学位論文要旨



No 214269
著者(漢字) 博日吉汗,格日勒図
著者(英字)
著者(カナ) ボルジハン,ゲレルト
標題(和) 生化学機能性および機能性ポリマーの合成
標題(洋) Synthesis of Biochemical and Functional Polymers
報告番号 214269
報告番号 乙14269
学位授与日 1999.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14269号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 干鯛,眞信
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 助教授 溝部,裕司
内容要旨

 本論文では、選択的開環重合による新規立体規則性多糖の合成とその生理活性を調べることを目的とし、無水リボース誘導体の重合とその化学的修飾について述べられている。新規なアセトアミド基含有立体規則性多糖の合成を、アジド基含有の無水リボースの選択的開環重合と官能基変換により達成し、続く硫酸化により硫酸化多糖へと導いている。これらの重合挙動、化学構造、抗HIV活性等の生理活性をはじめとする、学術的に有用な多くの知見を得ると共に、本化合物の優れた機能性材料としての可能性が示されている。また、糖の水酸基などと反応性を有する新規水銀含有ポリマーの合成についても言及している。

 第1章緒言には本研究の背景として、これまでに実施された選択的開館重合による立体規則性多糖合成やアミノおよびアセトアミド基を有する天然多糖とその性質、またアセトアミド基含有多糖の合成法が述べられている。また、多糖硫酸化物が有する非常に高い抗HIV活性についても述べられている。

 第2、3章ではアセトアミド基含有のポリキシロースとポリリボースの合成について記されている。1,4-無水アジドキシロースおよびリボースのルイス酸触媒による低温での選択的開環重合により3-azido-2-O-t-butyldimethylsilyl-(1→5)--D-xylofuranan(3ASXF)と同ribofurananリボフラナン(3ASRF)のようなアジド基含有のポリペントースを合成した。これらの立体規則性ポリマーは=11.1×104〜17.8×104と高い分子量を有し、比旋光度[]D+200〜+266°とプラスの大きな値を示した。

 次にアジド基をアミノ基に還元、アセチル化によりアミノ基をアセトアミド基へ変換、ポリマーの脱保護によりアセトアミド基含有ポリキシロースとポリリボースに誘導し、新規アセトアミド基含有多糖である、3-acetamide-3-deoxy-(1→5)--D-xylofuranan(3AAdXF)および3-acetamide-3-deoxy-(1→5)--D-ribofuranan(3AAdRF)を合成した。数平均分子量はそれぞれ=7.8×103、10.5×103、比旋光度は[]D+212°、+195°であった。

 第4章ではアジド基含有多糖コポリマーの化学修飾による、アセトアミド基含有多糖コポリマーの合成について検討している。コモノマーとしては、1,4-anhydro-3-azido-2-O-t-butyldimethylsilyl-3-deoxy--D-ribopyranose(A3ASR)、同xylopyranose(A3ASX)、1,4-anhydro-2,3-di-O-t-butyldimethylsilyl--D-ribopyranose(ADSR)を用い、アセトアミド基含有コポリマーとして、(1→5)--リボフラノシド構造を主鎖とするポリ(リボース-リボース)型コポリマーおよび(1→5)--キシロフラノシドと(1→5)--リボフラノシド構造を主鎖とするポリ(キシロース-リボース)型コポリマーを合成した。数平均分子量と比旋光度は前者が=8.6×103、[]D+141.0°後者では=9.0×103、[]D+150.8°であった。さらにKelen-Tudos法によりモノマーの反応性比をA3ASR(r1=0.42)、ADSR(r2=1.16)と求めた。全てのアセトアミド基含有ポリキシロース、ポリリボースおよびコポリマーは水に対し易溶性であり、新しい水溶性機能性多糖としての可能性が示されている。

 第5章ではジメチルスルホキシドおよびピリジン中での三酸化イオウピリジン錯体を用いたアセトアミド基含有ホモおよびコポリリボースとポリキシロースの硫酸化による硫酸化アセトアミド含有ポリペントースの合成について検討している。合成されたポリマーの抗HIV活性は、MT-4細胞を用いたMTT法で、また抗凝血活性は、米国薬局方に準拠し評価した。抗HIV活性はHIVを50%抑制する薬剤濃度EC50で表し、硫酸基を持たないアセトアミド基含有ポリキシロース3-acetamido-(1→4)--D-xylofuranan(3AAdXF)でEC50=1000g/ml以上であり抗HIV活性を示さなかった。50%細胞毒性(CC50)も1000g/mlより高く細胞毒性も持たなかった。硫酸基を導入した硫酸化アセトアミド基含有ポリキシロース3-acetamido-2-O-sulfo-(1→4)--D-xylofuranan(S3ASXF)では、硫酸化度(DS)0.72の場合でEC50=20.76g/ml、アセチル化度(DA)=0.58、DS=1.03のcopoly(SA3AAdX-SR)がEC50=0.42g/mlと高い硫酸化度を持つ場合では、非常に高い抗HIV活性を示すことを見出した。この硫酸化したコポリマーは全てのモノマーユニットの58%が各ユニット当たり一つのアセトアミド基を含む(1→4)--D-リボフラノシド残基で、ユニット中の一つの水酸基の一部が硫酸化された構造で、残り48%のユニットは二つの水酸基を持つ(1→4)--D-リボフラノシド残基であり、この二つの水酸基が部分的に硫酸化されていた。一連のcopoly(SA3AAdX-SR)はDSが1より大きい場合に高い抗HIV活性を示す事を見出した。

 一方、さらに別の新規の硫酸化アセトアミド含有立体規則性ポリマーを2種合成し、生理活性を測定した。DS=1.20、DA=0.49の3-acetamido-2-O-sulfo-(1→4)--D-ribofuranan(S3AAdRF)はEC50=62.86g/mlであったが、DS=1.20、DA=0.49の硫酸化アセトアミド基含有コポリリボースcopoly(SA3AAd-SR)ではEC50=0.59g/mlと高い抗HIV活性を示した。毒性はCC50=1000g/ml以上を示し十分低かった。

 以上の結果から、(1)C2位にアセトアミド基を有し(DA=1)、硫酸基を有しない(DS=0)のポリキシロースは抗HIV活性を全く示さない。(2)硫酸化度が0.8より大きくない場合、アセトアミド基含有ポリキシロース、ポリリボースとも低い抗HIV活性(EC50=20.76-62.86g/ml)を示す。(3)硫酸化度が1.0より高い場合、硫酸化アセトアミド基含有コポリペントースは高い抗HIV活性(EC50=0.59〜0.42g/ml)を示すことを明らかにした。合成した硫酸化ポリペントースの抗凝血活性に対するアセトアミド基や硫酸基の効果についても検討している。

 第6章では機能性モノマーであるアジド基とハロゲンを含む1,4-無水リボピラノースの選択的開環重合におけるp-置換ベンジル基の効果を検討している。機能性モノマーの構造は1,4-anhydro-3-azido-2-O-(p-substituted benzyl)-3-deoxy--D-ribopyranose(A3A2SBR)であり、p-置換基はメチル(CH3)、水素(H)、塩素(Cl)、臭素(Br)の4種を用いた。A3A2SBRの低温下、BF3・OEt2触媒の選択的開環重合においてp-置換基のHammettのシグマ値、メチル(-1.4)、水素(0)、塩素(+2.4)、臭素(+2.6)の増加に伴いは増加した。p-置換基のHammettのシグマ値の違いは分子量とモノマーからポリマーへの転化率に大きく影響したが、ポリマーの立体構造には影響しないことが示された。

 第7章ではジオールや糖へのポリマー支持保護試薬としての多官能性ポリマーを目指した、水銀が化学結合したコポリマーの合成に関して記述されている。水銀やタリウム等の重金属から導かれるポリマーは化学修飾が容易ではなく不溶性である。本研究では2種の有機溶媒可溶の含金属コポリマーの合成を検討し、水銀(II)を結合させたスチレンとメチルアクリレートのコポリマー(copoly(MST-MA))と水銀(II)を結合させたビニルカルバゾールとメチルアクリレートのコポリマー(copoly(MVC-MA))の2種の含水銀コポリマーを合成し、テトラヒドロフラン(THF)やジクロロメタンに可溶であることを見出した。さらに各含水銀コポリマーのメチルアクリレート残基を水酸化ナトリウム水溶液中で加水分解することで、水溶性含金属コポリマーとすることを検討している。copoly(MST-MA)は水銀(II)が結合したスチレンとアクリル酸のコポリマーへ、copoly(MVC-MA)は水銀(II)が結合したビニルカルバゾールとアクリル酸のコポリマーへ変換させ、両者とも水溶性を示すことを見出した。

 有機溶媒と水へ可溶な含水銀コポリマーはTHF中ではヨウ素(I2)と、水溶液中ではヨウ素イオン(I3)と反応し、ヨウ素化ポリマーを与えた。さらに水銀(II)を含むビニルカルバゾールとメチルアクリレートの架橋ポリマーの合成とヨウ素化におけるポリマーの構造について検討した。

 以上、本論文は新規化合物であるアセトアミド基含有立体規則性多糖の分子設計と合成法を確立し、得られた硫酸化多糖は水溶性であり、高い抗エイズウイルス活性と低い細胞毒性を持つことを明らかにした。さらに、糖鎖分子から成る生体機能性材料の構造活性相関に有用な知見を与え、糖鎖を用いた新規機能性材料の可能性を開拓したものである。

審査要旨

 本論文は、[生化学機能性および機能性ポリマーの合成」と題し、選択的開環重合による新規立体規則性多糖、特にアセタミド基を持つ多糖の合成とそれへの生理活性の賦与を目的としている。また、反応性を有する新規水銀含有ポリマーの合成についても述べている。7章より構成されている。

 第1章序論では、本研究の背景として、これまで実施された選択的開環重合による立体規則性多糖の合成、アミノ基およびアセタミド基を有する天然多糖とその性質、およびアセタミド基含有多糖の合成法が述べられている。本研究の最終目的である多糖硫酸化物に期待される、高い抗エイズウイルス活性についても記述されている。

 第2章には、アセタミド基を含有するポリキシロースの合成について述べられている。遺伝子の糖成分であるリボースを出発原料として、3位をワルデン反転させて1,4-無水アジドキシロース誘導体を合成した。この1,4-無水アジドキシロース誘導体モノマーをルイス酸の三フッ化ホウ素エーテル化物を触媒として、選択的に1,5-結合を開裂させる重合を起させ、3-アジド-2-O-t-ブチルジメチルシリル-(1→5)--D-キシロフラナンを合成した。このアジド基含有ポリキシロースは11x104〜18x104という高い分子量を持ち、また比旋光度は+200〜+266°と高かった。この正の大きな比旋光度は、得られた多糖が高い立体規則性を取っていることを表している。次に、結合しているアジド基を水素化ホウ素ナトリウムで還元してアミノ基へ変換することによってアミノ多糖を得た。この反応は、立体障害のため長時間を要した。アミノ基はアセチル化され、アセタミド基へ変換された。最後に、水酸基の保護に使われていたt-ブチルジメチルシリル基が外された。この一連の反応により、3-アセタミド-3-デオキシ-(1→5)--D-キシロフラナンが得られた。これは、天然多糖のキチンのようにアセタミド基を有する最初の合成多糖である。

 第3章では、第2章で研究されたキシロース骨格の多糖の代りに、リボース骨格の多糖が合成された。そのため、出発の糖としてキシロースが使用された。3位をワルデン反転させて、1,4-無水アジドリボース誘導体を得た。このモノマーを三フッ化ホウ素エーテル化物を触媒として重合させ、3-アジド-2-O-t-ブチルジメチルシリル-(1→5)--D-リボフラナンを合成した。このポリマーは分子量1.4x104〜1.9x104と高い比旋光度+249〜+266°を示し、構造のポリマーであった。アジド基は比較的容易にアミノ基へ還元され、アセチル化後、シリル保護基が脱保護され、3-アセタミド-3-デオキシ-(1→5)--D-リボフラナンが得られた。

 第4章においては、アジド基を含有する1,4-無水キシロース誘導体またはリボース誘導体と他の無水糖モノマーとの共重合により、アジド基を含有するコポリマーが作られ、それから変換されて、アセタミド基をもつ糖鎖コポリマーが合成された。アジド基含有1,4-無水リボースモノマーまたはキシロースとシリル化1,4-無水リボースの共重合を行い、続いてアジド基のアミノ基への還元、さらにアセチル化によるアセタミド基へ変換し、最後に脱保護した。(1→5)--フラナン構造を持つ、部分的にアセタミド化されたポリ(リボース-リボース)およびポリ(キシロース-リボース)が得られた。さらに、これらの共重合におけるモノマー反応性比が求められた。

 第5章では、合成されたアセタミド基含有多糖およびコポリマーの硫酸化が行われ、アセタミド基と硫酸基の両方を持つ硫酸化多糖が作られた。アセチル化度0.58および硫酸化度1.03のキシロリボフラナンコポリマーはEC50=0.42g/mlという高い抗エイズウイルス活性を示した。また、アセタミド基含有多糖は、抗エイズウイルス薬として望ましい低い抗凝血活性を示した。

 第6章では、アジド基とパラ置換されたベンジル基の両方を持つ1,4-無水リボース誘導体の開環カチオン重合における重合制御機構が調べられた。ハメットシグマ値の増加に従い、分子量の顕著な増加が見られた。

 第7章では、新たな機能性ポリマーを探索するため、水銀が化学結合された含金属コポリマーが合成され、その構造とヨウ素との反応性などが調べられた。

 以上、本論文は、アセタミド基含有立体規則性多糖の分子設計と合成法を確立し、また、それから誘導されたアセタミド基含有硫酸化多糖が優れた生理活性を持つことを見出した。糖鎖分子を用いた新規機能性材料の可能性を開拓し、今後の生理活性材料の開発に重要な指針を与えている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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