流体中で飽和蒸気圧以下になる部分には気泡つまりキャビテーションが発生する。管路内の流速の早い場所やポンプや船舶のプロペラおよびスラスタなどに発生する。このキャビテーションを構成するキャビティ気泡はその発達、崩壊時に音響的なノイズ(雑音)を発生する。これがキャビテーションノイズである。 艦艇分野では潜水艦などのスクリューが作る泡の音として以前から問題となっているが、魚群探知機や位置制御(ダイナミックポジショニング)に超音波を使う海洋調査船などにおいても、音響測位を妨害するやっかいな存在である。 舶用プロペラのキャビテーションは1894年英国最初の駆逐艦DARING号の試運転時に発見され、以後推力減少の原因として認識された。ノイズ源ともみなされるようになったのはもっぱら軍事面でのことであるが、実用面での研究は1956年の第1回船舶流体力学シンポジウムでFitzpatrick&Strasbergがキャビテーションノイズの音響特性を明らかにしたのが初めのことのようである。その後、水槽試験によるノイズ計測が広く行われるようになり、実船への適用のために相似則についての研究が多くなされた。 著者も1970年代後半からプロペラキャビテーション実船観測を通じて、キャビテーションノイズについての調査、研究業務に努めていた。それらの業務を通じて、キャビテーションノイズ水槽試験は水槽内の複雑な音場、尺度影響などのために、どちらのプロペラの方が音が小さいというような定性的な評価にとどまらざるをえないこと、また水槽試験結果から実船の雑音レベルを推定するための信頼できる相似則がないこと、さらに設計に役立つ実船キャビテーションノイズ予測法が必要なことなどを実感してきた。特に気泡力学理論に基づくキャビテーションノイズ推定法の開発が必要なことを感じていた。 このような背景に基づき、次の目標を設定して本論文を作成した。 ・実船試験、模型試験、気泡運動力学の三位一体に基づきキャビテーションノイズの特長を明らかとする。 ・新たな相似則を提案する。 ・気泡力学に基づく理論推定法を確立させる。 ・設計段階で有効な簡易推定法を提案する。 また、試験方法から結果の活用法までできるだけ詳細に記して舶用プロペラおよびスラスタのキャビテーションノイズについて体系化を試みた。 以下に本論文の構成に従い各章の概要を述べる。 第1章は概要である。キャビテーションノイズとはどういうものかその定義を示し、その研究の歴史や現状の問題点を述べた。 第2章では、計測法について述べている。実船プロペラキャビテーションノイズはプロペラ近傍にハイドロホンを設置して計測するのが現実的であること、ハイドロホン取付方式は突出型とリセス型があり、計測しようとする周波数帯域に応じて使い分ける必要があるが、どちらかといえば流れが直接当たらないリセス方式の採用が望ましいことを示した。そのハイドロホンによって受信される音はプロペラ回転に同期した低周波の周期音とキャビティ自身の崩壊による高周波の雑音からなることを示した。 また、放射雑音としてのプロペラキャビテーションノイズの拡散則には、ほぼ球面拡散則を使って良いことを示した。 さらに実機スラスタのキャビテーションノイズについて、吸い込み側の方が吹き出し側よりも雑音レベルが高いことや、変節角が増すにつれて振動の水中ノイズへの寄与は小さくなり、キャビテーションの寄与が大きくなることなどその特性を明らかにした。 第3章では、固定ピッチプロペラや可変ピッチプロペラの模型試験の結果から、水槽試験は実船のキャビテーションノイズをシミュレートするのに有効な手段であることを述べた。 一方、詳細な調査結果から清水中と海水中ではキャビテーションノイズの特性が異なることも指摘した。特にバブルキャビテーションノイズレベルは清水中の通常のキャビテーション水槽試験では最大20%程度の過大評価がなされるおそれがある。 また、2次元翼や3次元翼の試験から清水中のクラウドキャビテーションノイズのレベルは海水中より約10dB大きく計測されること、チップボルテックスキャビテーションノイズ初生は海水中の方が早いことを確認した。 結局、清水を用いたキャビテーションノイズ計測はこれらのことを考慮して実船に適用すべきことを指摘した。 第4章では第3章で検討した水槽試験結果を実船に適用する際の相似則について論じた。模型試験結果と実船試験結果を比較、検討することによりKaMeWaの尺度修正法が論理的にも実践的にも優れていることがわかったが、KaMeWa法の周波数修正量を尺度比から回転数比に変更した新たな修正法を提案し、模型試験結果をもとに実船キャビテーションノイズをさらに精度良く推定できることを示した。 また、国際試験水槽会議の推奨する尺度修正法は、キャビテーションノイズをモノポール型とショックウェイブ型とに分けているが、そのように分けて考えることよりもノイズレベルの推定精度を向上させるための工夫、例えば気泡中のガス係数の導入などが必要なことを指摘した。今後、ガス係数を導入した相似則が確立されればより正確な実船への尺度修正が可能となる。 第5章では、実船キャビテーションノイズの推定法の開発を目指して、まずその基礎となる気泡力学の古典を紹介した。 次に理論推定法を確立するに当たって、気泡運動を表すRayleigh方程式をRunge-Kutta-Gill法によりコンピュータ数値計算で解いてその方程式の特性を把握した。粘性や表面張力より気泡内ガス圧の存在が気泡運動の支配パラメータとして重要であること、また流体の圧縮性および熱的ダンピングの影響は非常に大きくキャビテーションノイズを扱うには不可欠なことを明らかとした。 それらの知見をもとに、推奨するプロペラキャビテーションノイズ理論推定法を示した。「青雲丸」を対象として数値計算し、従来の推定法より実測値に近いことを示した。主な改善点はキャビテーションノイズをプロペラ翼周波数(回転数×翼数)を基本とする低周波数のノイズと高周波数のノイズに分けて取り扱ったこと、流体圧縮性および熱的ダンピングを考慮した気泡運動方程式を導入したことなどである。特に、気泡混合層による雑音レベル減衰量の推定法を適用すれば高周波域での気泡干渉影響を考慮でき、非常によく実船と合うことがわかった。キャビテーション気泡分布、ボイド率および気泡層厚さなどについてのデータ蓄積が今後の課題である。 一方、設計時の実用的な推定法としてBrownの式を紹介し、実船へ適応することによってその精度を評価し、高速艇、一般商船またスラスタへ適用する際の推定係数やキャビテーション発生面積補正値の実用的な決定方法を示した。 第6章では掘削船の主推進機とスラスタの低雑音設計をケーススタディすることによって、主推進機についてはチップアンロード化やスキュー化が、スラスタについてはフォワードスキューやダクト内のエアエミッションが有効であることを述べた。さらに、著者らが開発し実船に装着してその効果が検証されたが、同時に自己雑音が問題となった気水インジェクタ装置について、自己雑音はノズルからの空気吹き出し音と駆動水吹き出し音が重合されたものであることを明らかにし、その低減にはノズル径とスロート径の最適な組合せがあることとスロート内壁のゴムライニングが有効であることを紹介した。 第7章は結論で、研究の成果および今後の課題を述べた。 本論文の成果はまず理論に基づくキャビテーションノイズ推定法を確立したことである。理論に基づいているため、現象の評価や予測を合理的に行うことができ、かつ研究の進歩に対してもフレキシブルに理論推定法の改良を行うことができるため、今後予測精度を飛躍的に向上できると考える。 次に、設計用の実用的な簡易推定法を提案したことである。実績が蓄積されればさらに推定精度を向上できるため非常に有用である。 プロペラキャビテーションノイズの低減化が脚光を浴びているにもかかわらず、低雑音化の手法は経験に基づくものがほとんどであり、暗中模索に近い現状であったが、本論文は理論に基づくノイズ推定法や設計段階での実用的な簡易推定法を提案しており、今後のキャビテーションノイズ問題の解決に大いに役立つものと期待する。 |