学位論文要旨



No 214258
著者(漢字) 坂佐井,馨
著者(英字)
著者(カナ) サカサイ,カオル
標題(和) 高温超伝導体/磁界センサ体系による磁束源の非破壊検出に関する研究
標題(洋)
報告番号 214258
報告番号 乙14258
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14258号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 教授 前田,宣喜
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 高橋,浩之
内容要旨

 磁界を計測することによってその信号源を推定することは磁界測定の重要な目的の1つであるが、この問題は一般的に一意的な解を持たない問題として知られている。本論文ではまずこのことを平板内に分布する電流密度からの磁界を計測する場合に、フーリエ変換法を用いて確認した。また、このように本質的に解けない問題を解く場合、ある種の近似解(信憑性のある解)を求めることになり、それは強い拘束条件、たとえば電源モデルとして電流ダイポールあるいは磁気ダイポールを導入することによってもたらされる。さらに、本計測には多点計測が不可欠であり、それゆえ求める信号源の推定精度に応じて適切な磁界測定点の選択が必要となる。このため、適切な磁界計測系を設計するには信号源とそれがつくる磁界を結びつける空間伝達関数の周波数特性を把握することが重要である。そこで、その物理的意味を明らかにしつつ、1次元の空間伝達関数を導出しその空間周波数特性を調べた。空間伝達関数の空間周波数特性を知ることにより磁界センサの適切な配置を決定する上での指針を得ることができる。

 さて、21世紀において中心となる科学技術の1つに超伝導を用いた技術が考えられる。超伝導物質は、完全導電性、完全反磁性等の著しい特徴をもつ。その完全反磁性の磁気遮蔽効果及び磁気収束効果を利用した技術の1つとして、磁場の発生源、すなわち磁束源の高感度あるいは高分解能検出方法について検討したところ、磁束源として電流ダイポール及び磁気ダイポールを考えた場合、そのつくる磁界と超伝導体の磁気遮蔽効果を考慮することにより、磁束源を高感度あるいは高分解能で検出・測定する方法を考案した。すなわち、(1)超伝導平行平板/磁界センサ体系、(2)超伝導円盤/磁界センサ体系、及び(3)超伝導円筒/磁界センサ体系である。超伝導平行平板/磁界センサ体系は、2枚の超伝導平行平板の間に磁界センサを配置したもので、その2つの平板で切り取られる領域に存在する電流ダイポールを感度良く検知できる体系として、磁束源が電流ダイポールで模擬できる場合にはその有用性が期待できる。また、超伝導円盤/磁界センサ体系は、円盤状の超伝導体の中心に穴をあけ、その中心に磁界センサを配置したものでる。超伝導円盤は半径方向にスリットを設け、ループ状に遮蔽電流が流れないようしてあるため、円盤に印可された磁束は中央の穴に集められることになる。したがって、本体系は磁界を高感度で測定できるという意味で微弱な磁界の計測に都合が良いと考えられる。超伝導円筒/磁界センサ体系は、円筒状の超伝導体の中に磁界センサを配置したもので、やはり遮蔽電流がループ状に流れるのを防ぐため、円筒側面に細いスリットを設けたものである。本体系は磁束源として一方向を向いた磁気ダイポールを高分解能で検出したい場合に効果があると期待され、特に金属材料の非破壊測定に応用可能性があると考えられる。

 これらの体系は超伝導体との両立性を考慮した場合、磁界センサは低温下で使用可能なものが必要となる。特に、超伝導平行平板/磁界センサ体系及び超伝導円筒/磁界センサ体系ではセンサの受ける磁界は大きく遮蔽されてしまうので、低温下でも高感度の小型磁界センサが不可欠である。一般に低温下での磁界測定にはホール素子が使用される。しかし、ホール素子は磁界感度が低く低磁界測定には不向きである。そこで、上記体系の磁界センサのタイプとしてアモルファス線を磁心に用いたマルチバイブレータ型磁界センサを採用し製作した。というのは、マルチバイブレータ型磁界センサは比較的感度が高く(〜1mV/mOe)、液体窒素温度での動作可能性が示されており、小型化が可能であるからである。磁心に用いたアモルファス線はユニチカ製センシィAC-20というもので、その組成は(Co94Fe6)72.5Si12.5B15であり、標準線径が120ミクロンのものである。本アモルファス線の低温下における電気抵抗特性変化は常温から14.5Kの範囲で3%以下であり、磁気特性として飽和磁束密度、保磁力、及び最大透磁率は温度の低下と共に緩やかに増大した。そこで、本アモルファス線をコア材料とするフィードバック付マルチバイブレータ型磁界センサを製作した。フィードバック回路は本センサプローブが高周波で電流励磁されているので、そこから高周波磁界が外部へ漏れるため、外部の電磁気的な環境がセンサの感度に影響を受けるのを防ぐためである。製作したセンサは常温では+1(Oe)〜-1(Oe)の範囲で約1(mV/mOe)の一定の磁界感度を有しており、6Kという低温でも感度の変化は0.5%以下であった。また、センサプローブの測定分解能は常温で0.2(mG)、14.2Kでは0.4(mG)以下であった。

 上述した超伝導体/磁界センサのうち、実際の応用、特に金属材料の非破壊検査を目的とするため、超伝導円盤/磁界センサ体系及び超伝導円筒/磁界センサ体系を用いた磁気ダイポールの模擬検出実験を行った。超伝導円盤/磁界センサ体系の実験は、ビスマス系超伝導体で作った円盤状の試料(厚さ2mm、半径30mm)を積み重ねてその穴の中に磁界センサ(ホール素子)を入れ、その下方を磁気ダイポールとして模擬した微小磁石を走行させた場合のセンサの受ける磁界の垂直方向成分を磁石の位置の関数として測定したものである。まず、試料の枚数を変えることによって、センサの受ける磁界強度に対する円盤の厚さ(試料の枚数)の影響を調べた。その結果、まず磁界センサの受ける磁界は、超伝導円盤を入れることによって増大されることが確認された。これは、超伝導円盤の反磁性的性質により、中央の穴に磁束が集められるからである。また、より高感度化を達成するためには超伝導体の厚さを薄くすれば良いこともわかった。しかし、円盤が薄い場合、センサと磁界センサが離れているときには、センサの受ける磁界は本来と反対の符号になる場合がある。これは円盤の上方を通過した磁束が穴の上部から下部へ侵入したためと考えられる。また、磁界計算によると、円盤の穴と円盤自体の大きさの比を大きくすることによって感度増大も図れることもわかった。しかし、磁気ダイポールからの磁界の場合には、円盤の穴の中心点の磁界強度の増大の割合は一様でなく、漸次感度増大の割合が減少する。一方、一様磁界を円盤面に垂直に印可した場合には、円盤の穴の中心点の磁界は円盤の穴と円盤の半径の比に比例して増大していくことがわかった。次に円盤内での位置を検討するため、試料の枚数を7枚に固定し、磁界センサの位置を変えて同様な実験を行った。その結果、円盤内部では自由空間に比べて磁界の減衰が比較的緩やかであるが、円盤外部に出ると急速に減少することがわかった。さらに、考察した体系では、円盤の最下部から内部へ1mm程度までは磁界が増大していることもわかった。なお、磁石を進行方向に90°回転させて同様な実験を行ったところ、やはりセンサの受ける磁界は増大されることが確認された。

 次に、超伝導円筒/磁界センサ体系による実験についてであるが、それに先立ち、本体系の超伝導円筒の外側に強磁性体の円筒をかぶせた評価を磁界解析によって行った。強磁性体の円筒は超伝導円筒の側面に設けたスリットから侵入する磁束の影響を極力少なくするためのものである。解析は超伝導円筒のみの場合、超伝導円筒の外側に強磁性体円筒がある場合、超伝導円筒が2つの場合、強磁性体円筒が2つの場合について行った。その結果、超伝導円筒の外側に強磁性体の円筒をかぶせた場合が最も空間分解能が改善されることがわかった。空間分解能が改善されることにより、磁束源としての磁気ダイポールの位置を精度良く同定することが可能である。また、最大の空間分解能が得られるのは、磁界センサがある程度内部に位置したときであることもわかった。このことは、実際の測定の際、被測定体表面及び周囲の突発的なノイズの影響を低減できるという意味からも好都合である。さらに、解析したシステムの特性を調べるため、その実効的な伝達関数を計算した。その結果、本システムの伝達関数は、低周波成分で低い値を、高い周波数成分で高い値を持つことがわかった。つまり、磁束源の低周波成分は伝達関数によって大きく低減されるが、高周波成分はそれほど低減されないのである。そのため、空間分解能が向上するものと考えられる。さて、磁界解析によって考案した体系に強磁性体円筒が有効であることが示されたので、実際に超伝導円筒を用いた実験を行った。本実験では、開発した低温用磁界センサを超伝導円筒及び強磁性体円筒(ここでは鉄製の円筒)を入れ、それを液体窒素に浸し、その上方を磁気ダイポールとして模擬した微小磁石を走行させ、センサの出力を磁石の位置の関数として測定した。その結果、円筒を付けることによって空間分解能が改善されることが確認された。さらに、本システムの実際の応用可能性を示すため、人為的に作った亀裂のある金属材料を用いて、その亀裂の模擬探傷実験を行った。本実験に使用した金属材料は直径30mm、肉厚2mmのステンレスのパイプで、その中央に円周方向に長さ約3cm、幅数十ミクロンの亀裂(貫通亀裂)のあるものである。この亀裂は人為的に応力をかけて作ったもので(いわゆる4点曲げ試験による)、亀裂の周辺部分は弱く磁化している。実験では、パイプの上方を亀裂に垂直にセンサを走行させ、そのときのセンサの受ける磁界を測定した。この場合でも、円筒を付けたことにより空間分解能が改善されることが確認された。したがって、人為的に作った亀裂の探傷でも本システムの有効性が確認されたと考えられる。

審査要旨

 原子炉の圧力容器や配管系等の健全性確認のために、磁気的性質を用いた探傷の研究が行われている。代表的な例として、渦電流を用いるものがあり、そのプローブ開発が進められた結果、実用の域に到達しており、また、空間分解能上の制限があるものの、SQUIDも高感度な方法として知られている。本論文は、新しい方法として高温超伝導体を用いて、その完全反磁性的性質による磁束の遮蔽効果を使うことにより、新しい磁束源の高感度検出を目的としたものである。論文は6章で構成されている。

 第1章は、研究の背景について述べており、医学分野の生体磁気計測や、航空、原子力産業の金属材料の強度評価などに、磁気的方法が利用されていることを紹介し、特に、渦電流用のマイクロプローブ法や磁気ヒステリシス法、バルクハウゼン法、SQUID法などにつき、特質、現状等を含めレビューを行なっている。

 第2章は、磁界測定の基本的問題について説明しており、原理的に逆問題としての一意解は求められないことを定量的に紹介し、何らかの先験的知識のもとに解を限定していくことになるとしている。そして、磁束源が電流源である場合と磁化源である場合について、それぞれ空間周波数特性を求め、最適なセンサ配置について、有効な指針を得ている。

 第3章は、超伝導体を用いた新しい磁界の検出方法について述べており、完全反磁性を持つ超伝導体が示すマイスナー効果を利用したものと説明しており、このような試みは始めてのことであり、この点に、本研究の独創的なところがあると考えられる。この効果のため、超伝導体の内部では磁束の侵入を完全に打ち消すように、超伝導体の表面に遮蔽電流が流れることになる。この遮蔽電流を測定することにより、超伝導体自身に入り込む磁束が測定できるが、この状況は超伝導体の幾何学的形状により変化する。この幾何学的形状について、平行平板のとき、円盤のとき、円筒のときの3つのケースについてそれぞれ定式化しており、3種の特質について説明している。

 第4章では、前章で示した超伝導体の完全反磁性を用いた磁界の検出用素子を具体的に作成したことを報告している。コア材は、液体窒素温度以下で動作可能なCo-Fe-Si-B系アモルファスを用いている。このコア材についても、低温下での電気抵抗特性や磁気的特性の測定のほか、負帰還回路を用いた磁界センサプローブの製作を行ない、システムとしての評価を行なってある。その結果、+1エルステッド(Oe)から-1エルステッドの範囲で約1mV/mOeの感度であり、センサプローブの測定分解能は、14.2Kで0.4ミリガウス以下であった。

 第5章は、円盤型超伝導体と磁界センサーを用いた場合の磁束源の検出実験の例である。円盤には、細いスリットが入っており、リング状の遮蔽電流が生じないようになっている。その結果、実際に亀裂の入ったパイプを用いて、模擬探傷実験を行なって、1個の磁気ダイポール及び2個の平行磁気ダイポールの位置を、高分解能で検出することが可能なことが分かり、実際の応用可能性を示すことができた。

 第6章は、まとめと今後の課題について述べているが、このような新しい磁界検出方法を考案し、これをさらに、小型電気式冷凍機等を用いてハンディ化を計りたいとしている。

 このように本論文は、超伝導体のマイスナー効果を用いた磁界センサープローブの可能性を実証しており、磁気測定法の応用を拡大開発した点で、システム量子工学の各方面への発展にとって、寄与するところが少なくないと判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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