学位論文要旨



No 214249
著者(漢字) 島田,政信
著者(英字) Shimada,Masanobu
著者(カナ) シマダ,マサノブ
標題(和) 衛星搭載用合成開口レーダを用いた地表の規格化後方散乱断面積の計測に関する研究
標題(洋) A STUDY ON MEASUREMENT OF NORMALIZED RADAR CROSS SECTION OF EARTH SURFACES BY SPACEBORNE SYNTHETIC APERTURE RADAR
報告番号 214249
報告番号 乙14249
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14249号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣澤,春任
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 助教授 廣瀬,明
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨

 1980年代以降、異常気象、地球温暖化、オゾン量減少に代表されるように、地球環境の変化が社会的問題となってきており、短い周期で広域的な観測が期待できる地球観測衛星網の充実と、得られたデータの解析による上記現象の機構解明が重要な課題となってきた。合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar:SAR)はアクティブレーダの一つであり、二次元圧縮処理により地表を約10メートルの分解能で、天候、昼夜に関係なく観測できることから、地球観測にとって、非常に有効な搭載センサである。SARは1950年代に初登場し、Seasat(1978)によりその原理が確認され、1990年代になって定常的に運用される機器の一つに成長した。

 SARが観測するのは地表面からの反射信号である。それを二次元圧縮した後、レーダー方程式を用いて地球表面の規格化後方散乱断面積(0)に変換すれば、これは観測対象物の散乱特性を表現する基本的なパラメタとなる。近年、0と観測対象物(あるいはその物理量)の定量的な関係に関する研究が進み、森林バイオマス量(ton/ha)、植物種毎のバイオマス量(ton/ha)、土壌水分量(%g/g)、海氷分布、積雪深分布等を0から推定しようとする傾向にある。これによると、0が約1dBの精度で計測されれば、これらの物理量が全体レンジの20〜30%の精度で求まる。一方、SARはコヒーレントな移動観測系であり、スペックルの影響を受け、画像には斑点状の雑音が広がる。それを平滑化等で取り除いた後、正しい0を求めることをSARの校正という。一般に、0(期待値)とSAR画像の画素値の関係は

 

 で与えられる。ここで、PCは受信信号の相関電力、Precは受信機雑音、Psatは飽和雑音、Grecは受信機利得、Gantはアンテナ利得、Aはピクセル面積、Rはスラントレンジ、CFは校正係数である。従って、校正はレーダ方程式を構成する各要素の正しい推定を必要とする。衛星搭載機器は、打ち上げ前後で、環境条件が大幅に異なるために、機器が予測と離れた動作をする可能性が高い。従って、本論文はこれらの点を考慮し、衛星搭載用SARによる地表面0の計測方法について研究した。尚、スペックル除去については本論文の範囲外とする。

1.飽和した信号のレーダー方程式(第三章)

 SARは受信機利得の設定によっては出力信号が一部飽和し、特に強風下の海面(ERS-1)、沿岸地帯(JERS-1)で飽和率が最大で20〜27%に達することが報告されている。飽和したSAR画像に対するレーダ方程式は、相関処理を考慮する必要があること、飽和雑音は非線形であり取り扱いが煩雑なこと、従来あまり運用例が無く必要性がなかったことから、定式化はこれまで手がけられておらず、本研究で初めてなされた。受信信号を、i)観測ターゲットからのもの、ii)熱雑音やAD変換器の量子化雑音などガウス雑音、iii)両者の和がAD変換器の最大入力を越えたときに発生する飽和雑音にわけ、各々の相関出力の期待値の総和としてSAR画像値を表した。その結果、1)SAR画像値は飽和率に依存して劣化すること、2)相関成分と非相関成分の飽和率への依存性は異なることがわかった。本式により、3)SN=20dB、飽和率20%の場合でも0.6dBのバイアス誤差で一様なターゲットの0がもとまること、4)同一条件でSCR(信号対クラッター比)が10dB以上の場合には誤差は無視可能なことが確認された。従来の方法では、2dB程度の推定誤差は免れない。20%以上飽和したJERS-1SARの画像が正しく補正され、本方式の妥当性が確認された(図1、図2参照)。

2.アンテナパターンの推定法(第四章)

 宇宙空間で展開し約2*12メートルの巨大構造物となるSARのアンテナパターンは、地上では分割して計測するが、その測定誤差、打ち上げ時の振動、展開時の非再現性のために、地上で計測したアンテナパターンと軌道上のものは必ずしも一致しない。そのために、軌道上アンテナパターンの計測方法が1980年代以降、研究されてきた。これまで地上に設置した受信機データ、コーナー反射鏡応答を解析する方法、Moore等によって提案されたアマゾン熱帯雨林データを使用する方法があるが、本研究は、Mooreの方法を改良したものである。本研究は、1)アマゾン熱帯雨林は体積散乱体であり、散乱特性は入射角に依存しないこと、2)SAR画像から雑音成分を除去してアンテナパターンを推定したこと、3)類似な散乱領域のみを2検定で抽出したこと、4)アンテナパターンのオフナディア角依存性として4次多項式モデルを適用したこと、に特徴がある。これにより0.1dBの平均残差でアンテナパターンを抽出することができた。

3.周波数シフト可能な外部校正装置の使用について(第五章)

 外部校正装置は校正係数(CF)の決定に不可欠である。その設置領域の選定には以下の三条件が満たされなければならない。i)領域は一様で広いこと、ii)周囲に高輝度物体がないこと、iii)その中に置かれた外部校正装置の点像はクラッタより十分に明るいこと(但し、受信機を飽和させないこと)。このような場所としては砂漠等の一様な領域は望ましい。しかし、日本のような狭い国ではこれらの条件を満たす場所を見つけるのは困難であり、点像を衛星進行方向の水面(海面)上に移動できる周波数移動型の装置が考えられた。本研究は、そのような装置の校正への適用可能性について理論的、実験的に検証したものである。その結果、本装置は衛星進行方向へ点像を移動できる(4mの誤差)利点がある反面、その応答はSAR参照信号と最適な相関処理とならず、利得、分解能ともに減少する(180Hzのシフトに対して10dBの減衰、アジマス分解能が4倍強劣化、レンジ分解能が2倍強劣化)という欠点があることがわかった。従って、周波数シフトの校正への使用は推奨されないが、あえて使用する場合は1)校正係数は積分法で求めること、2)分解能評価のために周波数シフトは40Hzまでに抑えることを提案した。

4.JERS-1のSARを用いた校正実験(第六章)

 本研究で提案した処理方法、校正方法の検証を行った。

 1)一様性の確認:アマゾンの熱帯雨林データを第三章の方法を用いて画像化し、隣り合う二つのパス、ロウ合計四シーン分のモザイク画像を作成し、パス間でストライプが見えないことを確認した。

 2)校正:周波数シフト無しの外部校正装置の応答から、校正係数を算出し、それとは異なる断面積を持つ校正装置を用いて0を検証した。これから、i)0.9dBの精度で校正係数が算出できること、ii)0は1.2dBで計測できることを確認した。また、iii)飽和画像の誤差解析を行い、在来方法で生じた2.0dBのバイアス誤差が0.6dB以下に減少できることを確認した。更に、校正装置の応答を解析し、本処理で作成された画像は良好な分解能を有することを確認した。最後に、LバンドのSAR画像に見られる地上波の混入問題は、レンジ相関処理内でバンドパスフィルターを挿入することで解決できることを示した。

5.後方散乱係数の地形勾配補正(第七章)

 0は地表面の単位面積当たりの散乱量であり、0を求めるにはSARの一分解能セルに含まれる地表面積を知らなければならない。その方法として、地上で計測した国土数値情報(Digital Elevation Model:DEM)を用いる方法と、衛星観測で求めたDEMあるいはその地形勾配を用いる方法がある。本研究では後者の一つであるSAR干渉処理法を用い、補正方法の長所・短所の整理、地形勾配の誤差モデルの作成、国土地理院のDEMを用いた精度評価を行った。その結果、本方法は、1)座標系が同一のためにマッチング処理に誤差がない、2)地上DEMの無い場所にも適用できる、等の利点のある反面、3)ルック数を上げることでスペックルを下げられるが、分解能の劣化は免れないという欠点が確認された。また、実用性については、0.2dBの許容誤差に対し、本方法は50m分解能で使用可能であること、垂直軌道間距離は2%の精度が要求されることが確認された。

6.まとめ

 本研究は、SARで観測する0を校正する方法について、理論的、実験的な検証を行った。その結果、以下の結論を得た。

 1)飽和したSAR画像の補正が可能になった(20%の飽和率に対しても、本方法は暗い対象物は+0.6dB、明るいものは0dBの残留バイアス誤差。それに対して、在来方法は各々-1.5dB、-2dBの残留誤差)。

 2)平坦な熱帯雨林データを用いて軌道上のアンテナパターンが相対精度0.1dBで推定できる。

 3)周波数シフト校正装置はシフト量40Hz以下で使用すべきである。また、校正係数は積分法を使用すべきである。

 最後に、本方法と在来方法で飽和した富士山画像を処理した例を図1、図2に示す。図1は左右均一な明るさで処理されるのに対し、図2は右にゆくほど補正し切れていないことがわかる。

図1 本方法で処理した富士山画像図2 従来方法で処理した富士山画像。
審査要旨

 本論文は、「A Study on Measurement of Normalized Radar Cross Section of Earth Surfaces by Spaceborne Synthetic Aperture Radar(衛星搭載用合成開口レーダを用いた地表の規格化後方散乱断面積の計測に関する研究)」と題し、地球観測用の衛星搭載合成開口レーダの画像から地表面の規格化後方散乱断面積を定量的に求めるための較正技術に関する一連の研究をまとめたものであって、英文で記され、全8章から成る。

 第1章「序論」では、合成開口レーダ(以下SARと略記)の地球観測センサーとしての意義、規格化後方散乱断面積の定義と地表面の主要観測対象物の後方散乱特性、SARに必要とされる規格化後方散乱断面積の測定精度、SAR較正手法の概要と課題を述べ、結びに本論文の構成を示している。

 第2章は「合成開口レーダの較正の背景」と題し、SARの撮像原理、SARの較正に関わるシステム上の主要要素を要約した上で、SARの較正に関する従来からの研究の概要、較正精度の現状を述べ、そこで解決すべき課題が、SAR相関出力のより高度な定式化、アンテナパターン測定の高精度化、外部較正装置のより適切な使用、地形の傾きに関する補正、等であると論じ、併せて、本論文に述べる研究が目標とした較正の精度を提示している。

 第3章は「合成開口レーダ相関出力に対するレーダ方程式」と題し、海と陸を含む観測域などにおいてSARの受信機出力に起こる飽和を問題として取り上げ、信号の相関処理において非線形処理により飽和を補正する新しい方法を提案している。飽和が観測対象物からの散乱波成分に関わる飽和雑音を発生すると考えることにより、相関出力を観測対象面の規格化後方散乱断面積、熱雑音電力、AD変換器の量子化雑音電力、受信信号の飽和率、およびレーダのシステムパラメータの関数として与える新たなレーダ方程式を定式化、それに基づいて、画像を補正する手順を具体的に与えている。定量的な評価により、提案する補正法が目標とする精度を満たすことを示すと共に、20%以上飽和したSARデータに適用し、補正が適正に行われることを実例をもって示している。

 第4章は「分布ターゲットを用いた衛星搭載合成開口レーダのアンテナパターンの測定」であり、衛星搭載SARのアンテナの放射パターンを軌道上で拡散的な散乱体である熱帯雨林を利用して測定する方法に関して、利用区域を適切に抽出する新たな工夫を行うとともに、パターンの推定法を精密化し、軌道上のSARに関して、0.1dBという僅かな平均残差でアンテナパターンを推定することに成功している。

 第5章は「周波数シフト可能な能動型レーダ較正器を用いる較正」であり、反射波の周波数を偏移させることにより反射点の位置を見かけ上移動させることができる能動型のレーダリフレクターに関して、利得、空間分解能などの応答特性の理論的な解析を行うとともに衛星搭載SARによる実験を行い、SAR較正への適用性を定量的に明らかにしている。

 第6章「熱帯雨林と外部較正器を用いた合成開口レーダ較正実験」では、衛星搭載合成開口レーダの実画像の較正に関して総合的な検証実験を行った結果を述べている。モザイク画像を生成し、その連結の一様性を見ることによりアンテナパターン推定の適切さを確認すると共に、レーダリフレクターを用いる外部較正では、画像の濃度値を規格化後方散乱断面積に変換する較正係数を、飽和した画像も含めて、従来のSAR較正の水準に比較して十分高い精度で求めており、結果は本研究で設定した精度を満たすものとなっている。

 第7章は「合成開口レーダ干渉計を用いた規格化後方散乱断面積の地形勾配に関する補正」で、規格化後方散乱断面積の測定値は地形に傾きがある場合に補正されなければならないが、その補正法の一つであるSAR干渉計の活用に関して、従来に比べてより厳密な定式化を行うとともに、新しい誤差モデルを作成、実画像に適用して、0.3dBという高い精度で散乱断面積を補正できることを示している。

 第8章「結論」では、主要な成果をまとめている。

 以上これを要するに、本論文は、地球観測用の衛星搭載合成開口レーダに関し、画像データから地表面の規格化後方散乱断面積を計測するための較正技術について、レーダ方程式の総合的な定式化を始めとする、高精度化のための一連の新たな手法上の提案を行い、それらの有効性を実例をもって実証したもので、電子情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50709