学位論文要旨



No 214259
著者(漢字) 上松,幹夫
著者(英字)
著者(カナ) ウエマツ,ミキオ
標題(和) 決定論的手法による放射線挙動解析の並列化に関する研究
標題(洋)
報告番号 214259
報告番号 乙14259
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14259号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 助教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 高橋,浩之
内容要旨

 原子力施設における放射線(中性子線・ガンマ線)の解析は原子力分野における重要な課題の1つである。炉心設計の分野では拡散方程式等による出力分布の解析,放射線遮蔽設計の分野では輸送方程式に基づく放射線挙動を行う。解析手法は離散的な空間座標を用いて方程式を解く決定論的手法と,乱数発生による放射線挙動のシミュレーションを行う確率論的手法(モンテカルロ法)に二分される。いずれも一般に多大な計算時間を要する巨大な計算であるが,計算機の飛躍的な進歩に伴いモンテカルロ法・決定論的手法の双方とも複雑かつ巨大な計算体系を一括して解くことが可能となった。特に近年の並列計算機の開発・実用化により解析可能な範囲がさらに広がりつつある。

 決定論的手法の場合,並列計算機を構成する演算装置(Processor Element,PEと略す)間の通信量がモンテカルロ法に比べて大きいため,並列化による高速化は必ずしも容易ではないが,決定論的手法の並列化には計算時間短縮とメモリ容量上の制約緩和という2重の観点で意義がある。本研究では決定論的放射線解析手法である原子炉炉心計算コードと中性子・ガンマ線輸送計算コードの並列化を行い計算速度の高速化を図った。

 原子炉炉心計算コードは沸騰水型原子炉(BWR)炉心について拡散方程式に基づいて出力分布を求める核計算部と,冷却材(水)のエンタルピ変化,蒸気ボイドの発生等を扱う熱水力計算部から成る。炉心領域の燃料集合体単位での2次元分割(図1参照),集合体の軸方向分割を含む3次元分割により並列化する。3次元分割を行った場合,冷却材の熱水力解析が流れ方向に分断される問題が生じる。そこで,エンタルピ計算を予め集合体全域について解いた後(2次元分割),残る蒸気ボイド率・流体温度の解析を流れ方向に分割して並列に計算する方式をとる。エンタルピ計算に要する時間が全体に比べて極めて短いことと,温度,蒸気ボイド率がエンタルピと炉内圧力で一意的に決まることを利用したものである。64台のPEを有する並列計算機で計算速度を測定し,2次元分割で55倍,3次元分割で30倍の計算速度(図2参照)を得た。核計算部では領域境界での中性子束データの通信による遅延,熱水力計算部では各PEの計算量の不均一性(蒸気ボイド率の収束速度が集合体によって異なる)が計算速度の劣化の原因である。3次元分割の場合,下部(単層流)と上部(蒸気を含む二層流)で計算量が異なるため,2次元分割に比べると高速化がやや難しい。64分割以上の高並列計算の速度についてはコードのアルゴリズムから外挿できる。集合体を24分割するような高並列計算を想定した場合,約4600台のPEで約800倍の計算速度が得られる。

図1.BWR1/4炉心の平面図に示した2次元分割並列化の概念(16分割)(191体の燃料集合体を含む)図2.BWR炉心解析の並列化による計算の高速化

 輸送計算コードとしては,遮蔽設計にも広く用いられている2次元Sn輸送コードDOT3.5の並列化を行った。放射線束は位置,運動方向の関数として解かれるが,Sn輸送コードではについては空間メッシュ,についてはSn分点と称する有限個の角度分点により座標を離散化してBoltzmann輸送方程式を反復計算により解く。並列化手順は(1)角度分点セット分割(分割)と(2)領域分割により行う。

 (1)分割による並列処理の計算速度の例(SUN workstation使用)を図3に示す。分割数増加に伴う計算速度の向上率の鈍化は,PE間通信による遅延(散乱による)である。散乱により放射線の角度はあらゆる方向に変化するから,散乱後の角度分布の計算には全PEの相互通信が必要となる。そのため,分割並列化では通信遅延の影響が顕著であるが,体系が大きい場合には通信時間の影響は相対的に小さく,空間メッシュ数24×24,角度分点数160の例題(図3のc)では16分割並列化で約10倍の計算速度が得られている。

 (2)領域分割による並列計算においては,小領域間の連続条件を満たすようにPE間通信で境界線束を授受しながら輸送方程式を解く。データの授受は空間的に接している領域間でのみ行われるので,通信遅延の影響は分割並列化に比べて小さい。領域分割における問題は収束性劣化であり,特に図3に示す体系のように線源が局限されている場合に顕著である。収束性劣化の緩和のため,並列計算用の収束加速法として以下の手法を開発した。

 (1)隣接領域でに関する計算順序を逆行させる手法(Alternate Sweep法)1回のiterationに対しPE間の境界線束授受が2回行える様にしたものである。計算順序が同一であれば初期条件の交換1回のみとなる。

 (2)小領域単位の粒子の収支調整による収束加速(Regionwise Rescaling法)計算の過程で各小領域の境界条件が刻々変化するため,解が未収束の段階では下記に示す中性子等のバランス(収支)方程式は満足されない。

 

 線束の調整により上式を全領域で成立させるのがRegionwise Rescaling法である。JinとJoutは領域境界での流入及び流出カレント,rは除去断面積,はスカラ束,Sは散乱源を含む全線源,∫Bdと∫Rgは領域境界及び内部での積分である。

 空間メッシュ数32×32,角度分点数160の例題に対し,空間16分割による並列処理で解析した際の解の収束状況を図4に示す。この例題を非並列で処理した場合,解は6回のiterationで収束,所要時間は68秒である。収束加速を行わない場合(△)24回のiterationを要するが,Alternate Sweep法とRegionwise Rescaling法により12回のiterationで収束するようになる(☆)。所要時間は約10秒で,非並列計算に対して7倍の高速化が得られている。

 輸送計算の並列化においては,収束性劣化などの問題点が発生するが,並列計算用の収束加速法を開発することにより,16分割並列化で非並列計算に対して1桁程度の計算速度向上を得ることができた。

図3.2次元Sn輸送コードにおける角度分点セット分割による並列計算の計算速度a:8×8メッシュ S8(48分点) b:16×16メッシュ S12(96分点) c:24×24メッシュ S16(160分点)図4 領域16分割による2次元Sn輸送計算の並列処理における解の収束速度32×32mesh XY2次元体系 S16(160分点)△,◇,☆がそれぞれiterationごとの誤差を示す。
審査要旨

 原子炉物理計算や遮蔽解析計算などでは、放射線挙動の解析をモンテカルロ法あるいは決定論的方法によって行なっている。並列計算機を用いる場合、モンテカルロ法が効率的で、計算時間等も短縮可能ではあるが、決定論的方法では可能な、かつ、原子炉の設計計算で必要とされる、あらゆる場所の中性子束を求めるのには適していない。このため、本論文では、決定論的手法としての拡散方程式や輸送方程式の解析を並列計算機によって行なおうとする問題を扱っており、特にプロセッサー間の通信量が増えることを如何に押さえるかがポイントになっている。

 本論文は、2部構成になっており、それぞれが5章立てで合計10章になっている。第1部は、原子炉の炉心計算の並列化を扱っており、第2部はストリーミング等を含む原子炉の遮蔽計算の並列化に関する部分である。

 個別にそれぞれの内容を紹介すると、第1部では、上述のように、BWR(沸騰水型原子炉)の炉心解析手法の並列化を扱っているが、この場合には、拡散近似計算が用いられている。一方、BWRの炉心では、冷却水中のボイド発生により核的定数が変化するため、その評価も必要であり、結局のところ炉心解析計算は、拡散方程式に基づく核計算部分と、ボイド分布を求める熱水力計算部からなっており、実際には両者の並列化を扱っている。

 第1章は序論であり、これらのBWR炉心解析計算の手順と並列化の指針について述べている。いずれも、炉心の燃料集合体の単位を基に並列化する構造となっている。

 第2章では、このBWR炉心解析の詳細な手順について紹介している。

 第3章では、この計算手順の並列化について、説明するとともに具体的な例を示している。

 第4章では、この並列化の速度、つまり並列化効率について定量的に扱っている。ここでは、Prodigyという並列計算機を用いて並列化効率を測定しており、それに基づいて2つの計算部分の最適化を計っている。

 第5章は、第1部の総論であり、BWRの炉心計算部分では、今回採用したような1つの計算領域ノードを一つのプロセッサに対応させて計算させることにより、最高で800倍の速度が得られるはずであると予想し結論としている。

 第2部は、原子炉の遮蔽設計に広く用いられている放射線輸送計算法の例として、2次元Sn輸送計算コードDOT3.5の並列化に挑戦している。

 第1章は序論であり、放射線輸送計算法についての概要を紹介し、DOT3.5を選定した実際的な理由を説明ている。つまり、DOT3.5については、計算手順が多くの研究者にもよく知られていること、またそのため、並列化のための一般論をのべるのに都合のよいことなどをその理由に挙げている。

 第2章では、原子炉スケールの大型計算をする際に必要となる均質化近似法についてまとめており、従来、体積平均化法が用いられていたが、これを中性子束平均化法に改良し、それを基に高速炉の計算をしたときの計算結果を示して、有効性を評価している。

 また、第3章ではForward-Adjoint Folding法という新しい方法を導入し、通常の前進型計算結果と随伴束と呼ばれる逆計算結果の重ね合わせ、あるいは結合により、或る体系の部分的な積分量の評価を行なおうとするものである。例えば、タンク型高速炉の中間熱交換器内部のナトリウム放射化反応率の計算を具体例としてあげており、このような近似的解析手法を併用することにより、2次元の計算コードであっても、原子炉全体の遮蔽計算が実用的に可能になり、従って並列化も可能になるとしている。

 第4章は、Sn輸送計算コードの並列化について説明している。ボルツマンの輸送方程式の数学的並列化操作であるが、角度の並列化について各プロセッサの分担する角度方向は上向き又は下向きのみのいずれかにすること、また、その角度分点数も等しくして各プロセッサでの計算所要時間を同じにすることが必要としている。また、同様に、領域分割方式の並列化については、隣接する領域からの境界束をチェッカーボード法による通信を用いて、効率化することを提案している。このような、Sn輸送計算法の並列化は、世界でも殆ど例がないものではあるが、原理的に可能であることを実証し、今後は、より一般的な3次元輸送計算コードの並列化を目標にしたいとまとめている。

 第5章は、Sn輸送計算法に関する今後の課題をまとめており、通常のボルツマンの輸送方程式としての空間的、角度的な6次元の並列化を目標とするが、同時に、モンテカルロ法等による均質化近似計算法も必要であるとしており、より複雑かつ複合的な体系の解析を進めたいとしている。

 要すれば、本論文は拡散計算や輸送計算などの放射線挙動評価計算コードについて並列化の試行をして、具体化したものであり、原子力工学、特に、原子炉物理、遮蔽分野への寄与は大きいところがある。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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