学位論文要旨



No 214262
著者(漢字) 松島,潤
著者(英字)
著者(カナ) マツシマ,ジュン
標題(和) 散乱重合法による反射法地震探査法の高精度化に関する研究 : 坑井間および浅層反射法データへの適用
標題(洋)
報告番号 214262
報告番号 乙14262
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14262号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 六川,修一
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 笠原,順三
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨

 反射法地震探査は石油探査とともに発展してきたと言っても過言ではなく、石油開発の深部化とともに、深部探査能力、構造分解能力の向上を目指して、研究開発が進められてきた。このような発展の背景には観測技術ならびにデータ処理技術の向上があったが、とりわけデータ処理技術としてはCDP重合法の導入が最も重要であった。CDP重合法は、共通の反射点における複数の反射記録を取得し、伝播距離の異なるこれらの記録をNMO(Normal Move Out)補正し、最終的に加算し、信号である反射波を強調する方法であり、1950年代にMayneにより提案された。しかしながら、CDP重合法の問題点は、データ処理を行う際に、成層構造を仮定しているため、複雑な構造に対応できないことである。近年、このようなCDP重合法の欠点が指摘され、CDP重合法に代わる技術として、重合前マイグレーション法の研究開発が盛んに行われるようになった。重合前マイグレーション法は既存の速度構造を用いることにより、CDP重合法を介さず直接的に地下構造をイメージングする技術である。しかしながら、重合前マイグレーション法は、以下の問題点を有しているため現在のところ実用化には至っていない。

 ・速度場推定の問題

 ・これまでのCDP重合法をベースにしたデータ処理体系とのギャップが大きい。

 このような状況により、1950年代にCDP重合法が紹介されて以来、今日に到るまでCDP重合法をベースにしたデータ処理法が主に適用されているのが現状である。

 本研究では従来のCDP重合法と重合前マイグレーション法のそれぞれの欠点を克服し、なおかつそれぞれのデータ処理の有する利点を生かしたデータ処理法を開発することを目的とする。開発したデータ処理法を"重合速度をともなう散乱重合法"と呼び、以下の性質を有する。

 ・既存の速度場を必要としない、

 ・非成層構造でも解析できる.

 ・従来のCDP重合法ベースのデータ処理体系に基づいて処理が行える。

 散乱重合法の概念は、「地層は散乱体の集合であると仮定し(すべての点で入射波は回折波を発生すると仮定)、ある点で共通散乱する波を選び出しそれらを重合する」ことである。CDP重合法の概念においては地下構造は成層構造を仮定するが、散乱重合法の概念では特別な地下構造を仮定する必要はない。すなわち散乱重合法は、観測配置が適切であれば傾斜の影響を受けない。

 パターン認識処理として重合速度解析を捉え、従来の重合速度解析の概念を一般化した。すなわち対象イベントとしては反射波イベントから散乱イベントへ、また幾何的配置も従来の地表における幾何的配置から、任意の幾何的配置において適用できることを示した。さらに、散乱重合法を適用する際の応用として、重合範囲を定義し重合するトレースを選択することができる。このような選択による散乱重合を行うことによりCDP重合法と散乱重合法との両者の間のギャップを柔軟に埋める処理が行える。

 数値実験により散乱重合法のデータ処理の特性解析(S/N比、分解能、速度不均質性への感度)を行った。

 S/N比に関する特性解析では、一枚の水平反射面が存在する簡易な状況を設定し、重合範囲をどのように設定して重合処理を行えば最もS/N比が高い重合記録を作成できるかについて述べた。ノイズとしてはランダムノイズとコヒーレントノイズ(P-S変換反射波)を考え、重合範囲を変化させながら坑井間CDP重合から坑井間散乱重合までの重合処理を適用し、S/N比の定量的な検討を行った結果、以下を得た。

 ・ランダムノイズおよびコヒーレントノイズに対して、CDP重合法に比べて散乱重合法の方がS/N比の高い記録が得られた。重合範囲を大きく設定することはホイヘンスの原理に対する近似度を向上させることに相当する。散乱重合法はCDP重合法に比べてホイヘンスの原理に対する近似度が良いため、CDP重合法に比べてS/N比の高い重合記録を得ることができる。またCDP重合処理された重合記録に対して重合後マイグレーションを適用してもS/N比が改善されないことを確認した。

 ・CDP重合法と散乱重合法の間でS/N比のピークを与える最適な重合範囲が存在することが確認された。これはフレネルゾーンが原因であり、いわば波形の冗長性により、みかけ上の信号強調効果が生じるためである。

 分解能に関する特性解析では、重合処理と垂直ならびに水平方向分解能との関係を検討した。

 ・発振・受振点の幾何的配置に関しては、

 一様なサンプリングをすること。ここで一様なサンプリングとは、発振・受振点間隔を等しく配置することではなく、イメージング対象とする点に対して、発振・受振点を等角度に配置することである。このことは特に、発振・受振アレイ長が長くなる場合に重要である。しかし、イメージング対象があらかじめわかっていれば、その対象に対して上記のように発振・受振点を配置すればよいが、一般的にはイメージング対象は未知である。そこで、発振・受振点をできるだけ細かく配置して、処理の過程でそれぞれのイメージング箇所において最適な発振・受振点を選択して重合処理を行うことが考えられる。

 速度不均質性に関する特性解析では、選択的重合処理において様々な重合範囲を設定した場合における速度不均質性への感受性を評価した。その結果、重合範囲の設定の仕方によって、速度不均質性に対する感受性に差違が認められた。CDP重合法に比べて散乱重合法が速度不均質性の影響を受けないことがわかった。この理由は第4章の4.1で述べたように、CDP重合法に比べて散乱重合法の方がホイヘンスの原理に対する近似度が良いためである。また重合範囲が0度から360度の間には速度不均質性の影響を最も受けないような最適な重合範囲が存在することもわかった。この理由は波形のフレネルゾーンが原因であると考えられる。

 さらに、地下の不均質性によって生じる波動の散乱現象がどのように波動場に現れるか、また散乱現象がイメージング処理にどのような影響を及ぼすのかを評価した。その結果を以下にまとめる。

 ・一般的に坑井間地震探査は地表からの探査に比べて高分解能である利点があると考えられるが、不均質性を有する媒体においては波長と不均質性のサイズには相反性があることを数値実験により示唆した。すなわち、波長が短ければ分解能の良いイメージングできるが、S/N比の低い重合記録となる。逆に波長が長いとノイズの少ない重合記録が得られるが、イメージングの分解能が悪くなる。これは不均質領域においては短い波長ほど多重散乱を起こしやすいためである。ここで適用した散乱重合法は一次散乱仮定に基づいたデータ処理であるため、波動現象として多重散乱が卓越してくると、一次散乱仮定が成立しなくなるために、イメージング精度が低下する。不均質性を有する媒体において、最良のイメージングを得るためには最適な波長の選択が重要である。

 ・ランダムな速度不均質性が重合処理に及ぼす影響の要因として、反射波の散乱減衰の効果、反射波走時のばらつきの効果、直接波起因の散乱波が反射波をマスクしてしまう効果を数値実験により定量的に評価し、不均質性サイズが波長の約2倍以下の場合においては、直接波起因の散乱波のマスク効果が支配的であることが明らかとなった。

 ・媒体の不均質性を評価する手法として、時系列変動を時間-周波数解析するのに有効なウェーブレット変換を利用する手法を提案した。不均質性媒体を弾性波が伝播する際に、不均質性のサイズと弾性波の波長が同程度のとき、弾性波は最も散乱される。この性質に着目して観測記録の時間-周波数解析を行うと特徴的な現象が観察されることを数値実験ならびに室内実験により示した。このようなウェーブレット変換による時間-周波数解析は不均質性自体が探査ターゲットである場合にも適用可能である。

 以上の数値実験による検討をふまえて、開発した散乱重合法のデータ処理法をフィールドデータへ適用し、CDP重合法適用の場合と比較することによりその有効性を検討した。使用するデータとして、坑井間反射法地震探査データならびに浅層反射法地震探査データを扱った。坑井間反射法地震探査ならびに浅層反射法地震探査は地下の構造形態を高分解能で探査できる手法として位置づけられている。特に浅層反射法地震探査は活断層調査等の地震予知あるいは地震防災分野において期待されている探査技術である。CDP重合法を適用する場合に比べて散乱重合法適用によって、より改善された重合断面が得られた。

 またフィールドデータ処理に関して、実際に要した計算時間について評価した。データ処理はスーパーコンピュータ(CRAY C90)を用いて行われたが、現存の標準的なパーソナルコンピュータ(Pentium Pro 200 MHZのCPUを搭載したDOS/V機)で実行可能かどうかを評価した。その結果、標準的なパーソナルコンピュータを用いても、十分現実的な時間内で実行することができることを確認した。

 本論文は以上の事項について研究成果をまとめたものである。本研究で提案した重合速度解析をともなう散乱重合法は、反射波を解析対象とするデータ処理全般に対して普遍性を有していると考えられる。

審査要旨

 本論文は、反射法地震探査法において長年中核処理技術として用いられてきたCDP重合法に代わる新たな手法である散乱重合法を追求したものである.CDP重合法の問題点は、データ処理を行う際、成層構造を仮定しているため、複雑な構造に対応できない点にある.近年、このようなCDP重合法の欠点が指摘され、CDP重合法に代わる技術として、重合前マイグレーション法の研究開発が盛んに行われるようになった。重合前マイグレーション法は既存の速度構造を用いることにより、CDP重合法を介さず直接的に地下構造をイメージングする技術である。しかしながら、重合前マイグレーション法は、推定した速度場を用いなければならず複雑な構造には対応できないこと並びにこれまでのデータ処理体系とのギャップが大きいこと、などの理由により現在のところ実用化には至っていない。これに対し、著者は従来のCDP重合法と重合前マイグレーション法のそれぞれの欠点を克服し、なおかつそれぞれのデータ処理の利点を生かした重合速度解析をともなう散乱重合法によるデータ処理法を開発した。本文では新手法の優位性をシミュレーション・室内模型実験・現場測定データを用いて従来のCDP重合法と比較しながら詳細に検証している.散乱重合法は、地層は無数の散乱体の集合であると仮定し、ある点で共通散乱する波を選び出しそれらを重合する方法で、これまでのCDP重合に比べ、格段にS/N比の高い重合記録を作成することができる.波動論的には、逆伝播法に相当する.数値実験による散乱重合法データ処理の特性解析では、S/N比、分解能、速度不均質性を取りあげている.まず、S/N比に関する特性解析では、一枚の水平反射面が存在する簡易な状況を設定し、重合範囲をどのように設定して重合処理を行えば最もS/N比が高い重合記録を作成できるかについて述べている.ランダムノイズとコヒーレントノイズ(P-S変換反射波)を考え、重合範囲を変化させながら坑井間CDP重合から坑井間散乱重合までの重合処理を適用し、S/N比の定量的な検討を行った結果、CDP重合法に比べて散乱重合法の方がホイヘンスの原理に対する近似度が良いため、S/N比の高い記録が得られることを示している.またCDP重合法と散乱重合法の間でS/N比のピークを与える最適な重合範囲が存在することも示し、これがフレネルゾーンに依存していることを述べている.分解能に関する特性解析では、重合処理と垂直ならびに水平方向分解能との関係を検討し、イメージング対象とする点に対し、発振・受振点を等角度に配置することが有利であること、さらには一般的な未知のイメージング対象に対しては、発振・受振点をできるだけ細かく配置し、処理の過程でそれぞれのイメージング箇所における最適な発振・受振点選択による重合処理が有効であることを明らかにしている.速度不均質性に関する特性解析では、CDP重合法に比べて散乱重合法が速度不均質性の影響を受けにくいこと、その理由がCDP重合法に比べて散乱重合法の方がホイヘンスの原理に対する近似度が良いためであることを述べている.さらに、地下の不均質性によって生じる波動の散乱現象がどのように波動場に現れるか、また散乱現象がイメージング処理にどのような影響を及ぼすのかを評価している、その結果、波長が短ければ分解能の良いイメージングできるがS/N比の低い重合記録となること、逆に波長が長いとノイズの少ない重合記録が得られるがイメージングの分解能が悪くなること、従って不均質性を有する媒体において最良のイメージングを得るためには最適な波長の選択が重要であること、などを明らかにしている.以上の数値実験による検討を踏まえ、開発した散乱重合法を坑井間反射法地震探査ならびに浅層反射法地震探査のフィールドデータに適用し、CDP重合法適用の場合と比較することによりその有効性を検証している。また工学的観点から、研究ではスーパーコンピュータ(CRAY C90)を用いて行った処理が、現存の標準的なパーソナルコンピュータで実行可能かどうかを評価している。その結果、この種のパーソナルコンピュータを用いても、十分現実的な時間内で処理が実行できることを示している.

 以上の数値実験およびフィールドデータ処理の結果,本論文で提案した速度解析を伴う散乱重合法は,地下のイメージング能力の点で従来の手法を大きく上回っていることが明らかになった.これら一連の研究を通じ、本論文は反射波を解析対象とするデータ処理の技術的発展に多大な貢献をしたと考えられる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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