本論文は、「Growth of Cubic Phase III-Nitrides by Metalorganic Vapor Phase Epitaxy and Their Optical Properties(和訳 有機金属気相成長法による立方晶窒化物半導体の成長と光学的性質)」と題し、有機金属気相成長法により発光特性に優れた立方晶GaNおよびAlGaNのエピタキシャル成長を実現するとともに、その成長特性および光学的性質を詳細な実験により明らかにしたことを述べ、さらに立方晶GaN/AlGaNヘテロ構造において光誘導放出を実現したことを述べたものであり、英文で記され、6章から構成されている。 第1章は序論であり、本研究の背景、目的と論文の構成について述べている。 窒化物半導体は通常は六方晶であり、レーザ材料として応用が進められているのに対し、立方晶窒化物半導体がエピタキシャル成長において実現可能であるという背景と、立方晶窒化物半導体の結晶成長学上および応用上の積極的意義に着目したことを述べた上で、高品質な立方晶GaNおよびAlGaNエピタキシャル成長を実現し、その成長特性および光学的特性を明らかにして光デバイス材料としての可能性を明らかにすることが本研究の目的であることを述べている。 第2章は、「Growth of cubic GaN(立方晶GaNの成長)」と題し、3C-SiC(100)基板上およびGaAs(100)基板上におけるGaNの有機金属気相成長の成長特性および成長層の結晶構造的評価について述べている。本研究では窒素原料として、熱分解効率においてすぐれたジメチルヒドラジンを用いていることが一つの特徴である。成長は低温成長GaNバッファ層の成長に引き続き、高温成長において目的の高品質GaN成長層を得るという2段階成長法を採用している。成長温度および気相中のV族対III族原料比(V/III比)の2つの主要な成長条件と、X線回折による成長層の構造的評価との関係に着目し、いずれの基板上の成長においても、立方晶の成長には800℃以上の高温と、25以下の低いV/III比が有利であることが示されている。また立方晶と六方晶とが混在して成長する機構についてカソードルミネッセンスおよびマイクロラマン散乱による詳細な実験に基づいて明らかにしている。さらに低温成長バッファ層の最適層厚を明らかにしている。 第3章は、「Optical properties of cubic GaN(立方晶GaNの光学的性質)」と題し、最適化された成長条件下で作製された立方晶GaNのフォトルミネッセンスによる光学的評価について述べている。GaAs(100)基板上の立方晶GaN層の測定温度6Kにおけるフォトルミネッセンススペクトルには、結晶の高品質性を示す励起子による狭スペクトル幅の発光線が得られた。フォトルミネッセンスの温度依存性および励起強度依存性から、さらにドナー-アクセプタ対発光および第2のアクセプタに起因する発光を確認した。励起子発光は室温においても観測され、結晶の高品質性を反映した70meVの狭い半値幅を得ている。3C-SiC(100)基板上の立方晶GaNは微結晶においてとくに低欠陥であり、マイクロフォトルミネッセンスに測定より、自由励起子、ドナー束縛励起子およびアクセプタ束縛励起子をそれぞれ分離して観測することに成功している。 第4章は、「Growth and optical properties of cubic AlGaN (立方晶AlGaNの成長と光学的性質)」と題し、GaAs(100)基板上のAlGaN層の有機金属気相成長の成長特性および成長層の光学的評価について述べている。前述の立方晶GaNの成長においてAl原料を付加することにより、10%から50%までのAl濃度を有する立方晶AlGaN混晶層を得ている。低温フォトルミネッセンス測定において、励起子およびドナー-アクセプタ対発光さらに深い準位による発光を確認しており、これらの準位がAl濃度の増加とともにより深い準位へ移行することが明らかにされている。 またドナー-アクセプタ対発光は、50K付近より高温では自由電子-アクセプタ準位間遷移による発光へ移行していくことが明らかにされている。 第5章は、「Stimulated emission from cubic GaN/AlGaN heterostructure (立方晶GaN/AlGaNヘテロ構造からの誘導放出)」と題し、立方晶GaNおよびAlGaNからなるダブルヘテロ構造を作製し、光照射による励起を行うことにより、立方晶結晶からの誘導放出を観測することに成功したことを述べている。ダブルヘテロ構造は、立方晶GaNを活性層とし、立方晶AlGaNをクラッド層とする構造であり、GaAs(100)基板上に立方晶GaN層を介して作製されている。さらに立方晶の性質を利用して平行なへき開面を反射面とする共振器構造を作製し、温度15KにおいてYAGレーザによるパルス励起により、結晶端面からの誘導放出を観測している。共振器長0.8mmの場合、閾値励起強度5.5MW/cm2であり、励起強度に対する発光強度の直線的な増加が確認されている。また共振器効果を示す明らかな偏光特性も確認している。さらに発光波長の励起強度の増加による長波長化の現象が、キャリアの強励起による多体効果であることを明らかにしている。 第6章には、本論文の結論が述べられており、本研究で明らかにされた立方晶GaNおよびAlGaNの結晶成長上および光学的性質に関する知見、さらに実証された誘導放出に関する成果が要約されているとともに、立方晶窒化物半導体の光デバイスへの応用可能性への展望が示されている。 以上をまとめると、本論文では立方晶GaNおよびAlGaNの有機金属気相成長における成長特性および光学的性質が詳細にわたり明らかにされており、また光デバイスへの応用の可能性が実証的に示されている。それにより窒化物半導体の新しい応用を切り開く物理的・技術的課題を解決している点で、物理工学への寄与は非常に大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |