学位論文要旨



No 214265
著者(漢字) 谷口,昇
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,ノボル
標題(和) 燃料電池用固体電解質バリウムセリウムガドリニウム系酸化物に関する研究
標題(洋)
報告番号 214265
報告番号 乙14265
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14265号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 江口,浩一
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨 1、研究の背景

 省エネルギー・地球環境問題の社会的背景の観点から、将来のエネルギー変換システムとして燃料電池がクローズアップされ、研究開発が盛んに行われている。しかしながら、大規模発電用に燐酸型がようやく実用化にこぎ着けたものの、商用化には至っていない。一方、分散発電や家庭用、自動車用では、まだまだ技術課題も多く早期の実用化開発が望まれている。本研究では、民生用(自動車用、家庭用)に最適な燃料電池の開発を目指し、研究開発に取り組んだ。

 燃料電池の中でも特に、エネルギー変換効率が高く、メンテナンスが容易で、多様な燃料の使用が可能な全固体酸化物型燃料電池は、理想的な燃料電池として開発が期待されている。しかしながら、現状のジルコニア系電解質を用いた燃料電池は1000℃もの高温作動であることから技術課題も多く、性能、信頼性、経済性の点で、従来より低温で作動する固体電解質型燃料電池システムが望まれていた。理想的な作動温度(500℃から800℃)にする一つの手段として、高性能な固体電解質の開発が考えられた。

2、高性能固体電解質の開発

 ジルコニア系酸化物に比べイオン導電率が高く、燃料電池用の固体電解質として、高温、酸化還元雰囲気中で化学的、機械的に安定であることが要求される。イオン電導種としては、酸化物イオンまたはプロトン、もしくは両方のものが考えられる。本開発では、燃料電池システムとして物質移動的にも熱バランス的にもメリットが期待される混合イオン(酸化物イオンとプロトン)電導体のバリウムセリウム酸化物に着目した(Fig.1)。

Fig.1 Arrhenius plots of conductivites of various oxide ionic conductors.

 本研究においては、まずバリウムセリウム酸化物のセリウムの置換体としてGdを選定し、この酸化物の高密度な焼結体の作製法を検討した(Fig.2)。得られた焼結体でセリウムの20%をガドリニウムで置換したBaCe0.8Gd0.203-(以後BCGと略す)の組成が、燃料電池状態で最も高いイオン導電性を示すことがわかった(Fig.3)。この酸化物は、ジルコニア系酸化物に較べ800℃で約3倍高いイオン導電率を示し、プロトンと酸化物イオンの混合イオン電導性を示すことがわかった。

Fig.2 Typical structure of a and ion radius of rare earth elements.Fig.3 The isothermal variation of the conductivity of against Gd-doping level,x,under fuel cell conditions.

 また、この伝導体を固体電解質に用いた燃料電池は、800℃で良好に作動し、開回路電圧からBCGは良好なイオン伝導体であることが示された(Fig.4)。さらに、プロトンと酸化物イオンの混合イオン伝導体を燃料電池の固体電解質に用いた場合、セルの熱バランスが向上することを推算した。

Fig.4 I-V characteristics of fuel cells,electrode area:0.5cm2,gas flow rate:200ml/min.Maximum fuel utility rate (Uf):2.1%
3、の物性と安定性

 新しい固体電解質であるBCGの物性とその安定性について調べた。BCGの結晶型は低温では斜方晶であり、高温になるに従って正方晶、800℃で立方晶と変化する。熱膨張係数は、650℃迄で約14x10-6/Kとジルコニアに比べてやや大きく、650℃から800℃で相変化があることが確認された。また、耐アルカリ、耐酸性について調べた結果、アルカリには強く、強酸には溶解することが確認された。恐らく、バリウムの結合が弱いものと考えらる。さらに、バリウム系酸化物の炭酸ガスによる影響を調べた結果、炭酸ガス濃度18%以下ではBCGは安定に存在できることが示唆された(Fig.5)。

Fig.5 Presumed phase diagram of for CO2 partial pressure.
4、BCGのイオン伝導性

 BCGのイオン電導性について調べた。導電率は、500℃で10-1S/cmとジルコニアと比較して約1桁高いことがわかった(Fig.6)。

 300℃から1000℃にいたるまで、プロトン源のある雰囲気中でプロトン電導性を示し、電子電導性はほとんど示めさない。一方、空気中など、酸素が存在するとき酸化物イオン電導体になる。また、酸素と水素源とが存在する(燃料電池)状態では、酸化物イオンとプロトンが同時に電導し、温度、雰囲気によりイオン輸率が変化することをがわかった(Fig.7)。

 さらに、結晶構造から伝導機構を推察、プロトンと酸化物イオンの生成速度を各々の表面分圧から推測した。

Fig.6 Arrhenius plots of the conductivity of Fig.7 Temperature dependence of transport numbers of H+ and O2- in BCG conductor under fuel cell conditions.
5、BCGを固体電解質に用いた実験室レベルでの燃料電池放電特性

 BCGを固体電解質に用いて実験室レベルの燃料電池を組立て、各種温度や模擬燃料ガスを用いての放電特性および連続放電特性を調べた。BCGを用いた燃料電池は、水素のみならずメタン模擬燃料ガスを用いた場合でも800℃で安定に放電でき、2500時間に渡って連続放電可能であることを実証した(Fig.8)。一方、高い電流密度での連続放電では、本実験セルの水蒸気分圧が著しく高くなり、電解質を劣化させる原因となることがわかった。また、二酸化炭素を20%含む模擬燃料ガスでは、電解質の初期劣化が観察された。

 この電解質を用いて500℃で作動させることもできることを確認した。

Fig.8 Cell voltage change vs. discharging time for a BCG fuel cell using 8%CO2+92%H2 gas as a fuel,under a discharge current density of 150mAcm4
6、BCGを固体電解質に用いた燃料電池のアノードの検討

 BCG固体電解質を用いた燃料電池の電極(アノード)について検討した。今回検討したFe,Co,Ni材料の中では、Ni材料が最も過電圧が小さく、プロトン伝導体を固体電解質に用いた場合でも、有力な材料であることが判明した。また、Ni材料を電極に用いたセルの連続放電も良好で、長期安定性の点からも有望である(Fig.9)。

Fig.9 Cell voltage change vs. discharging time for H2:Ni/BCG/Pt:air fuel cells at 800℃
7、BCG固体電解質の限界電流式酸素センサへの適用

 BCG固体電解質の応用例として、限界電流式酸素センサに適用検討した。BCG固体電解質を用いた限界電流式酸素センサは、ジルコニア固体電解質を用いたものより、低温(300℃)で良好に作動することが確認され、限界電流式酸素センサの固体電解質として実用化が可能であることがわかった(Fig.10)。

Fig.10 Limiting current output vs. oxygen concentration for BCG type sensor at supply voltage from 1.0V to 1.8V at 300℃.
8、総括

 ジルコニア系固体電解質に代わる新しい燃料電池用の固体電解質を開発した。この固体電解質は、化学的、機械的に実用に耐え、500℃から800℃の温度で燃料電池の作動が可能であることが示唆された。低温作動型の固体電解質型燃料電池は、効率やメンテナンス面で固体型の長所を保持しながら、構成材料に安価な加工性の良い金属材料を用いることができることや、断熱を著しく容易にすることができることなど、経済面、安全性の点からも実用的な燃料電池システムとして期待される。

 さらに、BCGは酸化物イオンとプロトンの混合イオン電導体であるので、ガス供給排出のバランスや熱バランスも向上する。

 本研究は、まだまだ基礎検討の段階で、実用化には多くの技術課題が残されているが、本研究を通じて得られた知見、成果は、今後の実用的な燃料電池の開発に一指針を与えるものと考えている。また、新しい固体電解質であるBCGの開発は、高性能な燃料電池のみならず、新規なセンサや電気化学デバイスの研究開発を促進するものと確信している。

 今後の展開として、BCGの実用的な信頼性の向上を図るとともに、自動車用、家庭用コージェネレーションに最適な燃料電池システムの提案をしていきたい。

参考文献1.Noboru Tniguchi,K.hatoh,J.Niikura,T.Gamo,and H.Iwahara,Solid State Ionics,53,998(1992)2.谷口昇、蒲生孝治,電気化学,62,326(1992)3.Noboru Taniguchi,E.Yasumoto,T.Gamo,J.Electrochem.Soc.,143,1886(1996)4.Noboru Taniguchi,E.yasumoto,Y.Nakagiri,T.Gamo,J.Electrochem.Soc.,,(1998)5.谷口昇、蒲生孝治,セラミックス,32,205(19976.中桐康司、谷口昇、蒲生孝治,電気化学,66,405(1998)
審査要旨

 本論文は、固体電解質型燃料電池システムの課題である作動温度の低温化を目的とし、低温作動化の鍵となる固体電解質について、新しいバリウムセリウムガドリニウム系酸化物材料を検討したものである。日本文223ページからなる本論文は、「燃料電池用固体電解質バリウムセリウムガドリニウム系酸化物に関する研究」と題し、全9章から構成されている。

 第1章は、イントロダクションであり、省エネルギー、地球環境問題などの社会的背景とエネルギー変換システムの現状と課題を述べている。将来期待されるべき技術として高効率でクリーンな燃料電池システムを取り上げ、分散発電や家庭用、自動車用など民生用に最適な燃料電池システムの開発を目指すという本論文の研究意図および目標を示している。

 第2章は、固体電解質型燃料電池の特徴と課題について解説している。燃料電池の中でも最もエネルギー変換効率が高いなど優れた特長をもつ固体電解質型燃料電池であるが、1000℃もの高温作動であることから性能、信頼性、経済性の点で問題であることを述べている。この解決策として800℃以下で作動する燃料電池システムが有効であり、その手段として高性能な固体電解質の開発が鍵になることを示している。

 第3章では、高性能な固体電解質の開発において、現状の燃料電池に使用されているジルコニア系酸化物に較べ800℃で約3倍高いイオン導電率を示すバリウムセリウム系酸化物を見いだしたことを示している。この酸化物は、プロトンと酸化物イオンの混合イオン伝導性を示し、セリウムの20%をガドリニウムで置換した(以後BCGと呼ぶ)の組成で、低温まで最も高いイオン導電性を保持することを述べている。また、プロトンと酸化物イオンの混合イオン伝導体を燃料電池の電解質に用いることにより、アノード、カソード両極での熱歪みが低減できることを推算し、考察している。

 第4章では、新しい固体電解質であるBCGの物性とその安定性について調べた結果を示している。BCGの結晶型は低温では斜方晶であり、高温になるに従って正方晶、立方晶と変化することを確認している。また、酸化・還元雰囲気で安定であり、酸性溶液に溶解、アルカリ溶液には不溶であることを示している。さらに、バリウム系酸化物の二酸化炭素による影響を調べ、二酸化炭素濃度20%以下ではBCGは安定であることを確認している。

 第5章では、BCGのイオン伝導性について報告している。300℃から1000℃にいたるまで、プロトン源のある雰囲気中でプロトン伝導性を示し、電子伝導性はほとんどないこと、一方、空気中など、酸素が存在するときほとんど酸化物イオン伝導体になることを実験により明らかにしている。また、酸素と水素源とが存在する(燃料電池)状態では、酸化物イオンとプロトンが同時に伝導し、温度、雰囲気によりイオン輸率が変化することを解明している。さらに、伝導機構について考察を加えている。

 第6章では、このBCGを固体電解質に用いて実験室レベルの燃料電池を組立て、各種温度や模擬燃料ガスを用いての放電試験および連続放電試験を行った結果を示している。BCGを用いた燃料電池は、水素のみならずメタン模擬燃料ガスを用いた場合でも800℃で安定に放電でき、2500時間に渡って連続放電可能であることを実証し、また、作動温度を500℃に低温化した場合でも、良好に作動することを確認している。

 第7章では、酸化物イオン伝導だけでないプロトン伝導体のBCG固体電解質を用いた燃料電池の電極(アノード)について検討している。本研究で検討したFe,Co,Ni材料の中では、出力特性および連続放電安定性からNi材料が最も良好であることを示唆している。

 また、第8章では、このBCG固体電解質の応用例として、限界電流式酸素センサに適用検討した結果について報告している。BCG固体電解質を用いた限界電流式酸素センサは、ジルコニア固体電解質を用いたものより、200℃低い300℃で良好に作動することを確認し、実用化が可能であることを示している。

 最後の第9章では本研究成果をまとめており、本研究で得られたBCG固体電解質が従来の固体電解質型燃料電池システムの課題を解決する一手段として期待できることを論じている。

 以上、本論文は新しい固体電解質の発明と、800℃以下で作動する新しい固体電解質型燃料電池システムの構築、開発の重要な指針をまとめたものであり、化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。よって、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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