本論文は,電源電圧(VDD)としきい値電圧(VTH)を制御して,低電力で高速なCMOS集積回路を実現する回路設計技術に関する研究成果をまとめたものである。 CMOS半導体集積回路の電力増大は,デバイスの微細化による電力密度の増大に起因する。1980年代は電圧一定のスケーリングの結果,デバイス寸法が1/(>1)に比例縮小されると,電力密度は3で増大し電力は3年で4倍増えた。1990年代の初頭からVDDも下がり始めたが,より積極的にVDDを下げて電界一定のスケーリングをしても,電力密度は0.7で増大し電力は3年で1.4倍増え続けると予想される。この予想は,米国半導体工業会がまとめた技術ロードマップとも一致し,その通りになると2010年には180Wのチップが出現することになる。 本研究は,こうしたCMOSの電力危機に対する回路的な対策を研究することを目的とする。また,ダウンサイジングによって今後急速に拡大発展することが予想される携帯・着用可能コンピュータの電池寿命の改善を目的とする。 CMOS回路の電力はVDDの2乗に比例するので,VDDの低下が電力削減の有効な方策となる。一方,VDDを下げてもCMOS回路の動作速度を劣化させないためには,VTHも下げなければならない。ところが,VTHを下げるとトランジスタのサブスレッショルドリーク電流が増大して待機時電力が増大し,電池寿命を短くする。また,VDDが低くなるとVTHのばらつきで回路の動作速度が大きくばらつくので,VTHのばらつきを削減しなければならない。ところがこうした課題はデバイス技術やプロセス技術の工夫ではなかなか解決できなかった。 そこで,基板バイアス効果を利用して,トランジスタの基板バイアスを調整することでVTHを制御する可変しきい値電圧技術,VTCMOS(Variable Threshold-voltage CMOS)技術を開発した(図1)。動作時には基板バイアスを浅くしてVTHを低く設定し,待機時には基板バイアスを深くしてVTHを高くする。また,トランジスタのオフリーク電流をモニターして,その値が基準値と等しくなるように基板バイアスを帰還制御することで,製造過程で生じたVTHのばらつきを電気的に補償する。 図1. VTCMOS技術. この原理に基づく3つの回路方式を開発して,多様な要求に答えられるようにした。一つは,VTHのばらつきを補償するSAT(Self-Adjusting Threshold-voltage)方式で,高性能デスクトップ用途に向く。二つ目は,サブスレッショルドリーク電流を削減するSPR(Standby Power Reduction)方式で,携帯機器に向く。三つ目は,両方式の効果を兼ね備えたSAT+SPR方式で,高性能携帯機器に向く。 SPR方式を採用したゲートアレイのチップと,SAT+SPR方式を採用したMPEG-4のチップを0.3m技術で試作して性能を評価した結果,以下のことが検証できた(図2)。 図2. VTH実測結果. 1)VTHのばらつきを±0.10Vから±0.05Vに半減できた。 2)VTHを動作時には0.2Vに待機時には0.5Vに設定できた。その結果,動作速度を損なわずに待機時リーク電流を10A以下にできた。 3)VTHを低く変化させるには0.1sの時間を,VTHを高く変化させるには100sの時間を要した。 4)基板分離のための面積ペナルティは6%以下であり,基板バイアス制御回路の電力ペナルティは1%以下であった。 5)基板ノイズの回路性能への影響は検出レベル以下であった。また,ラッチアップ耐性は従来のCMOSと変わらなかった。 次に,DC-DCコンバータをチップに搭載して内部VDDを制御する可変電源電圧方式,VS(Variable Supply-voltage)方式を開発した(図3)。クロック周波数,すなわち動作速度の要求に応じて必要最低限のVDDを外部標準電源からチップ内部で自動生成する。DC-DCコンバータは,パルス幅変調された矩形波をインダクタとキャパシタからなるローパスフィルタに通すことで平均電圧を出力する。その電圧の下で回路のクリティカルパスのレプリカ回路を動作させて,入力クロックの周期内にちょうど信号伝搬が完了するかどうかを動作速度検出回路が検出し,DC-DCコンバータの出力電圧を帰還制御する。VS方式を用いることで,チップに固有でかつ使用状況や動作要求に応じた最適電圧を外部標準電源から自動生成することができる。また,内部回路だけを低電圧にして入出力回路は標準電源で動かし,両者の間で信号をレベル変換することで,チップ間のインタフェースを従来通りに作れる。 図3. VS方式. VS方式とVTCMOS技術を採用した64ビットのRISCプロセッサのチップを0.4m技術で試作して性能を評価した結果,以下のことが検証できた(図4)。 図4. RISC MPUのshmooプロットとVS方式が自動生成したVDDLの実測結果. 1)入力クロック周波数に応じて必要最低のVDDを自動的に生成できた。(Shmooプロットのパス領域の下限電圧をDC-DCコンバータが自動的に出力した。) 2)従来の2倍以上の性能・電力比の300MIPS/Wを実現できた。 3)DC-DCコンバータの電力変換効率は80%以上であった。 4)面積ペナルティは1%以下であった。 5)帰還制御は安定に制御できた。 更に,回路を高速動作が要求される部分とそうでない部分にCADで最適分割して,それぞれに最適なVDDを与えるDual-VS方式を開発した(図5)。内部の2電源の比,VL/VHが0.7のときにチップの電力が最小になることを理論モデルとシミュレーションから見出した。また,レベル変換しながらフリップフロップ動作する回路を新たに開発して,VLからVHへの信号レベル変換に伴う速度や電力や面積のペナルティを軽減した。 図5. Dual-VS方式. MPEG-4チップをDual-VS方式とVTCMOS技術を採用した場合とVS方式とVTCMOS技術を採用した場合で設計し,0.3m技術で試作して性能を評価した結果,以下のことが検証できた(図6)。 図6. MPEG-4における電力の低減効果. 1)VS方式とVTCMOS技術を採用することで電力を従来のCMOSの設計に比較して43%削減できた。Dual-VS方式を採用することで電力をさらに25%削減でき,対CMOSで57%削減できた。 2)余剰動作速度を電力削減に活かせたことがパス遅延分布の解析から確認できた。 最後に,本研究の持つ工学的な意義をまとめると以下のようになる。 1)従来は設計の前提条件であったVDDとVTHを設計者が最適化できるパラメータに発展させた。その結果,CMOS回路の電力と速度のトレード・オフを改善できた。 2)従来は一定値だったVDDとVTHを回路で可変制御できるようになった。その結果,状況や要求の時間的・空間的な違いや変化に応じて,回路性能をダイナミックに最適化できるようになった。 3)VDDとVTHの最適設計の基礎理論を構築し,実際のチップの設計に適用して実用技術にした。 4)MOSFETの使い方を3端子デバイスから4端子デバイスに拡張した。その結果,従来の設計手法や設計のためのインフラストラクチャを変えずに,より高い性能を引き出せた。 5)デバイス技術では原理的に困難であるVTHのスケーリングを回路技術で可能にした。 6)基板バイアス効果やインパクトイオン化による基板電流などに関する新たな研究分野を開いた。 以上 |