと,両端固定のせん断では是正することを示した.また,偏心是正作用を積極的に行う低弾性材料によるパンチ保持法を提案している.

 第4章ではせん断時の材料変形の解析を行っている.この目的のためVisioplastcity法にフーリエ位相相関法を適用し,短時間で高精度な解析ができる手法を確立した.本手法は従来から不可欠とされている材料面のマーキング操作を不要とし,かつ大変形にも十分耐える方法であり,多くの材料変形研究に寄与できる手法でもある.本手法を用い,広範なせん断条件における材料変位分布とひずみ分布の解析より多くの知見を得ている.慣用せん断においては加工条件の影響を調べ,小クリアランスでは,ひずみがクリアランス近傍に集中することを定量的に明らかにした.さらに微細せん断の観点から工具と材料の寸法比の影響を調べ,この比が1以下ではせん断機構が大きく異なり,パンチ側面に向かう材料流動が著しく,この部分に大きな力が作用することを明らかにした.また,ファインブランキングで用いられるV字形突起付板押さえが材料不足を生じやすいクリアランス部へ材料供給を行い,当該部の静水圧を高める作用を明らかにした.

 上記結果を踏まえ,以下第5章から第9章では,新たなマイクロ加工法の提案と専用加工システムの構築結果を述べている.

 第5章ではせん断を主たるマイクロ成形手法とする観点より,厚みを持った素材の成形の基礎を調べている.特に丸線材を素材として用いることを想定し,丸線の半割せん断,片面せん断,両面同時せん断を行っている.そして,クリアランスを小さくすることで破断面が小さく,形状精度のよいせん断が可能なこと,素材の拘束とせん断機構の関係から工具に大きな側方力が作用すること,複数回のせん断で多面創成が可能なことを示した.さらに材料・製品の取り付け・取り出しが容易にできる金型を提案した.

 第6章では第5章の結果を受けて,丸線素材から単型を用いて複雑マイクロ製品の成形を試み,汎用的な工法として使えることを示している.多くのマイクロ製品より比較的形状の一般性を持つ道具・部品として医療用の鉗子をとりあげた.これは現状切削加工で製作されており,最小加工指定部寸法は30マイクロメータ程度と微細なこと,用途に応じ種類が多岐にわたることなどの理由で選定されたものである.そして工法として,丸線材より平坦部を創成する鍛造加工,小穴,わに口部,外周部等を創成するせん断加工,ダボ創成技術としての半抜き加工を用いて,標準的形状は3工程でできることを示した.なお概略ではあるが,本手法によれば従来法に比べ,経費,製作時間ともに約百分の1程度となり,当初の目的である生産性を十分満足することを示した.

 単型成形の欠点は形状多様性に乏しいことである.第7章ではこうした欠点を排除し,元来の目的である生産性と形状多様性を真に両立させるものとして,タレット方式の成形システムの提案・試作を行っている.これはタレット上に複数工具を用意し,この工具選択と材料の加工位置指定で多様な形状を創成するものである.なおパンチ・ダイ工具が同期回転するステージも加わり加工の多様性をさらに増している.実際に鉗子部品の成形を行い,その有効性を確認している.精度は移動機構が持つ誤差から算出される値となり,実際の繰り返し精度は,実用上問題ない約12マイクロメータ以下となった.この幾つかの創成実験より,かなり多様な形状をプログラム変更のみで創成できる本システムの特徴を明らかにした.

 第8章では微細製品のバリ取り手法の検討結果を述べている.複雑形状製品に適合するバリ取り法として磁気研磨をとりあげ,鉄粉とダイヤモンドからなるメカニカルアロイング研磨材を用いる新たな手法で微細なせん断バリが完全に除去されることを示し,適切な条件選定の指針を示した.

 第9章では微細パンチの耐久性向上の検討結果を述べている.微細パンチが材料から受ける力は大きく,生産性の観点より摩耗対策が必要である.微細パンチに関しては通常の表面処理は寸法変化が危惧されること,処理が煩雑なことより表面にピーニング処理してマイクロオイルプールを設ける新たな手法を提案・検討した.この結果,パンチ側面の摩擦力を大幅に低減でき,欠損防止効果もあることを示した.

 第10章は第2章から第9章で述べられた本研究の微細成形としての工学上の位置付けについて,特に微細化と形状多様性について従来研究の結果をも踏まえ,詳細に検討したものである.

 以上のごとく,本論文は加工のマイクロ化の中で,形状の多様性のみならず,生産性に注目し,せん断加工を主体とする複雑形状製品の創成技術について研究したものである.

 特に寸法精度に優れる丸線を素材として,タレット方式加工システムで多様な形状を迅速,かつ安価に製作できることを示した.また,こうした技術を支えるせん断加工機構の研究の面から,新たな解析手法の提案を行っている.

審査要旨

 本論文は「塑性加工を応用した複雑形状マイクロ部品成形に関する研究」と題し,せん断加工と鍛造加工を併用した工法により複雑形状マイクロ部品を成形することを目的として行った研究成果を纏めたものである.

 論文は10章から構成されている.

 第1章「序論」では,マイクロ加工の現状を展望し,今後必要とされる研究の方向を示している.特に,多くの人々がマイクロ化の恩恵に浴すためにはある程度の大量生産に耐える技術の開発が必要であることを述べ,そのための手法としてせん断加工,鍛造加工を併用した塑性加工による工法を提案している.

 また,この分野の研究が少なく,加工機構に関する基礎的研究が不可欠であり,その結果に基づき具体的加工システムを構築することが必要であることを述べている.

 第2章から第4章では第1章の考えに基づき,微細せん断の加工機構に関する基礎的研究の結果を述べている.

 第2章「加工中のパンチ変形」では,せん断加工中のパンチ変形について検討している.パンチ変形を計測するための新たな手法を提案し,その結果に基づき,せん断条件とパンチ変形の関係を示している.パンチの変形がパンチとダイの心のずれを是正する偏心是正作用が存在することを明らかにし,この作用が生じる加工条件を示している.

 第3章「加工力とパンチ移動」では材料から工具に作用する加工力について検討している.加工力成分を分離して正しく計測できる新たな測定装置を用いて,せん断時の加工力を詳細に計測し,その結果がパンチ変形の結果を説明することを述べている.また,偏心是正作用を積極的に活用することのできる低弾性材料によるパンチ保持法を提案している.

 第4章「材料流動とひずみ分布」ではせん断時の材料変形について検討している.短時間で高精度な解析が可能なVisioplasticity法を開発し,その手法が材料面のマーキング操作を不要とし,かつ大変形にも十分耐える方法でもあることを述べている.また,その結果を基に,広範なせん断条件における材料変位分布とひずみ分布について論じている.

 第5章から第9章では上記結果を踏まえ,新たなマイクロ加工法の提案と専用加工システムの構築結果を述べている.

 第5章「塑性加工による三次元微細素子成形のための基礎実験」では塑性加工によるマイクロ成形を行う観点より,厚みを持った素材の成形の基礎を調べている.

 特に丸線材を素材として用いることを想定し,丸線のせん断特性を明らかにしている.

 第6章「塑性加工による三次元微細素子成形」では第5章の結果を受けて,丸線素材から単型を用いて複雑マイクロ製品の成形を試み,汎用的な工法として使えることを示している.多くのマイクロ製品の中から研究目的に添った成形対象として医療用の鉗子をとりあげ,塑性加工によれば,標準的形状は3工程でできることを示している.

 第7章「デスクトップサイズの三次元微細素子プレス装置」では単型成形の持つ製品形状変更が容易でないという欠点を克服し,元来の目的である生産性と形状多様性を真に両立させるものとして,タレット方式の成形システムの提案・試作を行い,創成実験よりその有効性を確認している.

 第8章「磁気研磨法による微細部品のバリ取り」では微細製品のバリ取り手法の検討結果を述べている.複雑形状製品に適合するバリ取り法として磁気研磨をとりあげ,微細なせん断バリが完全に除去されることを示し,適切な条件選定の指針を示している.

 第9章「工具の耐久性向上」では微細パンチの耐久性向上の検討結果を述べている.微細パンチが材料から受ける力は大きく,生産性の観点より摩耗対策が必要であることを述べ,微細パンチに関しては通常の表面処理は寸法変化が危惧されること,処理が煩雑なことより表面にピーニング処理してマイクロオイルプールを設ける新たな手法を提案・検討している.この結果,パンチ側面の摩擦力を大幅に低減でき,欠損防止効果もあることを示している.

 第10章「塑性加工による微細成形技術の開発に関する総合検討」では第2章から第9章で述べられた本研究の微細成形としての工学上の位置付けについて,特に微細化と形状多様性について従来研究の結果をも踏まえ,詳細に検討している.

 このように,本論文でなされた研究は,塑性加工による複雑形状製品の創成技術を開発し,また,こうした技術を支える加工機構の研究の面から,新たな解析手法の提案を行ったものであり,今後の研究を展開する要素を数多く含んでおり,精密機械工業,及び精密機械工学の発展に大きく貢献するものと言える.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54103