学位論文要旨



No 214244
著者(漢字) 小倉,研治
著者(英字)
著者(カナ) オグラ,ケンジ
標題(和) 管内オリフィスのキャビテーションに関する研究
標題(洋)
報告番号 214244
報告番号 乙14244
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14244号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,洋治
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 助教授 山口,一
 東京大学 助教授 佐藤,徹
内容要旨

 管内オリフィスは、基本的な流体機器要素であり、工業的にも流量計測用あるいは圧力調整用として広く利用されている。昨今の情勢から、省資源化、省スペース化、コスト削減をはかるために機器のコンパクト化が必要となっている。管内オリフィスの場合、コンパクト化はすなわち配管の小口径化であり、必然的に管内流速の高速化を要求する。ところが、ある限界以上の高速化はキャビテーションの発生をもたらす。

 管内オリフィスに発生するキャビテーションは他の要素におけると同様にノイズ・振動・エロージョンの問題を生ずる一方、流量計測精度・圧力損失調整精度に影響を与えることも考えられる。

 このため、オリフィスを含む機器の設計およびオリフィス選定にあたってはこれらの問題や影響を回避可能な限界条件を追うことになる。したがって、管内オリフィスに生ずるキャビテーションがエロージョンをもたらす限界条件をはじめ、キャビテーションに関する各限界条件が明確化された設計指針が求められている。

 オリフィスのキャビテーション特性に関する既存の研究では初生点の特性や、流量係数への影響の有無にて相違があるなど、一つにまとまった明確な設計指針を示すに至っていない。一方、オリフィスにおけるキャビテーションの発生機構については十分に論じられているとは言い難い。

 既存の研究におけるデータの相違は試験水槽、試験条件やキャビテーション係数の定義、さらにキャビテーション状態の評価基準の相違に基因すると考えられる。

 一方、実際にオリフィスが使用される環境は実験室で行われる理想的なものであるとは限らない。このため、オリフィスの対キャビテーション設計指針にはオリフィスを通過する水の空気含有量、水中気泡核の分布や圧力変動の影響に関するものが含まれている必要がある。従来の研究はこれを満たす有効な設計資料を得るに十分ではない。

 本研究では、管内オリフィスのキャビテーションの発生機構を、実験的に解明し、さらに系統的な試験をおこなって流れの諸条件の影響を考慮した設計指針を構築することを目的とする。まず、噴流周りのせん断層に生ずる渦の圧力の直接計測により、キャビテーションの発生機構を明らかにする。キャビテーションの初生時には、噴流の縮流部の静圧が蒸気圧に達せずとも、せん断層に生ずる渦による減圧によってキャビテーション気泡が発生する局所では蒸気圧に達していることが考えられ、これを実験的に検証する。

 キャビテーション発生状況に対する諸因子の影響度が少ない減圧回流水槽における系統試験結果をベースに、空気含有率、気泡核、圧力変動の影響を考慮した実用に供せる設計指針を示す。とくに、キャビテーションの発生限界およびエロージョンの発生限界を明らかにする。対象となるオリフィスは標準的に用いられるJIS(薄刃)オリフィスとする。

 以下に、本論文の構成および結論の要旨を述べる。

 第1章は序論であり、管内オリフィスの一般特性を紹介し、キャビテーションに関わる現況と既存の研究や設計データについて述べ、本研究の意義を説明した。

 第2章では、管内オリフィスで発生するキャビテーションの概略とキャビテーション状態の定量化計測の検討、及び本研究で採用した状態の判定方法と定義について述べた。

 はじめに、オリフィスに発生するキャビテーションの初生からスーパーキャビテーション、消滅に至るまでの一連の状態を明らかにした。つづいて、キャビテーションの程度の定量化について、いくつかの方法を試み評価した結果、発生および消滅付近の識別定量化には音響計測が有効であり、発達過程の定量化には簡易な画像処理が有効であることを示した。また、ある程度発達した段階に対しては、光電スイッチの応用が、常時モニター可能で簡便な方法として有利であることも示した。これらの手法を検討の結果、本研究で使用した音圧波形観測による状態の識別方法を説明した。

 第3章においては、キャビテーション実験に使用した、実験結果の再現性が良好な減圧回流水槽の設計思想、概要、性能試験結果を述べた。

 本減圧回流水槽はキャビテーションの初生に影響するような回流気泡が試験部へ流入せず、試験結果の再現性が良好であることを示した。したがって、本論文の主題となっているオリフィスのキャビテーションに関する理想的な試験が実施可能であることを説明した。

 第4章では、本研究における基本的なデータを得るために行った系統試験結果を示し、既存データとの比較も行った。

 絞り直径比の影響について、つぎのような結果を説明した。絞り直径比=0.3〜0.9にて、ノズル部での流速と下流の壁圧の計測値を基準としたキャビテーション係数Kを定義すると、の影響は顕著には現れなかった。キャビテーションの消滅点はほとんどの場合K=1〜1.6となっている。さらに、オリフィス平均流速20m/sでは初生点と消滅点のヒステリシスは無く、低流速(15〜10m/s)ほどヒステリシスは増大し、初生点は大きく低下する。

 ついで、本研究における系統的試験結果と既存データの比較を行なった。その結果、水槽によって初生・消滅点は異なり、本研究の結果の方が既存データより低い値となっていることを示した。これは、既存データを得た水槽の形式から、試験部に流入する流れの圧力変動や気泡核の影響によるものと推定した。これより、対キャビテーション設計データは圧力変動や気泡核の影響を評価できると有用であると考えた。

 第5章では、管内オリフィスのキャビテーション発生に影響する因子として、空気含有率、気泡核、圧力変動、さらに、尺度について調査した結果について論じた。

 消滅に対する空気含有量の影響はの影響より大きく、同一のでは空気含有率が/s=0.95に対して0.35では消滅点のKは20〜30%ほど低下することを示した。気泡核の大きさを仮定し、空気含有率と気泡中のガス圧の関係をヘンリーの法則によって推定して計算したところ、空気含有率の初生点及び消滅点に対する影響は実験結果の傾向と一致することを示した。計算では渦による局所的な減圧、圧力変動、気泡核内のガス圧等を考慮した。

 圧力変動については同一試験部を放流型水槽と減圧回流水槽に取り付けて行った比較試験によって、圧力変動が大きいと考えられる配管の放流型の方が初生キャビテーション係数が1程度高い値が得られることを示した。

 気泡核の影響については、人工的に気泡核を注入した実験を実施し、5〜45mの気泡核の増加はキャビテーションの初生に影響しないことを示した。50〜800m程度の気泡核の影響はキャビテーション係数で0.5〜1であることが分かった。50〜800m程度の気泡核の場合、その量の影響は大きいものではないことを明らかにした。

 本研究における実験では寸法の尺度影響を調査することができないため、寸法の尺度影響についてはTullisが示した手法を本研究で得られた発生限界に適用し、Ki=SSE Ki0,SSE=(D/D0)Y,Y=0.362-0.233,=損失係数(基になる条件を管内径D0、キャビテーション係数Ki0とし、任意の条件をそれぞれD,Kiとする)で示した。一方、圧力の尺度影響はTullisの試験結果を引用して一般的にはないものとした。寸法が大きいほど発生しやすくなるのは、大きいほど気泡核が低圧に曝される時間が相対的に長くなること、及び、低圧部の体積が大きくなるため気泡核の存在率が相対的に増加することによると考えた。

 一方、流速の影響はTullisの結果によれば大きな影響はみられないことを示した。

 第6章では、管内オリフィスにおけるキャビテーションの発生機構の解明について、噴流まわりに生ずる渦による減圧量の直接計測手法と結果を中心に論じた。

 他に例のない手法で計測を試みた結果、圧力変動波形からランキンの複合渦の圧力分布が確認され、圧力変動波形から得た渦の流下の周波数と可視化観測によって得た渦の周波数は一致することを示した。この計測によって渦の中心では壁圧より大きく圧力が低下し、初生時には渦の中心の圧力は蒸気圧あるいはそれ以下に達していることを示し、渦中心の低圧によってキャビテーションが発生することを述べた。したがって、渦による圧力低下はランキンの複合渦の理論値をもとに発生限界のキャビテーション係数として2を目安とするのが妥当であることを示した。さらに、圧力変動の大きさ、気泡核径に依存する表面張力及び空気含有率に依存するガス圧によって実際の発生限界が定まることを説明した。

 第7章では、流量係数、損失係数に対するキャビテーションの影響および、エロージョンについて、実験結果をもとに論じた。

 流量係数、損失係数ともにスーパーキャビテーション状態では影響が生ずることが分かった。

 エロージョンについては=0.7及び0.9の試験結果から発生限界は流速が大きいほど高くなるすなわち圧力の尺度影響があった。実用的見地からTullisによる圧力の尺度影響の扱いを本研究の計測値に適用したところ、Tullisの計測値とも良く合った。ただし、関係式はによって異なった。この扱いに本研究のキャビテーション係数の定義を適用したところ、が異なってもおおよそ1本の関係式で圧力の尺度影響を表すことができることが分かった。これを次に示す実用式として求めた。

 KE=PSE×KE0,PSE=[(P2-Pv)/(P20-Pv)]x,KE=(P2E-Pv)/(0.5Vo2)

 P2E:エロージョン発生限界のP2,X=0.434,(基になる値KE0=0.5,P20-Pv=100kPa)

 第8章においては、本研究によって得られた、キャビテーションを考慮したオリフィス選定に関する設計指針をまとめた。

 発生限界は渦による圧力低下分としてキャビテーション係数2に圧力変動の大きさ、気泡核の影響0.5〜1を考慮して定めることを提案した。さらにTullisの寸法の尺度影響を考慮した大口径を含む範囲についての発生限界線図を提案した。実用的には、本研究で使用した水槽のように気泡核が小さく圧力変動も小さい場合の発生限界のKは1.6程度と低いが、大きな気泡核が存在する場合には2.6が目安となり、これに圧力変動を考慮して発生限界を決定するのが望ましい。

 また、エロージョンの発生限界については本研究の結果を基準にTullisの圧力の尺度影響に対して本研究のキャビテーション係数を適用した式(第7章で求めた)による発生限界線図を提示した。

 第9章では、本研究の今後の課題と将来への展開について述べた。

 オリフィス以外の機器についても、せん断層から発生する渦が発生に寄与する場合には、本研究で提示した発生限界の推定を適用できる可能性があると考える。他の機器についても確認を進めたい。

 尺度影響は実験装置の都合上、本研究の範囲では確認できず、今後は、大口径管における試験の機会があれば、実施して確認したい。

 渦の減圧量とせん断層内の乱流強度のピーク値との関係を今後調査解明することにより、渦によるキャビテーションの発生限界を非接触の計測によって、評価したい。

 第10章は、本論文の結論をまとめたものとなっている。

 以上を結論づけると、JISオリフィスについて、

 (1)回流する遊離気泡の影響の少ない減圧回流水槽を用いたキャビテーション試験結果を基に、気泡核などの影響因子を考慮したキャビテーションの発生限界、及びエロージョン発生限界を明らかにした。

 (2)オリフィスのキャビテーションの発生機構が、主として噴流周りに生ずる渦の中心の減圧によることを検証する計測結果を得た。

 (3)上記(1)(2)に基づくオリフィス選定設計指針を提示した。

審査要旨

 本論文は「管内オリフィスのキャビテーションに関する研究」と題し10章から成っている。

 第1章は「序論」である。管内オリフィスは、基本的な流体機器要素であり、流量計測用あるいは圧力調整用として一般に多用されているにもかかわらず、キャビテーション発生の影響や限界条件が統括的に調べられていないことを述べ、本研究の目的を「管内オリフィスのキャビテーションの発生機構を実験的に解明し、さらに系統的な試験を行って流れの諸条件の影響を考慮した設計指針を構築すること」としている。

 第2章は「管内オリフィスに発生するキャビテーションの特徴」で、キャビテーションが時間的にも空間的にもランダムな現象であることから、キャビテーション状態の何らかの定量化が必要であることを指摘し、いくつかの定量化の方法を試行している。そしてキャビテーションの発生(初生)の識別には音響的方法が最も有効であることから、本研究では主としてこの方法によって研究を進めたことを述べている。

 第3章は「流体機器・要素用減圧回流水槽」と題し、本研究のために特に設計・製作した表記の回流水槽について述べている。管内オリフィスのキャビテーションの発生については、水流中の微小な空気泡(以下気泡核と呼ぶ)が重要な役割を果たし、このため上記の回流水槽では、管路の途中にリゾーバや気泡セパレータを設ける等、実験の再現性について配慮したことを述べている。そして、再現性試験と気泡核分布の計測により、実験の再現性と信頼性を確認している。

 第4章「オリフィスの諸元がキャビテーションに及ぼす影響」および、第5章「周囲の環境がキャビテーションに及ぼす影響」においては、第3章で述べた回流水槽を用い、現在最も一般的に使用されているJIS薄刃オリフィスについて、絞り直径比、管内流速、圧力、水中の空気含有量等を系統的に変化させて行ったキャビテーション初生・消滅実験について述べている。そして管内オリフィスのキャビテーション初生・消滅に対しては、水中の空気含有量、気泡核分布、水流の圧力変動等の影響が大きいことを示し、従来の他の実験においてはこれらの条件に対する配慮が不十分であったため、異なった実験装置による実験結果では、初生・消滅のキャビテーション数の違いが大きかったことを指摘している。著者は過去の他の実験に使用した実験装置と類似の装置を実際に作り、自ら実験を行うことによって上述の主張を確認している。

 また気泡核の影響についても多孔質円筒から空気を吹き出し、空気泡の大きさと数の分布を計測し、直径50m以上のものがキャビテーションの発生に影響を与え、その影響はキャビテーション数で0.5〜1程度であることを見出している。

 著者のこの系統的な実験により、これまで混乱していたオリフィスに発生するキャビテーションについて明解な回答が得られたことは特筆に値する。

 著者は第6章「管内オリフィスにおけるキャビテーション発生機構の解明」において、オリフィスから周期的に発生する渦輪の中心の静圧を、巧妙な方法で計測することによってキャビテーションの発生機構を解明することに成功している。

 圧力の計測は主流方向に平行においた平板(スプリッタープレート)に側圧孔を設けたもので行っている。側圧孔の位置を変えた平板を必要枚数用意することによって、空間的、時間的に変動する渦輪中の静圧分布を計測出来る。

 その結果、「渦輪はランキンの複合渦と考えてよいこと」、また「渦の中心の静圧が蒸気圧より低下した時、キャビテーションが発生する」という単純かつ明解な結論を得ている。

 第7章「キャビテーションによる実害評価」においては、キャビテーションが発生することによる種々の問題について実験により考察している。それらは以下のようである。

 (1)流量係数の変化はスーパーキャビテーション状態にならなければ生じない。

 (2)圧力損失係数は、スーパーキャビテーション状態にならなければ増加しない。

 (3)エロージョンの発生限界となるキャビテーション数はオリフィス平均流速が15m/sの時0.3程度で、流速の増加とともに増加する。

 これらの知見は実用上重要なものである。

 第8章「キャビテーションを考慮したオリフィス選択に関する指針」において、第7章までに述べた実験結果をまとめ、オリフィスを選択する際の具体的な指針をまとめている。またTullisによる実験結果を活用して、本研究結果を大直径のオリフィスに拡張し、設計指針を与える図表を作製している。

 第9章において今後の課題と将来への展開について述べ、第10章において本研究の結論を述べている。

 以上要するに本論文は主として実験的手法により管内オリフィスに発生するキャビテーションの機構と諸要素の影響を綿密に調べ、オリフィス選択に対する指針としてまとめたもので、流体工学の学術の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク