学位論文要旨



No 214245
著者(漢字) 福井,伸太
著者(英字)
著者(カナ) フクイ,シンタ
標題(和) インテリジェントシステムを用いた電力系統の復旧支援に関する研究
標題(洋) A STUDY ON POWER SYSTEM RESTORATION AID USING INTELLIGENT SYSTEMS
報告番号 214245
報告番号 乙14245
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14245号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 日高,邦彦
内容要旨

 電力系統の復旧業務は、過去の蓄積された運用経験を持つ人間によって手作業で行われており、更なる復旧の迅速化は困難な状況にある。図1は、計算機による復旧業務の支援への要求性能を示している。これは、154KV,77KV,33KVの電力系統運用を担当している支店給電指令所の例である。

図1 復旧支援へのニーズ(77KVの母線事故時)

 給電指令所における復旧業務は、図2に示す様に診断タスクと意志決定タスクであると分析できる。診断タスクは、保護リレーの動作情報から事故区間を判定するプロセスと復旧時にその事故区間を試充電可能かどうかを判断するための事故原因の推定のプロセスから成る。ベテランの系統運用者は、発変電所から給電指令所への情報伝送系の容量制約上、限定された保護リレーの動作情報から復旧方針策定に必要な事故の可能性の高い区間を判定し、事故発生時刻や事故区間の箇所における気象情報や地形情報からの少ない情報から、最も可能性のある事故原因を導出している。

図2 事故時の復旧業務フロー

 事故後の停電状況や事故箇所を認識できたら、系統運用者は、停電している負荷への送電方針を決定する必要がある。この意志決定タスクには、復旧目標系統の生成、復旧目標系統に至るまでの復旧操作手順決定のプロセスを含み、事故状況によりその方針が変化する定型化できない悪構造の問題である。これらの意志決定プロセスには、系統運用者の経験やノウハウが大きな役割を果たしている。

 系統運用者のヒューリスティックスを計算機上で実現し、事故時の診断タスクや意志決定タスクを支援する有力な手法としてインテリジェントシステム技術がある。これには、ルールベース推論、モデルベース推論、ニューラルネットやファジィ論理などの要素技術とそれらを組み合わせたものが含まれる。

 本論文では、支援方式として、次のものを提案している。現在の給電指令所において、オンラインで得られる情報から、インテリジェントシステム技術によって計算機上で実現された系統運用者の専門知識を利用して、事故区間、事故原因の診断結果と復旧目標系統、復旧操作手順の意志決定結果をガイダンス表示する。次に、系統運用者は、有人変電所や隣接給電指令所からの電話連絡による情報も加味してこのガイダンス結果の妥当性ををチェックする。このようにして、事故時の系統運用者の精神的負担を減らし、復旧操作の迅速化及びヒューマンエラーの防止による高信頼度化を実現できる。

 計算機を用いた復旧制御における研究分野での本論文の位置づけを図3に示す。復旧が進むにつれて、事故区間判定、事故原因推定、復旧目標系統の生成、復旧操作手順の決定の4つのタスクをインテリジェントシステム技術により支援する手法を提案している。

図3 本論文の位置づけ

 事故区間判定は、事故時の細かい動作保護リレー情報がすべて得られるとして、判定精度をあげるための推論手法が提案されてきている。しかしながら、復旧操作のために使用する場合は、給電指令所にてオンラインで得られる情報は、現実には伝送系の容量制約から極度に集約されており、この限られた情報から、復旧時の送電に使用できない設備を検出できる判定精度を限られた時間内で推論可能な手法が求められている。

 第II章では、国内での典型的な2種類の給電指令所における復旧業務で必要とされる事故判定精度を明らかにし、各給電指令所でオンラインで入手可能な保護リレー動作の情報レベルに応じた2種類の事故判定推論手法について述べる。即ち、一変電所あたり6〜10種類の保護リレーしか得られない給電指令所には、系統運用者のヒューリスティックスに基づく高速なルールベース推論による設備単位(遮断器で区切られた範囲)での判定手法を、一変電所あたり20種類以上の保護リレー情報が得られる給電制御所には、情報伝送系の保護リレー情報の集約モデルと保護リレーシステムのモデルを用いたモデルベース推論による区間単位(遮断器と断路器で区切られた範囲)での判定手法を提案し、その実用性を実規模系統を対象としたプロトタイプによって示している。

 事故原因の推定は、事故区間が停電負荷の送電ルートとして使用できるか否かを決定するために行われる。送電線への雷撃は瞬時事故が多く、試充電によって事故解消する場合が多い。このため、雷撃、鳥獣接触、ギャロッピングなどの事故原因を系統運用者に提示できれば、復旧操作の迅速化に大きく寄与できる。

 給電指令所における事故原因の推定手法については、理論的なものも含めて今まで発表されていない。これは、各事故原因に特定できる現象が現れにくいこと、事故区間判定に比べ、事故発生時間、気象情報、地形情報、事故電流/電圧のオシロ波形の追加情報が必要であるが、これらの情報が、給電指令所にて事故発生時の限られた時間内にすべて得られるとは限らないことに起因している。

 第III章では、送電線事故の原因推定において、系統運用者の経験と過去の事故記録データを効率よく利用した推論の方法論について述べる。復旧方針を大きく左右する送電線の事故原因の推定は、初めての試みである。ニューラルネットによる推定知識の自動獲得とエキスパートシステムによる推定根拠の提示により、従来困難とされてきた計算機上での事故原因診断プロセスの実現に成功した。

 復旧目標系統の生成は、事故直後の系統状態から停電負荷量を最小にする復旧後の系統状態をいくつかのセキュリティ制約を考慮しながら生成するものである。本論文での復旧支援の対象系統は、275KV〜33KVの2次系統であるため、周波数維持を除く設備の過負荷発生防止、低圧から高圧への逆送電禁止、ループ形成による復旧禁止などのセキュリティ指標を含んでいる。解析ツールの適用も一部には試みられてはいるが、多段階の最適化は、結局は大規模な混合整数計画問題に定式化され、大量の計算時間が必要となるため、オンライン処理には適用が困難である。また、セキュリティ制約の定式化も難しく、正しい解がでない可能性がある。

 このような背景から、高速な生成処理が可能な多くのインテリジェントシステムとりわけ、過去の復旧事例に合うようにパターン化した復旧知識による推論方式が提案されている。しかしながら、対象系統の運用構成に依存している復旧知識のため、系統設備の変更や拡張に追従するのに知識の変更が難しい、事故前の系統に近づけるように復旧するため、復旧されない停電負荷が残るなどの問題点がある。

 第IV章では、まづ復旧時系統の汎用的な概念モデルを定義する。そして、それに適用可能な特定の系統に依存しない復旧目標系統の生成ルールと系統運用者の思考過程に合うようにこれらの生成ルールの適用順序を制御する推論メカニズムを述べる。事故前の系統状態に応じて復旧目標系統の生成が柔軟に可能であることをプロトタイプによる詳細なケーススタディにより示している。

 復旧操作手順の決定は、実際には一つの操作後の系統状態の変化を想定しながら行われる。今までに提案されている手法は非常に少ないが、いづれもこの状態変化を2値情報として指標化して扱っている。例えば、遮断器、断路器の入/切、区間の充電/停電、過負荷設備の発生/解消などである。これらは、シンボリックな知識表現に起因しているが、復旧操作候補が増えてくると、各操作候補を実施した後の差異がこの指標化では小さくなり、適切な復旧操作を選択しにくい、つまり系統運用者へ委ねる判断が多くなる。

 第V章では、大規模事故時の復旧操作を決定する際に系統運用者が使用する指標を実現するために、連続値を用いた知識表現と数値シミュレーションを組み合わせた手法を提案する。復旧目標系統が生成されたとして、現在の系統から復旧目標系統に至るまでの復旧操作候補を抽出し、操作時間後の系統状態の定性的評価に基づき次に実施すべき復旧操作を決定する手法について述べる。復旧操作の決定における意志決定プロセスは、ルールベース推論と従来の数値シミュレーションによる予測計算結果を評価するファジィ論理を組み合わせたインテリジェントシステムにより実現可能となった。第IV、V章では、復旧目標系統の生成と復旧操作手順の決定における意志決定プロセスを計算機で実現するためのフレームワークを明らかにしている。

 インテリジェントシステムの検証方法論はその重要性に拘わらず、殆ど議論されていないのが現状である。復旧支援では、計算機上に構築された系統運用者の専門知識をいかに簡単に検証し保守できるかが、運用者の信頼を得る上で重要である。従来は、フィールドに設置し、実事故による検証が行われてきた。しかしながら、母線事故や変圧器事故は限られた検証期間内では発生しにくく、大規模停電を引き起こす複雑な事故に対する検証は困難である。第VI章では、任意の事故ケースの登録により、複雑な事故や広範囲停電を伴う事故をいつでも容易に発生できる系統運用シミュレータを用い、日常の訓練を利用した効率のよい高信頼度の検証方法について述べている。

 実用化する上で最も重要であるが今までに試みられていなかったインテリジェントシステムの検証方法について、一つの方法論を確立した。系統運用者の診断及び意志決定結果とインテリジェントシステムによる解をいかに一致させるかという問題に対し、系統運用者の復旧技術を向上させる系統運用シミュレータが検証プロセスにおいて重要な役割を演じることを立証した。

 電力系統の復旧制御を支援するための様々なインテリジェントシステム技術を提案し、実系統規模のプロトタイプによりその実用性を示した。技術基盤は、ルールベース推論であり、他の人工知能であるニューラルネットやファジィ論理との融合により、事故時におけるベテラン系統運用者の診断及び意志決定過程を計算機により正確かつ高速に実現することを可能にした。

 1998年現在の100MIPS以上のCPUにより診断タスクの事故区間判定は数秒(ルールベース推論)から約30秒以内(モデルベース推論)、事故原因推定は1秒以内である。また、意志決定タスクである復旧目標系統の生成及び復旧操作手順の決定は、その系統規模にもよるが十数秒以内である。この結果、事故発生から1分以内でベテラン運用者と同等の復旧操作手順の実行を行えるようにという計算機での支援に対するニーズは、系統運用者の結果を見ての判断時間(約15秒)を含めても十二分に満足されている。

 今後の研究課題としては、平常時の予防制御における本研究成果の系統信頼度評価への応用がある。想定事故時のセキュリティ評価指標に現状の電圧、潮流違反、電圧/系統安定度に加えて復旧可否の尺度の導入である。復旧できない場合の対応策を立案し、現在の系統に対して事前に実施する予防操作を決定するものであり、系統信頼度評価の新しい研究分野として期待される。

審査要旨

 本論文は、「A STUDY ON POWER SYSTEM RESTORATON AID USING INTELLIGENT SYSTEMS」(インテリジェントシステムを用いた電力系統の復旧支援に関する研究)と題し,英文で書かれ,7章より成る。

 第1章は、「INTRODUCTION」(序論)で,本研究で対象とする電力系統の復旧制御の現状および問題点について説明し,この制御操作の迅速化およびヒューマンエラーの防止による高信頼度化を実現するためのインテリジェントシステム技術の応用について,国内外の動向を整理し、本論文の位置付けを明らかにしている。

 第2章は、「FAULTED SECTION DETECTION CONSIDERING AVAILABILITY OF RELAY INFORMATION」(保護リレー情報の利用可能性を考慮した事故区間検出)と題し,情報伝送系の容量制約から一変電所あたり6〜10種類の保護リレー情報しか得られない給電指令所には、系統運用者のヒューリスティックスに基づく高速なルールベース推論による遮断器で区切られた範囲での事故設備検出手法を、一変電所あたり20種類以上の保護リレー情報が得られる給電制御所には、情報伝送系の保護リレー情報の集約モデルと保護リレーシステムのモデルを用いたモデルベース推論による遮断器と断路器で区切られた範囲でのより精密な事故区間検出手法の2種類の手法を提案している。そして、これらの手法を組み込んだ実規模系統を対象としたプロトタイプシステムを開発し、その有効性を示している。

 第3章は、「FAULT CAUSE ESTIMATION THROUGH AUTOMATIC KNOWLEDGE ACQUISITION」(自動知識獲得による事故原因推定)と題し,雷撃、鳥獣接触、ギャロッピングなどの送電線事故原因の推定を,系統運用者の経験と過去の事故記録データを効率よく利用した推論手法を用いて、従来困難とされてきた計算機上で実現したことを述べている。事故原因の推定は、事故区間が停電負荷の再送電ルートとして使用できるか否かを決定するために行われるもので,事故原因を迅速に系統運用者に提示できれば、復旧操作の迅速化に大きく寄与できる。ここでは、ニューラルネットワークによる推定知識の自動獲得とエキスパートシステムによる推定根拠の提示により、それを実現している。

 第4章は、「RESTORATION PLAN GENERATION USING GENERALIZED RULES」(汎用ルールを用いた復旧目標系統の生成)と題し,まず復旧対象系統の汎用的な概念モデルを定義し、それに適用可能な特定の系統に依存しない復旧目標系統の生成ルールと系統運用の思考過程に合うようにこれらの生成ルールの適用順序を制御する推論メカニズムを提案している。復旧目標系統の生成とは、事故直後の系統状態から停電負荷量を最小にする復旧後の系統状態をいくつかのセキュリティ制約を考慮しながら生成することである。事故前の系統状態に応じて復旧目標系統の生成が柔軟に可能であることを,プロトタイプシステムを開発し詳細なケーススタディにより示している。

 第5章は、「RESTORATIVE OPERATIONS PROCEDURE DETERMINATION WITH POWER SYSTEM STATE CHANGE SIMULATION」(電力系統状態推移シミュレーションを用いた復旧操作手順の決定)と題し,復旧制御の最終段階である復旧操作手順を、系統運用者が設定する複数の評価指標を満足させつつ決定するための、系統状態推移シミュレーションと連続値を用いた知識推論を組み合わせた手法を提案している。すなわち、復旧目標系統が生成されたとして、まず現在の系統から復旧目標系統に至るまでの復旧操作候補を従来型のルールベース推論により抽出し、ある時間断面の操作後の系統状態を数値シミュレーションにより予測計算し、その結果をファジィ論理に基づき評価することにより、各時間断面で実施すべき復旧操作を決定するインテリジェントシステムを開発している。

 第6章は、「VERIFICATION METHOD USING AN OPERATOR TRAINING SIMULATOR」(運転員訓練用系統シミュレータを用いた検証方法)と題し,任意の事故ケースを登録することにより、複雑な事故や広範囲停電を伴う事故をいつでも容易に発生できる系統運用者訓練シミュレータを用い、日常の訓練を利用した効率のよい高信頼度の復旧支援用インテリジェントシステムの検証方法について述べている。系統運用者の診断及び意志決定結果とインテリジェントシステムによる解をいかに一致させるかという問題に対し、系統運用者の復旧技術を向上させる運転員訓練用系統シミュレータが復旧支援用インテリジェントシステム検証プロセスにおいて重要な役割を演じることを立証している。

 第7章は、「CONCLUSIONS AND AREAS OF FUTURE RESEARCH」(結論と今後の課題)で,本研究で得られた知見をまとめている。また、今後の課題についても述べている。

 以上を要するに、本論文は、事故により停電した電力系統を復旧させる際の一連のプロセスである事故区間の検出、事故原因の推定、復旧目標系統の生成と復旧操作手順の決定を支援するシステムの高速化、高信頼度化のために、ルールベース推論を主として、ニューラルネットワークやファジイ論理と融合を図ったインテリジェントシステム技術を提案し、実系統規模のプロトタイプシステムを開発しその実用化を達成したもので、電気工学、特に電力系統工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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