学位論文要旨



No 214266
著者(漢字) 加藤,和彦
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,カズヒコ
標題(和) 大規模普及のための太陽光発電システムのライフサイクル評価の研究
標題(洋)
報告番号 214266
報告番号 乙14266
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14266号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 助教授 山崎,章弘
内容要旨

 近年、地球温暖化問題が大きな関心を集めている。その主因はわれわれの生活を支えている化石エネルギー消費であることがこの問題を複雑にしている。本論文では、特に「非化石エネルギーへの転換」対策の一つである太陽光発電技術を取り上げている。太陽光発電は、発電時に化石燃料を消費しないクリーンな発電技術であり、エネルギー・地球温暖化問題の同時解決方策として期待されている。しかし、希薄で不安定な太陽エネルギーを利用した発電技術であるために電源としての信頼性は低く、電力系統の発達した先進都市地域においては、電力供給の信頼性確保の観点から大規模な導入は困難との指摘がある。また、太陽光発電システムを構成する要素機器、特に太陽電池の製造段階では多くの化石エネルギーが消費されていることから、太陽光発電のCO2排出削減効果を定量的に評価するためには、システム構成機器の製造段階も含めたライフサイクル分析を行う必要がある。

 本論文は、太陽光発電システムの製造段階における投入エネルギー量やCO2排出量と経済性に関する定量的な分析により、経済性とCO2排出削減効果の両面に優れた太陽光発電システムの大規模普及方策を検討し、導入可能量やCO2排出削減効果の大きい太陽光発電システムの導入形態を明らかにすることを目的とした。また、太陽電池の生産規模や製造技術条件をパラメータとして、導入システム形態を考慮した太陽光発電システムのライフサイクル評価を行う汎用モデルの構築を副次的な目的とした。

 太陽電池のライフサイクル分析では、多結晶シリコン(poly-Si)太陽電池とアモルファスシリコン(a-Si)太陽電池を取り上げた。図1と図2は分析対象とした製造フローである。各太陽電池について、生産規模と製造技術に関する前提条件を明示した複数の分析ケースを想定し、各工程の投入材料、製造装置の製造とそのエネルギー消費、建屋建設、照明・空調用電力消費、および人件費の積み上げ分析から、太陽電池製造の際の投入エネルギー量、CO2排出量および投入コストを算出した。その結果、poly-Si太陽電池、a-Si太陽電池のいずれについても量産効果と技術開発による投入エネルギー、CO2排出量、投入コストの低減が可能であることが明らかとなった。

図2 分析対象としたpoly-Si太陽電池の製造フロー図2 分析対象としたa-Si太陽電池の製造フロー

 さらに本論文では、太陽電池の生産規模やプロセスレベルの製造技術条件、導入システム形態をパラメータとして太陽光発電システムのライフサイクル評価を行うための汎用モデルを構築した。このモデルは、太陽光発電システムのライフサイクル評価に必要な各種のデータを格納した「データベースブロック」、太陽電池モジュールと周辺機器のエネルギー投入量、CO2排出量、投入コストを計算する「太陽電池モジュール原単位計算ブロック」「周辺機器原単位計算ブロック」、太陽光発電システムの年間有効発電量と年間回収可能コストを算出する「システム運用ブロック」で構成されている。太陽電池セルの生産規模とモジュール製造に関する技術条件、および評価対象とする太陽光発電システムに関する情報を与えることで、太陽光発電システムのに関するライフサイクル分析指標が計算される。このモデルの特徴は、太陽電池の生産規模とプロセスレベルの製造技術とを区別して分析することが可能であること、新しい技術の組み込みが可能な拡張性を備えていること、日射量と住宅電力需要の時間変化データを用いたシステム運用を考慮することにより、多種の導入形態の評価が可能であることである。

 電力系統の整備されたわが国での大規模普及方策としては、系統連系型の「逆潮流なし/蓄電池あり」システムに着目した。これは日中の余剰電力を電力系統に逆潮流させないため、電力系統の供給信頼性性に起因する導入制約を受けないという利点がある。本論文では、導入限界が指摘されている現在の普及形態である「逆潮流あり/蓄電池あり」システムとともに、この「逆潮流なし/蓄電池あり」システムを経済性とCO2排出削減効果の両面から検討した。ライフサイクル評価にはpoly-Si太陽電池とa-Si太陽電池の両方を対象とし、1GW/年のセル生産規模と製造技術の進歩を想定したモジュール製造技術条件を用いた。二つの導入形態に共通なシステム周辺機器は架台、パワーコンディショナであり、「逆潮流なし/蓄電池あり」システムではさらに蓄電池を含めた。

 表1は「逆潮流あり/蓄電池なし」システムのエネルギー・ペイバック・タイム(EPT)、CO2・ペイバック・タイム(CO2PT)およびコスト・ペイバック・タイム(CPT)を試算した結果である。"Case1-10MW"の分析ケースにおけるEPTは、poly-Si太陽電池を用いた場合に2.7年、a-Si太陽電池を用いた1.7年であった。石油火力の代替を想定したCO2PTもほぼ同様な結果が得られたことから、「逆潮流あり/蓄電池なし」システムのエネルギー収支およびCO2排出削減効果は、現状の太陽電池生産規模と製造技術において十分優れていることが明らかとなった。また、"Case2-1GW"や"Case3-1GW"の分析ケースの結果から、生産規模の拡大と技術開発の進展による向上が可能であることがわかった。一方、経済性の評価指標であるCPTは、"Case1-10MW"の分析ケースにおいて、いずれの太陽電池を用いた場合にもシステム耐用年数である20年を大きく上回り、現状では経済性が不十分であることがわかった。しかし、他の分析ケースでは20年以下のCPTが得られたことから、「逆潮流あり/蓄電池なし」システムの経済性向上には太陽電池の生産規模の拡大と製造技術開発が必要であることが明確になった。

表1 「逆潮流あり/蓄電池なし」システムのエネルギー・ペイバック・タイム(EPT)、CO2・ペイバック・タイム(CO2PT)、およびコスト・ペイバックタイム(CPT)の試算結果

 「逆潮流なし/蓄電池あり」システムに関しては、モジュール容量と蓄電池容量をパラメータとして、時間日射量と住宅の時間電力需要から求められる発電電力の過不足量を用いて、住宅の年間電力需要に供給可能な年間発電電力量(有効発電電力量)を推定した。また、蓄電池の貯蔵効率は87%を仮定した。poly-Si太陽電池の"Case3-1GW"とa-Si太陽電池の"Case2-1GW"の分析ケースを想定して、このシステムのライフサイクル評価を行った結果、EPTやCO2PTは概ね1〜3年となり、「逆潮流なし/蓄電池あり」システムに関しても高いエネルギー収支とCO2排出削減効果が得られることを明らかにした。ただし、経済性については3kWを越えるモジュール容量ではCPTを20年以下とするような蓄電池容量との組み合わせが得られなかった。したがって、「逆潮流なし/蓄電池あり」システムの導入拡大のためには太陽電池モジュールを含むシステム構成機器のさらなるコスト低減が必要であることがわかった。

 図3は、「逆潮流なし/蓄電池あり」システムをCO2排出削減対策と見なした場合のCO2排出削減に要する費用と耐用期間中の総CO2排出削減可能量の関係を示したものである。小モジュール容量では、システム耐用期間内のコスト回収が可能であり、また、余剰電力の発生量を低く抑えられることから必要な蓄電池容量も小さくてすむ。このためCO2排出削減費用は負となり経済的には有利となった。しかし、モジュール容量が小さいために総量としてのCO2排出削減可能量も小さかった。一方、大モジュール容量では、大きなCO2排出削減可能量を得ることができる反面、余剰電力の発生量も増加するため必要な蓄電池容量も増加した。このため蓄電池コストの増加と貯蔵損失による有効発電量の減少により、CO2排出削減費用が増加することがわかった。このように、「逆潮流なし/蓄電池あり」システムではモジュール容量によってCO2排出削減に要する費用とCO2排出削減可能量は異なり、モジュール容量とCO2排出削減の経済性にはトレードオフの関係があることが明らかとなった。さらに、図3からCO2排出削減の追加費用なしに大きなCO2排出削減効果を得ることのできる最大モジュール容量が3kW程度までであることがわかった。このモジュール容量の「逆潮流なし/蓄電池あり」システムの東京都への導入を想定した場合の導入可能量は、「逆潮流あり/蓄電池なし」システムの導入上限の約14倍に相当する11.3GWであった。また、そのときのCO2排出削減可能量は1.29×106t-C/年となり、東京都の電力消費に起因するCO2排出量の約22%であった。

図3 「逆潮流なし/蓄電池あり」システムのCO2排出削減費用とCO2排出削減可能量の関係

 以上の太陽光発電システムの大規模普及方策に関する経済性とCO2排出削減効果の観点からの検討結果から、太陽光発電システムの導入拡大のためには、太陽電池コストをさらに低減させる必要があることも明らかとなった。そこで、本論文では高効率で低コストな太陽電池の製造を可能とする薄膜結晶Si太陽電池の大規模製造プロセスを提案し、その経済性やCO2排出削減効果を分析した。この製造プロセスの主原料は金属Siとドーパントのみであり、原料ガスであるSi/H/Cl系ガスは再利用される。金属Siは470℃の流動層内でエッチングされ、Si薄膜は1100℃のCVD反応装置内でアルミナ基板上に製膜される。また、アルミナ基板はSiとの熱膨張係数の差を利用して分離し再利用する。この製造方法による年産1GW規模の大規模プロセスを設計し、ライフサイクルの観点から分析した結果、これまでのpoly-Si太陽電池に比べて経済性とCO2排出削減効果の向上が可能であることがわかり、また、実用化のための技術課題を明確にした。

 本論文では、開発途上国に適した大規模普及形態についても検討した。開発途上国には地理的・経済的理由によって配電網が整備されていない未電化地域が多く、その人口は20億人に達しているともいわれている。太陽光発電は発電規模を任意に選択することが可能であり、電力供給のための配電網も不要であるなどの利点があることから、このような地域への導入形態として独立分散型の小容量直流発電システムに着目し、現在の電源供給技術の一つである小型エンジン発電システムとの比較により、エネルギー収支、CO2排出削減効果および経済性を分析した。その結果、現状の太陽電池を用いた場合でも高いエネルギー収支とCO2排出削減効果があり、また、CPTも約5.6年と経済的にも十分優れていることが明らかとなった。また、本論文で検討した薄膜結晶Si太陽電池を用いた場合にはCPTが1年程度と経済性がさらに向上することがわかった。

 以上述べた本論文の研究内容から明らかにされた知見は、1)先進都市地域と開発途上国地域における太陽光発電システムの大規模普及方策を明らかにした、2)生産規模や製造技術条件、システム形態と運用方法の分析に汎用性と拡張性をもつ太陽光発電システムのライフサイクル評価モデルを構築した、3)薄膜結晶Si太陽電池の大規模製造プロセスを提案し、経済性とCO2排出削減効果に対する高い可能性を明らかにした、の三点に総括される。

審査要旨

 本論文は、「大規模普及のための太陽光発電システムのライフサイクル評価の研究」と題し、経済性とCO2排出削減効果の両面に優れた太陽光発電システムの大規模普及方策を提示し、その導入可能量やCO2排出削減効果を定量的に検討したものである。また、太陽電池の生産規模や製造技術条件をパラメータとし、導入システム形態を考慮した太陽光発電システムのライフサイクル評価モデルを構築したものである。

 第1章は序論であり、本論文で行った研究の背景と目的を述べている。これまでのわが国における太陽光発電の導入可能量の評価は、電力系統の運用面での経済性からのみ論じられており、太陽光発電システムの導入形態やCO2排出削減効果が考慮されていないこと、生産規模や製造技術に立脚した太陽電池のライフサイクル分析が行われていないことを指摘している。

 第2章では、太陽電池モジュールのライフサイクル分析を行い、その製造段階における投入エネルギー量、CO2排出量および投入コストを明らかにしている。ライフサイクル分析は、太陽電池の生産規模と製造技術に関する前提条件を明示した積み上げ手法によって行っており、量産効果と技術開発の進展が太陽電池の投入エネルギー量やCO2排出量、経済性に及ぼす影響を定量的に述べている。

 第3章では、太陽電池の生産規模やプロセスレベルの製造技術条件、導入システム形態をパラメータとした太陽光発電システムのライフサイクル評価を行うために構築した汎用モデルについて述べている。このモデルは、太陽電池の生産規模とプロセスレベルの製造技術とを区別して分析することが可能であり、また、新しい技術の組み込みが可能な拡張性を備えている。導入システム形態については、周辺機器のライフサイクルデータと、日射量と住宅電力需要の時間変化データを用いたシステム運用の分析手順により、多種の導入形態に関するライフサイクル評価を可能としている。

 第4章では、先進都市地域であるわが国での大規模普及方策として「逆潮流なし/蓄電池あり」システムに着目し、CO2排出削減効果および経済性の両面に適した大規模普及のためのシステム構成を検討し、その導入可能量とCO2排出削減可能量を明らかにしている。「逆潮流なし/蓄電池あり」システムは日中の余剰電力を電力系統に逆潮流させないため、電力系統の供給安定性に起因する導入制約を受けないシステムである。分析には第3章で構築したモデルを用い、太陽電池を含めたシステム構成機器の製造段階におけるCO2排出量と製造コストを考慮した最適なモジュール容量と蓄電池容量の組み合わせを示している。また、導入可能量とCO2排出削減効果の評価は東京都を具体例として行い、電力系統の運用面からの導入上限に対して導入可能量を約14倍に拡大し、また、CO2排出削減可能量を約10倍にすることが可能であることを示している。

 第5章では、薄膜結晶Si太陽電池の大規模製造プロセスを提案し、その経済性やCO2排出削減効果を分析している。本章で提案している製造方法は、原料ガスと基板のリサイクルを考慮した気相成長法によるものであり、高効率で低コストな太陽電池の製造を可能とするものである。本章では、この製造方法による年産1GW規模の大規模プロセスを設計し、その経済性とCO2排出効果の向上に対する有効性、および実用化のための技術開発課題を明確にしている。

 第6章では、開発途上国地域への大規模普及が可能な導入形態として、未電化地域での独立型小容量直流発電システムと砂漠を利用した大規模発電システムに着目し、エネルギー収支やCO2排出削減効果、経済性の観点からその有効性を検討している。前者については、現在一般的に用いられている小型エンジン発電機との比較分析により、その代替効果が大きいことを述べている。

 第7章は、本研究で得られた知見を総括し、今後の展望と課題について論じている。

 以上、本論文は経済性とCO2排出削減効果の両面に優れた太陽光発電システムの大規模普及方策を、太陽電池製造技術と太陽光発電システムの運用の両面から検討し提示したものであり、化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。よって、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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