3.新しい夏季ヒートアイランド対策の提案とその評価 ヒートアイランド対策として緑化などの従来対策が困難であるエネルギー消費の大きい都心部で有効なヒートポンプ冷房を利用した排熱低減技術を提案し、ケーススタディーにより実現性の検討を行った。
ヒートポンプ冷房は、冷凍サイクルによって日射、屋外との換気、OA機器、人間といった熱源から生じる冷房負荷を、電力Wを使って屋外に汲み出すものである。冷房負荷をQin、室外機から排出される熱をQout、運転に使われる仕事(電力消費量)をWとすると、エネルギー保存則から、
が成り立つ。Qinは太陽光と建物内エネルギー消費の和であるため、全体ではエネルギー消費分だけ余計に大気が暖められることになる。ヒートポンプ冷房の効率は成績係数(Coefficient of Performance,COP)によって評価される。COPは、式(1)で定義され、くみ出す熱量とそれに使用した消費電力の比をあらわす。
一般のヒートポンプ冷房機では、COPは約3であるため、消費電力の4倍の熱が室外機から大気に排出されている。冷房排熱を大気ではなく他の媒体に排出できれば、従来に比べて消費電力の4倍もの熱を大気から奪うことになり、排熱による気温上昇を抑えることが可能となる。これは東京都全体のエネルギー消費からの排熱を約40%削減可能な対策であった。
東京23区から排出される冷房排熱処理が可能な大気以外の排熱媒体の検討を行った。排熱場所として、東京湾、上下水、地下の顕熱、冷却塔による潜熱輸送をとり上げ、それぞれの媒体温度上昇、必要水量を計算した。その結果、東京湾は0.08℃、上水は116℃、下水は78℃、土は2.8℃温度が上昇すると試算された。潜熱処理に必要な水量は1日あたり1.71×105m3/dayとなり、1日の上水の14%にも相当する量であった。この結果から、排熱処理のシンクとして十分容量があるのは海と地下と判断した。
図2 対策による排熱削減効果 さらに、都内ビルの平均的エネルギー消費に近い東大工学部5号館をモデルにフィジビリティー検討のためケーススタディーを行った。冷房排熱を地中で処理する場合の運転動力、設備規模、設備費を算出し、空冷式冷暖房システムとの簡単な比較を行った。その結果、地下熱交換設備は建物敷地内で十分容量のあるものが建設可能であった。運転動力も空冷式と同等であった。さらに夏の地温が気温より低いことを利用したヒートポンプの操作条件を用いることによって、COP向上による省エネルギー化の可能性があった。
図3 対策によるヒートアイランド抑制効果 これらの結果を元に東京で最もエネルギー消費密度の高い西新宿地区ついて、土壌熱源型ヒートポンプを用いた地域冷暖房システムの設備規模と排熱削減効果について検討した。
一般的に使用されているヒートポンププロセス温度を仮定した場合の最大地中熱交換器管長を、1次元熱伝導シミュレーションを利用して近似的に求めた。その結果、管間隔2mでは742m、3mでは234m、4mでは173mの管長が必要であった。西新宿地区の年間総熱需要を基準とした場合、管間隔3mとすれば設置可能であると仮定した公的機関総面積0.18km2以下である0.15km2に設置面積を抑えることが可能であった。管一本当たりの年間総排熱、採熱量と管長、設置面積から管間隔3mとすることで西新宿地区に土壌熱源型ヒートポンプを用いた地域冷暖房システムを導入することが可能であった。
特に排熱によるヒートアイランドが問題となる夏季について、建物用途、規模別に最も一般的と考えられる熱源設備のCOPと熱負荷原単位法を用いてビルごとに空調設備を導入した場合の人工排熱量を算出した。その結果、西新宿地区排熱量は日平均値として76.8W/m2、9時から18時には140W/m2にも達した。土壌熱源型地域冷暖房を導入した場合には日平均値が11.7W/m2にまで減少し、84.7%もの人工排熱量を削減可能であった。日中に100W/m2以上もの人工排熱からの顕熱輸送量が削減された場合のヒートアイランド軽減効果は、資源環境研近藤らの街区気象モデルを用いた検討によれば西新宿地区8月の日平均気温を3℃程度押し下げる効果があると推定された。
既存ビルや地域冷暖房に適用するためには、ボーリングコストと共に土地の確保、運転操作条件など解決すべき課題もあるが、ヒートアイランド対策と省エネルギーの観点から、地下ヒートシンク冷暖房システムは極めて有望な技術と考えられた。