本論文は筆者が1988年より1998年にかけて行なった、半導体レーザー励起Nd:YAGレーザーとその波長変換に関する研究をまとめたものである。筆者は半導体レーザー励起Nd:YAGレーザーの連続波赤外光を共振器内のバルク非線形光学結晶を用いて波長変換し可視、紫外域の連続波光源を得る研究を行った。 共振器構成を用いると共振器内の光のリサイクルにより、効率の良い波長変換が可能となる。Nd:YAGレーザーが初めて発振した直後の1966年にはAshkinらによる外部共振型第二高調波発生や、1968年にはGeusicらによるレーザー共振器内部の非線形光学素子を用いた第二高調波発生として、このアイデアが報告されている。また、AlGaAs半導体レーザーを固体レーザーの励起光源に用いるとコンパクトで高効率なレーザーが実現可能であることが1963年には既にNewmanにより提案され、GaAs半導体レーザー低温発振の報告後すぐ1964年にはKeyesらによる半導体レーザー励起固体レーザの初めての実験が試みられた。 しかしながら、これらのアイデアの具現は高出力AlGaAs半導体レーザーの実用化やKTiOPO4や-BaB2O4などの新しい非線形光学素子が出現を待たねばならなかった。この研究に着手する2年前の1986年にはSpectra-Physics社のBaerらにより半導体レーザー励起Nd:YAGレーザーの共振器内第二高調波発生が報告され大きな注目を集めた。このころより固体レーザールネッサンスとして半導体レーザー励起固体レーザーとその波長変換の実用化研究が盛んに行なわれるようになった。 筆者は光ディスクの研究開発を行なってきた経緯により、従来の光ディスクに用いられてきた近赤外のAlGaAsレーザー(780nm)より短波長の半導体レーザー励起Nd:YAGレーザーの共振器内第二高調波発生に注目した。532nmのグリーン光を用いると高密度な光ディスクシステムが可能となるはずである。しかしながら、この共振器内第二高調波発生レーザーはレーザー発振と非線形変換の二つのプロセスが同一共振器内に存在するために出力が不安定になるという問題があった。Baerの解析によるとモード間の非線形損失を介した結合によりカオス状のノイズが発生すると報告されていた。 この問題の解決の糸口は、"Baerの解析は偏光を考慮していない"との東京大学黒田先生の指摘にあった。筆者はタイプ2で位相整合する非線形光学結晶KTPの偏光モード間の結合に注目し、Figure1のように共振器内に基本波の1/4波長板を配置することにより和周波出力をキャンセルし偏光モード間結合を解く方法を考案した。 Figure 1. A quarter wave plate(QWP)relative to KTP optical axis inserted in the intra-cavity frequency-doubled Nd:YAG laser cavity. この時、2偏光モードの共存が非線形ロスの最小値をあたえるため、安定な第二高調波出力が得られる。つまり、レーザー共振器内のフォトンの"意志表明"は共振器内ロスが最小となるように自動的に選択されるということである。このことは後にNd:YAGレーザーの位相同期発振でも同様に観測され、隣接するビームの逆相発振という形で観測された。その後、この532nmのグリーン光源を用いて初めて従来比3倍のNTSCビデオディスクやHi-vision MUSEビデオディスク等の高密度光ディスクの再生を行ない、光源が回折限界であること、低ノイズであることを実証した。1/4波長板を配置する方式を用いサイズが28mmx38mmx18mmと小形の光ディスク用SHGグリーンレーザー(mi-Green)の実用化開発が行われ、この光源を用い6倍密度デジタルビデオディスクシステムへの応用が図られた。この高密度デジタル光ディスク技術が源流となり、デジタルビデオディスク(DVD)システムが誕生した。 一方、固体レーザーのスケーラビリティーや優れたコヒーレンス特性を生かせば、ワット級への高出力化や紫外域への波長変換が可能となる。全固体の高出力紫外光源が実現すれば、高密度光ディスクマスタリング装置や半導体製造装置への応用が開ける。筆者は光ファイバーに結合した半導体レーザー励起のスケールアップによる第二高調波出力の高出力化を行ない、全固体で連続波1W以上の第二高調波が得られることを初めて示した。この高出力第二高調波出力を用い外部共振器法により、Nd:YAGレーザー出力の第四高調波である遠紫外光発生を試み、全固体で連続波0.1W以上の遠紫外光が得られることを初めて示した。 レーザー共振器内部の第二高調波発生はレーザーの"意志"による波長の自動選択が行われるが、外部共振法の場合、強制的に周波数同調を行う必要がある。光の領域での周波数同調は波長以下の超精密な共振器長制御が必要となる。超精密な共振器長制御を用いた外部共振法を容易にかつ安定に行うため、光ディスクに用いられる電磁アクチュエーターの技術を発展させ、新たにボイスコイルモーター(VCM)型の電磁アクチュエーターを開発した。このVCMアクチュエーターを用いた外部共振を初めて行った。このブレークスルーにより、Figure2のようなBBOを用いた実用的な連続波第四高調波レーザーを実現することができた。 Figure 2.Schematic of an all-solid-state continuous-wave 266nm deep-ultraviolet laser.A VCM is introduced as a frequency-locking device. タイプ2で位相整合する非線形光学結晶KTPでは和周波をキャンセルすることによりフォトンの自動選択による安定化を行ったが、励起光源のスケールアップとZ型の共振器構成により共振器内第二高調波出力で3.5Wの高出力化を可能とした。一方、タイプ1で位相整合する非線形光学結晶BBOにおいては、2モード入力に対し和周波による変換効率の増加が可能である。この効果を用いてNd:YAGの第四高調波で1.5Wと高出力の連続波遠紫外光出力を得ることができた。 VCMアクチュエーターは同様に超精密共振器制御の必要な注入同期型Nd:YAGレーザーにも応用され、縦単一モードで連続波出力10Wの高出力を実現することができた。この光源は重力波検出プロジェクト(TAMA300)用の干渉計用光源として実用化され、国立天文台での組み込みが進行中である。また、この縦単一モードの赤外出力から高効率に外部共振を行う手法として、ゲイン媒質のNd:YAGを含んだ外部共振を初めて示し、入射基本波からの見かけの効率が100%以上となることを実験で示した。 BBOは比較的変換効率が低いため、実用的変換効率を得るには、低損失の外部共振器が必須となる。この低損失外部共振器の実現のためには、散乱、吸収損失の少ない高品質なBBO結晶育成及びその加工プロセスを実現する必要があった。さらに発生した紫外光に起因する結晶や表面無反射コート膜のダメージや共振ミラーの汚染の問題が長く立ちはだかった。これら問題の解決のため、Czokralski法による高品質BBO結晶育成の実現及び加工研磨やコートプロセスの改善を行った。さらに共振器構成の改善によるパワー密度の最適化や、共振器内の汚染物質の除去及び窒素ガスパージを行った。この結果、266nm出力100mWで1000時間、30mWで5000時間を超す信頼性が実現された。 この結果をもとに、いよいよ全固体の連続波第四高調波レーザーが実用化された。1998年のCLEO’98のレーザー展示会において世界で初めて実用化レベルの全固体連続波第四高調波レーザーが展示され、大いに注目を集めた。この連続波第四高調波レーザーを用いた光ディスクの原盤作成においても、GaN半導体レーザー時代に向けた高密度化の技術検討が進んでいる。さらに固体レーザーの優れたコヒーレンス特性を利用した計測分野においても半導体や生物などの微細構造の観察計測などへの応用が期待されている。また連続波の領域にとどまらず、Q-switchパルスNd:YAGレーザーを基本波とした高調波発生では213nmの5倍波出力においても高出力が得られ、今後はさらに200nmを切る短い波長の発生も期待されている。 |