学位論文要旨



No 214273
著者(漢字) 伏信,進矢
著者(英字)
著者(カナ) フシノブ,シンヤ
標題(和) 酵素の構造、機能、アロステリック制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 214273
報告番号 乙14273
学位授与日 1999.04.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14273号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨 第1部X線結晶構造解析による白麹菌キシラナーゼの好酸性・耐酸性機構に関する研究

 極端な温度、pH、高い塩濃度のような異常環境で働く酵素は、その安定性を維持するために、独自の機構を持っていると考えられる。さらに、異常なpHで活性を発現する酵素の触媒機構にも興味が持たれる。

 焼酎の醸造に用いられる白麹菌Aspergillus kawachiiが分泌する数種のキシラナーゼのうち、キシラナーゼCは、至適pHが2.0で、pH1.0でも失活しない、非常に好酸性、耐酸性のキシラナーゼである。キシラナーゼCの好酸性および耐酸性機構の解明における原子レベルでの構造的基礎を得るために、X線結晶構造解析を行った。

第1章キシラナーゼCの結晶化

 蒸気平衡拡散法により、0.2×0.2×2.0mm3程度まで成長する良質の結晶(空間群P43212、格子定数a=b=62.1Å、c=113.3Å)を得た。

第2章分子置換法による構造決定

 Trichoderma reeseiのキシラナーゼXYNIをモデル分子として、分子置換法によって初期位相の決定を行った。

第3章シンクロトロン放射光及び巨大分子用ワイセンベルグカメラによる回折強度データの収集

 高エネルギー加速器研究機構・放射光施設で2.0Åまでの回折強度データ(R-merge=7.3%)を収集した。

第4章構造の精密化

 キシラナーゼCの結晶構造を精密化した結果、現在、6.0-2.0Åのデータに対して、結晶学的R値が19.5%、Rfreeが25.8%の構造を得ている。

第5章精密化された構造の詳細な解析

 キシラナーゼCの結晶構造を、至適pHが中性近辺であるキシラナーゼ(Bacillus circulansのキシラナーゼおよびT.reeseiのキシラナーゼXYNII)の構造と比較した結果、活性中心残基である酸/塩基触媒のグルタミン酸の近傍の残基がキシラナーゼCではアスパラギンではなくアスパラギン酸になっており、その間の距離は約0.7Å近づいて、2.8Åと水素結合を形成する位置にあることが分かった。

 また、キシラナーゼCの構造において、活性部位クレフト周辺と、他のキシラナーゼでセリン・スレオニン表面とよばれる面に酸性残基が集中していることを見い出した。セリン・スレオニン表面には、セリンおよびスレオニンが多く存在しているが、耐酸性であるキシラナーゼCにおいてのみ、その多くがアスパラギン酸およびグルタミン酸に置換されていた。好塩菌由来の耐塩性酵素および耐アルカリ性プロテアーゼの構造的特徴との比較から、これらの表面に偏在する酸性残基がキシラナーゼCの耐酸性に重要であることが示唆された。

第6章キシラナーゼCのアスパラギン酸37変異体の解析

 このアスパラギン酸がキシラナーゼCの至適pHを決定するのに重要であると考えて、この残基を種々のアミノ酸に置換した変異体を作製、解析した結果、アスパラギンおよびセリン変異体においては、至適pHが2.0から5.0へと上昇していた。さらに、キシラナーゼCの構造を中性近辺に至適pHを持つ他のキシラナーゼの構造と比較した結果、活性中心付近の残基で、活性のpH依存性に寄与している可能性のある残基がいくつか見い出された。そして、これらの変異体のうちアスパラギン変異体の構造解析を行った結果、アスパラギンに置換された残基の側鎖の電子密度はSA-オミットマップ上で消失しており、この側鎖が一定の配向をとっていないことが強く示唆された。

第2部ハイブリッド酵素を用いたアロステリックL-乳酸脱水素酵素のサブユニット間相互作用に関する研究

 L-乳酸脱水素酵素(以下LDH)はNADH/NAD+を補酵素としてピルビン酸/乳酸の間の酸化還元反応を触媒する。LDHには脊椎動物由来の非アロステリック型酵素と、フルクトース-1,6-ニリン酸(FBP)で活性化される細菌由来のアロステリック型酵素が存在する。本研究で用いたLDHは乳酸菌Bifidobacterium longum由来のもの(以下BLLDH)であり、基質によるホモトロピックな活性化と、FBPによるヘテロトロピックな活性化をうける典型的なアロステリック酵素である。

 BLLDHでは、基質ピルビン酸に対する高親和性型(R状態)および非親和性型(T状態)の両方の四量体が同一結晶格子中に存在する構造が明らかにされている。各サブユニットはそれぞれP,Q,Rと呼ばれる3本の2回軸で位置づけられており、P軸とQ軸をはさんだ界面で接触しているが、R軸の接触はない。また、FBPはP軸界面の二量体にはさまれた結合部位に2サブユニットあたり1分子結合する。T状態とR状態の結晶構造の比較により、Monod-Wyman-Changeux型の協奏的アロステリック機構(MWCモデル)に基づいたアロステリック活性化モデルが提唱されている。すなわち、サブユニットの回転による四次構造変化の結果、四量体の各サブユニットが対称性を保ったまま両状態間を移行すると考えられる。

 本研究では、まず、2種のサブユニットが混在するハイブリッドLDHをin vivoで形成し、分離する系を確立した。そして、さまざまな変異体同士を組み合わせたハイブリッドLDHを解析することにより、アロステリックな活性化に対するサブユニット間相互作用の役割を調べた。さらに、in vitroでサブユニットを組み替えてハイブリッドLDHを作る条件から、サブユニット界面の相互作用の強さおよび性質について検討した。

第1章in vivoでのハイブリッドLDHの形成とその分離系の確立

 分離のためのタグとして、LDHの表面に存在する2残基(Lys316とArg317)をそれぞれGluとAspに置換することにより、野生型LDHより負の電荷を持つ変異型酵素を作成した。この負電荷の導入によりLDHのアロステリックな性質が大きく変わらないことと、Native PAGEや陰イオン交換カラムにより野生型酵素と分離が可能なことを確認した。以降のハイブリッドLDHの組み合わせでは、片方にこの負電荷のタグをつけた。また、2種のLDH遺伝子をタンデムに並べた発現ベクターにより、大腸菌内でハイブリッドLDH形成が行なわれることを確認した。

第2章FBP脱感作型サブユニットを用いたヘテロトロピック活性化機構の解析1.分離された各ハイブリッドLDHの立体配置の決定とFBP結合部位の解析

 FBP結合部位に存在しFBPのリン酸基と結合する2残基(Arg173とHis188)を置換した変異体R173Q/H188YはFBPにより活性化されない脱感作型酵素となる。脱感作型LDH(R173Q/H188Y)(D)と野生型LDH(W)のハイブリッドLDHは、陰イオン交換カラムによりD4,D3W1,D2W2-QR,D2W2-P,D1W3,W4の6つのピークに分離された。Native PAGEの結果およびFBPに対する活性化の違いから、D2W2の2つのピークの立体配置は図のように決定された。これらの速度論的解析から、FBP結合部位はそれを構成する2つのサブユニットの両方が野生型である場合にのみ機能することが明らかになった。

2.サブユニット間相互作用を介したFBPによる活性化

 触媒残基His195を置換した変異体H195Nは触媒活性を失う。この不活性型LDH(H195N)(I)と2-1で用いた脱感作型LDH(R173Q/H188Y)(D)のハイブリッドLDHを2-1と同様に形成、分離した。その結果、D2I2-PのハイブリッドLDHはFBPで活性化された。すなわち、不活性型サブユニットのFBP結合部位にFBPが結合したために、脱感作型サブユニットの活性が上昇したことになる。これより、FBPによるヘテロトロピックな活性化がQ軸をはさむ界面を通じて別のサブユニットに伝わることが明らかになった。

第3章基質特異性変異型サブユニットを用いたホモトロピック活性化機構の解析

 基質結合部位に存在し基質認識に関与する残基Gln102を置換した変異体Q102Rは、乳酸脱水素酵素(LDH)からリンゴ酸脱水素酵素(MDH)に基質特異性が変化する。このMDH型サブユニット(Q102R)(M)と野生型LDHサブユニット(L)のハイブリッドLDHも2-1と同様に形成、分離できた。両方のサブユニットを含むハイブリッドは全て、LDHの競争阻害剤であるオキザム酸によりMDH活性が増加したことから、基質によるホモトロピックな活性化も別のサブユニットに伝わることが明らかになった。さらに、M2L2-QRとM2L2-Pは、その立体配置の違いにも関わらず、測定した全ての条件で同一の速度論的性質を示したことから、4つのサブユニットが対称性を保って活性化される、MWCモデルに従うことを証明した。

FBPによる活性化
審査要旨

 酵素の機能発現の機構を理解するには、その酵素の詳細な立体構造と全体構造を知ることが重要である。本論文は、極限環境での酵素の活性発現機構および酵素のアロステリック制御機構の解明を目的として、酵素の立体構造をもとに様々な手法を用いて研究を行ったものであり、2部より構成されている。

 第1部においては、白麹菌Aspergillus kawachiiキシラナーゼCの好酸性、耐酸性に関する研究について述べており、序論、6章、総合討論よりなる。焼酎の醸造に用いられる白麹菌が分泌するキシラナーゼCは、至適pHが2で、pH1でも失活しない好酸性、耐酸性のキシラナーゼである。これら機構の解明における構造的基礎を得るために、X線結晶解析を行った。構造解析に適した結晶を得ることに成功し、分子置換法によって初期位相を決定し、シンクロトロン放射光により収集した回折強度データをもとに、解像度2.0Å、結晶学的R値が19.5%の構造を得た。

 キシラナーゼCの結晶構造を他のキシラナーゼと比較した結果、活性中心残基の一つであるグルタミン酸の近傍の残基が、他の多くのキシラナーゼではアスパラギンであるのに対し、キシラナーゼCではアスパラギン酸であった。キシラナーゼCのこれら残基であるGlu170とAsp37の間の距離が2.8Åであることから、両者が水素結合を形成する位置にあることが分かった。Asp37をアスパラギンおよびセリンに置換した変異体では、至適pHが5近傍へと上昇したことから、キシラナーゼCでは37位の残基がアスパラギン酸であることが好酸性に必須であることが明らかとなった。さらに、アスパラギン変異体の構造解析を行った結果、Asn37とGlu170の間の水素結合が弱まっていることが示唆された。

 また、キシラナーゼCの構造において、分子表面の一部に酸性残基が集中していることを見い出した。他の耐酸性、耐アルカリ性、および耐塩性蛋白質の構造的特徴との比較から、このような特徴がキシラナーゼCの耐酸性と密接な関係があることが示唆された。第1部総合討論では、以上の結果について総合的に討論している。

 第2部においては、ハイブリッド酵素を用いたアロステリックL-乳酸脱水素酵素(LDH)のサブユニット間相互作用に関する研究について述べており、序論、5章、総合討論よりなる。本研究で用いたBifidobacterium longum LDHは4量体の酵素で、基質によるホモトロピックな活性化とフルクトース1,6-ビスリン酸(FBP)によるヘテロトロピックな活性化をうける典型的なアロステリック酵素であり、基質ピルビン酸に対する高親和性型および非親和性型の両方の結晶構造が明らかにされている。

 2種類のサブユニットが混在するハイブリッドLDHを形成し、これらを分離するイオン交換クロマトグラフィーの系を確立し、FBPにより活性化されない脱感作型変異体を用いてヘテロトロピックな活性化機構の解析を行っている。脱感作型LDHと野生型LDHのハイブリッドLDHは、陰イオン交換カラムにより6つのピークに分離された。Native PAGEの結果、FBPによる活性化の相違、および速度論的解析から、それぞれのピークの酵素のサブユニットの立体配置を決定し、FBP結合部位はそれを構成する2つのサブユニットの両方が野生型である場合にのみ機能することを明らかにした。さらに、触媒残基を置換して触媒活性を失わせた不活性型LDHと脱感作型LDHのハイブリッドLDHを同様に解析した結果、FBPによるヘテロトロピックな活性化が対称軸の一つであるQ軸をはさむ界面を通じて別のサブユニットに伝わることが明らかになった。

 さらに、リンゴ酸脱水素酵素(MDH)に基質特異性を変化させたMDH型変異体を用いて、ホモトロピックな活性化機構の解析を行っている。MDH型変異体と野生型LDHのハイブリッド酵素を解析した結果、両方のサブユニットを含むハイブリッドは、全てLDHの競争阻害剤であるオキザム酸によりMDH活性が増加したことから、基質によるホモトロピックな活性化も別のサブユニットに伝わることが明らかになった。さらに、サブユニット組成が同一で立体配置が異なるハイブリッドが、測定した全ての条件で同一の速度論的性質を示したことから、その活性化機構は4つのサブユニットが対称性を保って活性化される協奏的アロステリックモデルに従うことを明らかにした。第2部の総合討論では、以上の結果について総合的に討論している。

 以上、本論文は、白麹菌キシラナーゼの好酸性・耐酸性機構を明らかにし、かつ、アロステリックLDHのサブユニット間相互作用について詳細に解析し、その活性化の機構を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51115