人工林における雑草木群落の動態を十分に把握して置くことは、効率的な森林の再生や林地生産力の維持・増進などのために大へん重要である。しかし、これまでの報告は、ほとんどが単年度で調査された断片的なものに限られており、体系的にその実態把握と解析をおこなったものは未だみあたらない。 本論文では、スギ人工林における雑草木群落とその動態を植生遷移の観点からとらえることをおもな目的に議論し、同時に造林木と対雑草木との競争的関係について若干の考察を加えた。 調査は、暖温帯域の房総半島南部(清澄山地)にある東京大学千葉演習林内(2,171ha)のスギ人工林を使用し、おもに老齢林皆伐前後の林、下刈り期間内ないし下刈り終了後の幼・若齢林、間伐実施前後の若齢林及び老齢林、密度別植栽林、立地別(斜面の上部、中部、下部別)植栽林などの雑草木群落を対象とした。群落の解析・検討では造林木の成長状態・林分構造の経年変化に伴う群落動態を遷移の観点からとらえることに解析の重点を置き、群落の植被率、種類数、生活型組成、遷移度(DS)などについての各区・年次間での比較・検討を行った。 80年生スギ老齢林の林床群落は、自然林的(極相林的)な植生要素がかなり加わっており、常緑性多年生草本と常緑広葉樹が主体を占めていた。皆伐後の1年目群落は、常緑性の植物が萌芽・再生などにより残存し、また種子から芽生えてきた植物や外から侵入した植物などが混生し、多種多様な更新材料を持つ2次遷移初期の群落の生態的特徴を有していた。また皆伐後1年目の種数増加(老齢林の1.3〜2.9倍)は、皆伐の影響による環境の急激な変化によって新たに芽生えてきた先駆性落葉広葉樹(陽樹)、夏緑性多年生草本の著しい増加によるものだった。 下刈り期間にある1〜5年目幼齢林群落は、種数が多くまた生活型組成が複雑であり、動きが激しかった。スギ造林木の被度成長の進行に伴う被圧の影響(樹冠被度が45%を越えると影響が大きい)によって群落の種数が激減した。優占種の経年変化では、おおむね1年目にダンドボロギク、ベニバナボロギクなどの1年生草本、2年目にヒメムカシヨモギの越年生草本、3年目以後にススキなどの多年生草本へと遷移する交替パターンを認めることができた。雑草木の群落動態に影響を及ぼしていた要因は、下刈りの強度(回数)、前生林からの残存植物の状態と量、立地(微地形が異なる斜面位置)、造林木の樹冠被度、林内の明るさなどであった。下刈りの強度(回数)をかえた実験では、強度(回数)を高めると次年度に広葉型夏緑性多年生草本が増えたが、放置処理を行うと木本が著しく増大することがわかった。 スギ密度別植栽地では、無手入れのままに放置するよりも下刈りを実施したほうが、雑草木の成長・繁茂を抑制する植栽密度(造林木の被度の増大による被圧などの影響)による効果が.よりはっきりとあらわれていた。すなわち、スギ植栽密度を高めると造林木の被度・樹体の増大による被圧進行速度が増すため林内が暗くなり、雑草木が種類的、量的に少なくなり、つる植物や根系に貯蔵組織を持つ植物、常緑性のシダ植物、ラン科植物などに属するごく限られた種類の植物になることがわかった。さらに下刈り完了後の長期間放置した41年生密度別植栽林の動態、雑草木による被害状況等を解析した。初期植栽密度が通常の4,400本/ha植えの林地では、上層の雑草木を欠いていたが反対に下層(林床)の雑草木量及び種類数が相対的に多く、上層の造林木と林床の雑草木との間に互いに併存した状態(遷移的に安定した状態)の群落構造となっていた。同時に通常の植栽(立木)密度で成立したスギ人工林も41年生頃になると、若い閉鎖林よりも林床植生が多くなっていることがわかった。いっぽう、2500本/ha植えの疎植うえでは林床の植生量、及び種類数が比較的少なかったが、上層において陽樹性木本、つる植物などが多く、これらによるスギ造林木への被害が著しかった。 16年生若齢林及び80年生老齢林の林床群落を対象に、間伐前後の群落動態を解析した。林冠が強度に閉鎖した若齢林(林床の相対照度が0.03%)の林床群落では、ユリ科植物のジャノヒゲ、シダ植物のベニシダ、つる植物などのごく限られた種類の植物で構成されており、種類的、組成的に極めて貧弱であった。しかし間伐後の林地、すなわち立木本数の40%、胸高断面積合計の25%を間伐した後の明るくなった林分(相対照度7.4〜6.5%)では種数が急激に増え、落葉広葉樹やつる植物などの侵入が目立った。他方、老齢林では、極相天然林下でよくみられる常緑性の植物などが間伐後の林地で種類的にそのほとんどが残存しており、また新たに陽樹性の落葉広葉樹、広葉型の夏緑性多年生草本などが侵入し、種類及び生活型組成からみて多様性に富むことがわかった。またスギ老齢林では、閉鎖若齢林や皆伐後の幼齢林などと比べ極相指数の高い種や希少種、分布上の限界種などの植物が多かった。 斜面の上部、中部、下部の異なる位置における幼齢林での調査結果から、植生の回復及び遷移進行の速さは、スギの成長状態が不良な斜面上部の凸型地形と比べ、成長状態の良好な中部、下部の凹型地や平衡斜面地形において速かった。しかし遷移初期の皆伐後の1年目幼齢林地では、斜面下部や中部よりも上部のほうが最初から群落の遷移がより進行した状態となっていた。これは斜面上部で陰地性・常緑性の植物(極相天然林に出現する主要構成種)などの木本、草本が刈り払われずに残っていたり、萌芽や再生によって比較的多く残存していたことや、斜面下部の凹型地形ないし平衡斜面地形で種子より新たに芽生えてきた1年生・越年生草本、夏緑性多年生草本などの2次遷移の初期に出現する植物が多かったことなどによるものであった。またスギ造林木の成長の良い立地では下刈りが早期に完了すること、木本量と比べ草本量が多く、とくに広葉型の草本量が多いことなどを示した。さらに80年生老齢林においてスギの成長が良好な立地(地位上の斜面中部、下部の凹型ないし平衡斜面地形)では、林冠層で雑木を欠き、低木層に遷移の途中相に出現するアカメガシワ、イイギリなどの陽樹が多く、1.5m以下の林床で常緑性の植物が種類、植生量ともに豊富であり、この階層構造から、スギ人工林として遷移的に安定した状態の群落構造となっていた。いっぽう、林分の地位の低い斜面上部や凸型地形ではスダジイ、アカガシなどの常緑広葉樹(陰樹)が林冠層に位置し、造林木と雑木との競合状態を老齢林になっても未だに呈し、低木層・林床群落に極相林下に出現する極相指数の高い常緑性の植物が主要構成種として成立し、群落の動態・遷移に立地・地位のちがいによる影響が大きく反映することが認められた。 全体的にスギ人工林の雑草木群落は伐採(皆伐)、下刈り・除伐、高密度植栽、間伐(保育、利用間伐)などの作業が行われると、群落が破壊ないし一時的に退行した状態となったが、時の経過とともに自然林的な植生要素が増し、老齢林になると当清澄山地の常緑広葉樹を主体とした極相天然林で見られる植生とよく似た種類及び生活型組成を持つ群落状態となることがわかった。またスギ造林木の成長の良好な立地では、雑草木の初期群落の遷移的進行が速かったが、林齢が増すと遷移的な進行が鈍化し、スギ人工林として安定した状態の組成及び林分構造に到達するということがわかった。したがって、こうした立地のちがいによる造林木と雑草木との競争的関係や群落の遷移をふまえ、人工林の育成やその施業を実施して行くことが大切であることを明らかにした。 |