学位論文要旨



No 214240
著者(漢字) 後藤,昭弘
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,アキヒロ
標題(和) 放電加工における放電生成物の状態制御と利用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214240
報告番号 乙14240
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14240号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 須賀,唯知
内容要旨

 1940年代に旧ソビエト連邦のラザレンコ夫妻により発明された放電加工は今では,金型等の加工技術として確固たる地位を築いている.放電加工は,主として自動車産業,家電産業,半導体産業などの金型加工の分野において利用されてきた.日本の産業の発展は金型なしにはあり得なかったといっても過言ではない.

 最近では,加工能率を良くするということだけでなく,より細かく均一な仕上げ面を得ることが望まれている.従来,金型製作などに放電加工が使用される場合には,その後に磨きの工程を行い放電加工面を除去するのが通例であった.しかし,昨今,粉末混入放電加工の開発などに見られるように,放電加工の仕上げ面がそのまま製品として使用されるまでに進歩した.その結果,放電加工の面性状に対する要求も厳しくなり,少しのしみ,傷なども許されないような状況となっている.

 また,近年切削加工の技術が進み,切削速度が向上するとともに,従来難削材といわれていた材料でも切削できるようになった.その結果,従来放電加工でも行われていた荒加工は徐々に切削加工へと移行しており,荒加工は切削,仕上げ加工あるいは複雑形状は放電加工という加工方法の住み分けがなされるようになってきている.このことも放電加工の面品質に対する要求が厳しくなってきた理由であると考えられる.

 以上のような状況を踏まえ,放電加工により生ずる放電生成物の放電加工特性に与える影響を調査し,加工特性を向上させるとともに,放電生成物の新たな利用方法について提案した.

(1)放電状態の解析

 放電加工の状態を判断する指標には様々な状態量が考えられるが,まず放電中の極間電圧波形により加工状態を判断することを検討した(図1).放電電圧波形より,放電遅れ時間(Td),放電時立下り時間(Ts),無負荷電圧平均値(Vo),無負荷電圧分散値(Vov),放電電圧平均値(Vs),放電電圧分散値(Vsv),休止電圧平均値(Vc),休止電圧分散値(Vcv)を状態量として選び,放電加工状態との関連で調べた.その結果,以下の知見を得た.

図1 放電状態検出パラメータ

 1.放電中の極間電圧波形から抽出した様々な特徴量のうち,放電中の極間電圧分散値(Vsv)が最もよく加工状態を反映し,放電のパルスを加工状態に応じて分類することができる.

 2.放電中の電圧波形に含まれる高周波成分(Vshf)による放電状態検出方法は,分散値による検出とほぼ等しい結果を得ることができ,実時間での検出が可能である.

 3.放電中の極間電圧の高周波成分(Vshf)により放電パルスは,3種類(OKパルス,NGパルス,ARパルス)に分類することができ,OKパルスは加工に寄与し,NGパルスは工作物にシミを作り,ARパルスは工作物にアーク痕を作るパルスであると推察できる.これは工作物へのカーボン付着に関係があると推察した.

 4.高周波成分(Vshf)による放電パルス分類に基づいた高速な加工条件制御を実加工に適用した結果,耐アーク性向上に効果があった.

 放電電圧高周波成分の大小の原因については未だ明らかとはなっていない点も多い.本論文では上記知見に基づき,工作物へのカーボン付着と関連があり,工作物のカーボンが付着している場所に放電が発生した場合には高周波成分が小さくなると結論づけた.したがって,高周波成分による放電状態検出装置は工作物へのカーボン付着を初期段階から的確に検出することができ,定常アークへ至るのを防止することができると考えられる.

(2)短絡状態の解析

 放電電圧の高周波成分により放電パルスをOKパルス・NGパルス・ARパルスに分類できることを示したが,この分類で区別できないパルスが短絡パルスである.短絡は電極と工作物との電気的接触であり,NGパルス・ARパルスと異なり,ある程度まとまって発生する.工作物へのカーボン付着は加工状態に影響を与えるが,短絡現象は,工作物へのカーボン付着の大きな原因の1つである.本論文では,短絡現象が発生した後の現象について解析し,以下の知見を得た.

 1.短絡電流により加工屑が集まり短絡ブリッジを形成する.そのため短絡が長時間継続し,加工速度の低下・電極の異常消耗などを引き起こす.

 2.電極と工作物が短絡した場合に電流を停止させる短絡電流防止回路により,加工屑の排出不良による極間短絡に起因する電極の異常消耗,および工作物へのダメージ(ピンホール,ピット)の発生を防止することが確認できた(図2).

 3.短絡ブリッジを破壊する短絡ブリッジ除去パルスにより,極間短絡現象を解消でき,加工速度を上げることができた.

図2 仕上げ面の比較
(3)不燃性加工液を使用した場合の放電現象の解析

 次に不燃性加工液を使用した場合の放電現象について調べた.不燃性加工液を使用した場合の現象は通常の灯油系の加工液を使用した場合とは異なる点が多い.それは放電生成物の中の加工液の分解生成物が絶縁物である点と加工液の抵抗が小さい点が主な理由である,不燃性液を用いた仕上げ加工では,OKパルスによる加工を行っていてもタールの付着が発生し放電加工特性を劣化させる.以下に得られた知見を示す.

 1.タールはプラスに帯電しており,通常の単極性の放電加工でマイナスの極性である工作物面に付着し,極間の短絡が増加し,さらには,工作物に付着したタールにより放電の発生が阻害され,放電が発生しなくなる.

 2.両極性加工を行い,極間の平均電圧をOVにすると,工作物の加工面へのタール付着を防ぐことができ,極間の短絡がなくなり,タール付着による加工不能現象も現れなくすることができた.

(4)放電生成物の硬質被膜形成への利用

 次に放電生成物を硬質被膜の形成へ利用する方法について検討した(図3).その結果以下の知見を得た.

図3 硬質被膜形成の方法

 1.硬質炭化物をつくる金属(Ti)を電極として油中で放電を発生させると,工作物に硬質炭化物被膜を形成することができる.被膜の形成は放電パルス毎にTiCが工作物に溶融付着しながら進行する.

 2.ピンオンディスクの摩耗試験を行ったところ,放電表面処理の硬質被膜は耐摩耗性に優れることがわかった.

 3.本処理方法により得られた被膜は母材内部にも浸透しており,表面を研磨しても高い硬さを保つことができる.そのため,機械部品の摺動部分など細かい面あらさが必要な部分に対しても使用することが可能である.また,被膜と母材は溶融密着しており,スクラッチ試験でもAE信号を発生しない.

 4.本処理方法は,真空装置のような特別な装置を必要とせず,母材の温度を上昇させる必要もない簡便な表面処理方法であり,金型・切削工具などへの処理が容易に可能であることを示した.

まとめ

 本論文では,放電加工により生じる放電生成物が加工特性の劣化に与える影響の解析と加工特性の劣化の防止方法について明らかにすること,および,放電生成物の表面改質への利用を目的とした.前者に対しては,放電による工作物へのカーボンの付着,加工屑による放電の阻害,不燃性液を使用した場合に生じるタールによる加工特性への影響という観点から論じ,それぞれの現象を解析し,具体的な加工特性の劣化防止方法を提示した.また,後者に対しては,放電生成物を利用して工作物に硬質被膜を形成するメカニズムについて示し,その応用例を提示した.

審査要旨

 本論文は放電加工における放電生成物の状態制御と利用に関する研究と題し、6章からなる。

 第1章「序論」では本研究の背景と目的について述べている。最近では金型製作などにおける放電加工に対し、細かく均一な仕上げ面を得ることが望まれている。これは、放電加工の仕上げ面がそのまま製品として使用されるまでに進歩したことと、近年切削加工の技術が進み、従来難削材といわれていた材料でも切削できるようになったことが理由である。このような状況を踏まえ、極間における放電生成物が加工特性の劣化に対して与える影響の解析と加工特性の劣化の防止について明らかにすること、および、放電により生ずる物理現象を表面改質へ利用し工作物へ付加価値を付与することを研究の目的とすることを述べている。

 第2章「油系加工液を用いた場合の加工屑制御- - 放電状態の制御 -」では、放電生成物(スラッジ)が放電加工速度・加工面の傷などに与える影響について調査し、その改善方法について提案している。まず、放電状態を反映する特徴量を見出し、放電生成物の検出方法を検討し、特徴量と放電生成物の挙動と放電加工状態の関係について調べている。その結果、放電中の高周波成分の大小が放電状態の良否を的確に反映すること、放電パルスを3種類に分類できること、またその分類方法を適応制御に利用して加工速度の低下・加工面の傷を防止できることを明らかにしている。

 第3章「油系加工液を用いた場合の加工屑制御- - 短絡現象の解消 -」では、放電生成物の中で最も一般的なものである加工屑について注目し、加工屑の挙動、特に極間短絡時の加工屑の挙動に注目し、短絡時に加工屑が加工面品質の劣化・加工速度の低下に与える影響について考察し、その防止方法を提案している。電極と工作物との短絡は加工屑を介している場合が多く、短絡時に加工屑を通して流れる電流が短絡を長時間継続させ、電極・工作物に損傷を与えることを明らかにし、短絡電流を停止する短絡電流防止回路により加工面品質を向上させ、短絡現象を解消する短絡ブリッジ除去回路により加工速度を向上させる方法を示している。

 第4章「不燃性加工液を用いた場合の分解生成物制御」では、加工液に高分子系不燃性液を用いた場合の放電加工において、工作物表面にタール状の放電生成物が付着し加工特性を劣化させる現象について調べ、その防止方法について明らかにしている。不燃精液は高分子加工物に水を混合したものであり、放電加工により高分子化合物が分解することによりタール状の物質となり、工作物に付着する。工作物にタールが付着する原因がタールがプラスに帯電していることに注目し、放電加工中の平均電圧をOVにする両極性電源を製作し、タール付着を抑制できることを明らかにしている。

 第5章「放電生成物を利用した硬質被膜の形成」では、放電加工による放電生成物を利用し工作物表面に硬質被膜を形成する方法を提案している。通常、放電生成物は、放電加工においては無用の代物であったが、特定の材料を電極として用いると放電生成物により硬質膜を形成することができることを示し、その被膜の特性および成膜の状況について明らかにしている。さらに、工具・金型などの寿命延長に適用した例を紹介している。

 第6章「結論」では、提案した各方法について、この研究で明らかになった知見についての結論がまとめられている。

 以上、本論文は放電生成物の影響を明らかにして解決方法を示すことで、従来多大な労力を要していた金型製作等の仕上げ加工特性を向上させることに成功している。また、放電生成物を硬質被膜形成に利用するという新しい手法を提案することにより、従来の表面改質技術に置き換わる新たな技術の可能性をひらいたものといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51114