学位論文要旨



No 214267
著者(漢字) 玄地,裕
著者(英字)
著者(カナ) ゲンチ,ユタカ
標題(和) 都市ヒートアイランド現象における人工熱の影響評価とその対策
標題(洋)
報告番号 214267
報告番号 乙14267
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14267号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 飯塚,悦功
 東京大学 教授 柳沢,幸雄
 東京大学 教授 花木,啓祐
内容要旨 1.本研究の背景と目的

 都市エネルギー消費量増大の影響として大都市において毎年夏、冷房需要増大による電力危機が顕在化して久しい。東京電力管内では、1℃の温度上昇が約160万kWの電力需要増を招く。気温のエネルギー消費増に対する感度は極めて高い。逆にエネルギー消費も気温上昇の一因である。ビルの密集する東京日本橋では、夏季の日中エネルギー消費量は約900W/m2にも達する。これは、8月晴天日の最大日射量に匹敵する。我々の見積もりによれば、東京23区で消費されるヒートポンプ型冷房室外機からの全排熱量は、23区内で処理される下水に与えた場合には水温が100℃を超す量であった。この膨大な排熱は夏季都内全エネルギー消費の約40%にも達する。従ってこの排熱を大気ではなく例えば全排熱の吸収可能な地下に排出した場合、従来に比べて40%もの排熱削減対策となるため夏季気温上昇の緩和が期待される。また冬期には、ヒートポンプ暖房からの冷排熱がなくなる為、都市全体は現在より暖かくなる可能性もある。さらに、ヒートポンプの排熱を地下に貯熱すれば、熱容量が大きく温度の年変化が小さい特性から地下を冬期温熱源、夏季冷熱源として利用することが可能となり、成績係数向上によるヒートポンプの高効率化も期待される。

 本研究は、地下ヒートシンクを利用した冷暖房システムを新しいヒートアイランド対策の中心に据え、今後アジアなど温帯、亜熱帯地域で激化が予想されるヒートアイランド問題への現実的対策案を提示することを目的とした。具体的には東京をモデルケースとしてヒートアイランド現象の実態分析と、特にエネルギー消費の大きい地域に地下ヒートシンクを利用した冷暖房システムを適用した場合の設備規模、排熱抑制効果とヒートアイランド抑制効果の評価を行った。

図1 東京都内夏季晴天日気温日変化のグルーピング
2.東京のヒートアイランド実態把握2.1統計解析による実態把握

 東京都環境科学研究所によって測定された都内100箇所広域同時気温観測データに対して多変量解析手法の一つである主成分分析を用いて統計解析を行い、特に電力消費の激しい夏季晴天日の都内気温日変化の特徴を抽出した。その結果、大きな特徴として、第一主成分:日平均気温の高低、第二主成分:気温日較差、第三主成分:午前9時前後の気温上昇と午後8時付近の気温降下の違い、という3つの特徴が抽出された。これらの主成分得点の正負によって都内気温日変化のグルーピングを行った結果、気温の高い地域は都心から西側の23区部、日較差が大きい地域は23区北西部と市部全域、午前の気温上昇度が大きい(午後の気温降下度が大きい)地域は23区北東部、神奈川県境を中心にほぼ都内全域という結果であった。

 さらに、日平均気温上昇原因解析のため、資源環境研1次元気象モデルによる気温に対するパラメータ感度解析をおこなった。その結果、気温上昇に対する感度はボーエン比と人工排熱が高く、人工排熱がある場合の気温日変化は、気温が全般に高く、かつ振幅が少なく、午後の気温下降度の小さいという特徴があった。この結果から都内で人工排熱の影響が大きいと思われる場所を推定した。

2.2地温測定による実態把握

 長期にわたって観測が行われている場所以外の気温経年変化や過去からの気温上昇量を知ることは難しい。しかし、ヒートアイランドの実態を把握するためにはそれぞれの場所での気温上昇量を知ることが重要である。そこで都市の気温上昇が地表面熱収支の変化として地温鉛直分布から観測されると考え、地温観測から気温上昇量を推測できる可能性について検討した。測定地点は統計解析で特徴的な気温日変化が現れた都市機能の集約度の高い中央区京華小学校跡、湾岸地域江東区第二辰巳小学校、23区北西部高温地域板橋区常盤台小学校、郊外として田無市東大付属田無農場、八王子市恩方第二小学校の5ヶ所を選んだ。地中4mまでの地温分布を1年間に亘って測定した結果、年間変動の少ない地中4mの年間平均地温は中央区で19.1℃、田無市では16.9℃であり、東京地域の過去の地温とされている15.0℃と比較して、それぞれ、4.1、1.9℃高かった。地層ごとに熱拡散係数が一定値であるとして1次元熱伝導方程式により地表面温度を境界条件として求めた中央区の地温年変化のシミュレーション結果は実測値の変化と良く一致した。さらに日平均地表面温度と、同一場所の日平均気温との相関は各観測地点共に高く、気温上昇量と地表面温度上昇量は連動していた。以上の結果から、地温分布は気温と連動した地表面温度変化を通じて気温変動を反映していることが示された。すなわち、気温測定と補完的に解析することにより、地温は地表面変化だけではなく気温上昇量を理解するための重要な指標となりうる可能性が示された。

表1 気温、地温の年平均値(1997/1/1〜12/31)
3.新しい夏季ヒートアイランド対策の提案とその評価

 ヒートアイランド対策として緑化などの従来対策が困難であるエネルギー消費の大きい都心部で有効なヒートポンプ冷房を利用した排熱低減技術を提案し、ケーススタディーにより実現性の検討を行った。

 ヒートポンプ冷房は、冷凍サイクルによって日射、屋外との換気、OA機器、人間といった熱源から生じる冷房負荷を、電力Wを使って屋外に汲み出すものである。冷房負荷をQin、室外機から排出される熱をQout、運転に使われる仕事(電力消費量)をWとすると、エネルギー保存則から、

 

 が成り立つ。Qinは太陽光と建物内エネルギー消費の和であるため、全体ではエネルギー消費分だけ余計に大気が暖められることになる。ヒートポンプ冷房の効率は成績係数(Coefficient of Performance,COP)によって評価される。COPは、式(1)で定義され、くみ出す熱量とそれに使用した消費電力の比をあらわす。

 

 一般のヒートポンプ冷房機では、COPは約3であるため、消費電力の4倍の熱が室外機から大気に排出されている。冷房排熱を大気ではなく他の媒体に排出できれば、従来に比べて消費電力の4倍もの熱を大気から奪うことになり、排熱による気温上昇を抑えることが可能となる。これは東京都全体のエネルギー消費からの排熱を約40%削減可能な対策であった。

 東京23区から排出される冷房排熱処理が可能な大気以外の排熱媒体の検討を行った。排熱場所として、東京湾、上下水、地下の顕熱、冷却塔による潜熱輸送をとり上げ、それぞれの媒体温度上昇、必要水量を計算した。その結果、東京湾は0.08℃、上水は116℃、下水は78℃、土は2.8℃温度が上昇すると試算された。潜熱処理に必要な水量は1日あたり1.71×105m3/dayとなり、1日の上水の14%にも相当する量であった。この結果から、排熱処理のシンクとして十分容量があるのは海と地下と判断した。

図2 対策による排熱削減効果

 さらに、都内ビルの平均的エネルギー消費に近い東大工学部5号館をモデルにフィジビリティー検討のためケーススタディーを行った。冷房排熱を地中で処理する場合の運転動力、設備規模、設備費を算出し、空冷式冷暖房システムとの簡単な比較を行った。その結果、地下熱交換設備は建物敷地内で十分容量のあるものが建設可能であった。運転動力も空冷式と同等であった。さらに夏の地温が気温より低いことを利用したヒートポンプの操作条件を用いることによって、COP向上による省エネルギー化の可能性があった。

図3 対策によるヒートアイランド抑制効果

 これらの結果を元に東京で最もエネルギー消費密度の高い西新宿地区ついて、土壌熱源型ヒートポンプを用いた地域冷暖房システムの設備規模と排熱削減効果について検討した。

 一般的に使用されているヒートポンププロセス温度を仮定した場合の最大地中熱交換器管長を、1次元熱伝導シミュレーションを利用して近似的に求めた。その結果、管間隔2mでは742m、3mでは234m、4mでは173mの管長が必要であった。西新宿地区の年間総熱需要を基準とした場合、管間隔3mとすれば設置可能であると仮定した公的機関総面積0.18km2以下である0.15km2に設置面積を抑えることが可能であった。管一本当たりの年間総排熱、採熱量と管長、設置面積から管間隔3mとすることで西新宿地区に土壌熱源型ヒートポンプを用いた地域冷暖房システムを導入することが可能であった。

 特に排熱によるヒートアイランドが問題となる夏季について、建物用途、規模別に最も一般的と考えられる熱源設備のCOPと熱負荷原単位法を用いてビルごとに空調設備を導入した場合の人工排熱量を算出した。その結果、西新宿地区排熱量は日平均値として76.8W/m2、9時から18時には140W/m2にも達した。土壌熱源型地域冷暖房を導入した場合には日平均値が11.7W/m2にまで減少し、84.7%もの人工排熱量を削減可能であった。日中に100W/m2以上もの人工排熱からの顕熱輸送量が削減された場合のヒートアイランド軽減効果は、資源環境研近藤らの街区気象モデルを用いた検討によれば西新宿地区8月の日平均気温を3℃程度押し下げる効果があると推定された。

 既存ビルや地域冷暖房に適用するためには、ボーリングコストと共に土地の確保、運転操作条件など解決すべき課題もあるが、ヒートアイランド対策と省エネルギーの観点から、地下ヒートシンク冷暖房システムは極めて有望な技術と考えられた。

審査要旨

 本論文は、「都市ヒートアイランド現象における人工熱の影響評価とその対策」と題し、全6章から構成されている。都市におけるエネルギー消費量増大の影響の一つとして問題となっているヒートアイランド問題に関し、東京を対象に現状把握、モデルを用いた解析と新しい夏季ヒートアイランド対策について検討したものである。

 第1章は序論であり、研究の背景と本論文の目的を述べ、本論文の意義を述べた。

 第2章では、ヒートアイランド現象の実測例と、近年コンピュータ技術の進展に伴い開発が進んでいるシミュレーションモデルによるヒートアイランド現象の解析例、ヒートアイランド対策を提案するために必要な実測データを示し、シミュレーションモデルとして開発すべき点について明らかにしている。

 第3章では、東京都環境科学研究所によって測定された都内100箇所広域同時気温観測データに対して多変量解析手法の一つである主成分分析を用いて統計解析を行い、特に電力消費の激しい夏季晴天日の都内気温日変化の特徴を抽出した。その結果、第一主成分:日平均気温の高低、第二主成分:気温日較差、第三主成分:午前9時前後の気温上昇と午後8時付近の気温降下の違い、という3つの特徴が抽出された。この結果から、都内気温日変化のグルーピングを行い、気温の高い地域は都心から西側の23区部、日較差が大きい地域は23区北西部と市部全域、午前の気温上昇度が大きい(午後の気温降下度が大きい)地域は23区北東部、神奈川県境を中心にほぼ都内全域であった。さらに、資源環境研1次元街区気象モデルを利用して気温上昇に対するパラメータ感度解析をおこない、日平均気温に対して、住宅街ではボーエン比(顕熱/潜熱)、人工排熱、アルベド(表面反射率)の感度が高く、商業ビル街では人工排熱の感度が高いことから、住宅街では緑化、保水性舗装といった潜熱輸送の増大、商業ビル街では人工排熱の削減が有効な対策であることを示している。

 第4章では、都市の気温上昇が地表面熱収支の変化として地温鉛直分布から観測されると考え、地温観測から気温上昇量を推測できる可能性について検討している。測定地点は統計解析で特徴的な気温日変化が現れた都市機能の集約度の高い中央区京華小学校跡、湾岸地域江東区第二辰巳小学校、23区北西部高温地域板橋区常盤台小学校、郊外として田無市東大付属田無農場、八王子市恩方第二小学校の5ヶ所である。地中4mまでの地温分布を1年間に亘って測定した結果、都心部の地温が郊外に比べて高く、また、気温上昇量と地表面温度上昇量は連動していた。さらに、地温年変化は1次元熱伝導により表現できた。以上の結果から、地温分布は気温と連動した地表面温度変化を通じて気温変動を反映していることが明らかになった。さらに過去の地温が記録されていると推測された40mまでの地温測定を京華小学校跡にて行い、気象庁による測定に比例した気温の経年変化を仮定することで、40mまでの地温分布を合理的に説明できた。以上から、地温は気温の指標として有効であり、さらに気温の歴史が地温の垂直分布に反映されていることを明らかにしている。

 第5章では、ヒートアイランド対策として地下排熱型ヒートポンプシステムを提案している。東京23区から排出される冷房排熱の媒体としての評価を行った結果、十分容量があるのは海と地下であった。都内でエネルギー消費が最大である西新宿地区をモデルとしてケーススタディーを行った結果、地下排熱熱交換器設置面積は約0.3km2にすぎず、西新宿地区の地域冷暖房システムに用いることは十分可能であった。対策導入時の排熱量は日平均値11.7W/m2であり、人工物の85%を地下に排熱することが可能であった。それによるヒートアイランド抑制効果は、街区気象モデルによる検討の結果、西新宿地区8月の日平均気温を3℃程度押し下げる効果があると推定された。ボーリングコスト、利用できる地下空間の確保、運転操作条件など解決すべき課題もあるが、ヒートアイランド対策と省エネルギーの観点から、地下ヒートシンク冷暖房システムは極めて有望な技術であることを示している。

 第6章では、本研究の総括と提案した新しいヒートアイランド対策の有効性について述べている。

 以上、本論文は東京のヒートアイランド問題解決に向けての道筋を、実態把握、モデルによる解析、そして特にエネルギー消費の巨大な都心部で有効な対策を提示することをつうじて明らかにしたものであり、化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。

 よって、博士(工学)として合格と認められる。

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