学位論文要旨



No 214242
著者(漢字) 片桐,祥雅
著者(英字)
著者(カナ) カタギリ,ヨシタダ
標題(和) マイクロオプトメカトロニクス技術による光共振器長制御法の研究
標題(洋)
報告番号 214242
報告番号 乙14242
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14242号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 板生,清
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 保坂,寛
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨

 共振作用とは入力に対し出力が増強される波動作用である.光共振器は光波に対してこの作用を実現する具体的手段であり,光波処理のみならず増幅媒体と組合わせてレーザ光を発生するのに必須の構成要素である.このような光共振器の特徴は長さに依存した固有モードの存在であり,ポジショニング(位置決め),トラッキング(追尾),及びスキャニング(掃引)に代表される三つの主要な共振器長制御の手法を用いることにより,光周波数選択・掃引から位相同期・線幅狭窄化等の光波の高品質化に至る様々な機能を発現させることができる.

 共振器長制御の手段には,屈折率制御による間接制御法と可動ミラーによる直接(物理的)制御法の二つがある.前者の手段は共振器中の媒質の屈折率を電気的・熱的あるいは光学的に変化させることに基づくものであり,高速性及び機械的擾乱を排除した高安定性という特徴を持つが,可変範囲の拡大が課題である.一方後者の手段は変位機構とアクチュエータに基づくものであり,広い可変範囲が特徴であるが,制御帯域の拡大と高精度化及び高安定化が課題である.

 本研究は,マイクロメカニカル機構及びマイクロ領域の位置制御技術を基本技術とするマイクロオプトメカトロニクス技術を適用し,広い可変範囲でかつ高速・高安定な物理的共振器長制御法を確立したものである.以下に得られた成果を要約する.

 第1章では,光共振器長制御の意義と従来の制御手法の課題を述べ,本研究の目的と検討課題を示した.

 第2章では,マイクロメカニカル可動ミラーのポジショニングによる共振器長制御技術を議論した.マイクロメカニカル機構は慣性質量が小さいことから可動部を持ちながらも機械的擾乱に対して極めて強く,安定な共振器長の調整が可能であると推論できる.本章では,高繰返し周波数領域で可変の受動モード同期半導体レーザを,図1(a)に示すごとくマイクロメカニカルミラーと多電極レーザを用いたハイブリッド型近接外部共振器の構成により初めて実現した.このマイクロミラーは,折り畳み梁の側壁をミラー面として利用し,櫛歯電極間の静電引力により駆動される.このような可変機構は実験室内では極めて安定に動作し,ミラーの位量を精密に変えながらモード同期パルスの自然の繰返し周波数の可変性を再現性よく確認することができた.さらに,多電極レーザの逆バイアスを共振器長の電気的制御要素として動作させることにより成るパルスタイミングの位相同期ループ(PLL)安定化回路を上述のメカニカルな共振器長制御と併用することにより,図1(b)に示すごとく同期保持範囲を拡大できることを検証し,電気的調整範囲を大幅に凌駕する広い周波数範囲の安定化パルス光源を実現した.以上の結果より,本研究の目的の一つである「慣性質量の小さいマイクロメカニカル可変機構は機械的擾乱の影響を防止して安定である」という定理の証明がなされた.

 なお以上述べた検証を行うため,本研究では電気的な帯域限界を越える超高速光信号(>100Gbps)に適用可能な光変調サイドバンドを利用するパルス位相検出法,および外部共振器レーザを構成するのに必須のイオンビームスパッタによる高精度レーザ端面反射防止コート技術(残留反射率-40dB以下)を開発するとともに,これらの技術の超高速光信号処理回路及び近接浮上型マイクロ光ヘッドへの適用を果たしている.

図1.(a)は多電極レーザとマイクロメカニカルミラーをハイブリッドに実装した可変受動モード同期半導体レーザの構造.(b)はPLL安定化パルスの同期範囲の拡大効果.(i):安定化状態.(ii):リファレンス周波数変更による同期範囲からの逸脱.(iii):マイクロミラーによる同期状態への復帰.

 つづく第3章では,可動ミラーのトラッキングによる共振器長制御技術を議論した.共振器長から放出される光は,高周波数領域に渡る共振器内の媒体の実効屈折率変動と共振器長の物理的変動に起因した低周波数領域の雑音を有する.後者の雑音を抑圧すれば,機械的要素を含む共振器であっても共振器がリジッドな集積化素子なみの安定性が実現できると推論できる.本章では,ファブリ-ぺロー半導体レーザと外部ミラー及びコリメート用ボールレンズからなる複合共振器レーザを構成し,外部ミラーの変位に対して半導体レーザの位置をトラッキング制御して常に外部キャビティ長を一定に保持する機械的負帰還ループ回路による発振モードの安定化を検証し,上述の定理の検証を行った.図2(a)は,ピエゾアクチュエータ駆動を用いた回路構成例で,干渉変動の線形部分の中心点Aを基準に光出力が常に一定値Poをとるようにレーザの位置をトラッキングすることによりレーザの発振状態の安定化が可能である.制御回路の設計論を確立するためモード選択性を考慮した複合共振器モデルを新たに構築し,従来説明が困難であった空間周波数に高調波成分を含む複合共振作用を完全に説明するとともに半波長周期の基本干渉変動を与える条件は外部キャビティ長が半導体レーザの実効長(物理長と実効屈折率との積)の整数倍近傍であることを明らかにしている.

 さらに,ミラーの制御信号から変位量を実時間で検出する微小変位計測法を確立した.この方法によれば,発振波長を高精度に指定できないファブリ-ペローレーザを使ってもナノメートル級の分解能を達成することが可能である.図2(b)はレーザ(LD)とフォトダイオード(PD)の集積化素子をミラー搭載のカンチレバーと組み合わせるセンサヘッドを用い,本計測手法をスタンドアロン型の走査プローブ顕微鏡に適用した結果で,数百ナノメートルの表面凹凸に追随するカンチレバーの微小な動きをモニタして表面形状をよく再現している.さらに微小変位計測技術を摩擦力へ適用するなど本技術の広範囲に渡る適用領域を明らかにした.

図2.(a)はファブリ-ペローレーザを用いた複合共振器レーザの干渉変動を利用した機械的負帰還ループ安定化回路とその制御信号を用いた微小変位検出法.(b)は本微小変位検出法を適用したスタンドアロン走査プローブ顕微鏡による深さ0.2m,ピッチ1.6mの溝の観察像.

 第4章では,スライドチューニングに基づく共振器長のスキャニング(掃引)技術を議論した.共振器に可動部があると高速で掃引した場合に可動部の機械的擾乱が共振器長変動となって掃引確度を著しく劣化させる.しかし,場所により長さが徐々に変わる機構を共振器にあらかじめ組み込んでおくことにより,機械的擾乱を受けずに共振器長の高速掃引が可能となることが推論できる.本章では,まず図3(a)に示すごとく回転軸のまわりの見込み角に比例してスペーサ層の厚さがリニアに変わるディスク形状を有するウエッジ型誘電体多層膜可変光フィルタを試作し,スライドチューニングの基盤を構築した.次に外部クロックに同期した回転を実現できるディスクドライブと光ファイバ間コリメート結合系を組み合わせ,共振器長の高速掃引を検証した.図3(b)は種々のレーザ波長に対する透過光強度の時間波形であり,各波長とピーク時間がリニアに対応している.このような時間波形解析からスペーサ層がクロックに同期して正確にリニア掃引されていることを検証した.以上の結果より,スライドチューニング法により機械的擾乱を除去した共振器長の高速同期掃引技術を確立したと考える.

 さらに,本技術により実現した時間軸上での光波長の高速処理技術は波長フィルタリング,光スペクトル解析,レーザ光周波数検出等種々の技術への応用展開できることを明らかにした.例えば,光スペクトル解析においては,従来のグレーティングモノクロメータの掃引周波数の上限(〜50Hz)を上回る周波数(〜150Hz)が達成可能である.レーザ光周波数検出では,フィルタの可変範囲(〜80nm)で差動検出法の適用による高分解能(±100MHz)を達成した.さらにレーザ光周波数ロッキングでは,従来必須であった高性能バランスドレシーバを除去し,時間サンプリングにより容易に二つのレーザ波長を同一グリッドにロックできる.

図3.(a)はウエッジ型キャビティ層を有するディスク型波長可変フィルタの構造.(b)は種々のレーザ波長に対する透過光強度の時間波形.

 第5章では以上述べたオプトメカトロニクス技術による共振器長制御法について総括した.

 以上述べたように,本研究ではマイクロメカニカル素子,広帯域ピエゾアクチュエータ並びにウエッジ型スライドチューニング光フィルタのシンクロ動作を検討し,マイクロオプトメカトロニクス技術による光共振器長制御法を確立した.本論文の成果によりにより,各種光共振器(外部共振器型半導体レーザ,複合共振器レーザ,ファブリ-ペローエタロン,リング共振器,等)に対して要求条件を満たす共振器構成およびその長さの制御法の最適化手法が確立したと考える.最後に,本研究により達成した応用技術および実現した素子・装置を表1にまとめる.

表1.マイクロオプトメカトロニクス技術による共振器長制御法を用いて達成した応用技術と素子・装置並びにそれらの産業上の利用分野.
審査要旨

 本論文は,「マイクロオプトメカトロニクス技術による光共振器長制御法の研究」と題し,マイクロメカニズムとマイクロ領域の位置制御技術に基づくマイクロオプトメカトロニクス技術を適用した広可変範囲・高速・高安定な物理的共振器長制御法の確立を目的とし,移動制御,追従制御,及び掃引制御に代表される三つの制御法に基づき具体的に共振器長制御手法を提案し実験検証を行った結果をまとめたものである.

 固有モードの存在により特徴付けられる光共振器の長さ制御は,光周波数選択・掃引から位相同期・線幅狭窄化等の光波の高品質化に至る様々の機能を発現する.共振器長制御の手法には,屈折率制御による間接制御法と可動ミラーによる直接制御法の二つがある.前者は共振器中の媒質の屈折率の電気的・熱的・光学的に変化に基づくもので,高速性及び高安定性という特徴を持つが,物性上可変範囲は制限される.後者は変位機構とアクチュエータに基づくもので,可変範囲は広いが可動部による制御帯域制限と機械的不安定性が問題である.従って,軽量で慣性力が小さいマイクロメカニズムによる広制御帯域・高精度・高安定化の研究が重要である.

 本論文は五つの章から構成されている.

 第1章は「序論」であり,光共振器長制御の意義と従来の制御手法の課題,および本研究の目的と検討課題を述べている.

 第2章は「マイクロメカニカルミラーによるレーザ共振器長制御法」と題し,マイクロミラーの移動制御による共振器長制御技術について述べている.マイクロメカニズムは質量が小さいことから可動部を持ちながらも機械的擾乱に対して極めて強く,安定に共振器長を移動制御できると推論できる.櫛歯電極間の静電引力により駆動される折り畳み梁の側壁をミラー面として利用するマイクロミラーと多電極レーザをハイブリッド集積した近接外部共振器モード同期レーザを実現し,同時に開発した-40dB以下の極低反射端面を再現性よく実現する反射防止コート技術と光変調サイドバンドによる超高速パルス位相検出法を用いて,室内安定動作,再現性ある繰返し周波数可変性,および共振器長制御併用によるタイミング安定化回路の動作範囲の大幅拡大を達成し,推論の正しさを実証している.

 第3章は「広帯域アクチュエータによる共振器長の負帰還制御法」と題し,ミラーの追従制御による共振器長制御技術について述べている.ファブリペローレーザ(FP-LD)から発生するレーザ光の雑音は,キャリアによる実効屈折率変動に起因した高周波数領域の成分と共振器長の物理的変動に起因した低周波数領域の成分を持つ.前者は一般に小さく,後者を抑圧すれば機械的要素を含む共振器であっても発振状態を安定化できると推論される.FP-LD,マイクロレンズとそれらを同時に移動する広帯域ピエゾアクチュエータ,および外部ミラーを用いて複合共振器レーザを構成し,干渉変動により得られる誤差信号を用いてアクチュエータを負帰還制御して発振状態の安定化を達成している.この負帰還制御安定化回路は,モード選択性を考慮したモデルにより最適設計され,ナノメートルの分解能を持つ微小変位センサへの適用を果たしている.このセンサを利用し,スタンドアロン走査プローブ顕微鏡および微小力検出法を実現している.

 第4章は「スライド法による共振器長の高速掃引法」と題し,スライドチューニングに基づく共振器長掃引技術について述べている.共振器に可動部がある場合,高速掃引時に機械的擾乱により容易に共振器長が変動し,掃引確度が著しく劣化する.しかし,場所により共振器長が徐々に変わる機構をあらかじめ共振器に組み込むことにより,機械的擾乱を排除した共振器長の高速掃引が可能であると推論できる.回転軸のまわりの見込み角に比例して厚さが線形に変わるウエッジ型誘電体多層膜から成るディスク形可変光フィルタと電気信号に同期して安定に回転するディスクドライブ機構と組み合わせて高確度・高速共振器長掃引を実現し,推論の正しさを検証している.この掃引技術により時間領域光スペクトル解析技術を確立し,ア100MHzの光周波数検出等の精密光計測法を実現している.

 第5章は「結論」と題し,本論文で得られた成果を要約している.

 以上のように,本論文では,集積化マイクロ可動ミラー搭載外部共振器レーザの可変機構,外部ミラーの高速位置による複合共振器レーザの安定化機構,およびディスクドライブを用いたスライドチューニング法による高速共振器長掃引機構の検討を行うことによりマイクロオプトメカトロニクス技術の共振器長制御における有効性を実証し,光共振器長の物理的制御法を確立している.これらの成果は共振器長制御による光波制御技術およびそれらの応用技術の観点で光学への寄与が大きく,精密機械工学への貢献が大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54104