学位論文要旨



No 214256
著者(漢字) 呉,軍
著者(英字)
著者(カナ) ウー,ジュン
標題(和) 有機金属気相成長法による立方晶窒化物半導体の成長と光学的性質
標題(洋) Growth of Cubic Phase III-Nitrides by Metalorganic Vapor Phase Epitaxy and Their Optical Properties
報告番号 214256
報告番号 乙14256
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14256号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 伊藤,良一
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 三浦,登
 東京大学 教授 白木,靖寛
内容要旨

 青色および近紫外域の短波長発光素子用材料として窒化物半導体が多くの研究者の注目を集めている。代表的な窒化物半導体であるAlN、GaN、InNは安定相がウルツ鉱構造であり、直接遷移型半導体である。AlGaN、およびInGaN混晶系は全組成域で固溶体形成ができる。またバンドギャップはInNの1.9eVからAlNの6.2eVと可視光全域から近紫外域にわたるため、他のIII-V族化合物半導体では原理的に不可能な波長領域、特に短波長領域のデバイスの実現が可能である。

 GaNはイオン性が強いために、六方晶が安定な構造となるが、GaAsなどの立方晶基板上にGaNを成長すると基板の構造の影響を受けて準安定状態として立方晶GaNが成長する。SiやGaAsなど結晶性に優れる基板上に立方晶GaNが成長できれば、結晶の劈開面を利用してレーザダイオードの共振器を容易に得られるという利点がある。また構造が六方晶から立方晶へと構造変換することは結晶学的に興味深い。ただし、立方晶窒化物は六方晶と比較して、熱力学的安定性の観点から高品質の結晶が得られにくく、従来までに得られている立方晶GaNの結晶性はそれほど良質ではないために、物性について不明な点が多い。そこで、有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法を用いて、良質な立方晶窒化物半導体を作製し、その物性を明らかにするとともに、短波長領域の光デバイスを実現することが本研究の目的である。

 本論文の構成は以下の通りである。序論である第一章に続き、第二章ではGaN結晶構造の成長条件依存性について述べる。第三章では得られた良質な立方晶GaNの光学特性をフォトルミネッセンス(PL)を用いて調べた結果について述べる。第四章では立方晶AlGaNのMOVPE成長および光学特性について述べる。第五章では立方晶GaN/AlGaNヘテロ構造を作製し、そのヘテロ構造における光励起誘導放出について述べる。第六章では本研究のまとめを行う。

 そこでまず、GaN結晶構造の成長条件依存性について研究を行った。結晶成長は有機金属気相エピタキシー法を用いて行った。Si(001)上にCVDで成長した3C-SiCおよびGaAsを基板として用いた。トリメチルガリウム(TMG)およびジメチルヒドラジン(DMHy)をそれぞれGaおよびN原料として使用した。成長温度575℃、厚さ20nm程度のバッファ層を成長した後、成長温度とV/III比を変化させ、成長を行った。X線回折、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて成長したGaNの結晶構造の評価を行なった。結果としては、成長温度600℃で、V/III比を12.5〜100の範囲で変化させた場合、X線回折により六方晶GaN結晶(0002)の回折に対応する2=34.6°ピークのみ観測された。すなわち、c軸が基板面に垂直に配向した六方晶GaNのみ成長した。一方、成長温度800℃では、V/III比を変化させることによって結晶構造が変化する。V/III比が下がるに従って、立方晶GaN結晶(002)の回折に対応する2=40.2°ピークが観測された。100程度の高いV/III比では、c軸が基板の〔111〕方向に配向した六方晶GaNが成長するが、50以下の低いV/III比では、立方晶GaNの成長が支配的になる。したがって、立方晶GaNを成長するためには、800℃以上の高い成長温度と低いV/III比が必要であることが明らかになった。とくに、従来の準安定立方晶GaNの成長には低い成長温度が必要であるという観点とは異なり、基板構造の影響を受けて高品質な結晶を成長するためには高い成長温度が不可欠であることを明らかにした。

 さらに、成長した立方晶GaNの表面モフォロジーを改善するためにバッファ層の効果を検討した。その結果、適切な厚さの低温成長GaNバッファ層を基板直上に導入することが良質な立方晶GaNを成長する上で有効であることがわかった。以上の結果に基づいて良質な立方晶GaNエピタキシャル膜を成長することができるようになった。X線回折、走査電子顕微鏡、フォトルミネッセンス等の手法を用いて立方晶GaNを評価した。結果、立方晶GaN(002)回折のX線ロッキングカーブの半値幅27分、室温でのフォトルミネッセンスの半値幅70meVと、現在まで報告されている中で最も良質な立方晶GaN薄膜が得られたことが明らかとなった。

 この良質な立方晶GaN薄膜の評価から従来の研究者の間で意見の分かれていた光物性、特に発光特性の詳細を明らかにすることができた。He-Cdレーザを用いて6K〜300Kの温度範囲で立方晶GaNのフォトルミネッセンス(PL)特性について検討した。立方晶GaNのPLスペクトルを示すように、バンド端からの鋭い発光が観測されている。2.0eV付近の不純物発光が比較的弱く、とくに六方晶GaNの発光(3.30eV以上)は見られない。PLのピークエネルギーの温度依存性と励起強度依存性から、3.274eVと3.178eVのピークはそれぞれ励起子とD-Aペアによる発光であることがわかった。また、低エネルギー側にさらに二つのピーク(3.088eV、3.056eV)が観測される。これらのピークについては、ピークエネルギーの励起強度依存性から、もう一つのアクセプター準位(EA’=212meV)の存在を仮定することによって、それぞれeA’、D-A’ペアによる発光であると説明することができる。室温でも、十分な強度の励起子発光が観測された。また、SiC基板上にさらに高品質な立方晶GaNが得られたことによって光学測定に基づいて束縛励起子、自由励起子発光の分離、フォノンエネルギーの同定など今まで報告されていない新たな結果を得た。

 立方晶AlGaNは立方晶GaNを用いたヘテロ構造デバイスにおいて重要となる材料である。しかし、これまで高品質な結晶がえられにくかったことから、光物性に関しては明らかでなかった。本研究では高品質立方晶GaN上に、立方晶AlGaNのMOVPE成長を行った。基板温度575℃で厚さ20nm程度のバッファ層を成長した後、900℃で厚さ0.5mの立方晶GaN層に続いて、厚さ0.1m〜0.5mのAlGaN層を成長した。立方晶AlGaNのAlの組成(0x0.5)はX線回折によって決定した。PL法を用いてこの立方晶AlGaNの光学特性を調べた結果、励起子、D-Aペアによる発光はAl組成の増加にともない、高エネルギー側へシフトする。シフトする割合が違うことからAl組成が大きいほど不純物準位が深くなるという現象を観測した。また、高Al組成の場合は(x=0.25)、D-Aペアによる発光は温度を室温まで上昇させても観測される。ピークエネルギーシフトの温度依存性を調べたことにより、この発光は自由電子とアクセプター間の遷移によると考えられる。また、高いAl組成の試料でも十分な強度の発光が観測された。

 この良質な立方晶GaNと立方晶AlGaNに基づいて、GaAs(100)基板上に立方晶GaN/AlGaNヘテロ構造を作製した。基板温度575℃で厚さ20nm程度のバッファ層と900℃で厚さ0.3mの立方晶GaN層を成長した後、0.15mの立方晶Al0.10Ga0.90Nクラッド層、0.2mの立方晶GaN活性層、0.01mの立方晶Al0.25Ga0.75Nクラッド層を900℃で順次成長した。立方晶窒化物半導体の特徴を利用して、劈開による0.6mm長のレーザ共振器を形成した。パルス幅7nsのYAGレーザ3倍波を利用して、温度10Kで劈開により得られた共振器端面から誘導放出を観測した。しきい値(5.5MW/cm2)以上では、励起強度の増大することにとって、発光強度は急激に強くなり、横電場(TE)偏光が強いという誘導放出の特徴が観測された。さらに、励起強度の増加にともない、発光ピークが長波長側へシフトする現象が見られた。その発光ピークのレッドシフトは多体効果によりバンドギャップがキャリア密度の3分の1乗に比例して縮小することを反映していると考えられる。

審査要旨

 本論文は、「Growth of Cubic Phase III-Nitrides by Metalorganic Vapor Phase Epitaxy and Their Optical Properties(和訳 有機金属気相成長法による立方晶窒化物半導体の成長と光学的性質)」と題し、有機金属気相成長法により発光特性に優れた立方晶GaNおよびAlGaNのエピタキシャル成長を実現するとともに、その成長特性および光学的性質を詳細な実験により明らかにしたことを述べ、さらに立方晶GaN/AlGaNヘテロ構造において光誘導放出を実現したことを述べたものであり、英文で記され、6章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景、目的と論文の構成について述べている。

 窒化物半導体は通常は六方晶であり、レーザ材料として応用が進められているのに対し、立方晶窒化物半導体がエピタキシャル成長において実現可能であるという背景と、立方晶窒化物半導体の結晶成長学上および応用上の積極的意義に着目したことを述べた上で、高品質な立方晶GaNおよびAlGaNエピタキシャル成長を実現し、その成長特性および光学的特性を明らかにして光デバイス材料としての可能性を明らかにすることが本研究の目的であることを述べている。

 第2章は、「Growth of cubic GaN(立方晶GaNの成長)」と題し、3C-SiC(100)基板上およびGaAs(100)基板上におけるGaNの有機金属気相成長の成長特性および成長層の結晶構造的評価について述べている。本研究では窒素原料として、熱分解効率においてすぐれたジメチルヒドラジンを用いていることが一つの特徴である。成長は低温成長GaNバッファ層の成長に引き続き、高温成長において目的の高品質GaN成長層を得るという2段階成長法を採用している。成長温度および気相中のV族対III族原料比(V/III比)の2つの主要な成長条件と、X線回折による成長層の構造的評価との関係に着目し、いずれの基板上の成長においても、立方晶の成長には800℃以上の高温と、25以下の低いV/III比が有利であることが示されている。また立方晶と六方晶とが混在して成長する機構についてカソードルミネッセンスおよびマイクロラマン散乱による詳細な実験に基づいて明らかにしている。さらに低温成長バッファ層の最適層厚を明らかにしている。

 第3章は、「Optical properties of cubic GaN(立方晶GaNの光学的性質)」と題し、最適化された成長条件下で作製された立方晶GaNのフォトルミネッセンスによる光学的評価について述べている。GaAs(100)基板上の立方晶GaN層の測定温度6Kにおけるフォトルミネッセンススペクトルには、結晶の高品質性を示す励起子による狭スペクトル幅の発光線が得られた。フォトルミネッセンスの温度依存性および励起強度依存性から、さらにドナー-アクセプタ対発光および第2のアクセプタに起因する発光を確認した。励起子発光は室温においても観測され、結晶の高品質性を反映した70meVの狭い半値幅を得ている。3C-SiC(100)基板上の立方晶GaNは微結晶においてとくに低欠陥であり、マイクロフォトルミネッセンスに測定より、自由励起子、ドナー束縛励起子およびアクセプタ束縛励起子をそれぞれ分離して観測することに成功している。

 第4章は、「Growth and optical properties of cubic AlGaN (立方晶AlGaNの成長と光学的性質)」と題し、GaAs(100)基板上のAlGaN層の有機金属気相成長の成長特性および成長層の光学的評価について述べている。前述の立方晶GaNの成長においてAl原料を付加することにより、10%から50%までのAl濃度を有する立方晶AlGaN混晶層を得ている。低温フォトルミネッセンス測定において、励起子およびドナー-アクセプタ対発光さらに深い準位による発光を確認しており、これらの準位がAl濃度の増加とともにより深い準位へ移行することが明らかにされている。

 またドナー-アクセプタ対発光は、50K付近より高温では自由電子-アクセプタ準位間遷移による発光へ移行していくことが明らかにされている。

 第5章は、「Stimulated emission from cubic GaN/AlGaN heterostructure (立方晶GaN/AlGaNヘテロ構造からの誘導放出)」と題し、立方晶GaNおよびAlGaNからなるダブルヘテロ構造を作製し、光照射による励起を行うことにより、立方晶結晶からの誘導放出を観測することに成功したことを述べている。ダブルヘテロ構造は、立方晶GaNを活性層とし、立方晶AlGaNをクラッド層とする構造であり、GaAs(100)基板上に立方晶GaN層を介して作製されている。さらに立方晶の性質を利用して平行なへき開面を反射面とする共振器構造を作製し、温度15KにおいてYAGレーザによるパルス励起により、結晶端面からの誘導放出を観測している。共振器長0.8mmの場合、閾値励起強度5.5MW/cm2であり、励起強度に対する発光強度の直線的な増加が確認されている。また共振器効果を示す明らかな偏光特性も確認している。さらに発光波長の励起強度の増加による長波長化の現象が、キャリアの強励起による多体効果であることを明らかにしている。

 第6章には、本論文の結論が述べられており、本研究で明らかにされた立方晶GaNおよびAlGaNの結晶成長上および光学的性質に関する知見、さらに実証された誘導放出に関する成果が要約されているとともに、立方晶窒化物半導体の光デバイスへの応用可能性への展望が示されている。

 以上をまとめると、本論文では立方晶GaNおよびAlGaNの有機金属気相成長における成長特性および光学的性質が詳細にわたり明らかにされており、また光デバイスへの応用の可能性が実証的に示されている。それにより窒化物半導体の新しい応用を切り開く物理的・技術的課題を解決している点で、物理工学への寄与は非常に大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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