学位論文要旨



No 214260
著者(漢字) 白崎,実
著者(英字)
著者(カナ) シラザキ,ミノル
標題(和) 節点ベース有限要素法による非圧縮性流体解析
標題(洋)
報告番号 214260
報告番号 乙14260
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14260号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 吉村,忍
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 講師 古川,知成
内容要旨

 近年の計算機性能の向上には目を見張るものがあり、超並列計算機やベクトル並列計算機といった、いわゆるスーパーコンピュータはギガフロップスを超えてテラフロップスの処理能力を持つようになっている。このように計算機の性能が飛躍的に向上するにともない、数値計算に対する要求も高まる一方であり、より大規模、複雑な解析対象、複雑な現象の高精度なシミュレーションが求められている。計算機を用いて数値的に流体の現象を調べる数値流体力学(Computational Fluid Dynamics,CFD)もその例外ではなく、より複雑な形状、複雑な物理を含んだ流れ、高レイノルズ数の流れ、構造と連成した流れや自由界面を含むような流れなどをより高速に、可能な限り汎用性のあるアプローチで解析できることが望まれる。特にCFDを実際の設計現場など工学的に利用する場合には、物理的なパラメータや解析形状およびその他の条件の変更を行いつつ、繰り返し計算を行うことが多い。このようなCFDの工学的な利用のためには、克服すべき2つの大きな問題があると考えられる。

 まず第1に計算時間の問題が挙げられる。もともと強い非線形性を有し、非定常な流体現象を解析するための計算量は一般に大きく、大規模解析を行うためには多大な計算時間が必要となる。この問題を克服するには、純粋に逐次処理のアルゴリズムを高速化する方法の他に、ベクトル化や並列化による高速化手法が有効である。特に並列化を行えば、個々のプロセッサの性能がそれほど高くなくても多数のプロセッサを使用することにより大幅な高速化が可能であるうえ、このプロセッサ数には物理的な制約はないという特徴がある。このため、並列化を行った際にプロセッサ数の増加に見合った速度向上を得るためのアルゴリズムの研究が盛んに行われており、今後も高速化のための有力な手法となることが予想される。

 第2の問題として、有限差分法、有限要素法、有限体積法といった、どのような手法で解析を行なう場合でも、「格子生成」あるいは「メッシュ生成」と呼ばれる作業の負担が大きいことが挙げられる。解析規模が小さいうちは、これらの作業はそれほど大きな負担とはならなかったが、たとえば数百〜数千万メッシュの複雑形状の解析がターゲットの場合、人間が直接、格子生成・メッシュ生成を行うのは不可能である。そこで、このプロセスに対しては従来から自動要素生成が行われてきた。また最近では、要素を利用しないか、利用しても解析者がその煩わしさを意識する必要がない「メッシュレス法・メッシュフリー法」というアプローチも盛んに研究されている。

 しかし、これらの手法はそれぞれの問題を解決する有力な手段ではあるものの、前述の2つの問題を同時に克服する手法にはなっていない。一方、矢川らによって提案されたフリーメッシュ法は、節点ごとの処理にもとづいた節点ベース有限要素法であり、

 (1)節点データから要素生成を意識することなく、解くべき方程式系の構成と求解までをシームレスに行うことができる。

 (2)節点ごとに独立した処理が可能であり並列処理に適する。

 (3)有限要素法と同じ方程式系を構成することができるため、有限要素法と同じ精度が得られ、有限要素法の多くの技術を利用できる。

 という特徴を持っている。このため、計算時間の短縮、要素生成の困難の回避という2つの問題を同時に解決することが可能であり、流体解析に対して非常に有力な手法となることが期待できる。

 そこで本論文では、この節点ベース有限要素法を非圧縮性流体解析に適用し、(1)並列大規模解析、(2)アダプティブ解析、という2つのアプローチから本手法の有効性および可能性について議論し、数値流体解析のための新たな手法を確立することを目的とする。

節点ベース有限要素法による効率的な非圧縮性流体解析

 本論文では、矢川らによって提案された節点ベース有限要素法の利点を損なうことなく非圧縮性流体解析を行うために、流速と圧力の原始関数を用いフラクショナルステップ法にもとづいて流速と圧力の両方に線形の内挿関数を用いた定式化を行う。この際、各時間ステップごとに行われる移流行列の再計算のために、効率的なデータ構造を採用した。本手法による並列環境での大規模解析の例として、レイノルズ数10,000の正方キャビティ流れを226,853節点で解析した結果を図1と図2に示す。また、表1は正方キャビティ流れを904,340節点で解析した際の並列化効率である。これらより、高いレイノルズ数でも安定に精度よく解析が行えており、本手法により方程式系を構成する部分ではプロセッサ数に依らずほぼ100%、時間進行の部分でも32プロセッサで93%以上の高い並列化効率が得られていることがわかる。

図1 t=630における等圧力線図図2 x=0.5におけるx方向流速表1 904,340節点モデルにおける並列化効率(%)

 次に、本手法が要素生成を意識することなく節点データから方程式系を構成することができるという特長にもとづいて、事後誤差評価によって解に適合するように節点分布を変更しつつ解析を進める非定常アダプティブ解析を行った。ここでは、Zienkiewiczらによる誤差評価手法を採用することで、節点ごとに処理ができるという本手法の利点を損なうことのない定式化を行っている。レイノルズ数1,000の正方キャビティ流れに対して、ほぼ一定の節点数で行った解析における節点分布の時間変化を図3に示す。本解析の結果、アダプティブ解析を行うことにより、節点数が約2倍の規則分布のモデルと同程度の精度で解析が行え、計算時間も64%程度ですむことがわかった。

図3 アダプティブ解析における節点分布の推移(レイノルズ数1,000)
結論

 節点ごとの処理にもとづいて要素生成を意識することなく解析が可能な節点ベース有限要素法を、その利点を損なうことなく非圧縮性流体解析に適用し、並列解析とアダプティブ解析という2つアプローチから効率的な解析を行った。本手法による大規模並列解析の結果、高レイノルズ数に対しても安定した解析ができることを示し、得られた高い並列化効率から本手法が並列流体解析に適していることを明らかにした。また、本手法がアダプティブ解析に非常に適しており、精度、計算時間の点で非常に有力な手法になり得ることを示した。本手法は並列計算の際の負荷分散が容易に行えるため、並列環境でのアダプティブ解析を行えば、極めて強力な流体解析手法となることが期待できる。

審査要旨

 近年の計算機性能の向上には目を見張るものがあり、超並列計算機やベクトル並列計算機といったスーパーコンピュータはテラフロップスの処理能力を持つようになっている。このように計算機の性能が飛躍的に向上するにともない、計算機を用いて数値的に流体の現象を調べる数値流体力学(Computational Fluid Dynamics,CFD)への要求も高まっており、より高いレイノルズ数の流れ、複雑な形状、構造との連成や自由界面を伴う流れの解析などの高精度なシミュレーション技術が求められている。設計の現場などの工学的な分野でこのような解析のためにCFDが幅広く用いられるようになるためには、克服すべき2つの大きな問題がある。ひとつは計算時間の問題であり、もうひとつはプレプロセスの負担の増加という問題である。もともと強い非線形性をもつ非定常流体解析のための計算量は一般に大きく、解析精度を上げるために大規模解析を行おうとすると多大な計算時間が必要となる。このため最近では並列処理による高速化手法が盛んに研究されている。一方、解析の規模が大きくなると、「格子生成」あるいは「メッシュ生成」と呼ばれるプロセスの負担が非常に大きくなるため、このプロセスの自動化・効率化が必要であり、そのためのアプローチとして自動要素生成、メッシュレス解析といった手法が研究されている。しかし、これらの手法は前述の2つの問題のそれぞれを解決する有力な手段ではあるものの、それらを同時に克服する手法にはなっていないのが現状である。

 本論文では、節点ごとの処理にもとづく有限要素法に着目して、これを非圧縮性流体解析に適用することを検討する。そして、並列大規模解析とアダプティブ解析という2つの効率的なアプローチにより、本手法の有効性および可能性について議論して、非圧縮性流体解析のための新たな手法を確立することを目的とする。この節点ベース有限要素法は、(1)節点データからメッシュ生成を意識することなく解くべき方程式系の構成と求解までをシームレスに行うことができ、(2)節点ごとに独立した処理が可能であるため並列処理に適する。さらに、(3)有限要素法と同じ方程式系を構成することができるため同じ精度が得られ、これまでに開発された有限要素法の多くの技術を利用できる、という特徴を持っている。このため、計算時間の短縮、メッシュ生成の困難の回避という2つの問題を同時に解決することが可能であり、流体解析のための非常に有力な手法となることが期待できる。本論文はこの節点ベース有限要素法によって非圧縮性流体の並列解析、アダプティブ解析を行うための手法を提案したうえで、数値解析により評価、検証を行った成果をまとめており、全体で4つの章から構成されている。

 第1章では、計算機と数値流体解析の現状を明確にしたうえで、研究の背景と目的について述べている。

 第2章では、節点ベースの有限要素法のアルゴリズムと特徴について述べ、その利点を損なうことなく非圧縮性流体解析を行うために、フラクショナルステップ法にもとづいて流速と圧力の両方に線形の内挿関数を用いた定式化を行っている。この際、各時間ステップごとに行われる移流行列の再計算のために、効率的なデータ構造を採用している。そして日立の超並列計算機SR2201上にインプリメントし、解の精度、並列化効率を調べ、最大で64プロセッサを用いて100万節点規模の大規模解析を行っている。これらの大規模解析の結果、高レイノルズ数に対しても精度よく安定した解析が可能であるうえ、高い並列化効率が得られることから、本手法が並列大規模計算に適した手法であることを示している。

 第3章では、本手法がメッシュ生成を意識することなく節点データから方程式系を構成することができるという特徴に着目して、事後誤差評価にもとづいて解に適合するように新たに節点を発生させつつ解析を進める非定常アダプティブ解析について述べている。Zienkiewiczらによる誤差評価手法を採用することで、節点ごとに処理ができるという本手法の利点を損なうことのない定式化を行っている。正方キャビティ流れに対して、発生させる節点数がほぼ一定となるようにして行った解析結果から、本手法がアダプティブ解析に非常に適しており、精度、計算時間の点で非常に有力な手法になり得ることを示している。

 第4章では、本論文の主要な結論を示すとともに本手法を用いた流体解析への今後の展望を述べている。

 以上を要するに、本論文では節点ごとの処理が可能である有限要素法の大規模並列計算やアダプティブ解析への適合性に着目し、その特徴を損なうことなくこれらの解析を行うための手法を提案したうえで、数値計算例によりその有効性を明らかにした研究成果をまとめており、計算流体力学および計算機援用工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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