本論文は、「放射光を用いたX線パラメトリック変換の研究」と題し、これまで実現されていなかった放射光を用いたX線パラメトリック変換の観測、および放射光の特性を利用したX線パラメトリック変換についてまとめたものである。 第1章は序論であり、本研究の背景と、意義・目的について述べている。放射光の近年の発展・利用について、また可視・赤外領域でのパラメトリック変換の研究について概観している。そして1971年のEisenbergerによるX線パラメトリック変換実験を紹介したあと、なぜX線パラメトリック変換を含むX線領域での非線形効果の観測および利用が困難であるかを説明している。また放射光の高輝度化にも関わらず放射光におけるX線パラメトリック変換が進展しなかった原因についてコインシデンス測定をおこなう際のS/Nの問題であることを指摘している。そして本研究の目的は、これまで実現されていなかった放射光におけるX線パラメトリック変換の観測を可能にするとともに、実験室のX線発生装置ではできない放射光の特性を生かした条件でのX線パラメトリック変換の検出および理論との検証であると述べている。 第2章ではまず、X線パラメトリック変換の理論について本研究の計算に用いた遷移電流から非線形感受率を求める方法を説明するとともに、第2量子化したベクトルポテンシャルを用いて直接変換断面積を求める方法について説明している。そしてX線領域でのパラメトリック変換と可視・赤外領域でのパラメトリック変換との違いについて述べている。そこではX線領域でのパラメトリック変換に寄与する項と可視・赤外領域でのパラメトリック変換に寄与する項との違いを明白にするとともに、2つの領域で利用される位相整合条件の違いについて説明している。 第3章では本研究で重要な役割を果たした3つの実験装置・変換素子について述べている。その3つとは放射光、ダイヤモンド単結晶、APD検出器である。放射光については特に、実験をおもにおこなったSPring-8、BL09における放射光の特徴、実験機器について説明している。ダイヤモンド単結晶はその完全性、および軽元素であることが放射光でのX線パラメトリック変換に有用であることを説明し、X線3結晶法を用いたダイヤモンド単結晶の評価実験をおこない、十分な完全性をもつことを確認している。またAPD検出器がS/Nを向上するのに有効であることを指摘し、時間分解能、エネルギー分解能、検出効率についての試験をおこなっている。 第4章では放射光でおこなった4つの異なる配置でのX線パラメトリック変換実験について述べ、考察を与えている。まず光学系・検出系に起因する固有のS/Nを向上させ、放射光においてはじめてX線パラメトリック変換を観測した。その工夫として放射光の高指向性とダイヤモンド単結晶の完全性を利用して検出器の立体角を小さくしたことと、時間分解能に優れたAPD検出器を用いたことを挙げている。さらに色消しの配置である2結晶配置を用いることにより単位立体角あたりのシグナルをEisenbergerらによる実験に比べて5桁向上させた。またX線管と異なる放射光の偏光特性を利用して偏光入射、90°の散乱角においてX線パラメトリック変換を観測した。X線パラメトリック変換の偏光因子は入射光、シグナル光、アイドラー光、および逆格子ベクトルによって決まり、結晶の対称性に依らない。またX線の線形散乱であるトムソン散乱の偏光因子とも異なる。トムソン散乱では禁止される偏光入射、90°の散乱角においてX線パラメトリック変換を観測することにより、トムソン散乱と異なる偏光依存性をもつことを実験的に示した。この配置は今後、X線パラメトリック変換をおこなう際、S/Nにすぐれた配置として利用される可能性を指摘している。最後に、共鳴エネルギーが寄与する変換素子としてシリコンおよびゲルマニウムのX線パラメトリック変換実験をおこなっている。共鳴による異常効果は観測されなかったが、シリコンによるX線パラメトリック変換をはじめて観測し、変換素子の可能性を広げている。 第5章はまとめと今後の展望であり、放射光でおこなったX線パラメトリック変換実験について総括するとともに、光学系、検出器、変換素子についての今後の展望を述べている。また今後の高エネルギーX線の利用についての可能性を指摘している。 以上をまとめると、本論文では25年以上進展のなかったX線パラメトリック変換の研究において、放射光を用いることにより、新たな展開をもたらしている。これらの成果は今後進展すると考えられるX線非線形光学への基礎技術・基礎的知見をして利用されると考えられ、物理工学への寄与は非常に大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |