学位論文要旨



No 214264
著者(漢字) 辻,勝行
著者(英字)
著者(カナ) ツジ,カツユキ
標題(和) 有機構造指向剤を用いたハイシリカモレキュラーシーブの合成および有機官能基を有するモレキュラーシーブの合成に関する研究
標題(洋) "SYNTHESES OF HIGH-SILICA MOLECULAR SIEVES USING ORGANIC STRUCTURE-DIRECTING AGENTS AND OF ORGANIC-FUNCTIONALIZED MOLECULAR SIEVES"
報告番号 214264
報告番号 乙14264
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14264号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 横浜国立大学 教授 辰巳,敬
内容要旨 1.

 モレキュラーシーブは分子径レベルの均一な大きさの細孔を有し、その細孔内比表面積が非常に大きいため、触媒や分離材として工業的に利用されている。その特性はマイクロポアの構造に強く相関しているため、新規な細孔構造を有するモレキュラーシーブの出現はその応用分野の拡張や既存のプロセスの改善につながる可能性が高く盛んに研究されている。新規な構造のモレキュラーシーブを合成するための有用な手段の1つとして新しい有機化合物を用いて合成を行うことがあげられ、既にこうした手段で得られた新規ゼオライトが種々報告されている。しかし、これらの有機化合物がなぜ特定の構造のモレキュラーシーブを与えるのかについてはまだわからないことが多い。合成に用いられる有機化合物と得られるモレキュラーシーブの構造との相関を分子レベルで理解することは、所望の構造を有するマイクロポーラスマテリアルを任意に合成する技術につながり非常に有用である。そこで、本研究の1つのテーマとしてハイシリカモレキュラーシーブの合成研究を通じてこの相関を理解することを試みた。

 構造に着目した展開以外に、モレキュラーシーブの応用分野を拡張することにつながる有益なブレークスルーとして化学的活性を付与することがある。モレキュラーシーブにこうした化学的機能を与える方法として従来からAl等のヘテロ原子を導入して酸性を発現させたり、外部から無機あるいは有機化合物を添加して導入された物質に由来する化学的機能を付与する方法等が開発され様々なケースで応用されている。しかし、TS-1(ZSM-5構造を有するチタノシリケート)の出現でモレキュラーシーブの応用分野が過酸化水素による酸化反応にまで拡張された例に明らかなように、これまでにない化学的機能をモレキュラーシーブに付与する方法の開発は非常に有益である。本研究の2つ目のテーマとして有機官能基を共有結合を介してその細孔内に有するモレキュラーシーブ(Organic-Functionalized Molecular Sieve)(OFMS)の開発を取り上げた。

2.ハイシリカモレキュラーシーブの合成に関する研究

 モレキュラーシーブを合成する際によく用いられる4級アンモニウム塩等の有機化合物は従来から"テンプレート"と呼ばれてきたが、生化学分野等での同用語の定義に倣うと「生成するゼオライトの構造的、電気化学的特性が合成に用いた有機化合物の特性をそのまま反映している場合に限りその有機化合物を"テンプレート"と呼ぶ」ことができる。モレキュラーシーブ合成の多くの場合はこれに当てはまらないことから、これと区別するために"Structure-Directing Agent(構造指向剤)"(SDA)と呼ぶことが提唱されている。この有機化合物(SDA)によってもたらされる"Structure-Direction(構造指向)"を分子レベルで理解するためにAlやB等のヘテロ原子、NaやK等のアルカリ金属を用いないピュアシリカ系でのモレキュラーシーブ合成について研究した。通常、アルカリ金属を加えないピュアシリカ系でのモレキュラーシーブ合成は結晶化時間が長く基礎研究にあまり適さない。しかし、4,4’-trimethylenebis(N-benzyl-N-methylpiperidinium)を用いるとこれまで合成できなかったピュアシリカのゼオライト(BEA)が比較的短時間で得られるとの報告が近年なされ、また、その類似化合物である4,4’-trimethylenebis(N,N-dimethylpiperidinium)はピュアシリカのZSM-12(MTW)を与えることが知られていたことから、このジピペリジニウムを基本骨格とする4級アンモニウム化合物を用いたピュアシリカモレキュラーシーブ合成をモデルケースとして研究した。

 様々なジピペリジニウム化合物を合成し、ピュアシリカ系でのモレキュラーシーブ合成に用いたところ、BEAやMTW以外にもピュアシリカZSM-5(MFI)やMCM-41タイプのメソポーラスマテリアル等がジピペリジニウム化合物のN-アルキルグループを変えるだけで得られることがわかった。さらに、両ピペリジニウム環の間に存在するメチレン鎖の長さを変えた化合物やモノピペリジニウム化合物の与える生成物を検討することによってMFIやBEAを指向する有機化合物の特徴を探求し、N-ベンジル基を有し、かつ、2個のピペリジニウム環がメチレン鎖を介してつながった構造を有する化合物がBEAを与えることを突きとめた。BEAを指向するために必要な有機化合物の特徴は、N-ベンジル-ジピペリジニウムのほぼ純粋なジアステレオマーを用いたモレキュラーシーブの合成と得られた物質の13C-NMRを中心としたキャラクタリゼーションを通じてさらに追求し、N-ベンジル基をピペリジニウム環のエカトリアル位に有することも必要条件であるらしいことがわかった。N-ベンジル基がアクシャル位にある化合物の方がそれがエカトリアル位にある化合物より嵩高くBEAのような3次元の細孔構造を有するモレキュラーシーブの合成に適するように思えるが、この結果はこうした予想に反するもので有機化合物の構造に対する直感的印象は生成するモレキュラーシーブの構造の予想に必ずしも有用でないことがわかる。

 また、有機化合物の濃度が生成物選択性に影響する場合があることも見出した。BEAを指向するのに適した上記のN-ベンジル-ジピペリジニウム化合物を低濃度(R/SiO2=0.075)で用いると、MTWが得られた。N-ベンジル基をアクシャル位に有する、より嵩高いジアステレオマーを用いてもやはりMTWが得られ、生成したモレキュラーシーブ中にはN-ベンジル基をエカトリアル位に有するピペリジニウム環のみが観測されることから、N-benzyl(ax)-N-methyl(eq)-4-trimethylene(eq)-piperidiniumが1次元の細孔構造を有するMTW中に存在するためにピペリジニウム環を反転して比較的小さいN-benzyl(eq)-N-methyl(ax)-4-trimethylene(ax)-piperidiniumに転化しているものと推定した。

 さらに、N-ベンジル-ジピペリジニウム化合物によるBEAおよびMTWの合成過程をSAXS(小角X線散乱)、USAXS(微小角X線散乱)およびWAXS(広角X線散乱)を用いて観測した。BEAの生成条件ではTPA(テトラプロピルアンモニウム)によるMFIの合成時(2.8nm)と同様な2.6nm程度の大きさの粒子がモレキュラーシーブの結晶化に先立って観測されたが、MTWの生成条件下では1.5nm程度の粒子のみが存在した。双方とも同じ有機化合物を用いているにもかかわらず、両合成条件で異なる粒子が観測されたことから生成するモレキュラーシーブ相によって前駆体粒子のサイズが異なることがわかった。また、本系がヘキサメチレンジアミンを用いたピュアシリカMFIとZSM-48の合成系に似ていることから、BEAはStructure-Directionを介して、MTWはPore-Filling Mechanismを介して生成しているものと推定した。

 最後に、スパルテイン誘導体を用いたハイシリカモレキュラーシーブ合成を通じて有機化合物の立体的構造の重要性を指摘した。N(16)-methylsparteiniumとそのジアステレオマーであるN(1)-methyl--isosparteiniumはともにピュアシリカCIT-5(CFI)を与えるが結晶化時間や生成物の粒径比較から後者の方がより効果的なSDAであることがわかった。分子モデリング計算から後者ではスパルテイン骨格自体に加え、その内側に存在するN-methylグループがCFI構造のサイドポケットにフィットし、CFI骨格を構成するシリカとの間により多くのファン・デル・ワールス結合を与えることが原因であると結論した。

3.Organic-Functionalized Molecular Sieve(OFMS)の合成とキャラクタリゼーション

 有機官能基を共有結合を介してマテリアル上に導入することによって化学的機能を付与する方法は既にアモルファスシリカにおいて古くから行われており、クロマトグラフィー等の分野で実用されている。近年、MCM-41タイプのメソポーラスマテリアルにおいても、有機官能基を共有結合を介してその細孔内に保有するマテリアルが合成できるようになった。これらのマテリアルは、特に嵩高い有機化合物を転化するための触媒として有用であることが実証されているが、細孔径が10Åを超えるため形状選択性は通常期待できない。従って、モレキュラーシーブ等のマイクロポーラスマテリアルに同様な修飾を施す方法の開発が望まれていた。そこで我々は、近年報告されたTEAF(テトラエチルアンモニウムフルオライド)をSDAとして用いたフルオライド法によるBEA合成方法をベースにBEA構造を有するOFMSの合成にチャレンジした。

 極性が低いフェネチル基を有するBEAは出発原料にPETMS(フェネチルトリメトキシシラン)を添加することで合成でき、SDAであるTEAFは溶媒抽出により低温(〜100℃)で除去できた。さらに、このマテリアルをSO3で処理することによって得られたスルフォフェネチル基を有するピュアシリカBEAは形状選択的酸触媒として機能することを実証した。また、同手法が極性の高い官能基についても応用できるか確かめるため、アミノプロピル基を導入したBEAを様々な方法でキャラクタリゼーションし、アミノプロピル基がモレキュラーシーブ細孔内に共有結合を介して存在し、このアミノ基は有機合成的手法によってイミンに変換することができることを示した。我々の開発した方法で色々な有機官能基を直接ピュアシリカBEAの細孔内に導入することができ、また、導入された官能基は一般的有機化学的手法を用いてさらに他の官能基に変換することもできることから、様々な種類の官能基を有するOFMSの合成が可能になった。

審査要旨

 本論文は、SYNTHESES OF HIGH-SILICA MOLECULAR SIEVES USING ORGANIC STRUCTURE-DIRECTING AGENTS AND OF ORGANIC-FUNCTIONALIZED MOLECULAR SIEVES(有機構造指向剤を用いた高シリカモレキュラーシーブの合成および有機官能基を有するモレキュラーシーブの合成に関する研究)と題し、ゼオライト系モレキュラーシーブの合成条件と生成する結晶構造の関係につき、構造指向剤である有機分子の構造に着目して検討した結果と有機官能基をゼオライト骨格中に包含する新規ゼオライトの合成についてまとめたものであり、10章からなる。

 第1章は、序論であり、モレキュラーシーブの機能材料としての特徴と研究の現状をまとめ、本研究の目的、意義についてのべている。すなわち、モレキュラーシーブの特徴である分子レベルの均一細孔を制御することは合成技術にとって非常に有用であり、そのために用いられる有機化合物の役割を明らかにすることが本研究の目的の一つであるとしている。第二の目的は、モレキュラーシーブに化学的機能を付与する方法を開発することで、有機官能基を共有結合を介して細孔内に導入したモレキュラーシーブの開発を取り上げその合成に成功している。

 第2章から第6章は高シリカモレキュラーシーブの合成に関する研究結果について述べている。モレキュラーシーブを合成する際によく用いられる4級アンモニウム塩等の有機化合物をここでは構造指向剤(Sturcture-Directing Agent,SDA)と呼び、SDAによってもたらされる構造指向作用を分子レベルで理解するために、Al,B等のヘテロ原子、Na,K等のアルカリ金属を含まない純粋なシリカ系でモレキュラーシーブ合成を検討した。

 まず、様々なジピペリジニウム骨格を有する化合物を合成し、それらを純シリカ系でのモレキュラーシーブ合成に用い、ベータゼオライト(BEA)やZSM-12(MTW)以外にも純シリカZSM-5(MFI)やMCM-41型のメソ細孔材料等がジピペリジニウム化合物のN-アルキルグループを変えるだけで得られることを見出した。さらに、両ピペリジニウム環の間に存在するメチレン鎖の長さを変えた化合物やモノピペリジニウム化合物を用いて得られるモレキュラーシーブの構造を検討することによってBEAを与える条件を明らかにしている。

 また、N-ベンジル-ジピペリジニウム化合物によるBEAおよびMTWの合成過程を小角X線散乱、微小角X線散乱および広角X線散乱を用いて観測し、BEAの生成条件では2.6nm程度の粒子がモレキュラーシーブの結晶化に先立って観測されたが、MTWの生成条件下では1.5nm程度の粒子のみが存在したことから、BEAは構造指向性によって、MTWは細孔充填機構によって生成しているものと推定した。さらに、スパルテイン誘導体のジアステレオマーを用いた高シリカモレキュラーシーブ合成の実験結果と分子モデリング計算の比較からスパルテイン骨格自体に加え、SDA分子の内側に存在するN-メチルグループと骨格構造の適合性が構造を決める上で重要であると結論した。

 第7章から第9章では、有機官能基を骨格中に含むモレキュラーシーブの合成とキャラクタリゼーションの結果についてのべている。まず、テトラエチルアンモニウムフツ化物を構造指向剤として用いてBEA構造を有する有機官能化モレキュラーシーブの合成に成功した。

 次に、フェネチル基を含有するBEAをフェネチルトリメトキシシランを添加して合成し、構造指向剤を溶媒抽出により低温で除去したのちSO3処理することによってスルフォフェネチル基を有する純シリカBEAを合成、これが形状選択的酸触媒として機能することを実証した。また、アミノプロピル基を導入したBEAの場合に、アミノプロピル基が細孔内に共有結合を介して存在し、このアミノ基は有機合成的手法によってイミンに変換できることを示した。この方法により各種の有機官能基を直接純シリカBEAの細孔内に導入することができ、また、導入された官能基は一般的有機化学手法を用いて他の官能基に変換できることから、様々な官能基を有する有機官能化モレキュラーシーブの合成が可能となることを示した。

 第10章は結論であり、以上の成果をまとめるとともに今後の展開の可能性についてのべている。

 以上、本論文は酸化物多孔質系のモレキュラーシーブの結晶構造と合成時に添加する有機分子の構造の関係について詳細な検討を加えモレキュラーシーブ設計の指針を与えるとともに、有機官能基を構造内に包含するモレキュラーシーブの合成に成功し多孔質機能材料の分野に新たな可能性をもたらした。

 これらは、無機合成化学、機能材料科学、触媒化学に貢献するところ大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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