学位論文要旨



No 214263
著者(漢字) 松本,伸一
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,シンイチ
標題(和) 自動車排ガスの浄化触媒に関する研究
標題(洋)
報告番号 214263
報告番号 乙14263
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14263号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 横浜国立大学 教授 辰巳,敬
内容要旨

 現代の自動車にとって、地球規模の環境問題であるCO2低減と、HC、CO、NOx等の有害物質の排出を低減することが重要な課題であり、燃費向上とクリーンな排ガスを両立させることが求められている。排ガスのクリーン化については、自動車の排ガス浄化触媒が1974年に実用化されて以来、自動車の排ガス低減技術の核として今日に至っている。また、燃費については、希薄燃焼エンジンやディーゼルエンジンが優れており、その普及がCO2低減には有効である。地球環境問題の早急な解決が望まれる今、自動車の排ガス浄化触媒には、より一層の高性能化と耐久性の向上が必要であり、また、燃費の良いエンジンの排ガス浄化に有効な触媒を開発することが、CO2排出量の低減とクリーンな排ガスを両立するための鍵をにぎる重要な課題である。

 本研究は、自動車の排ガス浄化触媒に求められる上記の2つの課題、すなわち、三元触媒機能のより一層の高性能化と耐久性の向上、および、希薄燃焼エンジンの排ガス浄化手段として、酸素過剰雰囲気下でもNOxが浄化できる触媒の開発と実用化を目的とした。具体的には、触媒を構成する基材、担体、助触媒、触媒金属の各材料から、エンジンの排ガス条件、すなわち、触媒の使われ方まで、自動車の排ガス浄化触媒の性能にかかわる因子について総合的にとらえて検討することにより、2つの大きな課題の解決をめざした。

 本論文は6章からなり、各章の内容の要旨は次のとおりである。

第1章序論

 自動車の排ガス浄化触媒の特徴と触媒構成、およびそれに関する既往の研究を概観し、自動車の排ガス浄化触媒に課せられている現状の課題と、本研究の目的、およびその概要を示す。

 自動車の排ガス浄化触媒に関する既往の研究は、個々の構成材料を改良するという視点で行われているものが多く、今後ますます厳しくなる環境課題に対応するためには、触媒種、助触媒、担体、およびモノリス触媒の基材という材料面、および、それらが実際に使われる自動車の排ガス条件面の両面について総合的にとらえ、それらの相互作用について研究、開発を進める必要がある。また、酸素過剰雰囲気下でNOxを浄化する触媒に関する既往の研究は、ほとんどが実験室レベルの研究であり、実用性の観点で研究されている例はほとんどない。自動車にとって、燃費向上と排ガスのクリーン化を両立させなければならないという大きな命題に対して、酸素過剰雰囲気下でNOxを浄化する触媒の開発と実用化は必須の課題である。

第2章基材のセル構造とそれら基材を用いた自動車の排ガス浄化触媒の活性および耐久性

 モノリス触媒について、セラミックス基材のセル壁の厚さ、基材の外形形状、およびセル形状が三元触媒の活性と耐久性に与える影響を検討し、触媒性能改良への指針を明らかにした。

 セラミックス基材のセル壁厚さを薄くすると、熱容量が小さくなり、幾何表面積が増加する。このセラミックス基材に触媒層を被覆したモノリス触媒は、自動車の排ガス浄化性能が向上し、とくにエンジン始動直後のエミッション低減に効果が大きいことを明らかにした。また、セラミックス基材のセル形状は、その表面に形成される触媒層の均一性に影響をおよぼし、セル形状が6角形のセラミックス基材は、表面に形成した触媒層が均一になり、自動車の排ガス浄化触媒の耐S被毒性が大幅に向上することを見出した。今後の、希薄燃焼エンジンやディーゼルエンジンの普及のためには、より一層の排ガス低減が必要であり、それに不可欠なNOx吸蔵還元型触媒にとって大きな課題であるS被毒の回避に対して、重要な知見を与えた。

 セラミックス基材の外形形状については、触媒活性面から見ると、排ガスができるだけ均一に流れるように断面形状を選択することが有効であることを明らかにした。

第3章三元触媒の高温熱劣化の要因解析とその改良

 三元触媒を構成する材料である、Pt/Rh、Al2O3、CeO2が触媒の高温熱劣化におよぼす影響について解明し、触媒性能改良への指針を与えた。

 担体であるAl2O3の比表面積低下と、主触媒であるPt/Rhの粒成長との間には強い相関があり、Laを適量添加することによってAl2O3の比表面積低下は大幅に抑制され、それによって触媒の高温熱劣化も抑えられることを明らかにした。また、3価のLaと4価のCeについて、-Al2O3の結晶相転移に与える影響を詳細に検討し、両者の機構の違いを明確にした。すなわち、Ceの添加は、-Al2O3中の-Al2O3結晶核発生を抑制するが、高温ではCeO2が分相してくる。一方、Laは、-Al2O3-Al2O3のスピネル型結晶格子内のAl3+位置に置換するか、カチオン空孔に挿入されて、-Al2O3への相転移を抑制し、活性アルミナの表面積低下を防止することを明らかにした。

 助触媒である、CeO2の酸素貯蔵能について、その発現機構を解析した。CeO2の熱安定性に対するLaとZrの添加効果を詳細に検討し、両者の違いを明らかにした。すなわち、Laは固溶することによってCeO2結晶内に酸素欠陥を形成し、その結晶内拡散を容易にして酸素貯蔵能を向上する。一方Zrは、酸素欠陥は生成しないが、固溶体を形成することによってCeO2の粒成長を1000℃程度の高温まで抑制し、酸素貯蔵能を高温においても維持することを明らかにした。

第4章NOx選択還元触媒、Cu-ZSM-5触媒の活性と耐久性

 Cu-ZSM-5触媒は希薄燃焼エンジンの排ガス中で50%の浄化率を示すことを確認した。しかし、高いSVでは浄化率が低くなるとともに、400℃近傍で最高浄化率をもち、それより高温でも低温でも浄化率が低下する山形の温度特性を示すという、実用上の欠点を明らかにした。

 HCについて、その炭素数、および含酸素官能基の種類を変えてCu-ZSM-5上でのNOx選択還元反応について検討した。その実験結果、およびNO-TPD、ESR、NH3吸着によって、その反応場はZSM-5の細孔であり、Cu+とCu2+の両方が活性点であることを明らかにした。

 Cu-ZSM-5触媒の耐熱性について、XRD、NMR、BET表面積、COとNO吸着により検討し、その熱劣化機構について考察した。耐久性の面では、700℃以上で大きな活性低下が見られ、実用上大きな問題があることを明らかにした。Cu-ZSM-5の活性低下の原因は、ZSM-5結晶格子からの脱Al、およびそれにともなうCu2+のイオン交換サイト(酸素10員環)から不活性なサイト(おそらく酸素5員環)への移動であろうと推察した。

第5章NOx吸蔵還元型触媒の発見と研究開発

 自動車特有の、変動する雰囲気に着目して、希薄燃焼エンジンの排ガス中でのNOx浄化技術について検討し、NOx吸蔵還元型触媒という新しい概念に基づく、自動車の排ガス浄化触媒を開発した。

 希薄燃焼エンジンの排ガス中での現象を、模擬排ガスを用いて詳細に検討し、NOx吸蔵還元型触媒上での反応機構を次のように考察した。すなわち、空気過剰の空燃比下では、Pt上でNOxが酸化されて隣接する吸蔵材と反応し、硝酸塩の形で吸蔵される。理論空燃比あるいは燃料過剰の空燃比の雰囲気下では、吸蔵されたNOxがPt上でH2、CO、C3H6のような還元ガスとの反応によってN2に還元され、触媒系外に放出される。このときの還元反応は三元触媒と同様、還元ガスの種類に依存しないことを明らかにした。

 NOx吸蔵材として検討したアルカリ金属とアルカリ土類金属は、その塩基性の強さがNOx吸蔵量、およびHCに対するPtの酸化活性に影響をおよぼすことを明らかにした。その結果をもとに、Pt/Rh/BaO/CeO2/La2O3/Al2O3を基本仕様とする実用触媒を設計した。この触媒はHC、CO、NOxとも80%以上の浄化率を示し、十分な実用性を有していることを明らかにした。つぎに、NOx吸蔵還元型触媒にとって最大の課題である耐久性について検討し、燃料中のSによる被毒が支配的な劣化要因であることを明らかにした。触媒に付着したSには2種類あり、担体上に付着した比較的低温で脱離するSと、吸蔵材のBaとBaSO4を形成して600℃以上の高温でないと脱離しないSがあることを解明した。Al2O3担体にアルカリ金属、アルカリ土類金属を添加するとSの脱離温度が変化し、その脱離温度と、S被毒した触媒のNOx吸蔵還元活性の回復割合との間に良い相関関係が見られた。Al2O3担体へのLi添加がS被毒回避に有効であることを明らかにした。吸蔵材から生成したBaSO4の分解には、HCの水蒸気改質活性の高い触媒成分の添加が有効であることを明らかにした。HCの水蒸気改質反応活性は、貴金属の中ではRhがもっとも優れていた。また、担体ではZrO2が優れた結果を与え、水蒸気改質反応には塩基性水酸基の関与があると考察した。

第6章総括

 第2章から第5章までの研究の成果は、それぞれ実際の自動車の排ガス浄化触媒として実用化された。地球環境問題に対して、わずかではあるが実用面で貢献できたと考える。自動車のエネルギー消費量と排ガス中の有害物質の低減は、産業活動、社会活動を営む現在の人類に課せられた大きな課題である。このような課題に対応する技術の中で、自動車の排ガス浄化触媒の重要性はますます高くなると思われる。三元触媒機能の一層の向上、また、酸素過剰雰囲気中でのNOx除去技術の大幅な進歩、さらに、ディーゼル排気中の微粒子成分の除去技術の確立など、解決されなければならない大きな課題が山積している。今後、これらの課題に対して一歩一歩、現象を解明しつつ、開発を進めていくことが望まれる。

審査要旨

 本論文は、自動車排ガスの浄化触媒に関する研究と題し、通常および希薄燃焼型のガソリンエンジンの排ガスを浄化する触媒の改善、開発に関する基礎工学的な研究をまとめたもので全6章からなる。

 第1章は序論であり、自動車の排ガス浄化触媒およびそれに関する既往の研究を概観し、自動車の排ガス浄化触媒の課題と、本研究の目的をのべている。

 第2章では触媒を担持する基材のセル構造とそれら基材を用いた排ガス浄化触媒の活性および耐久性を検討することにより性能向上を試みた結果をまとめている。モノリス触媒について、まず、セラミックス基材のセル壁を薄くすると、熱容量の減少、幾何表面積の増加により排ガス浄化性能が向上し、とくにエンジン始動直後に効果が大きいことを明らかにした。また、セラミックス基材のセル形状を六角形にすると、表面に形成した触媒層の厚みが均一になり、自動車排ガス浄化触媒の耐イオウ被毒性が大幅に向上することを見出した。この結果は、希薄燃焼エンジンやディーゼルエンジンの普及に不可欠なNOx吸蔵還元型触媒にとって大きな課題であるイオウ被毒の軽減に対しても重要な指針を与えるものである。

 第3章では三元触媒の高温熱劣化を触媒各成分について解明し、触媒性能改良の指針を与えている。担体であるAl2O3の比表面積低下と、主触媒であるPt、Rhの粒成長との間には強い相関があり、La、Ceを適量添加することによってAl2O3の比表面積低下は大幅に抑制され、それによって触媒の高温熱劣化も抑えられることを明らかにした。すなわち、Ceの添加は、-Al2O3中の-Al2O3結晶核発生を抑制するが、高温ではCeO2が分相してくること、一方、Laは、-Al2O3-Al2O3のスピネル型結晶格子内に導入されて、-Al2O3への相転移を抑制し、表面積低下を防止することを明らかにした。さらに、助触媒であるCeO2の酸素貯蔵能に対するLaとZrの添加効果を詳細に検討し、Laは固溶によって酸素欠陥を形成、結晶内拡散を容易にして酸素貯蔵能を向上すること、一方、Zrは固溶体を形成しCeO2の粒成長を抑制し、酸素貯蔵能の耐熱性を改善することを明らかにした。

 第4章はNOx選択還元触媒としてのCu-ZSM-5触媒の活性と耐久性を検討した結果をまとめたものである。まず、希薄燃焼エンジンの排ガスに対し50%の浄化率を示すCu-ZSM-5触媒の反応場がZSM-5の細孔であり、Cu+とCu2+の両方が活性点であることを推定した。ついで、Cu-ZSM-5触媒の耐熱性について、XRD、NMR、表面積、COとNO吸着により検討した結果、700℃以上で大きな活性低下が見られ、実用上大きな問題があることを明らかにするとともに、活性低下の原因は、ZSM-5結晶格子からの脱AlおよびそれにともなうCu2+のイオン交換サイト(酸素10員環)から不活性なサイト(おそらく酸素5員環)への移動であろうと推察した。

 第5章はNOx吸蔵還元型触媒の研究開発とその作用機構に関する研究結果をまとめたものである。希薄燃焼エンジン排ガス中のNOx浄化技術について検討し、自動車特有の変動する雰囲気を活用したNOx吸蔵還元型触媒という新しい概念に基づく排ガス浄化触媒を開発した経緯をのべている。さらに、模擬排ガスを用いた詳細な実験から、NOx吸蔵還元型触媒の作用機構を推論した。すなわち、空気過剰下では、NOxはPt上で酸化されて隣接する吸蔵材と反応し、硝酸塩の形で吸蔵される。理論空燃比あるいは燃料過剰の雰囲気下で、吸蔵されたNOxがPt上でH2、COなどの還元ガスと反応してN2に還元され、触媒系外に放出される。このときの還元反応は三元触媒と同様、還元ガスの種類に依存しない。ついで、NOx吸蔵材の塩基性がNOx吸蔵量、および炭化水素に対するPtの酸化活性に影響を及ぼすことを見出し、これらの知見をもとに、Pt/Rh/BaO/CeO2/La2O3/Al2O3を基本組成とする十分な実用性を有する触媒を開発している。また、NOx吸蔵還元型触媒にとって最大の課題である耐久性について、燃料中のイオウによる被毒が支配的な劣化要因であることを明らかにし、その解決のために、Al2O3担体へのLi添加、BaOの微粒子化および炭化水素の水蒸気改質活性の高い触媒成分の添加が有効であることを明らかにした。この結果、本触媒は広く実用化されるに至っている。

 第6章は総括であり、本論文の研究成果をまとめるとともに今後の展望をのべている。

 以上の結果は、触媒化学、環境触媒工学に寄与するところが大であるだけでなく実際の大気環境の改善にも顕著な貢献をした。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54105